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5 ネタばらし

「ユウちゃん!!」


 路地裏を抜けると、こちらに駆けつける複数の足音と声が聞こえた。振り向くと、先頭にお巡りさんを連れた敬と盛田、そして最後に魔王がいた。


「ちょっとおせえよ……」


 軽く笑おうとしたのだが、上手く出来ていたかどうかは自分でもよく分からない。なるべく無様な姿にならないよう、胸を張った。


「……君が、被害に遭った中学生かい?」

「あ、はい」


 お巡りさんに訊ねられ、頷く。


「えっと、絡んできた二人は、もう行っちゃいましたけど……」

「んなことはどうでもいーよ!」


 俺が状況を説明しようとすると、魔王が先頭に割り込んできた。俺を上から下までじっと見つめ、唇を噛み締めている。


「ボロボロじゃねえか……。やり返さなかったのかよ!」

「あのなぁ……お前……」


 そんなことしたら、お前だって無事じゃなかったかもしれないだろうがよ。


「ていうか……俺、そんなに酷いことになってるか?」


 敬と盛田の俺を見る目がかなり気まずいものであることにも気づき、俺は大袈裟に手を広げて見せた。けれど、笑いなど生まれるはずもなく、代わりにお巡りさんが咳払いをした。


「とりあえず、目立った怪我はないようだ。けど、本当に大丈夫なのかい?」

「はい。お騒がせしました。えっと……問題なければ、行ってもいいんですかね? 事情聴取とか、あったりします?」

「いや……君が問題にしたくないのであれば、そこまでのことにはしないよ。だが――」

「じゃあ、それでいいです。親とかにも連絡は勘弁してください。この時間だと家にはまだいないんで、面倒はかけたくないんです」


 お巡りさんの目を見て、真っ直ぐに頭を下げる。いくらかの沈黙が訪れ、やがてお巡りさんの少しくたびれたような溜息が聞こえた。


「彼はこう言っているけれど、お友達はそれでいいのかな?」


 俺は顔を上げ、敬と盛田と魔王を順にみる。それで俺の意志は通じたのだろう。皆、戸惑った顔をしながらも、一様に頷きを返してくれた。


「……わかった。では、せめて君を家まで送ろう。歩けるね?」

「はい、ありがとうございます」


 もう一度頭を下げて、俺はお巡りさんを家まで案内するため、早速歩き出そうとしたのだが、ふと腕を引っ張られて足を止めた。

 見ると、魔王が俺の右腕の裾を握り締め、こっちを見ていた。そして、そっと近づくと、俺にしか聞こえないような小さな声で呟いた。


「無茶すんじゃねーよ。バカ」


 結局、家に着くまでこいつは腕を離さなかった。





 そして、そのままの流れで全員が俺の家までついて来ることになった。

 汚れた服を着替えるときに確認したが、やはりと言うべきか、身体のあちこちに痣ができていた。

 まあ、結果的に大事には至らなかったので、良かったと締め括ってもいいだろう。

 別れ際、お巡りさんには「彼女を助けるためとはいえ、軽はずみなことはしないように」と厳重注意はされてしまったが。

 相手がまだ同じ子供だとはいえ、刃物などを持っている可能性もある。そう言われ、ぞっとしない気持ちになったのは否定できなかった。


「……で、いつまでお前ら黙ってんだ。お通夜かよ」


 リビングに思い思いに座る面々を見て、わざと明るく言ってみる。

 ずっと黙りこくったままで、まったく会話がない。あまりの沈黙の痛さに、痺れを切らしたのだ。


「怪我だって大したことないんだしよ。お前らも無事で良かったじゃねえか」

「よかねえよ! ……お前が怪我して、いいわけねーだろが」


 へらへらしてると思われたのか、キッと魔王が睨みつけてきた。元気が戻ったかと思ったが、俺の顔を見るとすぐに俯き、ぼそぼそと力の入っていない声で言葉を濁す。


「んじゃ、どうすりゃいいんだよ」


 お手上げだと言わんばかりに、俺は両手を上げた。

 しかし、実のところ、この重たい雰囲気は俺が怪我をしたという単純な理由からではないことは、何となく察していた。

 魔王はじっと俯いて不安そうだった。敬と盛田は、さっきからちらちらとお互いの顔を見合ったりして、落ち着きがない。


 何だか嫌な空気だった。


 三人はその理由が何であるのかを共有していて、俺だけがのけものになっている。そんな気分だ。

 まるで、隠し事でもされているかのような、苛立ちを覚える。

 だが、だからといって確証もないことで疑いをかけたくもなかった。そうなると、俺も黙るしかなくなり、沈黙が余計に重くなる。

 仕方なくソファに腰を沈め、腕組みをして口を閉ざす。自宅だというのに、まったくリラックスできたものではなかった。


 張り詰めた静けさが、耳にキンと響く。


「……敬さん。やっぱり、ちゃんと謝った方がいいですよ」


 そうして、しばらくそのまま時間が流れるに任せていると、耐えかねたように盛田が沈黙を破った。彼は敬に、何事かを目で訴えていた。


「ば……お前」


 敬は明らかにうろたえた様子で、盛田を睨む。しかし、敬の目力めぢからで彼は止まらなかった。


「だって、話が違うじゃないですか! こんなことになるなら、僕は協力しませんでしたよ!」

「あー! もう分かった! 分かったからお前はちょっと黙っててくれ!」


 怒鳴りたてる盛田の声に被せ、敬も怒鳴り返していた。盛田は一瞬不満そうに目を光らせていたが、また力なく項垂れて黙る。

 そして、盛田の代わりにというわけでもないのだろうが、敬が姿勢を整えるように背筋を伸ばし、俺の方を見た。


「ユウちゃん、すまん」

「いきなり頭下げられても、分からんだろうが。何について謝ってんのか、ちゃんと言えよ」

「ああ……ちゃんと説明するよ」


 敬は頷くと、ぽつりぽつりと話し始めた。


「まず、今日の二人のデートのことなんだけど……これ、嘘な」

「……嘘?」


 魔王と盛田の顔を交互に見る。魔王は敬の話を聞いているのかいないのか俯いたまま動かなかったが、盛田は気まずそうに視線を逸らした。


「つまり……二人とも仕掛け人でさ。ああ、でも、山田のことは計算外だったんだよ。これは、本当」

「…………」


 三人は今回のことを示し合わせて行っていた。しかし、予定外に絡まれるというトラブルが起こった。そういうことなのか?

 しかし、目的が分からなかった。敬も話しながら、そこをぼかしているように思える。


「話が見えないが、ただのイタズラのつもりだったのかよ。俺をダマして、笑い者にでもしようと思ってたのか?」

「違う。そうじゃないんだ。ほら、この間言ったじゃん? 賭けのこと」


 ちらりと魔王に目を向け、敬は言った。


(……おい、冗談だろ)


 目を見開いた俺が勘付いたことに気付いたのだろう。敬は軽い調子で薄く笑い、頷いた。


「ユウちゃんを、たきつけようかなって思ったわけ。眞子ちゃんが他の男と仲良くデートしたら、焦るかなーってね」

「……それ、本気で言ってんのかよ」

「ああ。予定だと、こっちが用意した不良が二人に絡んで、ユウちゃんが颯爽と助けるってシナリオまで用意してたんだけどね。だから、ユウちゃんには悪いことをしたよ。この通りだ」


 敬は何やら両手を合わせて俺を拝むようにしていたが、そんなことはもうどうでもよくなっていた。

 ソファから立ち上がり、敬に近付く。そして、有無を言わさず胸倉を掴み上げた。


「要するに、全部お前が悪いってことでいいんだな?」

「…………ああ、それでいい」


 頭の隅でギチリと、何かが引き裂かれるような音がする。

 一発。それでケジメだ。

 俺は敬の顔面に一発叩き下ろすため、拳を振り上げ――


「待て……! ユウ!」


 が、それは不発に終わった。

 ぶらさがるように、魔王が俺の腕にしがみ付いてきたのである。


「やめてくれ! 敬は、悪くねえんだ」

「ああ!? お前、話聞いてなかったのかよ! こいつの遊びのせいで、危険な目に遭ったんだろうが!!」


 どうして敬を庇うのか、わけが分からない。

 振り払おうと腕を動かしたが、爪を立てる勢いで魔王はしがみ付いていて、離すことができなかった。


「だから! それが、違うんだって! オレだ! オレが……言い出したことなんだよッ!」

「はあ!?」

「敬は、それに乗っかっただけだ……。だから、殴るならオレにしろ。全部、オレが悪いんだ」


 頭は熱いままだったが、俺はいったん敬の胸倉から手を離し、腕を下ろした。


「……どういうことだよ?」

「だからさ……その……」


 魔王は俺の腕を掴んだまま、またしても俯いて口ごもる。その態度が、苛立ちを募らせた。


「早く言えよ!」

「ど、どなるなよ……。怖い……」


 誰のせいだと喉まで出かかったが、項垂れる魔王の顔が、あまりにも弱々しかったために言葉を続けられない。

 いつもの野獣の笑みは見る影もなく、まるで捨てられた子犬である。

 そんなこいつの顔など、見たくもない。

 俺は腕を振り払い、思い切り舌打ちをして顔を背けた。


「…………ごめん」

「謝るくらいなら訳を言えよ」


 横目で睨むが、固く結ばれた魔王の口からは言い訳すらも出てこなかった。スカートの裾をぎゅっと握り締め、肩を震わせて俯いたままだ。


「もういい。やっぱり、俺の反応を見て後で笑おうとでも思ってたんだろ。くだらねえ」

「――! ちが……!」


 魔王は弾かれたように顔を上げたが、もう取り合う気にはなれなかった。胸のむかつきは治まらず、このままでは自分でもどうにかなってしまいそうだった。


「帰れよ。俺の怪我のことならもういいからよ。敬と盛田も、いいな」

「ちょっと、ユウちゃん――」


 もはや振り返ることもせず、リビングを出た俺は乱暴に扉を閉める。そして、感情に任せるがまま、自分の部屋へと逃げるように階段を駆け上がっていた。

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