第6話 星暦1211年4月17日
そういえばアニマが活躍している部分があまりにも少なかったので、普段学院でエヴァンが自堕落な妄想にふけっているころアニマは一体何をしているのか、ちょっとスポットを当ててみようかと。
それでは、どうぞ。
アニマは朝早くから朝食をとると、エヴァンと挨拶せずにある場所へと向かって行く。
王都の闇、スラムの更に奥にある暗黒街へ。
アニマを見るなり顔を背ける闇商人で溢れだし、その様子にアニマはにやりと笑っていた。
アニマが来た当初、護衛も連れずにやってきた身なりの整った美少女を捕まえようとした商人とその取り巻きが十秒と掛からず肉団子にされたのを見た彼らはアニマに対して率先して距離をとった。
何度かそれを知らない馬鹿がオイタをする事も週に何度かあるが、総じて肉団子か酷くて粗挽きである。
美少女の格好をした悪魔とアニマは評判となっていた。
その彼女はここ最近毎日といっていいほど顔を出してきていた。
何かを探すアニマに、一人の青年が現れる。
糸目で日に当たった事があるのか、青白い顔をした不健康としか見えないが、この闇市場でアニマに気軽に話しかける常軌を逸した人物で有名だった。
「アニマ様、本日はどういった用件でこちらに?」
「おおサルヴァーナか。
はは、いやなに、長老の小僧共に会いに行こうと思ったのじゃが、手土産が無いかと思って露天を回っておるんじゃよ。
わざと偽物を掴ませて恥をかかせたものか、マジメにしょうも無いモノをくれてやろうか、迷っていてのう」
アニマの年寄りがかった口調も今では慣れたものなのか、サルヴァーナは不健康そうな笑みを浮かべている。
長老というのは、この暗黒街に張り巡らされている闇市場を取り仕切っている総元締め五人の事だ。
アニマが暗黒街に来て一週間、腕の立つアニマに身の程を教えてやろうと手練れの殺し屋を送り込んだものの、見事に逆殺され長老達が隠れ処に単独で襲撃をされたという、なんとも哀れな老人達だ。
その命と引き換えにこの五人の老人達はアニマの小間使いとなり、アニマの望む情報を集め回っているのだ。
楽しき主、エヴァン・ヴァーミリオンの為に。
かつては闇の貴族と呼ばれ、並の貴族では逆立ちしても届かないほどの資金を持っていた老人達も、今では怪物の玩具となっていたのであった。
このサルヴァーナという男は長老達の一人、タッセク・ボーリの孫なのである。
闇市場にある魔道具を率先して流通させている優秀な商人なのだが、彼自身も優秀な魔法使いで、十八歳の若さで一級魔法使い(ファースト)クラスの実力を誇る水系統魔法使いだ。
「それでは…これなんていかがですか?
これは『蟲寄せの笛』といって、大小様々の蟲を吹いた中心に呼び寄せるというものです。
ある魔道具職人が実験的に作ったそうなんですが、実はこれ、失敗作で」
「なんじゃ、一匹も寄ってこなんだのかの?」
アニマの読心をして知ってはいるが、知らない振りをしてそのままサルヴァーナに話を続けさえる。
「いえいえ、そんな事はありません。
確かにその名の通り、大小様々な『蟲』を呼び寄せました。
『魔蟲』と呼ばれる、魔獣の類すらも寄ってきたのですよ。
どうやらありとあらゆる『蟲』を呼び込むらしく、製作者にして最初の奏者であった道具職人は蟲達に食い荒らされ無残な最期を迎えたようなのです。
どうやら一度吹けば魔力を全て吸い取られるような欠陥品だということが後に分かって、この闇市場に回ってきたのです」
これを手に入れた闇市場では一時長老たちに逆らう愚者を無惨に処刑させるような事をしていたが、サルヴァーナの物となって以来、それは行われていない。
欠陥品とはいえ強力な魔道具を価値の分からない者に触れさせたくないのだ。
そんな彼がそんな恐ろしい魔道具を実の祖父を含めて使わせようとしているのに、アニマはそれも一興かと頷いてしまった。
血縁とはいえ情など見せた事のない闇社会の一員の心情など、アニマにとってはどうでもいい事であったからだ。
「ふむ、おもしろい物を持っておるのう。
そうじゃな、ではそれを手土産にするかの。
最初に開けた者に吹いてもらうとしようかのう。
ひひっ、面白い光景が見られそうじゃわい。
ちなみにサルヴァーナよ、最初に開けるのがお前の祖父がになってしまっていいのかのう?」
返ってくる答えもわかっているが、敢えてアニマはサルヴァーナに尋ねる。
「それもそれで一興かと」
―――ここは暗黒街、情も無く、正義もない。
この暗黒街にあるのは、”堕落”と”狂気”、そして”邪悪”で溢れかえっていた。
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結局、ロニはそのまま学級委員長をすることになった。
意外なことに、アンジェが学級委員長になるのを拒否したせいである。
なるにしても副委員長としたアンジェに、ロニは諦めるしかなく、学級委員長と自他共に認めるしかなかったのである。
中間テストも終わった次の日、学院の教師が採点―――殆どの採点は平民出身の教師がやっていた―――した結果が学院の入り口に張り出されていた。
エヴァンは教室へと向かう途中ちらりと見ただけだったが、人込み等気にしなくても良いほど分かりやすい位置に自分の名前が載っているのを確認すると、そのまま教室へと向かっていった。
そこには不貞腐れているロニとそれを慰めている王族兄妹がすでに待ち構えていて、エヴァンは構わずに席に座る。
「…エヴァ、今回は負けたけど、次の期末考査でこの借り、何倍にもして返して上げるんだから、覚悟なさい!!」
「…今回も、ですよロニ様。
その調子だと次の期末テストも心配しなくてもよさそうなので、安心して臨ませてもらいますね」
「な、なによっ!!
そんなんだから友達が出来ないのよ!!」
「僕には恐れ多くもレオン様とエヴァ様がいますから、十分友達には恵まれています。
御心配など不要です」
さり気にその友人枠にロニを除外していて、ロニもそれに気付いて更に顔を赤らめていた。
目頭に涙も浮かんでおり、あまりの怒りに涙も出てきたのだろう、エヴァンはそう思うと内心でぼやく。
(はぁ、そんな事なら突っかかってこなければいいのに…面倒臭いなぁロニは。
まぁ顔を真っ赤にするのは見ていて面白いからいいんだけど)
「エヴァ…煽らんでくれよ、漸く落ち着きそうだったのによぉ」
「エヴァ君は朝から絶好調なのはよく分かったわ」
そんな二人に王族兄妹はそれぞれげんなりとした表情で溜息をつくと、エヴァンに『おめでとう』という言葉を贈った。
「宣言通り一位になりやがって…俺なんて、順位が下がっちまって帰ったら父上に説教だぜ」
『父上』というのは、レオンやアンジェの父である現国王ビスマルク・ヒュッケ・ヴァン・アナハイム三世である。
国内外の評価はほぼ一致していて『賢王』と呼ばれていた。
エヴァンからすればそんな大仰な名で呼ばれているのなら戦争なんて起こすなよ、と恨み言の十や二十も言い連ねたい気持ちに駆られたが、最後の最後まで我慢する事にした。
そんな表情をおくびにも出さず、エヴァンはレオンに尋ねる。
「何位だったのレオン様?」
「七位だった…ケアレスミスが多かったって、王宮に戻ってから答え合わせしている途中アンジェに言われた」
「さすがに歴史問題で先王陛下の名前を間違えているのに気付いた時は本気で泣きそうになりました」
王族ともあろうものがそんな問題でミスをしたなど、採点を行った教師からすれば卒倒ものであろう。
エヴァンはそれでも十分上位に入っていると慰めるが、レオンは五位以内には最低でも入りたかったらしく、余り功を為さなかった。
「ていうかエヴァ、俺の順位見てなかったのかよ!?」
「あんな人ごみの出来た場所に近寄りたくなかったし、見えやすい位置に僕の名前が載っていたから近付く必要ないでしょ?」
「俺の順位もそれぐらい見やすかったぞ!?」
「自分の名前しか確認しなかったんだ、ごめんね?」
「ひでえ!!」
遠回しにエヴァンが自分以外の人間に興味を持っていない事を暴露した瞬間だったのだが、レオンの大袈裟なリアクションで笑いにと変わってしまう。
アンジェは苦笑して、ロニは再度突っかかってきて、教室の一部は実に賑やかとなっていた。
「はっ、調子に乗っている平民がいると聞いて見に来てみれば、王族であるレオンハルト様、アンジェリーナ様に言葉使いを改めないなど、不敬だぞ!!」
そんな中、やけに居丈高な声がエヴァンに掛かってきた。
エヴァンからして見れば、『ああ、漸く来たんだ』位の感想しかなかったが。
「兄様…」
ロニが呟く声にエヴァンが思わず納得してしまった。
兄様、つまりはそういう事なのだろう、と。
(コレがベルフォイ・フォン・ビストかぁ。
金髪碧眼で吊り目な所はロニにそっくりだけどあんまし頭は良くなさそう、顔から見て悪知恵位は働かせる程度の頭の出来、かな?
輪に掛けた典型的なクズだ、おまけに取り巻きも頭悪そうだし、サル山の大将だねこりゃ)
「ロニよ、お前も侯爵家の者として、殿下方の友人としてこの平民の言葉遣いを正さねばならないのに、何をしているのだ」
言っている事はまともに聞こえるのだが、その表情からして悪意しか見られない。
あからさまにエヴァンを甚振ろうという魂胆が見え透いていて、底が知れるほどに小者臭いのだ。
「…ベルフォイよ、この者は俺の友人だ。
だから言葉遣いを改める必要はない、用が済んだのなら去れ」
エヴァンはレオンが王子様らしい姿に驚いた。
アンジェやレオンは流し目に呆れの入った視線を送ると、送られた主であるエヴァンは肩を竦めた。
「いけません殿下、いくら殿下が許そうとも、その事にそこの平民が調子に乗ってしまいます。
ひいてはこの王国、王族が嘗められてしまうのですぞ?」
(設定上、僕って外国から来た留学生だからねぇ、その当たりはついてくるか、ホント悪知恵の働くタイプってイラつくなぁ)
「エヴァはそんな事はしない、これでも見る目はあるのでな、お前と違って」
そんなエヴァンの思惑をよそに、レオンが全面的にエヴァンを信頼する事でベルフォイの忠言という名の悪意を払った。
ベルフォイの噂を知っていたのだろう。
侯爵家の権力をかさにきて平民生徒を苛め、一部の優秀な生徒まで退学させたりと、学院でも有名な話だ。
ゲス取り巻きも連れていて、爵位は低いもののその性根はベルフォイと同じく底辺を彷徨っている連中である。
引き下がったベルフォイ達であったがまだ諦め切れていないようで、恨みがましい目でエヴァンを睨んで去っていく。
エヴァンにして見ればいつもの事で、あれほど露骨に睨んで来るベルフォイが珍しいと思うほどだ。
「ちっ、せっかく会話が盛り上がっていたのに、あのバカの所為で台無しだぜ。
あんなのが従兄弟だとか、最悪だぜ」
「ロニ、ベルフォイ君最近またやらかしたのでしょう?
学院に黙らせているけど、水面下じゃ彼のやってる事も知れ渡っているし、もう直に貴女のお父様にも知れるわよ?」
レオンがベルフォイとの血縁関係に悪態をつき、アンジェがロニに忠告するのだが、ロニはそれまで真っ赤だった表情を苦りきった表情で呻いていた。
「あれが兄だとは正直今でも信じられないのよ…生まれる前に常識とか良識とかを母様の中に忘れてしまったのがあの男の一番の罪よね」
実の兄弟に対してそこまでいうのか、とエヴァン辺りは思うのだが、兄弟などおらず、周りには競争相手ばかりなエヴァンにそんな仲の者など一人としていない。
人それぞれだと思うことにしたエヴァンは、授業開始の鐘が鳴った事で漸く会話から開放された。
エヴァンにとって長く面倒で不要な授業の開始である。
(…まぁ、むかついたし機を見てブッ殺そう、そうしよう)
ロニの血縁者である事から、計画終盤に殺さなければならないと計画を立て始めたエヴァンにとって、学院にいる間は有意義な時間を取れたといえよう。
アニマが闇社会でロクでもない計画を立てている頃、主人であるエヴァンも同程度のロクでもない計画を立てているのだった。
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ベルモンド商会の二階会議室、そこではルッケンスがある人物と会見を行っていた。
組織から派遣されてきた監察官、コードネーム【白眼】のウルスラである。
組織の軍服は黒を基調にしているのに対し、ウルスラの来ているのは正反対の白を基調とした色合いとなっていた。
しかし、ウルスラの一言で現すのなら、【異彩】としか言えないだろう。
組織だけでなく、大陸全土を見てもいるかどうか怪しいといえるほどの白髪、白眼、そして異常なほどの白き肌。
そして顔面の半分を組織の紋章で”ある剣に串刺しにされた星”をでかでかと彫り込んでいる。
組織のことを知る敵対組織がいれば、すぐさまウルスラを討ち取ろうと襲い掛かってくるだろう程に、分かりやすいのだ。
「報告書を見させてもらいました、第一位【中将】ルッケンス・クーガー殿」
これまた白いフレームの眼鏡を押し上げながら報告書に目を通し終えた。
王族への接触、王都周辺の情報収集、リストに上がった重要人物宅への襲撃、これらを含めこの先実行しようとしている計画を見て、ウルスラは簡潔に感想を述べた。
「問題ありません、このまま続けていってください。
【元帥】方にはボクから報告させてもらいます」
【夜明けの軍団】の中でもたった1人の監察官にして『主席監察官』。
今計画が遂行されているかを監察するために派遣されてきた彼はルッケンス達の計画に加担する事はない。
基本的に監察、あくまでも監察、つまり見ているだけなのだ。
エヴァン達の任務を手伝う事はしない。
しかし、過去何度かちょっかいを計画中にしているため、計画遂行関係者からは蛇蝎の如く嫌われている。
「よろしく頼む。
この後はどうされる予定かな?
食事を取るのならお勧めの店を紹介出来るが」
「ふふ、結構ですよ中将閣下。
これでも忙しい身でして、もう一つの計画の進捗状況を監察しに行かなければならないのです」
一礼すると、ウルスラは席を立ちその場で消えてしまった。
ウルスラの持つ特異系統魔法【瞬身魔導】をしたのだ。
その名の通り自らの身体を瞬時に移動させる事の出来る魔導で、彼はこの能力を十二分に行使する事で複数の計画の監察を行う事が出来るのである。
遥か先にウルスラの気配を感じ取ったルッケンスは、溜息をついた。
「…さて、この後はどうするか、それが問題だ」
ルッケンスは敢えてウルスラに最新の報告書を提出しなかった。
何しろ不確定な情報なのである、慎重情報を精査していたため、現状では提出できる状況に無いと判断したのだ。
すでに次の目標は絞り込めてはいるが、ルッケンスにとってはどちらがより効果的なのか、それが不明なのである。
階級、地位などを鑑みたり、王への信頼の厚さを比較して見てもどちらに優劣があるのか、情報だけではまだ十分とはいえないのだ。
そうなると、それらを調べ上げるに限られた方法は少なく無い上にリスクが大きい。
「…仕方ない、この方法しかないか」
呟くルッケンスの声は消え入るほどに小さく、だが何かの確信があるのか、その顔は喜色に満ちていた。
読了頂き、ありがとうございました。