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わたしは、どうしても言えないでいた。
手紙を書いて渡すことも……。
誰か、わたしに勇気をください。
先輩と話すことが出来るくらいの。
勇気を…。
「なぎさ。俺、父さんに付いていくことにした」
突然お兄ちゃんが言い出した。
「エッ…」
「向こうに行けば、スポーツも盛んだろ?俺さ、向こうで、サッカーをやりたいって思ったんだ。本場のサッカーとはいかないけどな」
お兄ちゃんが付け足す。
「なぎさは、スポーツ得意だろ。向こうなら色々なスポーツがあっていいと思うぜ」
お兄ちゃんは、何も知らない。
私の気持ち。
お兄ちゃんの後輩、大沢克俊先輩の事をわたしが好きだってことも…。
「なぎさは、もう少しゆっくり考えてだした方がいい。大沢の事も踏まえてな」
エッ……。
何で、お兄ちゃんが知ってるの?
「お前の事なら、大体分かる。大沢いい奴だぜ、キープしておいた方がいいと思う。到底、お前には無理な話か…」
お兄ちゃんは、それだけ言って部屋に戻っていく。
お兄ちゃん……。
そっか、お兄ちゃんうちの学校のサッカー部のOBだっけ。
それにお兄ちゃんは、今年の春に卒業したばかり。
知ってて当たり前か……。
でも、わたしにはもう一つ難問がある。
英語が全然駄目ってこと。
明日から、英語の勉強頑張らないと……。
「なぎさ、おはよう」
真奈が、わたしの背後から声をかけてきた。
「あっ、おはよう」
真奈は何時も先輩と一緒に登校してくる。
「じゃあな」
先輩は、それだけ言うと部室の方に行ってしまった。
「なぎさ。せっかくのチャンス見逃して」
真奈が、攻めたててくる。
「だって、何を話したらいいかわかんなくて…」
「何弱気になってるのよ。そんなじゃお兄ちゃん、他の娘にとられちゃうよ」
真奈が呆れたように言う。
「お兄ちゃんにも言われた」
「エッ…。どう言うこと?」
教室で話してたわたし達。そこに未久ちゃんも合流し、二人とも驚いてる。
「お兄ちゃん、わたしが大沢先輩の事を想ってること、知ってたみたいなの」
「エッエーーーー」
更に驚きの声が響く。
「ほら、うちのお兄ちゃんさ、この学校の卒業生じゃん。それにサッカー部のOBだし…。だから、先輩の事知り尽くしてるみたい」
わたしは、二人に説明する。
「嘘。でも、なぎさのお兄ちゃんの事信じられる気がする」
真奈が言う。
「そうね。なぎさのお兄ちゃんカッコいいもんね」
未久ちゃんが愛奈に続いて言う。
「そのお兄ちゃんは、向こうに行くって決めたみたい」
わたしは、そう付け足した。
「嘘。私、密かに狙ってたのに…」
未久ちゃんが言う。
お兄ちゃん、彼女いるけど……。
って、言わない方がいいか。
「それにしても、なぎさ。あんたはどうするの?」
真奈が聞いてきた。
「まだ決めかねてる。…けど、多分付いていくと思う」
「じゃあ、お兄ちゃんの事諦める気になったんだ」
真奈の言葉が、胸に刺さる。
「でも、お兄ちゃん。なぎさの気持ち知ってると思うよ。だって、私の部屋に入って来るなり、なぎさの事ばかり聞いてくるんだもん」
エッ…。
「先輩の妹ってだけじゃなくて、スポーツをやってるなぎさが一番好きみたいだよ」
「それ、本当…なの?」
「本当よ。スポーツできるのに何でクラブ入らないのか、不思議がってたよ」
「そうだよね。なぎさったら、運動神経だけは、人一倍凄いものね」
真奈も未久ちゃんも変に煽てる。
「早々。何やらせても動きがいいんだもの。あたし達霞んじゃう」
未久ちゃんが不貞腐れるように言う。
「向こう行ったら、何かスポーツをやってみたら、結構いい線いくかもね」
真奈が言う。
「そんな簡単に言わないでよ」
「なぎさなら、向こうに行っても活躍できると思うよ」
未久ちゃんが言う。
「まぁ、ゆっくりと考えれば、後二ヶ月もあるんだしね。その間は、私たちに付き合いなさいよね」
真奈が、笑顔で言う。
「ごめん。そうしたいのは山々なんだけど、今日から、英語の勉強しないと……」
「そっか…。それじゃあ仕方ないか」
「なぎさって、英語以外は、何でもこなせちゃうくせに、何で英語が駄目なわけ?」
未久ちゃんが痛いところをついてくる。
「そ…それは…」
わたしは、戸惑ってしまった。
「未久。私たちもなぎさに付き合ってあげよう。なぎさ一人で出来るものでもなさそうだし」
「そうだね。少しでも役に立つことしたいよね」
「未久ちゃん、真奈、ありがとう」
わたしは、二人にお礼を言う。
「英語なら、うちのお兄ちゃんが得意だから、教えてもらえば」
真奈が言う。
「ううん。そこまでしなくてもいいよ。わたし、一人で頑張るから」
「そう、もし解らないところがあったら、聞きにくるんだよ」
「ありがとう」
わたしは、二人と別れて、図書室に向かった。




