第4話 星暦1211年4月12日*
大変グロイ文章がいっぱいです、気分が悪くなる方が多少出る可能性がありますので、ダメな方はブラウザバックをお願いいたします。
「あ~た~らし~い、あさっがきった!!」
き~ぼ~おの、あ~さ~が!!」
「アニマ、今は夜だよ?
あとうるさい」
突然騒ぎ出したアニマに、エヴァンは思わずチョップを入れた。
時刻はすでに草木も眠る丑三つ時、いきなり夜のしじまを突き破ろうとしている馬鹿に呆れながら、エヴァンは周囲を警戒した。
ただでさえここにいるのは大柄な人間四人に子供二人という怪しい集団なのだ。
警邏をしている者が見れば一発御用である。
ルーベン達部下も慌てて周囲を見回していて、誰も気付いていない事を確認していた。
「心配せんでも、誰もおらんぞ?
半径500メートル内にいるモノは人も獣も皆々、主の魔法で強制的に眠っておるよ。
なんとも便利な魔法じゃのう毒系統魔法とは。
応用力ありすぎじゃろ?」
そう、アニマが呆れるような目でエヴァンを見ていた。
【毒王魔導】、エヴァンの風系統以外に持つもう一つの魔法である。
錬金術でも精製不可能な程の猛毒を魔法を生み出すことも出来れば、調整すれば生物に対して腐敗・麻痺・昏睡など、ありとあらゆる状態異常を引き起こす事の出来る特異系統魔法だ。
特異系統魔法というのは通常ある四大系統魔法以外に分類されていいない魔法の事で、かつて確認されたのは『時・空間・創造』といった強大なものばかりであった。
エヴァンの持つ【毒王魔導】もそれに該当し、エヴァン以外にこの魔法の使えるものは表の世界も裏の世界を含めいないという、エヴァンだけの原型魔法ともいえよう。
アニマのいう通り、エヴァンの魔法には応用力がありすぎるのだ。
その気になれば対象を即座に毒殺する事も出来れば、神経を侵して拘束する事も容易となる。
ほかにも多々応用の利く手段があるが、エヴァンとしてもこの魔法は使用魔力が多い為、多用する事はない。
これだけエヴァン達が騒いでいるのに誰も確認しにも来ないのは、ひとえにエヴァンの放った毒が浸透しているのだろう。
今頃この毒を吸い込んだ人間は気付かない内に昏睡状態になり、朝になるまで起きて来れない。
中心部にいる、アルアーク男爵家の人間達以外は。
エヴァン達は門番をしている私兵達に気付かれていない事に安堵すると、安心してため息をつく。
「いやアニマ様、今の大声はさすがに半径500メートル以上でも聞き取れそうなくらい、大きな声でしたよ?」
ルーベンがぼやいているのだが、アニマはそんな声聞こえないとばかりに続けていた。
「さて主よ、もう一つの実験はどうなっているんじゃ?
これだけ大規模な魔法を展開したんじゃ。
王宮側で何か行動があったんじゃないかのう?」
そう、エヴァンはこの任務を受けるに当たり、ルッケンスからは別系統の任務を受けていた。
王都内部にいる魔法使い、特に王宮にいるとされる宮廷魔法師―――国家所属の魔法使いの名称の事をいう―――の能力を推し測る事である。
王宮からこのアークス男爵邸まで直線距離で2キロある。
とはいえ、周囲には他の貴族に雇われた魔法使い達もいるはずであるし、それ以外のギルド所属の魔法使いの能力もこれで測ろうとしているのだ。
そしてエヴァンは毒魔法、そしてそれを広域展開させるための風系統魔法を使用した。
とはいえ、大々的にばれては問題なので、隠密性能の高い魔法を使用している為、このレベルを気付く出来る魔法使いがいるかどうか、それが重要なのである。
この魔法に気付く者がいた場合、一時任務を放棄してでもその魔法使いを排除しなければならないのだから。
しかし、エヴァンが王宮周囲に放った監視魔法―――遠距離にある音を使用者に聞こえさせるものである―――からはそれらしい音は聞こえてこない。
「うーん、それらしい音は聞こえてこないね。
ほかにもギルドとかにも放ってみたり、ギルド上位陣の泊まっている宿屋も確認してみたんだけど、こっちもそれらしい反応はないなぁ。
警戒するような魔法使いは、この王都には今の所いないと見ればいいのか、それとも僕より隠密性の高い魔法を使って隠れて行動している魔法使いがいるのか…。
一番怪しいのは貴族街に雇われている魔法使いとかだけど…魔法使いって意外と少ないから、すごいのいなかったりするのかなぁ?」
かつては魔法を使えるのは貴族だけだった。
その権威を誇示する為に、魔法を使える人間を率先して貴族達が囲った事が起因している。
現在ではそれも今は昔の事とされており、魔法使い達は数は少ないが在野にも存在しているのだ。
エヴァンのいる組織にも魔法を使えない者が多くいるが、それでもそれ以外の技能で補う者が多いが、今はここでは関係ないだろう。
現状を鑑みた結果、エヴァンは決行時刻まで警戒を厳にして作戦決行を待つことにした。
ルーベン達もそれに習い警戒をしている。
アニマはといえばエヴァンにチョップを入れられたとあってか小石を使って何やら絵を地面に描いていた。
お世辞にもうまいとはいえない、エヴァンはそんな事を考えていると、アニマに足を踏まれた。
「バレバレ?」
「バレバレじゃ」
そんな場違いな会話を誰も咎める事もなく、時間は決行時刻である0200となる。
エヴァンは結論として、現状王都に警戒すべき魔法使いはいないと判断した。
とはいえ仮の決定であり、情報を更に精査することは続けて行うよう、情報収集をしている【下士官】にも指示をしておかないといけない。
「現時刻を以って警戒を解除、以降は予定通り作戦に移る。
アニマ、もしもの事があったらお願いね?」
「応よ、主の部下はわしがしっかりと見ておくゆえ、主は好きにするが良い」
アニマが少女の表情をぞっとするほどの笑顔で返すと、エヴァンは笑ってルーベン達に行けと命じる。
「此方を籠とし全てを遮る壁となれ 展開せよ 【不音之鳥籠】」
そして、エヴァンは男爵邸に遮音性能のある結界を展開する。
周囲には誰も気付く者もおらず、そしてその中心地たる屋敷は外界と遮断された。
仮面を付けた六人が動き出す。
王都に訪れる、『蒼血の雨事件』が始まった。
■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲
ホッケーマスクを被っているルーベン第一位【大尉】の持つ獲物は身の丈程もある巨大な大剣である。
持ち前の肉体に更に身体強化魔法を使うことにより、超人的な身体能力を発揮するのだ。
ルーベンは門番である私兵を視認すると、相手もルーベンに気付いたのだろう。
それぞれが剣と槍を構えようとしたが、すでに間合いには入っていたルーベンは大剣を振りかぶっていた。
一瞬、それだけで門番達は首と胴を両断される。
斬られた本人達は気付かずに両目を見開いていたが、地面に転がる自分と、血を噴出している胴体を見て、そのまま事切れた。
勢いもさることながら、立ったままの人間の首を刎ねるのには相当な技術が必要とされる。
ルーベンはそれを手馴れた様子でこなして見せ、大剣についた血を振り払った。
「あー、やっぱり兄貴がやっちまったじゃねえか」
一歩遅れてやってきた狐面をしたテイラーがルーベンがしでかした二体の死体を指差した。
続けてアンワー、フォーマの二人が門につくと、顔をしかめる。
「あーあ、ルーベンの兄貴のせいで閣下に怒られるの決定だし、マジ勘弁だし!!」
炎の模様付き仮面をしたアンワーが頭を振って仮面越しでも分かるほどに半泣き状態が分かる程になっていた。
しかし、アンワーと正反対の水色模様付きの仮面をしたフォーマが首切り死体に向かって魔法を掛ける。
「水よ汚濁を洗い流す清流となれ 【水麗之玉塊】」
首切り死体、そして地面に流れた血流を水が吸収していき、首切り死体二体と血流を含んだ水の塊が出来上がった。
汚れ一つ無い地面を確認すつと、フォーマは溜息をついた。
「小官の魔法でどうにか証拠は隠せそうですな。
あとは死体をこのお宅のどこかにさっさと捨てないといけませんな」
「フォーマぁ、マジ感謝だし!!」
「時間が勿体ねえっしょ、急ぐっしょ!!」
アンワーが拝むようにフォーマに手をこすり、テイラーが門に手を掛けて他の三人を促していた。
「悪いなお前ら、いつもの癖でついな?」
コードネーム【刎ね剣】の名を持つ軍人はその名の通りその大剣を持って対象の四肢や胴、そして首を刎ね飛ばすことから名付けられた。
もっとも【佐官】クラスに近いルーベンであるが、この”うっかり”が原因で昇進を足踏みしていた。
「ルーベンの兄貴はもうちょっと後の事考えて欲しいっしょ!!」
「まったくだし、開始十秒も経ってないのにミスとかマジ勘弁だし!!」
非難轟々ではあるが、ルーベンは聞いておらず、笑って流していた。
「……お主ら、さっさとせんと主が待ちくたびれておるぞ?
しばかれたく無かったらはようせい」
アニマがニタニタとしながら四人を眺めている。
その後ろには笑顔の表情を固定したエヴァンが佇んでいた。
四人は更に慌てて門を開けると遮音されていると分かっていてか、ルーベンを先頭に壁を蹴り開けて屋敷へと突入して入った。
少し遅れてアニマもエヴァンに手を振りながら屋敷へと入っていった。
エヴァンはその様子を眺め、少しだけ溜息をつく。
「大丈夫かなホンと…」
誰にも聞こえないとばかりにぼやいたエヴァンは悲鳴の聞こえ始めた屋敷に足を踏み入れた。
■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲
「大地よ我と共に敵に鉄槌を 【岩纏之巨兵】」
テイラー第四位【中尉】は狐面の下でほくそ笑んでいた。
その笑みを浮かばせながら、地系統魔法で周囲の壁を圧縮し腕に纏った巨大な豪腕を以ってメイドを磨り潰す。
メイドはくもぐった悲鳴を上げながらもその豪腕の犠牲者となった。
すでに同僚だったメイドや執事、従者達はメイドの死に対し一顧だにせず、一目散に裏口から逃げようとするのだが、そこには炎の模様付きの仮面をしたアンワーが待ち構えている。
従者達は墓穴を掘ってしまった。
「焔弾よ散弾と為り敵を貫け 【焔散弾之華】」
極小の焔の弾丸が紅い軌跡を残すほどの速度で使用人たちに襲い掛かる。
「ぐぁっ!!」
「きゃあぁ!!」
悲鳴を上げる使用人達は全身を撃ち抜かれ、焔が全身に回ると身動きもしなくなる。
厨房にいた使用人たちの排除は、これで終わった。
「マジ楽勝だし!!」
テイラーと目が合うと、ガッツポーズをしてアンワーは他の部屋へと向かっていった。
(最初はやばかったけど、今は順調に進んでる…運がよかったっしょ!!
この調子なら、閣下も喜んでくれるっしょ?)
テイラーは根っからのエヴァン信仰者である。
いや、一人だけではない。
あの場にいた【尉官】クラスの四名は全て、エヴァンという絶対者を信仰しているのだ。
それぞれが当時【大尉】だったエヴァンと【下士官】だったテイラー達は様々な戦場を掛けてきた。
その全てにエヴァンは組織の期待以上の戦果を齎し、そしてテイラー達を【尉官】クラスまで叩き上げた尊敬すべき教官である。
ルッケンスとエヴァンの関係が、現在のエヴァンとテイラー達の関係になっているのだ。
エヴァンがルッケンスを信仰しているかは不明だが、テイラー達の信仰は常にエヴァンと共にある。
狂信というほどではない、だがエヴァンといるだけで幸福な気持ちになれるのはテイラー達四人の共通見解であった。
だからこそ、今回の作戦でエヴァンと一緒に参加できた事は行幸だったといえよう。
今計画【星神の黄昏】でエヴァンの隊はその半数が参加で来ていない。
それぞれ別の計画の為に別の任務に付いている所為だ。
計画に参加しているもう一つの隊はテイラー達も触りしか知らされていないが、あまり良い評価ではない。
隠れていた少女の使用人を更に纏った巨大な足で踏み潰す。
すでにテイラーの体格は壁を纏いエヴァンの三倍はあろうかという程の巨体となっていた。
コードネーム【人形兵】の名を持つ軍人は周囲を破壊しながら目に見える全てを破壊して進んで行く。
(閣下には別の目的もあるっしょ。
俺っち達がぱぱっと用を済ませばその分閣下も別の目的に専念できるっしょ!!
昇進もいいけど、やっぱ閣下に褒められるのが一番っしょね!!)
ノリノリで屋敷を破壊していくテイラーを誰も止められる者はいなかった。
■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲
アンワー第三位【少尉】は炎の模様付き仮面で舌打ちを繰り返していた。
「ちっ、マジ邪魔だし!!
いい加減、丸焦げになれだし!!」
超高温の焔弾を乱射するアンワーだが、その斜線上にいる私兵達は身を捩じらせながらも、回避に成功していた。
アンワー一人に対し私兵達は五人もいる。
単純に考えて五倍の脅威なのだが、アンワーは私兵達に反撃の隙を与えようとはしない。
無詠唱を得意とするアンワーはほぼノンストップで焔弾を放ち続け五人の私兵の回避不能な距離まで追い詰めていく。
「くっ、なんて野郎だ、反撃が出来ねえ!!」
「どうするヨツベル、いったん引くか?」
「バカいえ、ここで引いてどこいくっつんだ!!
あの野郎以外にもいるんだぞ!?
雇われている以上、給料分の仕事くらいしや―――っ!!」
無詠唱で放った【焔散弾之華】がヨツベルという私兵の足を貫いた。
元々殺傷力を高めた魔法である、一発当たればそこを起点に全身に焔が回る。
おそらくは五人の主軸だった男だったのだろう、会話に気を取られて一瞬でも隙を見せてしまったのが命取りとなった。
「イヒヒ!!
バカだし、注意力散漫とかマジ愚図だし!!」
殲滅力だけなら【尉官】クラスでもトップの実力を誇るコードネーム【殲火】の名を持つ軍人は残る四人の私兵にトドメとばかりに更に強力な魔法を放つ。
「焔の蛇よ眼前を赫に染めよ 【赫蓮之焔蛇】」
通路に犇く紅蓮の蛇が、四人に襲い掛かった。
絶対回避不可能なまでの、無慈悲な焔が私兵達に迫る。
後方へと逃げようとする私兵達だが、紅蓮の蛇はそれ以上の速度で嘲笑うかのように四人を飲み込んだ。
最大火力摂氏五千度を超える猛火は骨すらも残さない。
瞬間的に温度が跳ね上がっただけなので、通路の壁が全体的に焦げただけで済んだ。
四人がいない事を確認すると、アンワーは再び舌打ちする。
「よっし、これで八ポイントだし!!
さってと、次はどこかな~?」
この言葉から分かるように、アンワーは焼き殺した使用人や私兵達を『動く射的の的』程度の認識していなかった。
殆どの人間を火にくべる”薪”だと本当に信じている狂人だ。
とはいえ、アンワーの魔法はエヴァンにはあまり好かれていない所為か、その狂人振りはエヴァンの前では発揮されていない。
エヴァンは故郷を焼いた『火』を潜在的に忌み嫌っているのである。
その為、アンワーは同じ部隊に所属していながら魔法の訓練だけはエヴァンに指導してもらえない。
エヴァンを信仰しているアンワーとしては、これほど自分の魔法適性が憎いと思った事はないと常々愚痴っていた。
(綺麗なんだけどなぁ焔、マジ残念だし。
けど閣下に嫌われるのはマジ地獄だし)
現在屋敷内殲滅率トップの男は余計な事を考えながらも任務を行っていく。
■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲
「清流よ刃と為り敵を喰い千切れ 【水刃之清牙】」
フォーマ第一位【准尉】は水色模様付きの仮面の下で溜息をつきながら粛々と私兵達を物理的に分断していく。
それだけで血飛沫が上がるはずだが、死体はフォーマの魔法で水中に漂っており、汚れなど一つも無い。
(こうも血の臭いが充満すると、気が滅入りますな。
ルーベン殿もどこかへと消えてしまわれるし、問題ばかりだ。
…閣下もそうですが、我が隊は自由な方が多すぎますな)
ぼやきが止め処無く溢れ出てくるものの、フォーマの魔法は的確に”掃除”を済ませていく。
潔癖症の毛のあるフォーマは汚れたモノを見ると自らの魔法で綺麗にしないと気が済まなくなるのだ。
黙々と掃除を続けている中、通路の角からアニマが現れる。
ウサギの仮面を付けているのだが、変身能力があるのなら仮面なんて意味が無いのでは、と思ったのはフォーマだけでは無いだろう。
何かを引き摺っているのに気付きそちらを見てみると、両足を喰い千切られた少年少女がいた。
おそらくはこの二人がアルアーク男爵の子供なのだろう。
これだけの傷で叫び声を上げていない当たり、千切られた際に失神してしまったのだろう。
「アニマ様、この子供たちのお味はどうでしたか?」
フォーマはアニマの人喰いに対して思うところなど無い。
ただアニマの機嫌が良かったので、この子供達がおいしかったのだと思っただけなのだ。
『つまみ食い』という名の逃亡防止をされた二人からすればたまったものでは無いだろうが。
「うむ、大人の肉も良いが、やはり童の肉も捨てがたいのう。
大人の肉と違って子供の肉はどこも柔らかくてのう、一人一本にしようと思ったのじゃが、つい…のう?」
失血死を防止する為に千切られた断面には止血がされていた。
焼いて傷口を潰されているのをみて、フォーマはアンワーがやったのだろうと思うとそうですか、と納得した。
「あとは…アルアーク男爵とその妻であるミノザ夫人ですな。
おそらくは閣下が今頃男爵といっしょに料理している頃でしょうな。
小官もこれからそちらに向かいますが、アニマ様も向かわれますかな?」
「そうしようかのう。
しっかし、これだけドンパチしておるのに、本当に誰も来ぬとはのう。
まぁ、わしは肉が喰えれば別にいいんじゃが、こうも簡単じゃと働き甲斐がのう…」
そうぼやくアニマに苦笑しながら、フォーマは通路を渡っていく。
使用人や私兵達は死に絶えたのか、轟音が屋敷内で響いていたのに今では音も無くなっている。
終幕は、もうそこまできていた。
■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲
エヴァンは片眼鏡を付けた白い仮面を付けたまま、悠々と屋敷内を歩いていた。
私兵達が襲いかかってくるが、エヴァンの【毒王魔導】により近付く事さえ出来ずに吐血して倒れていく。
トドメは手に持ったナイフで首を切り裂き心臓を二度突いていく徹底振りだ。
通信機からは続々と使用人や私兵達を排除したとの報告がエヴァンに届いていく。
アニマに至っては人質である息子と娘を確保した―――つまみ食いしたと遠回しに言っていたが―――との連絡も受けていた。
「うーん、敢えてランクと見合わない強さを持った私兵でもいるかと思ったんだけど…この調子だと本当に切り札は魔道具なのかなぁ?
………気配が二つ、このまま真っ直ぐだ、さすが僕、一発で当たりかな?」
気配を探ると、もう周囲にはこの二つしか気配が無い事を悟ると、エヴァンは走り出した。
一際頑丈そうで豪奢な扉が見えてきて、エヴァンは構わず蹴り飛ばした。
「こんばんわー、宅配でーっす!?」
飛び込んだと同時に剣を振り下ろされて、エヴァンが上擦りながらも回避してみせた。
「おっと危ない、あと少しで死ぬところだったよ」
まったくそんな素振りを見せないエヴァンに剣の持ち主、アルファレオ・フォン・アルアーク男爵がそこにいた。
元騎士団長とあってか、体格などエヴァンが隠れてしまうほどに大柄である。
逃げる素振りを見せないアルファレオに、エヴァンは逃げるより戦う事を選んだのだと思うことにした。
「……仮面を付けた子供、だと?
こんな子供が我が屋敷に襲撃など…何者だ、名乗れ!!」
野太い声を張り上げながらアルファレオはエヴァンを威嚇するのだが、エヴァンはその声を無視して、人質になりそうな人物に目を付けていた。
「ミノザ夫人見っけ、とりあえずこれで交渉が出来そうだ」
ミノザ夫人と呼ばれた女性は表情を曇らせながら後ずさった。
捕食者に睨まれた様な表情をさせながら、今にも悲鳴を上げそうなほどに目が怯えていた。
そしてエヴァンは、アルファレオが逃げない理由がミノザをつれては逃げられないからなのだと改めて思うのだった。
「なんだ、何を言っている!?」
「そうそう男爵さん、あなたの息子と娘だっけ?
これから拷問するから僕の要求呑んでくれない?」
あっけらかんと言い放つエヴァンに、アルファレオとミノザが顔を真っ青にさせた。
「な、なんだと!?
し、私兵どもはどうした!?」
「使用人と一緒に排除したよ?
その途中僕の部下がお宅の子供二人を見つけてね?
すでに両足が無かったりするんだ、これからもっと無くなる可能性も…まあ大いにあるね、うん」
わざとらしくアルファレオ達に絶望を突きつけると、アルファレオが剣を振り上げた。
どうやら要求を呑まずに、戦い抜く事にしたのだろう。
「まぁ、それでも僕には敵わないんだけどねえ。
―――止まって見えるよ、そんな剣」
剣はエヴァンのいた場所を振り抜くが、すでにエヴァンはそこにいない。
「あなたっ、下ですっ!」
ミノザの声がアルファレオに届くが懐に入っていたエヴァンの攻撃を回避する事など出来なかった。
ナイフがアルファレオの手首を、脇と続けて切り裂いた。
念押しとばかりに背後に回ってひざ裏とアキレス腱まで切り裂いて見せると、アルファレオは倒れこんでしまった。
アルファレオの右腕はもはや上がらず、足にしてももう立ち上がる事すら出来ないだろう。
「がぁあああああああ!!」
「…よっわ。
ていうか、てっきりその剣が切り札かと思ったけど…単なる剣じゃん。
魔剣ですらない。
良くそんなので騎士団長なんて勤められたよねぇ、恥ずかしくないの?」
「だ…まれぇ!!」
アルファレオは痛みを気合で押さえ込んでエヴァンを倒れながらも睨み付ける。
そんなアルファレオをエヴァンはにやりと鼻で笑った。
あからさまにバカにしたような、そんな不敵な笑みである。
「元気だけは十人並みにはありそうだ、煩いったらないな。
けど、それだけ元気なら当分しにそうに無いからいいかもね」
そこで足音が扉側から聞こえてくる。
誰か来たようであるが、エヴァンは誰が来るのか分かっていて、アルファレオ達は淡い希望を抱いてしまった。
「閣下、屋敷の戦力の排除完了しました!!
負傷者無し、各自異常ありません!!」
「主よ、人質二名持ってきたぞい」
ルーベン達四人とアニマがやってきた。
仮面を付けているので表情などは読み取れないのだが、四人とも余裕な雰囲気を醸し出していたので、エヴァンは一先ず安心する事にした。
アルファレオ達はぞっとした表情でエヴァン達と入り口に立ち塞がっている五人を見た。
これでもう、何があっても逃げ出せるなんて甘い考えを潰されてしまったのである。
そして見てしまった。
自分たちの子供が小さな少女に引き摺られて声も上げていないことに。
よく見てみると、エヴァンの言った通り、膝から先にある筈のものが無くなってしまっている。
その瞬間、ミノザは悲鳴を上げ、アルファレオは激昂した。
「ファレオス、ミリナ!?
いやぁああああああああああああああ!!」
「きさま、きさまらあああぁっ!?」
そんな二人を見ても、エヴァンは気にした様子は無くミノザの方へと視線を向けた。
「御苦労、アニマは僕の後ろに控えていて。
はい夫人、ちょっとこっちに来てくれない?
来てくれなかったら足を切り飛ばして無理やり引っ張っていくよ?
…他の四人はこの部屋に面白いものが無いか探しておいて」
「来てくれんほうがいいんじゃがのう…」
ニヤニヤと笑っているアニマに、『まだ喰い足りないのか』とエヴァン達五人は呆れていた。
「いっ、いきます!」
声を震わせながらも、ミノザはエヴァンを通り過ぎてアニマの元へとやってきて、子供たちの元へと駆け寄った。
「あぁファレオス、ミリナ、なんて酷い…貴方方には、人の情というものが無いのですか!?」
ファレオス、ミリナと呼ばれた少年少女には泣き叫んだ痕が顔に線を描いていた。
しかも断面はかなり荒く千切られていて、鋭利な刃物など切断したのではなく、無理やり捻り千切ったような荒々しさが見て取れる。
無残な姿となっているファレオスとミリナを見て、ミノザは自分の置かれている状況を丸きり無視し、エヴァン達を怒鳴りつける。
「失礼だね夫人、アニマ以外の僕らには人の情くらいあるよ。
けど、これがお仕事だからしているんだよ。
…まぁ|やり(殺し)方は一任されているから、個性が出ていると言ってほしいなぁ」
「さり気に貶された気がするんじゃが?」
ぼやくアニマをよそに、ミノザはエヴァンの返した言葉にうなだれた。
泣き崩れるミノザは、頭を振りながら声を上げた。
「なんで…なんで私達がこんな目に…!!」
「…まぁいいや、感動の再会で気が昂っているんだね。
それよりも男爵さん、僕の要求来てくれる気になった?」
「なんだ、何が目的なんだお前達は!?
誰に雇われた、金を望むならいくらだってやる!!
だからここは引いてくれ、頼む!!」
アルファレオは泣いて懇願していて、エヴァンはその姿にうぇっと気持ち悪いものを見るような目で見ていた。
アニマからして見れば、『これでよく人の情があるといえるのう』等と思ったのだが、本人に言ったとしても不思議そうな顔をして首を傾げて終わるだろう何も言わなかった。
「いやいやいや、人の話し聞こうよ男爵さん?
僕の要求呑んでくれますか、と僕は聞いた。
男爵さんが言ってもいい言葉は、『はい』か『いいえ』の二つしかないの。
けど、男爵さんが言った言葉はお金がどうとか何とか言ってるよね?
うーん、会話が出来ていないよねこれって?
会話が出来なかったし、子供のどっちか殺そっか?」
エヴァンの言葉に表情を引き攣らせたアルファレオとミノザが揃って止めてくれと懇願してくるのだが、エヴァンは聞こえていない振りをしてアニマの元にいる子供二人を眺めた。
「アニマ、どっちか床に転がして」
「―――閣下、すごいもの見つけました!!」
アニマに命じたのだが、寸での所でルーベンが駆け寄ってきた。
邪魔をされたと思ったエヴァンは、少し不機嫌そうな顔をしてルーベンを見やる。
「何さルーベン、僕今忙しいんだけど?」
「王宮の地図があったんですよ!!」
「おおっ!?」
よもや聞こうとしていた情報に対しまさか地図があった事にエヴァンも思わず変な声が上がってしまった。
ルーベンから掠め取るようにその地図を奪うと、名称は不明だが、外観から見た王城に非常に類似した建築物の内部が―――簡易的な説明もあったが―――記載されていて、本物なのではないか、逆に疑ってしまった。
「…本物?
元騎士団長なだけあって、それだけ信頼されていたのかなぁ?
けど、いくら騎士団長如きにこれだけ詳細な地図を渡すとは思えない…となると」
エヴァンは一つの結論に至る。
というより、むしろそれしかないといった様子でエヴァンはアルファレオに近付いた。
「……ねえ男爵さん、今度こそ話してくれたら殺すのは考えてあげるよ。
だから正直に話して、良いかな?」
「は、はいぃいぃぃぃ!!」
アルファレオが必死の形相で返事をして、エヴァンは考えていた事を口にした。
「それじゃあ質問、この地図ってどこかの偉い人から貰った?」
その質問に、アルファレオがそうだと答える。
「その偉い人って、王様…いや、宰相かな、宰相から貰ったのかな?」
「い、いや違う、私にこの地図を渡したのは、現近衛騎士団団長、ヨハネス・フォン・ヴァンフリーだ。
『有事の際はこの地図を使い王城へと馳せ参じてほしい』といわれたのだ。
う、嘘ではない、本当だ!!」
次の質問に対して、アルファレオは宰相ではなく違う人物をさした。
近衛騎士団団長、ヨハネス・フォン・ヴァンフリー。
ヴァンフリー侯爵家の次男で武術に置いては王国でも有数の剣術の使い手らしい。
簡易的な情報であったが、覚えていた情報を引っ張り出して首を捻った。
(ヴァンフリー侯爵家ねぇ、確か七年前にアルアーク伯爵家と一緒になってあの襲撃をもみ消した貴族の一人じゃないか。
これは…繋がっていると見てもいいのかな?)
「…アニマ、どう?」
「そうじゃな、その男は嘘はついておらんのう。
もっとも、それを真実としかいわれておらんから、嘘だと気付いておらん方が濃厚、と言ったところじゃな」
とそこでアニマはアルファレオをみてそうにやりと笑った。
アルファレオは、アニマが自分を見ているのではなく、もっと何か深いナニかを見ているのに気付き、それが言ったい何なのか分からない恐怖に襲われた。
「わしにはのう人間よ、人間の嘘が分かるのじゃよ」
「な…に?」
「本当だよ男爵さん。
アニマは面白い力を持っていてね、他者の心を読み取る能力があるんだ。
便利だから、こうして尋問に役立ってるんだ」
「はっはっは、主よもっと褒めい!!
そうじゃ、この四人が用済みなら、わしが喰ってもいいかのう?」
御褒美が欲しいのだろう、新鮮な食材が四人も―――内二名はつまみ食いしてしまったが―――これだけ食べれば少しは腹も収まるだろう、そうアニマは要求したのである。
「だめ、これからこいつらは殺すから。
僕の魔法で苦しませてから殺す、つまりアニマが食べられなくなるくらいにするから、諦めてね」
舌の根も乾かない内に殺すといわれ、今度こそアルファレオとミノザの瞳から光が消える。
「そうそう、僕が男爵さんたちを殺すのは仕事だからだけど、もう一つ理由があるんだ」
エヴァンは自らの仮面に手を掛けた。
仮面が取り外されると、そこに現れたのは少年の顔だった。
まだ幼さの残る少年には、一切の感情が見受けられない。
まるで人形の様な容姿をした少年だが、その目にはある感情が発露していた。
憤怒、憎悪といった強い感情が狂ったように吹き荒れている。
「僕の名前はエヴァン、エヴァン・ヴァーミリオン。
このアナハイム王国出身で七年前のモスコ帝国との戦争終結直後、アルアーク伯爵領シマック村で反乱を起こしたという罪で殲滅された生き残りだよ。
まぁ…男爵さんはもちろん知っているよねぇ?
何しろ、僕の村を滅ぼしたという御褒美で騎士団長の地位、そして男爵にまでなれたんだからさ?」
「あ…あぁ、お、お前は」
アルファレオの瞳が揺れる。
思い出したのだろう、シマック村を含む複数の村々が焼き滅ぼされている、あの惨状を。
そして兄であるマルコム・フォン・アルアーク伯爵や同じ派閥に当たるヨハネス・フォン・ヴァンフリーと結託し、反乱を起こして粛清をしたという名目でモスコ帝国側が起こした重大な軍事違反を揉み消したのである。
そのお蔭で、停戦協定は事も無く進んでいき、今日の平和があるのである。
「あ、あれは、仕方なかったのだ!!
あれ以上戦争を続ければ、この国はダメになっていた!!
だ、だか、だから!!」
アルファレオは死にたく無いという一心以上に、当時の荒廃寸前にまで陥っていた国土を思い出した。
だからこれ以上、帝国の横暴を見逃し、突如いくつかの村が滅びようとも、理屈を付けて利用したのだ。
国家の平和の為に、村が少し減った程度で平和が築けるのならば、安いものだ。
冷たい計算の元、それは実行された。
そして、その結果がこれなのかと、アルファレオは悲嘆する。
「ああ、別に言い訳しなくてもいいから。
別に謝って欲しい訳じゃないんだ。
そんなもの、貰う気も無ければ許す気も無いもん。
僕が怒っているのはね、何の罪も無い僕達が勝手な都合で殺されて、あまつさえ無実の罪で国に反乱を起こしたという大罪人に仕立て上げたという、僕達の死を利用した事に腹を立てているんだよ!!
僕はどうでもいい連中が死体になった後でも利用されたってどうでもいいし、興味も無い。
けどね、僕は、僕の大切な皆を死後になって辱めた、そんなお前達が憎いんだよ!!」
エヴァンの頬から涙が伝う。
怒りのあまり、興奮して来たのだろう。
寒くも無いのに体を震わせて、手に持っているナイフでどう切り刻むか、魔法でグズグズになるまで腐らせるのか、思索しているのだ。
ミノザは知らなかったのだろう、七年前の真実を知って、夫であるアルファレオがそうして男爵の地位に就いたのだと知って、何をどうすればいいのか、分からなくなっていた。
「僕達の村を滅ぼした傭兵団は滅ぼした。
あとは王国と帝国、それに関わった者達の血全てで贖わせる。
正義なんて関係ない。
この復讐で得られるのは僕の自己満足だけだ、だからっ!!」
エヴァンは思いついた、この場で最もアルファレオを絶望させて殺す方法を。
エヴァンの放ったナイフがファレオスと呼ばれていた少年の心臓に吸い込まれるように突き刺さる。
「っ!!」
「ファレオスっ!!」
あまりの痛みに目が覚めたのだろう、失神から目を覚ましたファレオスだったが、すぐにその目を永遠に閉ざすことになる。
ミノザが駆け寄るが、誰も止めようとはしない。
戦闘能力の無いミノザなど、いつでも殺せるのだから。
「あぁ、あ、あぁあああああああああああっ!!
お願いだお願いだお願いだああああっ!!
私を殺すならいい、拷問でもいくらでもしろ!!
だから、妻は…ミリナは助けてくれっ、お願いだああああああああああっ!!」
エヴァンが手首を軽く捻らすと、ナイフが独りでに戻ってくる。
柄の部分に特殊な鋼糸が仕込まれており、手首に取り付けている装置で自由自在に操るのだ。
アルファレオの懇願に、エヴァンは七年前の村の惨劇を思い出した。
どれだけ命乞いをしても、無残に切り殺されていった大切な村の皆と、アルファレオはおなじであった。
しかし―――、
「ダァメ♪
ここにいる奴は全部殺す、ブチ殺し確定だぁ!!
ふふ、はは、あははははははっ!!
ざまぁみろっ、自分の無力さを味わって死ね、無惨に死ね、無様に死ね!!」
エヴァンの瞳にあるのは”狂気”が目まぐるしく渦巻いていた。
笑い声が室内に響き渡る。
エヴァンは残っているもう一人の子供、ミリナに手を掛けようとナイフを突き立てようとするが、そこにミノザが立ち塞がる。
エヴァンは邪魔だとばかりに、会話もせずにミノザを投げ飛ばした。
「邪魔なんだよ、なに決死の覚悟しちゃって命懸けてるのさ?
心配しなくてもちゃんと殺して上げる…順番守りなよ。
先に子供二人、次にお前だよ夫人。
この男を絶望の底に叩き落して、その魂汚染させて怨霊にしてやるんだからさぁ」
生前不幸な死を迎えた者は総じてその魂を現世に留めてしまう。
そしてその度合いが酷ければ酷いほど、絶望の深度が深ければ深い程にその魂は穢れ澱んで壊れてしまうのだ。
ナイフはミリナと呼ばれた少女の首にするりと刺さった。
そして、そのまま下におろした。
柔らかい肌をナイフは易々と切り裂いていき、夥しい血量と共に死が撒き散らされた。
「みいいいいいいいいりいいいいいいいいいいいいあああああああああああああああああっ!!
くそうっ、くそうっ、うごけっ、うごけえええええええええ!!」
「いやああああああああああああああああああああああっ!!」
「あはははは、はは、あはははははははっ!!
そうだよそれ、それなんだよ!!
その目、あの時の僕と同じ目だ。
全てに絶望して、憎悪して、運命を呪うその腐った目ぇ!!
…さぁて、メインディッシュだ。
愛する妻が死ぬ所をしっかりと見なよ、特別に目の前で殺して上げるからさぁ?」
アルファレオとミノザが絶叫する。
愛する子供達を守れなかった。
愛する子供達を助けられなかった。
そんな無力な二人を嘲笑うかのように、エヴァンは嗤う、嗤い続けた。
喉が潰れるほどに、機嫌よく、気分良く、歓喜に身を浸しながら狂人は嗤う。
ミノザの元へと歩み寄り、細い首を掴むと軽々と引き摺っていく。
アルファレオの目の前にまで連れて行くと、態々正面に向かい合うように倒した。
「あ、あなた、ごめんなさい、ごめんなさい…!!」
「ミノザっ、お前のせいじゃない!!
……あくま、このあくまめ!!」
「酷いなぁそんな言い方、せっかく男爵さんに夫人を看取らせて上げようと思ったのにさぁ?
悪魔ねぇ、そんな律儀な性格して無いからなぁ僕は?
悪魔っていうのはね、三つの願いを叶えて上げたらその魂を持っていくような、そんな商魂逞しい存在なんだよ?
ところ変わって僕はといえば、悪魔みたいに律儀じゃあない。
願いは叶えないし理由があったら殺す、商人とはかけ離れた存在、まぁ平たくいうと”外道”だね!!
まぁ僕は軍人だからさ、こういう復讐が無ければ律儀というか、マジメに任務に励む勤労少年なのさ、ホンとだよ?」
泣きじゃくるミノザをアルファレオは懸命に励まし、エヴァンを悪魔だと罵倒した。
エヴァンは自らを外道だと称しておどけてみせる。
復讐という原動力が無ければ生きてこられなかった軍人は、無邪気に笑って見せる。
人形のような顔で、囁くのは悪魔よりも非情な言葉を羅列し続ける。
「さぁて、お別れの言葉は決まったかな?
僕は優しいから、今生の別れをさせてあげるよ。
十秒待ってあげるね」
エヴァンはナイフではなく、アルファレオが持っていた剣を手に持った。
夫の持っていた剣で殺される事で、ミノザの、アルファレオの魂を更に傷つけられると思ったからである。
「あ、あなた…わたしは…」
「ミノザ、すまない、こんな事になるなら、私は…」
「あなた、わたしは、あなたを―――っ!!」
「オーッと、手が滑っちゃったーあぁ!!」
ミノザが全ての言葉を言うよりも早く、十秒という自らの言葉を翻すかのように、エヴァンはミノザの首を跳ね飛ばした。
跳ね飛ばされた首は勢い良く本棚にまで届き、鈍い音を立てて転がった。
「いやぁ、なんかいきなり鼻が痒くなっちゃってさ、なんか手が動いちゃった、ごめんね?」
悪びれもしない笑顔を覗かせて、エヴァンはアルファレオに謝ってみせた。
アルファレオは最愛の子供たちを失い、最愛の妻を無くした。
子供達は拷問された挙句に気を失ったまま凄惨に殺された。
妻は最期の言葉を交わすことも出来ずに無惨に殺された。
目の前の邪悪によって。
アルファレオの頭は沸騰しそうになる程の熱さに包まれた。
視界もぼやけ始め、声を上げていないのにも拘らず、喉からはおかしな声が上がっている。
「うん、これでこの屋敷にいるのは男爵さんだけだよ。
一人は寂しいだろうから、すぐに殺して上げる。
ふふっ、僕って本当に優しいよねぇ、まるで聖人みたいだ」
―――邪悪がナニか言っていル。
―――気持チ悪イ気持チ悪イ気持チ悪イ。
「…あれ、しゃべらなくなっちゃった?
まぁいいや、結構満足したし。
じゃあね男爵さん、あの世で奥さんたちと仲良くね?」
そして、ガラス玉の様な目となったアルファレオの額に、エヴァンの人差し指が触れた。
「毒の王よ澱を集わせ全てを腐らせ氾濫せよ 【濫澱之毒腐】」
指先からエヴァンの用いる中で最強の毒を生成させ、アルファレオに注ぎ込んだ。
「…あ…あ…ああ」
アルファレオは毒が自らを冒しているのに殆ど無反応なまま呻くだけであった。
かつて【赤い牙】のドラッグ同様アルファレオ・フォン・アルアークはその毒を以って今生と永遠の分かれとなった。
エヴァンは何か気に入らなかったのか、どろどろに腐りきったアルファレオの死体らしき物体に剣を突き立てた。
「任務完了。
帰還する、総員、警戒を厳にしてこの屋敷から引き上げるよ」
「「「「はっ!!」」」」
ルーベン達はエヴァンの命令に即座に応じると、足早に部屋から出て行く。
エヴァンは通信機を手に取ると、ルッケンスに任務が終了した事を報告した。
『そうか、ご苦労だったね。
全員に怪我が無くてよかった。
【大佐】…いや、エヴァン、良くやったな』
ルッケンスは被害報告も無く終わった事に安堵したのか、エヴァンに労いの言葉を贈った。
それは一部下というよりは、師弟としての言葉のように聞こえ、エヴァンは通信機越しではあるが笑ってみせる。
「……閣下、任務が終わったとはいえ、プライベートじゃないのに名前を呼ぶなんて、ちょっとダメですよ?」
『………そうだな、すまない。
君たちも帰還したまえ、報告書は近日中に提出してくれればいい。
それと、エヴァン、君に一つ言っておきたい事がある』
「……んん?
なんですか?」
『――――――――――――――――――――――――。
分かったかい?』
「はぁ、まぁ、わかりました。
それでは、失礼します」
ルッケンスの言葉に戸惑ったのか、首を傾げたエヴァンに、アニマが近寄ってきた。
「なんじゃ主よ、ルッケンスが何かいうたのかのう?」
「ん?
ああいや、まあちょっと忠言みたいなのかな?
そんなのもらった」
エヴァンはアルファレオの死体を背に部屋から出て行く。
アニマもエヴァンについていき部屋を出て行く。
エヴァンは再び仮面を被ると、仮面の下で笑ってみせる。
「『復讐をした後、どうするのか考えておきなさい』ねぇ?
まぁ、頭の片隅には置いておくかな」
(復讐は始まったばかりなんだ、そんなこと言われても、すぐには思いつかないよ。
まぁ時間はゆっくりとあるし、あれこれ考えてみようかな?)
周囲を警戒しながらアルアーク男爵邸を後にしたエヴァン達は、闇夜に消え去った。
この惨劇が確認されたのは、ファレオスとミリナが学院に来ない事をいぶかしんだ担任教師が来るまで発覚する事が無かった。
その三日後、王都を揺るがす惨劇が知らされ、その情報は瞬く間に王国中に響いていった。
読了ありがとうございました。