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第2話 星暦1211年4月4日

 


 星暦1211年4月4日




 学院の入学式は快晴で、雨の降る余地の無いほどに真っ青な空であった。


 エヴァンはアニマと別れると一人、学院へと歩いていく。


 アニマはいつもの様に見知らぬ誰かに変身し、情報を集め回っていた。


 エヴァンが王都に来るまで毎日そうしていたので、問題も―――証拠は全てアニマの胃袋である―――無い為、エヴァンは特に何も言わずにいた。


 現在は王都に巣食っている裏の組織を利用しようとしているらしく、目途が立てばエヴァンに教えると言っていた。


 エヴァンとしても任務遂行の為に幅広いプランと応用の利く計画にしたい為、陰ながら応援しているとアニマを励ましていた。


 王立学院は王都の中で王城に次ぐ歴史と規模を誇る建築物である。


 王都の五分の一を有しており、敷地面積だけならば王城よりも広いのだ。


 初代女王が王城建築時に同時進行で建築するように命じ、『貴族と平民の両方に、平等に勉学に励んでほしい』という理由か掲げられ作られた。


 エヴァンからすれば、『平等』なんてすでに程遠いほどに汚れ切った物にしか見えない。


 学院は汚職に満ちていて、まともな教師など三割もいない。


 識字率の問題からか、教師はやはり貴族が多い。


 まともな三割の教師達は努力して上り詰めた平民出身の教師達だった。


 しかしそのまともな教師達も最近は減りつつあり、貴族教師と貴族生徒の横暴から勤めて出しても辞めてしまう者が続出していた。


 報告書を見る限り、初代女王が掲げていた『平等』なぞ見る影も無いものとなっている。


 正直エヴァンとしては付け入られる隙をなるべく作らないようにするしかない。


 間違い無くこの環境下ならば、許容範囲を超えてしまえば虐殺する事は間違いないという、なんともいえない自信があったのだ。


「…おや、新入生かい?

 入学おめでとう、学生ホールはここから右方向だ」


 エヴァンは門を通ろうとすると門番に声を掛けられた。


 自分を知っているのかと尋ねると、どうやら貴族生徒はこの門まで馬車で来るらしく、残りの平民生徒は歩きで来るのだという。


(嫌な覚え方だなぁ。)


 門番は良心的な性格をしているのか、貴族生徒の馬車が見えると早く行った方が良いと急かしてくれていた。


 エヴァンは門番に軽く礼をとると、指示された先に大きな建物がある。


 これが学生ホールと言うものなのだろう、これならばこの学院にいる全ての生徒―――全部で九百名ほど、その内新入生が百五十名である―――は入り切るほどに大きい建物である。


 入り口には受付が設置されており、新入生の名簿確認をしていた。


 名前を名乗り合格通知書を渡すとすぐに通される。


 受付から札を渡され、書かれている数字の位置に座ればいいとの事だ。


 エヴァンの番号は一桁で『1』と書かれている。


 これを見てエヴァンは成績順で座るのだと直感した。


 学術機関で無く全て組織で勉学に励んでいたエヴァンとしては、初めての学生生活を送るに当たって、何をすればいいのか良く分かっていない。


 もちろんエヴァンはこの学院で何かを為す気等無い。


 問題を起こさなければいいのでどこかの平民生徒に教わらなければと、エヴァンは若干の危機感を募らせていた。


 入学式までにはまだ時間がある、エヴァンは周辺の生徒達を観察して明らかに挙動不審な生徒、つまり場慣れ出来ていない平民生徒を何人か見つけ出して何をしたら貴族生徒や貴族教師に目を付けられるのか、色々と尋ねていった。


 聞きだした結果、貴族より考査の順位で良かったり、恥をかかせてしまえば絶対に目を付けられるというもはや討つ手無しの情報を聞いてしまい、どう考えても詰んでいるとぼやくエヴァンなのであった。



 ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ 



 早速だがエヴァンは入学式で早くも完全に無視されていた。


 新入生代表と呼ばれたのは、エヴァンではなく成績二位のロニ・フォン・ビストと呼ばれたのだ。


 本来ならば第一王女であるアンジェリーナがするのではとエヴァンは考えていたのだが、彼女がせずにロニがする理由。


 そしてエヴァンとロニの違いは明らかであった。


 身分であり、『平民と貴族』という超えられない壁である。


 エヴァンとしてはその身分差について考えたくないのだ。


 考えれば考えるほどに、エヴァンのドス黒い想いは増殖していき、歯止めが利かなくなることを理解しているからである。


 かつて自分の故郷を助けもしなかった”貴族”という存在が憎くて。


 平民だからと言う理由で差別する”貴族”という存在が憎くて。


 そう、キリが無い上に考えるだけ無駄なのだ。


 最初は憎悪で、次に嫉妬で、恨んで、数え上げればキリが無い。


 精神衛生健全の為、エヴァンは意識的にこの手の話題には考えない事にしていた。


 どうせ復讐はするのだから、その時ぶちまければいい。


 積もりに積もった想いから少しでも開放されればいいのだ、思うことはそれだけである。


 意識を底に持っていかれそうな事に気付いたエヴァンは、すぐに深呼吸した。


(あぶなかったぁ、危うくここにいる皆を殺すところだったよ)


 入学式はまだ終わっておらず、学園長の挨拶が延々と続いている。


 任務は始まったばかりなのに、エヴァン自身の暴走でそれが破産してしまうことに冷や汗をかいた。


夜明けの軍団(レギオン)】が計画した【星神の黄昏(ラグナロク)】は通常の任務とは違い、絶対に失敗は許されない。


 エヴァンは計画の全容を知る権限を持っていないが、何をしようとしているのかは予測がついた。


 世界各地に点在している【星神の贈物(アーティファクト)】と呼ばれる超常の力を持つ道具の回収であろう。


 その大半は使途不明のガラクタだが、起動できる物は使い方次第で大地を一瞬で焦土に変えるほどの膨大な力を持つ。


 総じて強大な力を持つ【星神の贈物】を所有しているのは王家といった権力者な為、組織が本腰を入れて手に入れる際は、入念な計画を立てて時間を掛けてでも手に入れるのだと、以前【将官】クラスの人間に聞いた事があったのだ。


 おそらくはこの計画で一つ、あるいは二つの【星神の贈物】をこの国の中枢、つまりは王宮内にある【星神の贈物】を奪取する事こそが、今計画の全容なのだとエヴァンは考えていた。


【星神の贈物】を回収する任務は、組織の中でも特に優秀な者が選ばれる。


 今計画の中では一部不満のある人事ではあるが、そのほとんどはエヴァンも納得と思える人材が集められていた。


 大半はエヴァンが元々率いていた部下が殆ど、他にも諜報能力、戦闘能力においても十分な戦力が揃っている。


 総勢十五名というこの極小の人数で、エヴァン達は国に挑むのである。


 笑いが止まらないとはこの事だとエヴァンは思った。


 大雑把ではあるが、どのような計画を立てていこうかと考えていると、ようやく学院長の挨拶が終わった。


 最前列でぼうっとしているのがばれたのか、学院長―――エヴァンは名前も思い出そうとしていない―――がすごい形相で睨んでいたが、エヴァンはまるで気付いていませんというような態度でいた。


 それが気に食わなかったのだろう、階段を下りる学院長の歩き方が随分と荒くなっており、一部の気付いた貴族教師が何事かと首を傾げていた。


 そして三十分後、漸く入学式が終わると指定された教室に向かうように指示され、解散となった。


「…これって、在学している連中いる必要ない気がするなぁ」


 エヴァンは学院の行事の事をよく理解していなかったため、そう口にしたのだが、ある意味在学している生徒達も思っていることだろう。


 一言も、というより、在校生代表からの挨拶しかないのなら、その人間だけいればいい話なのに、どうして態々学院獣の人間を集めてまでするのか、理解出来ていないのだ。


「…まぁいいや、僕にはどうでもいいことだし」


 エヴァンはこれ以後、学校行事に出るつもりは無い。


 一度経験して分かった、これは必要ないと。


 ダラダラと垂れ流すだけの言葉に感銘など受けないし、何よりこんな空調完備の良くない空間に一秒たりとも居たくないのである。


 何かあれば平民生徒にでも聞けばいいエヴァンは思ったのであった。


 あれこれと考えているうちに、エヴァンが指定された教室へと着いた。


『1年Aクラス』と書かれた教室に入った。


 するとすでに自分の席に着いていた生徒達が一斉にエヴァンに視線を向ける。


 正しくは、エヴァンが座るはずの机の番号にある『1』という番号にだ。


 総勢百五十名いる生徒達の頂点に位置する主席という立場にである。


 誰もエヴァンに話しかける者はいない。


 エヴァンとしては、この教室内にいる貴族生徒、多くは男の生徒に絡まれると当たりを付けていたのだが、なぜだか話しかけられなかった。


 すると新たに生徒が教室に入ってくる、生徒達から小さな声が上がったのでエヴァンも見て見ると、エヴァンも思わず声を上げたくなる人物がいたのである。


 ロニ、アンジェリーナ、レオンハルの三名であった。


 これにはさすがにエヴァンも驚いた。


 報告書にはロニとレオンハルトの両名は遠戚関係、レオンハルとアンジェリーナは異母兄妹、そしてそのアンジェリーナとロニは親友同士、と書かれていた。


 だが、その三名が揃って行動していて、更に友好関係を築いていた等とは、一つも記載されていなかったのである。


(…なるほど、【中将】閣下が直に見て見た方が良いと言った理由はこれかぁ。


 これは確かに、想定していた計画を見直さないと…)


「…ねぇ、ちょっと、聞いてるの!?」

「…はい、何か御用でしょうか?」


 考え込んでいて回りが見えていなかった所為か、反応が遅れてしまったエヴァンは、声の主に視線と体を向けた。


「ふんっ、やっとこっちむいた。

 あなた、入学式で私の右隣にいた、エヴァン・ヴァーミリオンで間違い無いわよね?」


 その言葉は、エヴァンにとっては左隣の『2』の札を持っていた人物、つまりは―――、


「はい、その通りです。

 あなた様はロニ・フォン・ビスト様でよろしかったでしたか?」

(金髪碧眼で吊り目、そして幼児体型。

 会話の節々からふてぶてしさが感じられる。

 感情コントロールの出来ていない高飛車タイプ、一番殺したいタイプだ)


 任務で無ければこんな人間一秒でも早く殺しているだろう、そんな感想を思ったエヴァンは表面上丁寧な話し方で、少し気弱そうな表情を作った。


(僕のプロフィールは成績優秀な優等生で、少し気弱な性格。

 こんな身分偽装(アンダーカバー)本当面倒だなぁ)


 とこんな事を考えていても、一瞬たりともおくびも出さないエヴァンは、辛抱強くロニからの返答を待った。


「そ、そうよっ。

 ビスト侯爵家の次女で、この学院入試成績二位のロニ・フォン・ビストよ!?」

(そんなの合格者発表の時の掲示板見ただから皆分かってるでしょ?

 それを今言って何か意味あるの?)


 エヴァンの疑問をよそに、ロニは人差し指をびしっとエヴァンに向け、宣言した。


「今回はあなたに一位を取られたけど、次の中間考査でこの私が一位になってみせるんだから、覚悟なさいっ!!」


 益々以ってエヴァンには理解不能な発言である。


(そんなこと態々僕の前で言う?

 一種の意思表示、宣戦布告、みたいなものかなぁ?

 …うーん、どう言って返せば良いんだろう)


 貴族相手に『頑張れ』等無礼になるだろうし、どう返したものかと考えた末に、エヴァンはこう返した。


「…では、僕もロニ様に負けず努力していきます」


 加えて気弱そうな笑顔をして頭を下げた。


 これが正解だとはエヴァンも思っていないが、妙に迂遠な会話をしたり貴族に対して完璧な対応なんて見せたりすれば怪しまれてしまう。


 エヴァンにとって最善な解答とは、『なるべく無礼ではない』というものであった。


「…ふん、せいぜい頑張る事ね!!」


 そう言い残すと、エヴァンの後ろの席に着くのだった。


 エヴァンの背中にはロニの熱い、本人からしたら鬱陶しい視線を向けられのだった。


(…コ、殺したいぃいいい一!!

 けど、ガマン、がまんんんんんんんんんんっ!!)


 分不相応な態度がムカついた。


 高飛車な態度にイラついた。


 理由はその他にもあるが、エヴァンにとっては十分な殺害理由である。


「…ロニがごめんなさいね?」


 闇討ちする場所を本気で検討しようとしていたエヴァンにもう一人の女子、アンジェリーナが声を掛けた。


 ロニよりも更に深い黄金色の髪を靡かせていて、周りの空間がエヴァン達の居る空間とは違う流れをしているのかと思うほど錯覚的である。


 ロニをかわいいと評するのなら、アンジェリーナは美しいと分類されるだろう。


 とはいえ、アンジェリーナ程の美少女を見ても何も感じない。


 任務上関わる人間に対して、そんな弱みになる感情など、思い浮かばないのだ。


「いえ、お構いなく。

 あの…失礼ですがお名前を聞いてもいいでしょうか?

 僕は国外からきていまして…」


(…王女はまだまともな方なのかなぁ?

 隣の王子は何で一言も話さずにぼけっとしてるんだろう?

 僕の顔になんかついてるのかな?)


 じっと見つめているレオンハルトにエヴァンは思わず顔を触ってみるのだが、どこにも汚れなどついていない。


「ああ、レオン兄様の事は気にしないで。

 国外からの留学生なんてもう何年も来ていないから、珍しいのよ」


 アンジェリーナがそう説明して、自らアナハイム王国の第一王女だと紹介した。


 エヴァンとしてはこのまともそうに見えるアンジェリーナが一番一筋縄ではいか無い人物だと感じた。


(表面上涼しそうな笑顔でいて腹の底でナニ考えてるか分からない、こういうタイプって本当に信用できないよ。

 何企んでいるのか分かったもんじゃない)


 すぐ傍で使い魔のアニマがいれば『鏡見て同じ事を言ってみい』とでも呆れながら評したであろう。


 エヴァンはこの善人面した王女(アンジェリーナ)に自分と似たものを感じたのだろう。


 ルッケンス辺りが知れば単なる同属嫌悪としか思わないだろうがそれでも、その事を指摘するものはいなかった。


「この学院では貴族も平民も平等の扱いを理念としているから、私の事もアンジェと気軽に呼んでくれると嬉しいわ」


 微笑むアンジェリーナにエヴァンはここでもどう返せばいいのか迷う。


(王女に対して平民が気軽に呼ぶ?

 これって何かの罠なの?

 いや、さすがに海外からの留学生だからと言う理由で気に掛けて貰えて、もしくは興味を持たれていると言う事なのかなぁ?)

「で、ではお言葉に甘えさせていただきます、アンジェ様」


 いくらなんでも相手は王族である、様付けなしで名前を略称で呼ぶなんて無礼が過ぎると思い、エヴァンはアンジェをそう呼んだ。


 アンジェは『様がついているけど、まあいいわ』などと言って今は諦めていたのだが、まだ諦めている様子は無い。


 どこか面白そうな表情を崩していない当たり、時間を掛けてエヴァンとの関係を築いていこうとしているのだろう。


 エヴァンも頑なになりすぎて関係を壊すような事はしたくないため、頃合を計って様付けをやめようと考えた。


「おうっ!!

 俺はレオンハルト・アイム・ヴァン・アナハイムだ。

 レオンって呼んでくれよな!

 あ、あと一つ聞いてもいいか?」

(考えなしの爆進タイプ、と言うよりは野生児かな?

 こういうタイプって直感が鋭くてちょっと僕と相性が悪い気が…)


 粗野にしか思えない口調だが、どこか不快さを感じさせない明るさがある。


 爽快さを見せる笑顔で近づいてきた。


 やはりこちらもアンジェと同じく美形だ、野生を感じさせる美形でその目力に引き寄せられるものがある。


 肩幅も広く鍛えているのだろう、制服がまるで軍服のように見える。


「は、はいレオン様。

 なんでしょう?」


 エヴァンは三人を分析していたのだが、レオンのタイプはどこか判別がつかなかった。


 そもそもこの分析もエヴァンの観察の一環であって、確実性のあるものではない。


 とはいえ、自分の見る目にはそこそこの自信があるので、レオンの事を分析し切れなかったエヴァンとしてもまだまだ修行が足りないなどと内心へこんでいたが。


「なんか違和感あるからさ、やめねえかそれ?

 いってて息苦しくねえ?」

(…まぁ、さすがにこれ位の演技には気付くか、やっぱり野生児タイプだね。

 直感が鋭すぎるから、今後は注意しておかないと…っとと、いけない、会話をしないと)


「え、と、でも、皆さんは王族の方ですし、先ほどのロニ様も貴族の方です。

 自分のような平民がさすがに言葉遣いまですると―――」

「―――だーかーら!!

 アンジェも言ってただろ?

 この学院は平民も貴族も王族も関係ねえんだって!!

 だから、そんなかたっくるしい言い方とかしなくてもいいんだよ!」

(時と場所と場合を考えれば僕もそうするんだけどなぁ。

 けどこの野生王子も言ってることだし…うぅ、もうこうなったら毒を喰らわば皿まで…だね。

 もう面倒事は覚悟して、なるべく落ち着いて任務に専念しよう)

「う、わ、分かったよ、レオン様、これでいい?」


 さすがに様付けまでは取ろうとはしないエヴァンであったが、これ以上はまずいと本能が警鐘を鳴らしている。


 すでに幾人かの貴族生徒はエヴァンに対してすごい形相で睨み付けており、その視線がバシバシと感じられるのだ。


「……ちっ、さすがに様までは抜けないか」

「レオン兄様、そんなに慌てなくても時間を掛けてじっくりと親交を暖めればいいんじゃなくて?

 初対面の相手にそんなに押してしまっては、逃げてしまうわよ?」

(僕は獣か何かか!?

 やっぱりコイツ、嫌いだ!!)


 アンジェのエヴァンの扱いがまるで野生の獣とでもい痛げな目で見ており、見方を変えれば表情を硬くしている現在のエヴァンは警戒心の強い獣の様だといえるのだろう。


 エヴァンとしてはもうすでに精神状態がいっぱいいっぱいなため、早く二人には自分の席に座ってほしいと願ったお蔭なのか、担任の教師―――やはり貴族教師だった―――が入ってきた。


「全員揃っていますね。

 それでは自己紹介しましょう、私の名前は―――」


 ここからエヴァンは意識を計画の事に集中させていた。


 ざっと話しただけでも大まかには分かった以上、あとは友好関係を構築するのみである。


 ルッケンスのいった通り、レオンを主眼にした関係作りを形成していくに当たって、今一度レオンの性格を報告書の内容と纏めてみた。


(野生的でいて直感が鋭い、あとは性格に裏表がなさそう。

 王族としての教育本当に受けてるのかな、まぁおバカな方がこっちとしてもありがたいから、別に良いんだけどね。

 性格は…まぁ多分だけど暑苦しいタイプだ、相性悪そうだなぁ、戦闘能力が高い事から、僕も少しは出来て一緒に行動できる理由を作っていたほうが良いかな?

 …うん、有りだね、多分あっちは僕の事気になっている様子だった。

 一緒に行動する為の理由はいくつあってもいいくらいだ。

 あとは、さりげなく僕の戦闘能力をアピール出来る場を作れば…まぁ、ミスラ公国の事聞かれた時にこの国に来るまでの大変さを伝えれば理解してもらえるかな。

 …うん、考えは纏まった、あとはアニマとの連携に閣下にもこの事を伝えて―――っ!?)


 エヴァンはとっさに頭上に落ちてくるナニ(・・)かを腕を振り上げて弾き飛ばした。


「なっ!!」


 よく見て見ると、エヴァンの目の前には担任の貴族教師がいた。


「…エヴァン・ヴァーミリオン。

 自己紹介をしてくれといったのだが、目を空けたまま寝るとは器用な事が出来るのだね。

 平民の特技にはまったく驚かされる」


 貴族教師はそういうと、弾かれた右手首を押さえながら再度『自己紹介をしろ』とエヴァンに命じた。


 エヴァンは素直にすごいと思ってしまった。


 王族であるアンジェやレオン達のいる前で、堂々と『平民差別』を行ったのだから。


 エヴァンは目の前の貴族教師を『報復リスト』へと焼き付けると、申し訳なさそうな顔をして自己紹介を始める。


「は、はい、失礼しました先生。

 はじめまして、エヴァン・ヴァーミリオンと申します。

 ミスラ公国から留学生としてこちらの学院に入学してきました。

 大陸でもかなりの蔵書を誇るこの学院に入学できて、本当に嬉しいです。

 趣味は錬金術、読書、あと魔術に関しては風系統の魔法が得意です。

 学院の皆様にご迷惑を掛けないよう致しますので、宜しくお願いいたします」

「はい、次はロニ・フォン・ビスト嬢、お願いします」


 貴族教師はエヴァンに何の興味も見せず、むしろ蔑む様な目で睨み付けてロニに自己紹介を促した。


「はい先生、みなさま、ごきげんよう。

 ロニ・フォン・ビストです。

 新入生代表の際にも申しましたが、勉学に励み、学院とビスト侯爵家の名に恥じない立派な功績を打ち立てる事を目標としています。

 今後三年間私は―――」


 ここから先、エヴァンはロニの長ったらしい自己紹介を耳からシャットアウトした。


 短く済ませられるような言葉を迂遠な表現で思わず『ナニ言ってんだコイツ』と思うような面倒臭さである。


 エヴァンの自己紹介が三十秒も無かった事に対し、ロニの自己紹介は五分を超えていた。


 しかも貴族教師は自己紹介が長すぎるのにも関わらず、ロニに対して何も言おうとしない。


 ここまで来るといっそ清々しい態度で、エヴァンは今一度この貴族教師の報復方法をもっとも苛烈なものにしようと決めたのだった。


「―――今日はこれにて終了です。

 明日からは授業が始まりますので、教科書など忘れ物をしないようにしてください。

 以上です、解散」


 そういうと、貴族教師は教室から出て行き、それを皮切りに教室内にいる生徒達はそれぞれ帰っていく。


 エヴァンもその波に乗ろうと席を立ったのだが、そこですかさず肩を叩かれた。


 誰かと思って振り返って見ると、そこにはレオンがいて、他にもアンジェやロニまでいる。


(…あれこれ接触する手間が省けてありがたいけど、出来れば一人ずつが良いなぁ)


 エヴァンは叩かれた瞬間にびくりと驚いた表情をしていて、それがレオンには不思議そうに映っていた。


「あれ、へボール先生の攻撃に反射的に弾いたのに、俺の一撃は驚いたのか?」

(…これだから野生児は困るんだよ、直感で最適解に辿り着くとか戦闘面以外じゃ天敵過ぎるよぉ!!

 てかなに、天然、天然なの!?)


 内心ではエヴァンの精神は混乱しているが、どうにか任務を思い出すことで冷静に戻れた。


「な、なんというか、そ、の…人の悪意とか、殺意、っていうのかな?

 そういうのにちょっと敏感になっちゃって」


 エヴァンは嘘をついていない、口調を変えただけで実際の事を口にしただけである。


 組織の中では幼いエヴァンが頭角を現し、階級を飛び越えていくのに嫉妬する者も少なからずいた。


 そういった者がする行動は限られてくる。


 悪意を向けてくるか、直接仕掛けてくるかだ。


 実際に組織で階級を上がることは並大抵の実力と実績では足りない。


 一つ上げるだけでも十以上の任務をこなし、その中で際立った実績を上げなければならないのだ。


【尉官】以下の階級は全て【下士官】であり、この中にある十以上の階級を駆け上がってきたのが今日のエヴァンである。


 その成果とあって、エヴァンは今ではこうした悪意といった『害意』に無意識に反応してしまうのである。


 精神状態にもよるが、気が昂っている時は反射的に相手を重傷にまで追い込んでいるため、エヴァンとしては便利なスキルが付いたと笑っていた。


『害意』に無意識に反応してみせるだなんて、長年の研鑽の末の成果だとしか思わなかったのだ。


 この時までは。


 そう思っていたのだが、これは問題だとエヴァンは思った。


 もしエヴァンが反射的に相手に怪我をさせてしまえば、碌な訓練など受けていない貴族の生徒など、素手で肉塊にしてしまう可能性が出てきたのである。


「へぇ、そりゃすごいもんだぜ。

 やっぱあれか?

 野宿とかしてると気が張ってるからとか、そういうのなのか?」


 うまく勘違いしてくれたレオン達―――ロニだけは釈然としていない様子であるが―――はエヴァンに感心したような素振りを見せている。


 貴族や王族といった貴い身分を持つ存在が、野宿等するなど人生で滅多にあるものではないだろう。


「そうだね、この国に来るまで、盗賊や魔獣といった脅威から逃れられたのは、この体質のお蔭だと思う」


 うまく誘導する事で、三人はエヴァンの仕出かした行動に納得したようであった。


「そっか、そう言えばエヴァ(・・・)って魔術風系統なんだって?

 俺は火系統なんだ!!

 相性最高じゃねえか!!

 今度王都の近くに魔獣がいる森があるんだけどさ、一緒に…!!」

「はいダメですよレオン兄様。

 兄様の言っている今度っていうのは明後日ある舞踏会の事ですよね?

 いくらレオン兄様が臣籍に降られるといっても、それまでは王族です。

 義務はき~っちり、果たしてくださいね?」


 今度はアンジェがレオンの肩を掴んで、今まで以上の微笑を向けていた。


 力を込めてもいるようにも見えないのに肩から異音が聞こえたのはエヴァンの気のせいだろう。


 心なしかレオンの表情もどこか青ざめていたが、気のせいだろうと思うことにしたエヴァンであった。


 それよりも、エヴァンはレオンの言葉に違和感を覚えたので尋ねてみる事にした。


「ねえ、エヴァって僕の事?」

(名前まで略称して呼ぶだなんて…いつから僕らそんな仲になったんだろ?

 気安いにも程があるというか…話したら皆友達なのかなぁ?

 だとしたら、随分と楽な人生歩んできたんだろうなぁって思うけど、まぁ王族だしそこまで楽って程でも無いかな?)


 エヴァンから見れば、レオンもギリギリではあるがアンジェも、どこかぬるま湯に浸かったような気持ち悪さがあった。


 エヴァンからしたら愚王の、ビスマルク・ヒュッケ・ヴァン・アナハイムの子供がこんなに善良(・・)等と思っていなかったのだ。


 とはいえ、エヴァンの冷静な頭脳は冷静に回答を叩きだしている。


 結局の所、血の繋がった血縁とはいえ、やはり個人差があるのだろうと。


 エヴァンは苦手意識こそあるものの、この二人を殺す気にはなれなかったのだ。


(あの愚王の罪は、子供であるレオンとアンジェにまで及ぼしたらダメか…。

 …まぁ、命令が出たら殺すだろうけど、自分から殺すことはなさそうだな…今は、だけど)


 現状の結論を付け、エヴァンはレオン達の反応を待った。


「そうだぜ?

 なんかエヴァンって呼び辛いし、エヴァっていった方がなんか呼び易い感じがするからな!!」


 エヴァンはこれまで略名で呼ばれたことが無かったため、ここでも素に近い表情で、困ったような顔をした。


「分かりまし…た、今日から僕の事はエヴァって呼んでください」


 エヴァンはこれから任務が終わるまでの間、エヴァと呼ばれる事になった。


「じゃあ、私も呼ばせてもらおうかしら?

 よろしくね、エヴァ君?」


 アンジェがそれに便乗するように声を掛ける。


 とそこにロニも便乗してきた。


「まぁ…気が向いたら私もそう呼ぶわ」

(そんな不機嫌になるのなら呼ばなくてもいいんだけどなぁ)


 内心ぼやく表情が顔に出てしまったのか、ロニの表情が一瞬でかっと赤くなる。


「な、なによ!!

 アンジェとレオンがそう呼んでいるのなら、私だって呼んだっていいじゃない!!」

「え、いや、別に嫌っていうわけじゃ…無いですよ?」

「なんで私にだけ敬語なのよ、レオンみたいに普通にしゃべりなさい!!」

(…なんか疲れてきた、結局どうしたいんだこのお嬢様は。

 僕の小さい頃ってこんなんだったかなぁ?)


 敬語で話しかけると何故か更に怒りの炎を燃え上がらせてロニに、エヴァンは引き攣った笑みで努力すると返した。


 もはや脅迫のようなやり取りに、アンジェが何故か笑っているのを見て、やはり趣味が悪いと思うエヴァンなのであった。


 それから三十分ほどエヴァンは三人と何気ない日常会話をして別れるのであった。




 ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ 




「ただいまぁ」

「お帰りなさいおにいちゃん(・・・・・)!!

 学校はどうだったの?」


 エヴァンは帰路の途中で教会へと立ち寄った。


【星神教会】と呼ばれ、この世界を創世したとされる神【星神アスター】を崇める宗教組織だ。


 弱者救済を使命にして活動を続けていて、世界各地に教会を設置していて孤児院などを運営している。


 邪教を除けば唯一の宗教組織であり、教会の数は一つの国だけでも数百は上る。


 アニマは情報収集を終えた後、教会の炊き出しや青空学級にと参加していた。


 日頃子供が一人うろついていたら周囲の目についてしまうという理由からアニマは週に何度かはここを訪れていた。


 エヴァンはアニマの『お兄ちゃん』呼びに背筋が寒くなったのだが、アニマは分かっていてそのような言動をとっていたのか笑っている。


「あらあら、アニマちゃんのお兄さん?

 随分と綺麗なお顔立ちをされているんですのね?

 まるでお人形さんみたいだわ」


 アニマの後からやってきたシスターにエヴァンは顔をギリギリまで近づけられていた。


 おっとりとして母性を感じさせるシスターに、エヴァンはその母性の象徴(・・)ともいえる物体に目を向けてしまう。


(…でかい、けど重そうだなぁ)


 などと思ったが、すぐに頭を振って冷静になるのだった。


「あのシスター、アニマがありがとうございました。

 僕も()も学院や仕事でアニマに構っていられないので、この教会で預かってもらって助かっています」


 身分偽装(アンダーカバー)上、エヴァンとアニマは兄妹、そして父親役はなんと【中将】ルッケンス・クーガーである。


 ルッケンスはミスラ公国にあるベルモンド商会本店から来た商人という事になっており、エヴァンとアニマはルッケンスに着いてくるという筋書きとなっていた。


 何も知らずに強盗が押しかけてきても、瞬殺出来るメンバーだ。


「いいんですのよ?

 アニマちゃん良い子でしたから。

 じゃあアニマちゃん、また明日ね?」

「うんシスター、また明日ね、バイバーイ!!」


 空恐ろしいアニマの演技に何度も固まってしまいそうになったエヴァンは手を繋いで教会を出て行く。


 教会の目も届かなくなった頃になり、エヴァンはアニマにあのふざけた口調はなんだと聞いた。


「いや主よ、わしのなりでこんな年寄り臭い喋り方なんぞどう考えても怪しまれるじゃろう?

 じゃからの?

 わしに似合いそうな口調を探してみた結果、あのような天真爛漫な元気美少女になったわけじゃよ。

 どうじゃ、何も知らぬ相手からすればどこも違和感など無いものじゃったろう?」

「知っている連中からすればアニマの頭がおかしくなったんじゃないかと心配したくなるほど、様になっている演技だったよ。

 ていうか、僕もびっくりして冷や汗かいた」

「それはそれで失礼じゃな、見た目と合った言動をしただけじゃのに」


 ぼやくアニマに、エヴァンはもう何もいわなかった。


 二人は更にベルモンド商会へと向かった。


 エヴァンが買いたいものがあったからである。


「おやぼっちゃん、いらっしゃいませ。

 お父さんは今別の商会に挨拶に行っているよ?」


 店番をしていたのは盗賊狩りの任務が終わった際に辞令書をエヴァンに渡したセルバーであった。


 彼も今計画に参加しており、ベルモンド商会で活動しながら任務の援護を主任務としていた。


 他の客もいる手前、エヴァンとセルバーの関係は上司と部下ではなく客と店員だ。


 セルバーは何の不自然さを感じさせないほどの演技力を見せており、エヴァンは負けじと年相応の表情を張り付かせて返した。


「ううん、お父さんにじゃなくて、今日は僕の買い物。

 錬金術の道具がほしいから、一式用意してもらっていたんだ」

「ああ、そういえばルッケンスさんが大きな荷物を用意していたね。

 ちょっと待っていてくれ」


 エヴァンは待っている間他の商会の人間に話しかけられ、錬金術の総本山、ミスラ公国からやって来たこと、自分も錬金術を嗜んでいる等話し合っていた。


 セルバーは少しすると戻ってきて、二つの取っ手のついた箱をカウンターに置いた。


「はいおまたせ、これがルッケンスさんの言っていた錬金術の道具一式セットだ。

 商品を確認してくれるかい?」


 エヴァンは頷くと箱の蓋を開け、中身の機材の確認をしていき、いくつか足りないものがあったため追加注文するとセルバーに伝えた。


 とはいえエヴァンの現在している研究には何も関係ないが、組織にあるエヴァンの部屋にはいつもそれを常備していたため、ここでも同じように置く事にしたのだ。


「分かったよ、明日には用意できるから、また来てくれ」


 理由を付けて毎日来ると織り込み済みだったのか、セルバーはそう返してくれた。


 エヴァンは軽く頭を下げて今度こそ、エヴァン達が住んでいる借家へと帰っていくのだった。


 その日ルッケンスは帰ってこず、エヴァンとアニマは軽い夕食をとってすぐに就寝した。


 箱のそこに入っていた報告書には、『情報精査完了、明日任務言い渡しがある為二階会議室に出頭されたし』と記載されている。


 エヴァンは明日からの本格的に始まる学院生活に嬉し半分、面倒半分といった感情を抱きながら、浅い眠りについていった。




読了頂き、ありがとうございました。

第一章が終わるまで、毎日ノンストップ更新といきますので、よろしくお願いいたします。

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