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第3話 星暦1211年4月11日

 星暦1211年4月11日




 エヴァンはその日、表面上(・・・)はマジメな態度で授業を受けていたが、内心では『もうやめたいこの学院』とずっと思い続けていた。


 授業を開始しては六日に―――学院は週に一度休みがある―――なるのだが、エヴァンは内心だらけきった気持ちで授業とは別の任務の計画ばかり考えていたのだ。


(…12歳になってこんな四則演算の計算式まだやっているとか、頭大丈夫なのこいつら?

 入試試験のテストを僕は受けてないから知らないけど、アニマでパーフェクトなんだったら、教えた僕なんて普通に同じになるじゃん。

 授業に楽しみは見出せそうに無いなぁ。

 あとは学院の図書館だけど…大抵組織の研究のほうが進んでいるから碌な本置いていないし…はぁ、退屈だぁ)


 欠伸を堪えるエヴァンだが、誰もエヴァンを見ている者などいない。


 学年一位というのにも関わらず、一切の質疑応答を行わないのである。


 いや、何度かはあった。


 嫌がらせでエヴァンのいる学級では習わない様な高等数学や、理論、歴史といった問題を担当の貴族教師の殆どが仕掛けてくるのである。


 その(ことごと)くをエヴァンは返り討ちにしてしまったのである。


 恥を掻かされたとしても、正解をしてしまってはそれ以上何をしようとも恥の上塗りにしかならない。


 三日もそれが続き、漸く貴族教師達も悟ったのだろう。


 構うより無視したほうが遥かにマシだと。


 貴族生徒にも貴族教師のやろうとしている事に気付いたのだろう、長い物に巻かれるように、すでにエヴァンのいるAクラスの過半数はエヴァンのことを無視していた。


(これが”イジメ”っていうやつかぁ。

 なんというか、やられてみて分かるけど、無視されてもそれほど苦痛じゃないかも?

 そもそも友人を作る為に学院(ここ)に来ている訳じゃないしねぇ。

 無視したからって、煩わしい相手と話さないだけ静かでいいし、むしろありがたいよほんと)


 却ってエヴァンはそういったクラスメイト達のことを全く意に返していないどころか、有難がっている始末である。


 そもそも”圧倒的強者”であるエヴァンがギャアギャアと囀っているだけの”獲物”にまともな感情を向ける訳が無いのである。


 お互いが無視仕合っており、片方はそれに対し恥知らずにも憤り、片方は全く気にもとめていない態度をとっている。


 その悪循環がどこかで暴発するのだろうが、始まって一週間にも立たない内にこの調子だと、エヴァンに害意が直接降りかかるのもそう長くないだろう。


 本人(エヴァン)からすれば、『任務終了時までずっと無視し続けてくれればいいのに』と願っているのだが、現状を見ればそれも虚しい願いであると察していた。


「以上で、本日の授業は終わりです。

 忘れ物の無い様してください」


 貴族教師がそう声を掛けると、クラス全員(エヴァンを除く)でその教師に礼をとった。


 やはり教師という立場は教えている側であり、生徒は教わる側である。


 授業を受ける態度もそれ相応で無ければならないし、それが出来ないようなら学院にいられる資格も無いだろう。


 形だけとはいえ、相手に頭を下げることも出来ない貴族生徒がいたので、『ダメだこりゃ』と内心でぼやくエヴァンなのであった。


 生徒達の帰りだした波に乗ろうとエヴァンも席を立とうとすると、ロニに声を掛けられた。


「ねえエヴァ、あなたクラスで浮いている事に気付いているの?」


(君に心配されたくないなぁ、レオンとアンジェがいなかったら同じくボッチの癖に!!)


 内心で悪態をつくエヴァンに、ロニはどこかエヴァンに気に掛けた様子で話してきた。


 相変わらず高飛車な所に殺意を覚えるエヴァンであるが、自分の面の皮がこれほど厚い事に感謝したことはこれまで無かったと思うほどである。


 要するにロニは、『協調性が無いんだから、同じく平民生徒と交流を持って見れば?』といっているのだ。


 大きなお世話だ、とエヴァンは思った。


「いえ、気にしていませんから。

 それに、この学院には勉学をしにきているんですから、別に協調性を磨く必要なんて感じませんので」


 当然ながらロニはエヴァンの反応が気に喰わなかった様で、


「ふ、ふん!!

 じゃあ一人寂しい学院生活を送るのね!!

 せっかく人が心配してやったっていうのに…」


 顔を赤くしてロニは教室から走り去っていった。


(心配してやった(・・・)ねぇ?

 心配されてる気が全くしないのは、ロニが何でもかんでも上から目線だからなのに、気付かないかなぁ)


 もはや怒りなど通り越して呆れたエヴァンなのであるが、その様子を見ていたレオンとアンジェが面白い物を見た、という表情をしてやってきた。


「エヴァ、ロニをそんなにからかわないでくれよ?

 ああ見えて結構純粋なんだからさ」

「そんなこと無いよレオン様、ロニ様で遊ぶなんて…そんな事、ある訳無いじゃないですか」


 ほとんどの生徒達から無視される中、エヴァンはレオンとアンジェ、渋々ではあるがロニにだけ会話が出来ていた。


 エヴァンの会心の笑みに、アンジェがロニが帰った方向を見てため息をつく。


「エヴァ君とロニじゃお話にならないわね。

 短気なロニじゃ、エヴァ君の言葉をそのまま受け取っちゃうみたいだしね?

 それにしてもエヴァ君、さっきの言葉ってどこまでが本当だったの?」

「どこまでって、どういうことアンジェ様?」


 現在では言葉遣いもかなりフランクになってきているのだが、この程度の会話では誰もエヴァンを睨み付けるものはいない。


 エヴァンほどではないが、悪意と言うものに幼い頃から浸ってきている王族二人は、その手の気配に敏感なのだ。


 現在ではエヴァンが二人に話しかけても誰もそちらに視線は向けていない。


 睨まれた瞬間に二人がそちらを見つめ『何かしたら分かっているよな?』と言う表情をしてその貴族生徒の顔を真っ青にさせるのだ。


 エヴァンとしてはそれも原因で更に恨まれている事に気付いてほしいと切に願っているが。


「誤魔化してもダメよ、さっき言っていたじゃない。

『協調性を磨く為に学院に来ている訳じゃありませんから』って話よ」

「ああ、そのこと。

 本音だよ、訂正する必要が無いくらいにね」


 エヴァンは学院が単なる仲良しこよしの社交場に近い現状に何の価値も見出していなかった。


 授業を受けているだけ、板書しているだけの生徒達、授業が終われば御家自慢に親経由での儲け話の連絡伝達、どこを見ても学業に専念していない者達ばかりである。


 そんな連中と一緒に『協調性』などという鬱陶しい枷などこちらから願い下げだ、と言う事をオブラートに何十も掛けた言葉で二人に説明したのだ。


 レオンは首を傾げながら少しして漸く噛み砕けたのか納得し、アンジェはエヴァンのいった意味をすぐに理解し、苦笑するのであった。


 苦笑する程度で済ませられる神経を軽く疑うエヴァンであったが。


 いうなれば、エヴァンの言っているのはそれに関わる貴族生徒や貴族教師、資産家で知らぬ者はいないほどの大商人達に容赦なく毒を吐いているのだから。


「ええ、そうよね、確かにそうだわ。

 今の学院は正直学業に専念出来る様な場じゃなくて、社交的な面が強く出すぎてる。

 けどねエヴァ君、必要最低限の協調性は身に付けないと、将来は苦労するわよ?

 エヴァン君プライド高いし、他人を見下している雰囲気隠せていないから、ちょっと心配だわ」

(まぁ、そう見せているからそうなんだけど、そう臆面も無く本人に言うのってどうかと思うよ?)

「そこまで見下しているつもりは無いんだけど…むしろ何もしてこないんでほっとしているんだけどなぁ」

「エヴァってアンジェみたいに性格ひねてるよな、仲良いみたいだしよぉ」


 お互いが理解しあっている雰囲気が気になったのだろう、レオンが拗ねながらエヴァンに今度暇な日があるのか尋ねてきた。


 エヴァンは基本的に借家では勉強などしていない。


 しているのは毎日ベルモンド商会に寄ってきてからの報告書の確認をし、素振りやイメージトレーニング、そして錬金術で趣味の薬品作りに没頭しているのだ。


 言い換えれば、学院から帰ればエヴァンは暇をしているのである。


「そうだなぁ、明日は暇をしてるよ?

 明日は晴れそうだし、入学式の日の約束が果たせそうだね」

「お、ほんとか!?

 じゃあ早速明日、東門で待ち合わせを…」

「はいダメですよレオン兄様?

 明後日から中間考査がありますから、帰ってからは勉強漬けよ。

 エヴァ君との約束は中間考査が終わってからね」


 と、ここでアンジェが入学式同様レオンに待ったをかけた。


 レオンもまた同様にそう感じたのだろう、顔を真っ青にしていた。


「い、一日くらい大丈夫だろ?

 毎日ちゃんと復習してるんだしさぁ、少しぐらい…」

「ダメです」


 畳み掛けるように声を上書きするアンジェに、レオンは碌な抵抗も出来ずに表情を曇らせるのであった。


「アンジェ様も十分レオン様で遊んでるよね?」

「だって、レオン兄様の反応が面白くってつい…ね?」


 悪びれないあたり図太さがまさに王族クラスであるとエヴァンは思うのだった。


 こうしてエヴァンとレオンの約束はさらに日を先に伸ばすのであった。




 ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ 




 ベルモンド商会にいつものように買出しに来ていたエヴァンは辺りに誰もいないことを確認し、監視されている気配も無かった事も確認して商会の二階会議室へと向かった。


 そこには以前と同じようにルッケンスが席に座っており、表向きの商人としての仕事を終えたばかりのようでちょうど良いタイミングだと少しだけ笑っていた。


「先日の情報で何か掴んでいるようでしたので、エヴァン・ヴァーミリオン、出頭しました」

「うむ、座りたまえ」


 エヴァンは席に座ると、ルッケンスは報告書の紙の束をエヴァンの前に置いた。


 分厚さから見て、以前から収集していた情報も合わせているのだろう。


「拝見します」


 エヴァンは書類をパラパラと(めく)っていくと、いくつか興味深い情報が記載されているのを発見した。


(ふうん、元王宮の警護をしていた重要人物を狙ったんだ。

 対象は王国軍元ハルヴァ―騎士団団長アルファレオ・フォン・アルアーク男爵。

 アルアーク伯爵家の係累で、七年前の戦争終結で、反乱(・・)を起こした村の制圧で男爵位を叙爵…ねぇ。

 なるほど、下から確実に潰していけば、一部の気付いた上が騒ぎ出してボロを出すか。

 男爵の屋敷は元王宮にいた団長とあって、私兵が多い。

 傭兵か…けどA級どころかB級もいない。

【下士官】クラスでも楽勝だけど…隠し玉は、魔道具くらいかな?

 …【尉官】クラスでやるか)


 エヴァンの雰囲気が変わった事に気付いたのか、ルッケンスがどうかしたのかと尋ねた。


「いえ、幸先から恵まれているようで」


 それだけでエヴァンが何を考えているのか悟ったのだろう。


 それ以前に、ルッケンスはその報告書をエヴァンに渡した段階でエヴァンがどういう考えや結論をもつのか分かっていたのだろう。


「ふむ、結構。

 ならばまずその男から始める。

 手段は任せるし、人員も揃えよう。

 何人で行くかね?」

「自分とアニマを含め六人もいれば十分でしょう、風の結界で隠密性の高い遮音壁を作り、そこでゆっくりと任務を励もうかと。

 明日の深夜決行しようかと思います。

 屋敷内にいる者は、全て排除(・・)いたしましょう。

 男爵には身内を人質にとって尋問すればある程度の事は分かるでしょうし」


 ルッケンスの質問にエヴァンは簡潔に答えた。


 まるで”買い物に行ってくる”程度の軽さで意見を出すエヴァンに、ルッケンスは素直に『頼もしい』とだけ口にするのだった。


 そして王都に放っている【尉官】クラス、エヴァンの部隊にいた4人を呼び出すことを決定し、ルッケンスの許可が下りる。


 すぐさまエヴァンの部隊員達を呼ぶ為にルッケンスが四角い箱を取り出し、出っ張っている部分を軽く押し、声を掛けた。


「召集命令、これよりルーベン第一位【大尉】、テイラー第四位【中尉】、アンワー第三位【少尉】、フォーマ第一位【准尉】は会議室まで出頭しなさい」

「「「「了解しました!!」」」」


 そして、いる筈のない四人の声が返ってきた。


 エヴァンはいつもながら思う。


(この【通信機】もそうだけど、うちの組織って得体の知れないもの多いよなぁ。

 魔力を使わない道具なのに、魔道具以上の性能があるなんて…まぁ、魔力探知される心配が無いからいいんだけど)


 エヴァンがルッケンスの持つ得体の知れない道具を知っている。


遠話水晶(ジェスティオ)】と呼ばれる魔道具と同質の能力を持っているのに、魔力を使わない、純粋な”技術”だけで作り上げたという【機械】というものだ。


 遠い場所で任意の人物と会話をする事の出来る【通信機】がその内の一つである。


 他にもエヴァンが始めて組織に来た頃は理解の及ばない道具がいくつもあったが、今では普通に使っている側となっているのは懐かしい思い出であった。


 三十分ほど立つと、ルーベン、テイラー、アンワー、フォーマの四名が会議室へとやってきた。


「揃ったことだし、始めたまえ。

【大佐】、私は一度借家へと戻っておく。

 アニマには私から説明しておく」

「了解しました閣下」


 お気をつけて、等とは言わないエヴァンである。


 そもそも、自分の師であるルッケンスにそんな大それた事を言うつもりは無い。


 この王都に、ルッケンスの命を脅かせるものなど、そう多くは無いのだから。


 ルッケンスが会議室を出て、ベルモンド商会から出た事を確認すると、エヴァンは四人の部下達に席に座るように促した。


「さて、作戦会議といこっかな。

 報告書は一つしかないから、順次読んだら次ぎに回していって」

「拝見します!!」


 ルッケンスには知られているだろうが、エヴァンは部下達の前では固い口調で話さないことにしている。


 ほとんど友達口調だ、一時期部下達がエヴァンの口調をどうにかしてほしいと言われたが、それ以降意固地になってこのままである。


(僕みたいなチビに威厳なんて出るわけないじゃんって話なんだよ全く。

 むしろ余裕のあるお子様将校ってどこか面白いんだよねぇ、ちぐはぐ感っていうのかな?)


 読み終わったルーベン達に意見を尋ねる。


 エヴァンのやり方を何年も一緒にしているルーベンたちの事である、予想通りの答えが返って来た。


「はっ!!

 俺が思いますに、まず閣下の隠蔽系遮音結界を展開し、それから小官達四人と閣下、アニマ様の二つのグループに分け、屋敷内部の人間を順次排除(・・)して行けば、迅速に任務は早期完了でしょうな」


 ルーベンがアニマの事を様付けで呼んでいるのはエヴァンの使い魔だからそうで、階級のないアニマだがその実力を認められている証なのだそうだ。


 とはいえ、畏敬の念が実力以上に認識されているようで、特にエヴァンに対して何かした場合、エヴァンより早くやらかした(・・・・・)対象を胃袋に詰め込んでしまう事が何度かあったのに理由にあるそうだが、エヴァンはその事についてはしらなかった。


「うん、僕もそんなのでいいと思う。

 正直隠し玉があるかもしれない。

 付け加えるとしたら、そっちはアニマを含めた五人で屋敷にいる連中を排除して。

 ああ、それと目標の男爵には人質、正妻とか子供とかな?

 それ使って情報を引き出そうと思うから、抵抗出来ないように捕まえておいてね」

「「「「了解しました!!」」」」

「よし、いいお返事だ。

 そうそう、分かっているとは思うけど、僕等の痕跡を残すような事はしないように。

 残すのは死体だけだ、お分かりかな諸君?」

「もちろんですさぁっ!!」

「ルーベンの兄貴が一番気を付けなきゃなんねえっしょ?」

「まったくだし、【大佐(ボス)】に怒られるのとかマジ勘弁だし」

「ルーベン殿には小官がついておりますから…恐らくは大丈夫でしょう」

「お前ら酷くねえか!?」


 ルーベンが自信満々に答えたのに、テイラーがやれやれといった表情で肩を竦め、アンワーがそれに同意して、フォーマがお守りという名の同行をするという事で場が賑わう。


 お互いの事をよく知っているとだけあってか、会議は何事もなく終わる事になる。


「よし、では明日の0200(マルフタマルマル)に決行する、各自準備を怠る事のないよう、尽力を尽くせ、以上!!」


 最後だけ、固い軍人口調に直して決行時刻を宣言する。


 待っていましたとばかりに、ルーベン達四人は立ち上がりエヴァンに敬礼した。


「「「「了解しました!!」」」」

(さーてと、明日が楽しみだなぁ。

 ふ、ふふ、ふふふふふ)


 ルーベン達の敬礼を眺めながら、エヴァンは明日の任務を心待ちにするのだった。





読了頂き、ありがとうございました。

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