表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/9

6 本当の気持ち

『なあ、ユウちゃん。そろそろ機嫌直せよ――』


 スマホの液晶越しに聞こえる敬の声には、多少の非難の色が含まれているような気がした。


「別に、もう怒っちゃいねえよ」


 ベッドの上でゴロリと寝返りを打ちながら、俺は答える。


『そんな声で言われてもなぁ……』


 吐き出された言葉に嘘はない。だが、向こうはそう受け取らなかったみたいだった。


『マジで悪かったって。でも、魔王様も悪気があったわけじゃないんだぜ。そろそろ、許してやってくれよ』

「だから――」


 苛立ちに自然と声が大きくなる。ベッドから起き上がり、気持ちを落ち着かせるため息を吐いた。


「怒ってねえ……このやりとり、何度目だ? しつこいんだよ」

『そうは言っても、ユウちゃん許してくれてないじゃん。ここ数日の魔王様は、正直見てらんなかったぜ』

「…………自業自得だろうが」

『……まぁ、そうなんだけどさ』


 あれから五日経ち、今は土曜の夜。

 何をする気にもなれない俺は、一日自室のベッドの上で寝転がるだけの休日を過ごしていた。

 あれ以来、魔王とは一度も口をきいていない。意図的に顔を合わせるのを避けていた風にさえ思う。

 お互いの生活パターンも把握しており、あいつとは別のクラスのため、そうすることは思いの外簡単だった。

 学校では遠目に姿を見かけたり、すれ違ったりすることはあったにせよ、向こうから進んで俺に会いに来る様子もない。


 結局、あいつの口からはあのデートに関する真相は聞けずじまい。

 山田については、どうやら敬のチャットグループから情報を得てあの場で魔王たちを探していたらしい。兄の睨みがきいたのかは知らないが、今のところ俺と魔王にちょっかいを出してくる様子はない。

 また、盛田に至っては今回の一件の言い出しっぺが魔王であることすら知らなかった。そういう意味では、彼も被害者とも言えなくもないので、不問にした。

 あの校舎裏で魔王が好きだと言ったことも、俺に発破をかけるために敬に吹き込まれた台詞だったらしい。

 果たして本当か嘘かは判断ができなかったが、それはもう過ぎたことだ。


『でもよ、ユウちゃん。本当に理由、分かってないのか?』

「……何のことだよ」


 敬の声が、不意に問い質すようなものに変わる。


『その声はとぼけてんな。だったら、筋違いも承知で言わしてもらうけど、ユウちゃんも悪いんだぜ』

「開き直ってんじゃねえよ。なんでそうなる」

『自分の胸に聞けよ。最後にもう一個だけ参謀として言わしてもらうわ。気付かない振りもいい加減にしとかないと、後悔するぜ』

「……」

『それこそ、魔王様は別の勇者に攻略されちまうかもな』


 言いたいことを言うだけ言って、俺の返事を待たずに通話は切れた。


「くそ……ふざけんな!」


 スマホを力任せにベッドに投げ捨てる。しかし、軽い音がしただけで、まったくすっきりしなかった。

 本当の理由? 自分の胸に聞けだと?


(敬……そりゃうぬぼれもいいとこだろうがよ)


 はっきり言って、痛いところを突かれたと思う。

 敬の言いたいことは分かる。だが、それを認めてどうなるというのか。

 カーテンの閉められた窓を見る。この向こうは魔王の家で、互いの家の塀を挟み、奴の部屋が見える。

 もう夜も遅いし、部屋に居るはずだ。もしかすると、もう寝ているのかもしれない。


 ふと、最近見た夢のことを思い出した。


 幼い日の思い出。あいつはいつだって、俺の前を歩いていた。

 勝てたことは、ただの一度もない。あの女の子には、俺を含めた近所のガキの誰もが敵わなかった。

 家が隣の俺は、帰る時も一緒。手を引かれ、散々引っ張り回されながら、いつも最後まで付き合わされた。


 ――はは! 泣くんじゃねえよ。ほら、アメちゃんやるぜ。


 半ズボンのポケットから差し出されれる安っぽいイチゴ味のアメが、敗者に与えられる慰めだ。

 敗北の味を噛み締めながら、いつか勝ってやると思っていた。


 春――

 夏――

 秋――

 冬――

 晴れだろうと、曇りだろうと、雨だろうと、雪だろうと――


 どの場面を切り取っても、あいつの笑顔はうっとうしいくらいに眩しかった。

 俺は、あいつが心の底から憎たらしい。


「……どっかにしまったままだったかな」


 それは、ふとした思い付きだった。俺はベッドから立ち上がり、クローゼットの扉を開けた。

 ハンガーに吊るされた制服とコートが目に入るが、目的は服ではない。

 床に置かれた幾つかの段ボールだ。

 もう使わなくなったノートとか教科書、それに玩具なんかを詰めて物置として利用しているのだが、その中の一つを引っ張り出す。

 埃っぽい表面をなぞり、蓋を持ち上げる。その中身は記憶の通り、まさに探そうとしていたものだった。


 ゲーム機である。


 魔王の影響で外で遊ぶことが多く、中学になってからは部活も始めたため、使う機会がめっきり減ってしまっていた。

 小学校の頃は、まだ熱中して遊んでいた方だと思う。

 同じく適当に放り込まれていたゲームソフトの中からお目当てのモノを探し当て、ゲーム機本体と一緒に段ボールから抜き取り床へと置いた。


 ベッドに沈んだスマホを手に取り、時間を見る。日付は既に日曜日に変わっている。これ以上起きていれば、とっとと寝ろと親から怒られるのは確実だ。

 だが、一度決めた以上、明日の朝を待ってなどはいられなかった。

 見つかったら、そのときはそのときだ。潔く怒られるでも何でもしよう。


 俺はゲーム機とソフトを小脇に抱え、部屋を出た。明かりの消えた廊下は真っ暗だが、目が見えずとも家の中を歩くことは簡単だ。

 明日も仕事だと言っていたため、親はもう寝ているだろう。両親の寝室を忍び足で通り過ぎ、階段は足音を立てないよう、更に慎重に一歩一歩下りた。

 緊張の中、一階に辿り着き、そのままリビングへと直行する。

 抱えたゲーム機を下ろし、テレビをつけて速攻で音量を下げる。後は、テレビからの光を頼りに配線をすれば準備完了だ。


(ま……、これでセーブが消えてたりしたら終わりだけどな)


 心の中でひとりごちながら、ゲーム機の電源を入れる。すると、真っ暗なテレビ画面に鮮やかなオープニング映像が映し出され始めた。

 小さな音量ではあるが、懐かしい音楽とともに流れる映像ムービーに、背中がぞくりと震えた。


(やべえ、すげー懐かしい)


 プレイしていたのは小学校の低学年くらいだったか。内容はオーソドックスなRPGロールプレイングゲームだ。

 その当時のわくわく感というか、熱中していた当時の気持ちが思い起こされるみたいで、映像が終わるまでコントローラーを握ったまま見入ってしまう。

 そして、現れたタイトル画面から『コンティニュー』を選択した。

 セーブデータは、消えていなかった。

 記録は一つしか残されていない。俺の記憶が正しければ、最終決戦目前の、ダンジョン内のデータだ。


 主人公の職業は勇者。名前は『オサム』。

 思いっきり本名だった。


 記録を選び、ゲームを開始する。数年ぶりではあったが、操作方法は感覚で覚えていた。

 とはいえ、アクションゲームではないので操作性など求めるべくもないのだが。


 ゲーム内のキャラたちは隊列を組み、ラスボス手前のセーブポイントにいる。周囲は薄暗い城の中で、目の前には長い長い階段が上へと伸びていた。

 この先に、このゲームのラスボス――魔王がいる。


 コントローラーの持つ手に力を込めて、俺はキャラクターを操作して階段へと動かす。

 階段を上る一定の間隔で、おどろおどろしい灯火ともしびが両脇から燃え上がっていた。その度に、仲間たちがそれぞれ旅の思い出の要所要所を語り始める。


(そういえば、こんなイベントがあったか)


 このイベント、最初の一回目は思い出を振り返れて良いのだが、一度この後の魔王戦に負けてしまうと、もう一度同じことを繰り返さなくてはならなくなる。そうなるとスキップはできないため、二重の意味でプレイヤー泣かせな演出なのだ。

 そして、俺は何回もそれを経験している。

 当時の俺は、この魔王戦に幾度となく敗北した。

 負ける度に、相手の攻撃パターンの数、与えられるダメージ、受けるダメージの幅などを考え、子どもなりに研究をして何度も挑んだ。

 しかし、勝てない。魔王の力は圧倒的であり、ゲームオーバーの文字が何度も画面に踊ったものだ。


 幼いながらに、俺は思ったのだ。ひょっとして、これは明らかにレベルが足りてないんじゃないだろうか……と。

 どれだけ作戦を練っても、力が足りないのだ。それでは勝てるわけもない。

 装備品も適当だったし、だましだまし先へと進んで来た、勇者の限界がここだった。


 なので、俺が取った行動は簡単だった。ひたすらレベルを上げたのである。

 レベルを上げれば、まだ習得していない魔法も覚えることができた。溜めたお金で、売られている一番高価な装備を揃えた。アイテムも持てるだけ買い込み、魔王戦の前では全員の体力も全快している状態にまでした。

 それが、このデータである。


 夢に見たことは、現実に起きたことだ。俺は夏休みをひたすらレベル上げに費やし、万全の状態でこのゲームの最終決戦ラストバトルに臨んだのである。

 それを、あっさりやってきた幼馴染まおうに奪われたわけだ。

 鍛え上げた勇者も、恐ろしい魔王も、奴の手に掛かれば一撃だ。所詮はデジタル……儚いものだった。


「と……そろそろだな」


 階段の終わりが見えてくる。その先は、暗い霧が立ち込める大広間になっている。重苦しい空気に支配され、BGMは止まっていた。

 俺は、広間の最奥へと移動する。そこに据えられた玉座に、巨大な影が見え始めた。


 燃えるように逆立ち、揺れる赤い髪。山のような巨大な身体に、黒々とした鎧とマントを身に着けた、人外の王。

 金色の眼光が、その視線だけで眼前の敵を射殺さんと言わんばかりに向けられている。


「……今更、ビビるかっつーの」


 会話を適当に流し終え、魔王の唸り声が広間に轟く。画面が一瞬暗転し、戦闘が始まった――




 ……結果は、言うまでもなく勇者の圧勝だった。


 そりゃ、最高レベルまで鍛えればそうなる。魔王は三段階まで変身し、体力も高いため時間は食ったが、いずれも楽勝と言って良かった。

 一度クリアしていることもあって、意外と攻撃パターンなんかも覚えてたりしたのも大きい。


 俺は既にコントローラーを手放し、エンディングを観賞する体勢になっている。

 内容はありきたりのものだ。魔王は滅び、世界は平和を取り戻す。勇者は仲間たちとともにいずこかへ去り、伝説となるのだった。


 このゲームを初めてクリアしたとき、俺は何を思っただろうか。

 やったぞと、今までの苦労がようやく報われたぞと、素直に喜べていただろうか。

 実際の所、そこまで「よっしゃ」、という気分にはなれなかったような気がする。どちらかと言うと、「こんなもんか」という気持ちの方が強かったはずだ。

 あそこまで、連戦連敗で無敵かと思っていた魔王の攻撃は、鍛え上げた勇者には一切通用しない。立場は逆転し、まるで弱いものいじめでもしているかのように、勇者の攻撃は容赦なく魔王を打つ。

 そんな光景に、虚しさを覚えた。まあ、そこまで鍛えて死闘を繰り広げられるような魔王なら、ゲームバランスがそもそもおかしいだろって話なんだが。

 とにかく、俺がこのゲームを通じて学んだことは、魔王だって鍛えれば倒せるってことだ。

 相手よりも強くなれば倒せる。そんな当たり前のことに、気付かされた。


 そこで、俺は現実の幼馴染まおうへと目を向けたのだ。

 いつも俺を門限まで引っ張り回し、何かにつけて負かしてくるこいつにだって、鍛えればいずれ勝てるのではないかって。



 ――オレを倒すのは、ゆーなんだぞ!



 幼い魔王の、ふとした言葉が胸の底から響いてくる。画面の上から下に流れるスタッフロールを眺めていると、目の奥がちかちかして痛くなってきた。


 あいつは、変わることを望んだ。少なくとも、きっかけを求めた。

 じゃあ、俺は?

 あいつの気持ちを知っておいて、このままでいいのか?


「いいわけ、ねえよな……」


 俺はあいつを倒して、どうなりたかったのか。

 ゲームの結果は所詮ゲームなのだ。俺が魔王を倒したところで、魔王はいなくなるわけじゃない。


 俺たちの関係に、平和なんて訪れない。


 それを確かめることはできた。画面には、もうエンドマークが出ている。

 俺は軽く伸びをし、ゲーム機の電源をオフにして片づた。テレビを消すと、微かにリビングが青白い薄闇に照らされていることに気付く。


 カーテンの外を覗くと、もう明け方が近づいているところだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ