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3 美少女見参

「は? なんでオレが、自分から誘いもできないヘタレ野郎と会わなきゃなんねーんだよ。ふざけんな」


 そんなわけで、事のあらましをその日の晩、魔王に説明したらキレられた。

 今は魔王の家のダイニングテーブルにて、向かい合いながら食後の茶を飲んでいる。落ち着いたタイミングを見計らったのだが、目論見は失敗した。


「まあそう言わずに、会うだけ会ってやれよ。そっから先は、断ろうがなんだろうが好きにしたらいいんだから」


 剣呑を絵に描いたような顔の魔王をなだめつつ、お願いを請け負った義理として説得を続ける。抵抗があるのは、想定の範囲内だ。


「それにあれだ。お前も男と付き合えば、少しは女らしくなるんじゃねえの」

「……お前、人の手料理をさんざんがっついといて言うことかよ」

「家事スキルの話じゃねえ。性格の話だ」


 こいつの両親も共働きのため、家事全般のスキルは完備されている。週一で魔王の家で俺が飯を食うのも定例になって久しい。

 これで性格さえ良ければ……。本当に惜しい奴なのだ。


「何考えてんのかは大体分かるがよ。お前、学校でオレがどれだけ淑女か知らねーわけじゃねえだろ」

「男子相手にハットトリックを決める淑女がいてたまるか」


 妙な()()を作って言う幼馴染バカに、今日の昼休みの光景を思い返して突っ込む。

 とはいえ、こいつは学校では自分のことを『わたし』って言ってるんだよな。そこのところ、女としての自覚はあるらしい。


「なんだ、見てたのかよ。照れるじゃねーか」

「心にもないことを……。っていうか、話を逸らそうとするなよ」

「ああん?」


 話しの風向きを変えようとするので半眼で睨むと、舌打ちの上に睨み返された。


「だから会わねえって言ってんじゃねーか。そもそも、オレに色恋のことはわからん」

「女子の間で話題にならんのか? 好きだろ、女子ってそういうの」

「ならねーこともないけど……オレにゃ参加できねーな。愛想笑いが精一杯だぜ」


 そう言いながら奴は茶を一口飲むと、眉をひそめて視線をそらした。本当にこの手の話が苦手のようだ。

 確かに、こいつが恋の話にキャッキャとはしゃいでいる姿など、想像するだけでも背筋が寒くなる。


「でも、お前すげえ告白されてんだろ。いいなって思う奴はいなかったのかよ」

「いねーし。つーか、なんでお前が知ってんだよ」

「流石に噂になってるからな。ま、敬に聞いたってのが大半だけどよ」

「あの野郎……今度会ったらぶん殴ってやる」

「おいおい、別に敬は悪かねえだろ」


 まずい。思わず口が滑ってしまった。これは、あいつが魔王をネタに賭けをしていることは黙っておいたが賢明だな。

 フォローは入れたが、心の中で敬に合掌しつつ、話の軌道修正に入る。


「ふーん、しっかしまあ、贅沢な悩みだな」

「好きでもねーやつから告られても嬉しかねえよ。気苦労の方が多いぜ」


 はっ、と息を吐くと魔王はテーブルに片肘を置き、いかつい目つきで俺を見据えてきた。


「だいたいよ、何でどいつもこいつも、断ると『俺のこと好きなんじゃないの?』って顔するんだよ。わけわかんねー」


 心底うんざりした様子で愚痴を言い出す。その一言で、こいつに振られた男子たちの言い分は、なんとなく読めた。


「あのとき肩を組んだとか、手を握ったとか、挙句に笑いかけてくれたとかよー。それだけで、なんでオレがそいつのことを好きってことになるんだ? そんな一瞬で、オレの気持ちが分かるって、お前らはエスパーかってーの」


 そういうところが無防備なんだよ。

 子供の頃からガキ大将ポジションであった影響か、あまり男女の区別がついていないというか。

 男子たちも浅はかと言えばそれまでだが、男としては勘違いさせたこいつにも原因の一端はあると思うぞ……。


「だから、オレはユウがいい」

「は?」


 愚痴を聞き流しそうになっていたところの言葉に、虚を突かれて思わず目を見張った。

 今、なんて言った? こいつ。


「変な意味じゃねーぞ。お前になら、気をつかわなくてもいいからな。楽だ」

「ああ、なるほどね。って、さらっと俺をストレスの捌け口みたいに言ってんじゃねえよ」


 そういう言動が勘違いのもとだってのが分かってない。ごく自然に、綺麗な顔に挑発的な笑みを浮かべるなよ、まったく。


「けど、俺だっていつまでもお前に付き合ってられるわけじゃないんだからな」


 なので、お返しにとばかり言い返してやると、今度は魔王の方が目を丸くした。


「は? なんだよ、それ」

「だから……幼馴染としての付き合いは続くかもしれないけど、なんだかんだでお互いに恋人ができて、結婚とかもしたりしたらだな……」

「いきなり結婚って、飛躍しすぎじゃね? そんな将来のことなんて、今言ったってわかんねーだろ」

「わからんけど、いつかは来るって話だよ。お前だって、いつまでもモテモテで選り好みできる立場でいられるとも限らねえんだぞ」


 モテモテの部分を強調すると、魔王は露骨に嫌そうな顔をした。これで、なんとか話の本題に戻れそうである。


「だから、逃げてないで一回会ってやれって。後輩君も悪い奴には見えなかったし、お前の言うところの勘違い野郎って感じでもなかったからな」

「…………気にいらねえな」


 吐き捨てるように言って顔をそむけた魔王は、横目でオレを睨む。そして、驚くべきことに、本当に渋々といった感じで首を縦に振ったのだった。


「わぁったよ。受けてやらあ」

「げ、マジか……」

「――っ、どっちなんだよ! お前はよお!」


 テーブルに手を叩きつけて、魔王が怒鳴る。煽るようなことを言った俺も俺だが、正直こいつがここで頷くとは思っていなかった。


「逃げとか言われんのはムカつくからな。ったく、お前の方こそ女と付き合ったこともねーくせに偉そうに言いやがって」


 そして、「ほれ」と手を差し出してきた。何のつもりだと顔を見返すと、魔王は焦れたように口を歪めた。


「とりあえず、その盛田(なにがし)君の連絡先を教えろ。あとはこっちでやっからよ」

「え、ちょっと待てよ。それは……」

「その方が手っ取り早いだろ。いちいち詮索されんのも面倒くせーからな」


 さっさとしろ、と凶暴な目で訴えくる。拒否すれば力づくにスマホを奪われることは明白だった(暗証番号は既に知られている)ため、やむなくあらかじめ交換していた盛田君の連絡先を教えることになった。


(……しっかし、本当に大丈夫かよ)


 勢いで受けて後悔、なんてことにならなければいいのだが。

 俺も請け負って話を持ちかけた手前、口にこそ出しはしなかったが、不安が尽きることはなかった。





 そして、次の日曜日。

 俺は駅前で張り込みをしていた。空は嫌味なほどに、清々しく晴れ渡っている。


「――で、結局気になってしょうがないと。ユウちゃんも語るに落ちるね」

「そんなんじゃねえよ」


 人目につかぬよう、俺は敬と適当な物陰に隠れて身を潜めていた。少々情けなくもあるが、我慢である。


 魔王はその後、盛田君と無事に連絡を取れたようで、なんとこの日彼とデートをすることになったのだ。

 嘘のような本当の話だ。

 とはいっても、直接魔王から聞いたわけではない。それは全て、隣にいる敬からの情報だ。

 あれからというものの、魔王はとにかく俺を避けていた。

 余程腹に据えかねたのだろうか、頑なに俺に情報を与えようとしなかった。それは盛田君にも徹底しており、訊いても何も答えてはくれない有様だった。


 そこで登場したのが、こいつである。

 例の、魔王が何人斬りを達成するのかという怪しげなグループの情報網に今回のデートのことが引っかかり、ご丁寧に俺に教えてくれやがったというわけだ。

 別に魔王が誰とデートをしようが、まったくもって俺には関係のないことなのだが、隠されれば気になる。これは、それだけのことだ。


「しかし、遅い……」


 かれこれ三十分くらいは待っているのだが、一向に魔王が現れる気配がない。

 今も盛田君は、駅前できょろきょろと落ち着かない感じで待ちぼうけをくらっている。なんだかちょっと可哀想になってきた。


「女の子の身支度には、時間がかかるものだからねえ」

「あいつが女の子って柄かよ」


 あれの普段着なんぞ、セーターにジーンズ、スニーカーくらいしか見たことがない。準備に時間など掛かるはずもない。


「となると、ただの寝坊か……」

「それは流石にないんじゃ――と、来たみたい……だ……」

「おい、どうした?」


 敬が言い切る前に、何かに気付いて固まったように一点を凝視し出した。遅れて、俺も敬の視線を追いかけ――目を剥いた。


 そこには、信じがたい美少女の姿があった。


 上は白いニットにジャケットを羽織はおり、下はあろうことかヒラヒラのスカートと黒のストッキングにローファーの組み合わせ。

 肩には小物を入れるバッグを下げており、弾むような足取りで道を歩けば、少女の歩調に合わせて背中に流した黒髪がカーテンのように揺れ動き、太陽の光を透かしている。

 その整った美貌からは、年相応の明るい可愛らしさが溢れ出し、それが粒子となって彼女の周りで輝いているかのように見えた。


(いや、誰だよ!!)


 スカートは制服でも見るが、そんな洒落た格好をするようなタマじゃねえだろうが。


「あー、ヤバ。普段意識してないけど、やっぱ改めて美少女だと思い知らされるね」


 額を押さえた敬が天を仰いでいる。魔王やつは黒髪を颯爽となびかせながら、直立不動で固まる盛田君へと花咲く笑みを向けて手などを振っていた。


「敬、気をしっかり持て。あれは美少女に擬態している野獣だ」

「まーたそんなことを言う……」


 呆れたような視線を感じたが、俺は無視して二人の観察を続けた(覗きでは断じてない)。

 相変わらず固まったままの盛田君の肩を、魔王が笑いながらバシバシを叩いていた。それで弾かれたみたいに盛田君は覚醒し、思い切り頭を何度も下げ始める。

 そこは遅れて来た魔王おまえが謝るところだろうが。相手に謝らせてどうする。


「それだけ、オーラがあるってことじゃないの?」


 確かに……。距離を置いて二人を見ていても、魔王の方が明らかに目立っていた。


「カップルというか、出来過ぎた姉と冴えない弟って言ったところかな。で、このまま尾行する?」

「尾行ではない。たまたま、あいつらと俺たちの行き先が同じなだけだ」

「はいはい。追うってことだね」


 敬が大袈裟に肩を竦めて見せたところで、二人もようやく歩き出す。その後を追うべく、俺たちも動き出すのだった。

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