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第7話 星暦1211年4月19日

 


 星暦1211年4月19日


 エヴァンは朝から見知らぬ人間―――この国において、組織以外の人間はロニ達以外は殆どそうだが―――に呼びかけられた。


『昼休憩の時間に生徒会室に来てほしい』簡単に纏めるとそういう事である。


 もちろんエヴァンはその場で断った、『嫌です』と。


 理由を聞かれ、食事を取るのが遅い事、生徒会室が遠く行くのが面倒な事、はっきりと面倒なことに関わりたくない事、その全てを伝えてその呼びかけてきた男子生徒―――身なりからして貴族生徒である―――に言いたい事だけいうと、自分の席にと座った。


 これを聞いていたレオンやアンジェ、ロニが目を点にしていてエヴァンの笑いを誘って先ほどの男子生徒の事をすっかり忘れてしまうエヴァンだった。


 実際昼休憩の時間にはそんな一方的な約束を忘れレオン達と仲良く昼食を取っていた。


 そして放課後なり、エヴァンはついにレオンとの約束通り、王都から出て狩りへと行こうとしていたのだが、再び朝の男子生徒が話しかけてきた。


「そう時間は取らせないから、一緒にきてくれないか?」

「それは僕がレオン様とこれから狩りに出ようとしている以上に大切な事なんでしょうか?

 ちなみにこの約束は入学式から随分と伸びた約束なんで、早く行きたいんですが?」


 エヴァンはレオンを理由にして断ろうとしたのだが、さすがにレオンが待ったをかけた。


「エヴァ、さすがに可哀想だからいってやれよ。

 どうせ生徒会室っていったって、すぐに終わるような話なんだからさ?」


 そうだよな、とレオンがその男子生徒に念押しするかのように尋ねると、男子生徒は首が取れる位の勢いで縦に振った。


「…面倒だしレオン様使っちゃえば楽だったのになぁ」

「さすがに俺達以外の前でそういうのはちょっとどころじゃなくヤバイから、やめておいたほうがいいぜ?」


 具体的にいうと、怖い人たちがエヴァンを襲うらしいというと『何それ怖い』とワザとらしく怖がるエヴァンだったが、レオンがじっと見つめてくるので、渋々返事をした。


「はーい」

「よし、いってこい!!」

「なんか扱いが雑だよレオン様!?」

「……そろそろいいか?」


 男子生徒がそういうと、エヴァンはレオンに見送られて生徒会室へと向かっていく。


 途中一言も話す事など無かった為、少しだけ早く目的地へと着いた。


「失礼します、エヴァン・ヴァーミリオンを連れて来ました」

「ああ、本当かい!?」

(うっわ、テンション高いの出てきた、ウザそうだなぁ。

 リストに載せたい…けど、性格は他のよりまともそうだし、まぁ載せるのはよしておこうかな)


 エヴァンは物騒な事を考えていたが、さすがに思考がまるで殺人鬼の様に気分で殺すような存在じゃないかと―――否定したくてもこれまでの所業が否定できないが―――思わず唸ってしまった。


 生徒会長と思わしき人物、このいかにも暑苦しい背格好の男子生徒はオーバーリアクションで諸手を上げている。


 エヴァンは早くレオンの元に帰りたいという気持ちもあったのか、慇懃無礼な態度で事を構える事にした。


 どうせ断るつもりなのだし、ここではっきりとさせたほうが良いという気持ちもあったからである。


「それではお話を聞かせてもらえますか生徒会長様?

 聞いた上ですぐにお返事させてもらいますので」


 エヴァンを連れてきた男子生徒はエヴァンが断るであろうことは理解しているので諦めていたが、生徒会長以下他の役員達は知らないでいる。


 加えてエヴァンの平民生徒の分際で貴族生徒に対してどういう口の聞き方だ、といった諸々の感情もあったのだろう、生徒会長と男子生徒以外は剣呑な目つきをしていた。


「そうかい?

 それじゃあ聞くんだけど、エヴァン・ヴァーミリオン君。

 我々生徒会は君を生徒会役員に迎えたいと思うのだが、どうだろうか?」

「お断りします、それでは」


 やはりロクな事ではなかった、と溜息をつくと、エヴァンはドアノブへと手を掛けた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!!

 もう少し話を聞いてからでも遅くないとは…」


 生徒会長は―――名乗りもしないのでエヴァンは名前を知らない―――慌てて止めようとするのだが、他の役員達は止めようとしない。


 そして男子生徒も―――やはりこちらも名乗りもしないしエヴァンは覚える気も無い―――止めようとはしなかった。


「はい、自分には何の利益もない上に、他の誰もが賛成していないことが、目に見えて分かる状況です。

 そんな状況で自分がはいって、どうしろと?

 針のムシロに居座るなんて悪趣味、自分は持ち合わせていません。

 御納得いただけましたか?

 いただかなくても別に構いませんが」

「き、貴様っ!!

 無礼だぞ、私たちを誰だと思っている!?」

「貴族生徒の皆様ですよね?

 名前までは知りませんが、その身なりで判断は出来ます。

 無礼と言われますか…そもそも自分を呼んだのはそちら様ですよね?

 平民生徒の、しかも国外の留学生相手に一体何を要求しているのですか?」


 いきり立った役員に呆れたような目でエヴァンは返した。


 呼び出しておいて要求が通らなければ癇癪を起こすなど、赤ん坊の様で性質(タチ)が悪いとしかエヴァンは思えなかった。


「し、しかしだな?

 生徒会に入れば様々な特典が…」


 尚も食い下がる生徒会長に、エヴァンは更にきつい言葉で返した。


「結果的に自由な時間を削られる事自体が苦痛です、お断りします」

(しつこいなぁ、いつまで食い下がるんだよこいつら、連れてきておいて反対的な態度取るわ、うっとうしい)


 この場で殺したいという短絡的な思考が幾度も過ぎるが、エヴァンは必死の思いで我慢した。


 とはいえ、いい加減面倒になってきたのは確かで、エヴァンは男子生徒に伝えた通りの言葉を生徒会全員に伝える事にした。


「僕は平民で、いつ貴族生徒の皆様方に無礼を働くか…というか、今も働いているとは思いますけどするなんて危険を冒したくないんです。

 加えて僕は貧乏なんで次の授業料を支払うのに四苦八苦している最中なので、時間を割かれたくありません。

 それで納得出来ないというのでしたら…」


 ―――学院を去ります。


 この一言で生徒会長と男子生徒以外は表情が明るくなったのだが、さすがにそれは拙いと思ったのか、渋々といった様子で諦められた。


 平民生徒がいくら退学しても貴族生徒は気にしないだろう、腐敗し切っている学院側も当然だが気にしない。


 しかし、エヴァンの周りにいる物達が問題すぎた。


 侯爵令嬢、そして王族が二名。


 この学院には現在侯爵家以上の爵位を持つ貴族は存在せず、もちろんだが王族に匹敵する存在など皆無だ。


 そんな学院の最重要人物達と友人関係を持っている平民生徒、しかも気に入られているとの噂もあるエヴァンに対して、『無理やり生徒会に引き込もうとしたのが嫌で自主退学をした』と本人から聞けば、生徒会は生徒会長以下役員諸とも破滅の運命を辿るだろう。


 もちろん本気で無い事は生徒会長にも分かっていたが、その言葉を提示された以上、選択肢にすでに入っていると考えて間違いはない。


「無いようですね?

 では、失礼します」


 今度は誰も呼び止める事は無く、エヴァンはゆっくりと扉を閉めた後、足早にレオンの元へと走っていくのだった。



 ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ 



「…そこまで面倒だったんだな」

「うん、すっごく面倒だったんだよ。

 ああ、レオン様の事は一言も言っていないから。

 なんか勝手に向こうは勘違いしてくれた感じだったけどね。

 大いなる大気よ万物を切り裂く刃と為れ 【風刃烈破】」


 エヴァンが詠唱すると同時に無数の風の刃がゴブリンに殺到していく。


 風という不可視の刃が無慈悲にゴブリンを蹂躙していく。


 ただでさえ視認する事が難しい風の刃を受け、ゴブリンはその身を細かく裁断された。


 遠くからレオンを警護している騎士もエヴァンの魔法に驚いていたのだが、エヴァンは気付かない振りをしてそのイライラを目の前のゴブリンやグリーンキャタピラーに向ける。


 魔獣の中でも討伐難易度が特に低いのがゴブリンのような『小鬼』、そしてグリーンキャタピラーの『魔蟲』である。


 どちらも上位種となれば手強くなるが、エヴァンは当然のことだが、レオンのレベルならばこの程度の魔獣ならば物の数ではないのだ。


「…しまったぁ、討伐部位まで細切れにしちゃったよぉ」


 ゴブリンは牙、グリーンキャタピラーは触覚が討伐部位となっている。


 冒険者ギルドでは討伐部位が依頼証明であり、買取する際に金になる部分なのである。


「…何回目だよこれ」


 ぼやくレオンも当然の事だがこの台詞を何度も呟いていた。


 生徒会との話し合いに腹を据え兼ねているエヴァンが草原で魔獣の虐殺をし続けて一時間ほど立つが、一部の草原は魔獣の血で染み込んでいて、さらに魔獣を呼び寄せる程臭いが強烈になっていた。


「…あ、ごめんねレオン様。

 僕ばっかり楽しんじゃって。

 結構魔力使っちゃったから、少し休んでおくよ。

 レオン様の活躍を見学しておくから、頑張ってね」


(ホントはまだまだ出来るけど、さすがにこのイライラが原因でレオンとの仲が悪くなるのもヤバイ。

 ここは疲れた表情をしてからの応援と…)


 レオンはエヴァンが休むというとほっと溜息をつき、血に誘われたゴブリンとグリーンキャタピラー、そしてオーバーラビットに剣を振るった。


 ゴブリンはレオンの腕力に耐え切れずにぼろぼろの剣ごと袈裟切りにされる。


「よっしゃつぎぃ!!」


 グリーンキャタピラーの動きはゴブリンよりも遅いため、抵抗もロクに出来ずに串刺しにされた。


 すぐさま剣をグリーンキャタピラーから抜くと、突進して来ているオーバーラビットの攻撃を避ける。


「強烈なる炎よ連矢と為り敵を貫け 【フレイムアロー】!!」


 旋回して再度レオンに突進を仕掛けるオーバーラビットに向かってレオンの【フレイムアロー】が全弾命中した。


 オーバーラビットの討伐部位は毛皮なのだが、レオンは構わずに魔法でけりを付けた。


 オーバーラビットは体長五十センチを超え、その体毛は分厚いのだ。


 剣で断ち切ろうとしても、恐らくはレオンの一撃ではまだオーバーラビットを死に至らす事は難しいのだろう。


 それでもエヴァンはレオンの魔法技能には関心した。


 殆ど無駄のない魔力操作で炎の矢を放ったその速度は、十分実戦に通用する代物だったからである。


(ふーん、意外と戦い慣れてるや。

 報告書に載っていない位だから、大した事ないと思っていたのに…。

 まぁ、組織の【准尉】クラス位かな。

 脅威にはなりそうにないね、うん。

 となると後はロニかぁ、確か2級魔法使い(セカンド)クラスの実力を持っているとか。

 本当なら【中尉】クラスの上位、それか【大尉】クラス?

 どっち道僕の敵にすらならないから危惧していないけど…警戒するなら宮廷魔導師かなぁ)


 宮廷魔導師というのは王宮に雇われている魔法使いのことで、総じて実戦経験の高い2級魔法使い(セカンド)クラス、または1級魔法使い(ファースト)クラスの実力者で構成されているという、王国最強の魔法使いのことだ。


 特に宮廷魔導師長のベルンハルト・フォン・ヨーゼフは特級魔法使い(レジテンス)クラスといわれている。


 戦力として一番警戒するのなら、この魔法使い以外いないとエヴァンは睨んでいた。


(…と思いたいんだけど、あの男爵さん殺す時に展開させた【不音之鳥籠】に気付けていない辺り、警戒したいけどしなくてもいいような…うーん?)

「すごい魔法だったな、どういう術式構成なのか聞いてもいいか?」


 遠くから見守っていたはずの近衛騎士がエヴァンに話しかけてきた。


 気付いていない振りをしていたエヴァンは驚いたような演技をして答える。


「き、気付かなかったです」

「そりゃそうだ、お前さん位の子供に気配を消しているのを気付かれたらたまったもんじゃないからな。

 それで、さっきの魔法どんな感じの術式なのか、よかったら教えてくれないか?」


 随分と気安い上に図々しい近衛騎士にエヴァンは申し訳なさそうな顔をして断った。


「申し訳ないんですけど…この魔法を誰かに教える気はないので」

「そうか、残念だ」


 エヴァンはこの近衛騎士が貴族出身だと思っていたのだが、口調や見た目からして果たして本当に貴族出身なのかと思うほどに残念(・・)にしか見えない近衛騎士である。


 貴族特有の金髪とさわやかな顔立ち、御伽噺に出てくる王子様のようで、エヴァンはこっそり『レオンよりこっちのほうが王子っぽい』等と思うほどである。


 レオンの近衛騎士だからという理由では片付けそうにないほどに、中身と外見が正反対に見えてしまう青年である。


「ところで、一つ聞いていいか?」

「答えられる質問でしたら何なりと」


 すると目つきが鋭くなった彼、パトリオット・フォン・タービルはどすの聞いた口調でレオンに聞こえない声量で尋ねてきた。


「お前は何者だ?

 何を企んでいる?」


 エヴァンは驚いた様子でパトリオットを見つめた。


(さて…どう返せば納得してくれるかなぁ。

 恐らく深い意味はない、これは単純に王族に近付こうとしている人間に一通り尋ねている通過儀礼なはずだ。

 なるほど、あの時の怖い顔した騎士もそうだけど、実力はともかくとして、質は中々だね、近衛騎士っていうのは)


 エヴァンは近衛騎士を見下していた事を若干だが修正すると、最もパトリオットが望んでいるだろう言葉で返した。


「それって随分と広義的な質問ですよね?

 学院の主席、錬金大国ミスラ公国からの留学生?

 それとも…ミスラ公国からやってきた間諜(スパイ)で、王族であるレオン様やアンジェ様に近付いて何かの工作を企てている…なんていえば納得出来るんですか?」


夜明けの軍団(レギオン)】の情報網があれば、エヴァンが自ら出張る必要はない。


 こういった任務はルーベン達【尉官】クラス以下の仕事で、本来エヴァン達【佐官】クラスの仕事は作戦の立案や運営になってきている。


 実際エヴァンもそちらの方面も出来なくはない。


 性に合わないとばかりに最小限の仕事しかしないのである。


 エヴァンは直接(・・)計画関わる事を望んでいるのだ。


 指示されるのにそれほど不満はない。


 殆どの【佐官】はそれまでの経験を十分に活かせるだけの才能がある者達ばかりで構成されているからだ。


 特にエヴァンは【佐官】クラス最上位階級序列第二位【大佐】。


 自他共に優秀だと豪語しているエヴァンより更に優秀な面子が上位にいるのである。


 内容はともあれ、不安に思うことなどまったく浮かんでこないのである。


 閑話休題(それはさておき)


 エヴァンの挑発にパトリオットは目付きを更に鋭くさせた。


 エヴァンとしては穏便に済むと確信しているが、余裕な所が更に胡散臭さに拍車を掛けているのだろう、パトリオットが剣に手を掛けようとしたとき、レオンから声がかかった。


「おーいエヴァ!!

 今度は一緒に森の方に行こうぜ!!」

「あらら、呼ばれちゃいましたか…。

 で、どうでしたかパトリオットさん?」


 エヴァンの演技に不自然な点を見抜けなかったパトリオットは、重々しくも口を開いた。


「ふん、お前は殿下の友達だ。

 胡散臭く見えるのは、ワザとやっているっていう事だろう?」


 エヴァンはパトリオットが納得した事を確認すると立ち上がって、にやりと笑ってみせた。


 エヴァンにとっては『騙されてくれてありがとう』という意味の篭った笑顔であるが、パトリオットは気付かずに都合良く解釈していた。


『立場を超えた友情に報いようとしている』といった印象をパトリオットは受け、憎まれ口を叩いたのである。


 エヴァンは腹の底で嗤う。


 パトリオットは本当にレオンの事を信頼しているのだろう。


 長年レオンに仕えているとレオンの紹介があっただけあり、仲の良い兄弟のような関係なのだろうとエヴァンは推察するが、間違ってはいないという確信がエヴァンにはあった。


 お互いが信頼し合っていて、背中を預けられるような関係なのだろう。


 その関係を壊そうという気はエヴァンには無い。


 関係そのものを良い思い出(・・・・・)のまま残してあげたくなっただけだ。


 もう一人の近衛騎士サイラス同様、計画の経過に起こるであろう出来事を面白おかしく盛り上げようとエヴァンは楽しそうに嗤う。


「ま、そういう訳です。

 僕も出来る限りレオン様と楽しくやっていこうと思っているんで、まぁよろしくお願いします」


 これで恐らくパトリオットはこの後王宮に戻った後、アンジェに事の次第を報告するだろう。


 レオンの警戒心はすでに溶けているが、アンジェのエヴァンに向ける視線はこれで和らぐはずである。


 計画通り、と笑うエヴァンは軽くパトリオットに頭を下げてレオンの元へ走っていく。


「なぁ、パットと何か話してたのか?」


 エヴァンとパトリオットの話が気になったのだろう、少し興奮した様子でレオンが尋ねてきた。


「うん、レオン様と仲良くしてやってくれっていわれてね。

 僕は『はい、分かりました』って話した、それだけだよ」

(そう、計画が終わるまでの間、仲良くやっていこうねレオン。

 君が持っているだろう王宮の情報も近い内必要になってくるはずなんだから)


 暗い笑みを浮かべるエヴァンにレオンは気付かず、エヴァンの返しに顔を真っ赤にして森へと走って行く。


「レオン様、火系統の魔法を森で使うのは色々とまずいよ?」

「ははっ、大丈夫だって!!

 森が全焼するような魔法なんて使わねえから!!」

「まず森に行くっていうのを考えようよ!?」


 見る者がいれば仲の良い二人が笑い合っている様にしか見えないだろう。


 一方が闇で手ぐすね引いて待ち構えているような悪鬼の類だとは、誰も気付かないでいた。



 ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ 




 夜も更けた頃、パトリオットはサイラスと共にアンジェの部屋に入室した。


 この時点でその現場を見る者がいれば怪しんだことだろう。


 レオンハルト第三王子の護衛騎士がアンジェリーナ第一王女の寝室へと入室していったのである。


 とはいえ、すでに人払いがされている以上心配することなどなく、二人はアンジェの前で跪く。


「アンジェリーナ王女殿下、近衛騎士パトリオット及び近衛サイラス、報告を申し上げに参りました」

「御苦労様でした。

 では二人とも、報告なさい」

「「はっ」」


 本来近衛騎士が情報収集をする必要等無い。


 近衛騎士の使命とは王族の護衛、及び王族直轄領の警護だ。


 それがこのような間諜(スパイ)めいた行為をするのには訳があった。


 それを命じたのが王族ではあっても間諜といった立場の者達に対して、命じる立場に無い王族であるからだ。


 アンジェには周りの近衛騎士にしか命じる権利(・・)しかない。


 さらに口が堅くアンジェやレオンの為ならどんな命令にも聞くような近衛騎士で無ければならないのだ。


 アンジェの近衛騎士は信用出来ない。


 その殆どがアンジェと関わりを持ちたい貴族の子弟で構成されていたため、不要な隙を見せる訳にはいかなかったのである。


 残っていたのはレオンの近衛騎士であるパトリオット、そしてサイラスだ。


 どちらも正確になんがあるものの、王族に対して格別の忠義を持っていて、尚且つレオンやアンジェの命令にはどんな命令にも従っていた。


「はっ、では私から報告いたします」


 サイラスはアンジェに命じられた『エヴァン・ヴァーミリオンとその周りに関して』の報告を始めた。


「エヴァン・ヴァーミリオン、ミスラ公国出身で縁者は父が一人、そして妹が一人の三人の家族構成です。

 父であるルッケンス・ヴァーミリオンはミスラ公国を本店に置くベルモンド商会で会計の役職に付いているようで、人当たりも良く周囲の人間に評判となっています。

 金勘定に五月蝿いと複数から証言は得ましたが、それが原因でアナハイム王国に左遷されたのだと噂されていました。

 妹のアニマは父と兄がいない間は教会の孤児院で遊んでいたり、市場を歩いたりと活発な性格のようです。

 追跡していたパトリオットは何度か見失う事もあり情報は少ないのですが、おおよそ年相応の子供にしか見えないとか。

 親子間、兄妹間の関係も良好で、近所でも知れた仲良し親子で、不審な点はありませんでした。

 あるとすれば…この二名はルッケンスの養子(・・)だということなのです」


 三人が一緒に買い物をしていた時の八百屋の主人の証言によると、あまりにも似ていないため茶化して本当の家族かなのかと質問をしたところ、養子なのだと返されたそうなのである。


「そう、養子なのね。

 となるとエヴァ君の本当のご両親はすでに他界されている可能性が高いか…。

 分かったわ、続きを」

「はっ、ここからはこのパトリオットがご報告させていただきます」


 パトリオットの集めていた情報とはまた別個の情報をパトリオットは集めており、『エヴァン・ヴァーミリオンの行動及び不審な点に関して』である。


「エヴァン・ヴァーミリオンとベルモンド商会の繋がりですが、彼の錬金術で作ったポーションといった薬品を専属で卸しているようです。

 父親がそこに所属しているとあってか、店員との関係も良好で、おおよそ不審な点は見られませんでした。

 このベルモンド商会、洗ってみたのですが暗い噂が無く冒険者達の間でも評判の商会のようです。

 そして今日思い切ってエヴァン・ヴァーミリオンに尋ねてみましたのですが…」

「な、なんですって!?」

「パトリオット、さすがにそれはまずいだろう?

 秘密裏に情報を収集していたのに、それでは…」


 アンジェとサイラスが揃って難色を示したのだが、パトリオットはその涼やかな表情を崩さなかった。


「いえ、それでも十分な成果は得られました。

 彼は怪しい(グレー)と見せかけた潔白(ホワイト)です。

 王族であらせられる殿下方に矛先を向けない為に、敢えてそうした態度で普段から臨んでいるのです」


 エヴァンがレオンと一緒に狩をした時の状況と話していた内容を性格に報告すると、アンジェは苦い顔をしながら溜息をついた。


 サイラスは呆れた表情でパトリオットを見ているが、長年の付き合いからなのか、早々に諦めた様子で黙り込んだ。


 本当は完膚なきまでにクロ(・・)なのだが、ついにパトリオットはその事に気付かず、アンジェに報告してしまった。


「…分かりました、報告は以上かしら?」


 アンジェは心の内で二人の報告とこれまでのエヴァンの行動を鑑み、警戒する必要の無い、安全な人間だと分類してしまった。


 これが後にこの王国にとって、王都ベルンに未曾有の危機を招き寄せる原因となった事に、彼女は最後まで気付かなかった。




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