第03話 星暦1211年11月11日(3)
遅くなりまして申し訳ありません。
詳細は活動報告にあります、こちらの事情も落ち着いてきましたので、またコツコツ投稿してまいります。
契約が完了した後、応接間の空気が若干だが柔らかくなった。
張り詰めていた緊張感が徐々に緩んでしまったとアリエッタは小さく息を漏らした。
次の瞬間、混乱が起きるとも知らずに。
「―――っ!?」
応接室を蹴破って、2つの塊が飛び出してきた。
それはアリエッタが連れてきた執事とメイドの2人だ、ナイフを片手にエヴァンたちを警戒しながらも、一直線に自らの主に殺気を向けながら疾走する。
何をしようとしているのは、この場にいる全員が理解した。
そして、アリエッタを護衛しているランスロットもすぐさま剣を抜いて2人の反逆者に対して構えた。
ヒカルは突然の事態に驚いているだけである。
「―――潰せ」
「「「「「はっ!!」」」」」
エヴァンの不機嫌な言葉に、四方にいた部下たち、そして隣にいるゼラが即座に反応した。
炎の模様付き仮面を被った長身の男が両手を振ると、風を切る音を立てながら執事とメイドの動きを止めてしまった。
「「―――っ!?」」
何が起こったのか理解出来ず、限界まで目を見開いた2人はすぐさま自分の体に起きた異常を確かめようと両手両足を動かそうとしたが、まるで何かに拘束されているのか、動く事が出来なかったのだ。
「だらぁっ!!」
ホッケーマスクをした大柄の男が大剣を振りかぶると、目にも留まらぬ剣速で執事とメイドの両腕を肩から切り飛ばした。
2人の肩からは蛇口空溢れる水の様な勢いで血が吹き出て、絨毯を汚す。
「ヴォファール、コトニアっ!?
エヴァン、止めて、とめてくださいっ!!」
あまりにも衝撃的なものを見たせいか、エヴァンの部下たちを止めるように命じたが、エヴァンは聞こえないフリをしてアリエッタを無視した。
ヒカルも突然の出来事に頭が真っ白になっていたのか、まるで反応しなかったのだが、2人が大量に血を流した事で再起動した。
「な、何でこんな事に…」
「………」
とはいえ、正気に戻ったとしてもロクな判断など出来ていなかったが。
唯一ランスロットだけがこの状況下において何故このような事になったのかを理解していたが、自分から口にしようとはいない。
事情説明はエヴァンがすると予想していたからだ。
ヒカルの醜態を冷めた目で一瞬だけ見たランスロットは暗殺者からアリエッタ達をエヴァン達が守ったという事実だけで十分に満足するのだった。
そして両腕を切り落とされた2人はというと、血を大量に流しすぎて任務に失敗したと悟り奥歯にある仕込んでおいた自殺用の毒を噛もうとしたが、その瞬間アゴに強烈な一撃を受けた。
狐面をしたひょろ長い体格の男が2人のアゴを殴り砕いたのである。
結果として、自殺をした2人の死の状況をまるで理解出来ていないアリエッタとエヴァン達の関係に不和を呼び込もうとした次善策は失敗に終わった。
そしていまだ拘束の解かれていない致命傷を受けた状態では任務遂行は事実上不可能となったのだ。
「…ルーベン、絨毯を汚すなよ。
せっかくお姫様の見えていない場所で殺そうとしていたのに、台無しじゃねえか」
「す、すいやせん団長!!
つ、つい…」
「気をつけろ…フォーマ、絨毯の汚れを綺麗にしておけ」
「お任せを」
エヴァンに叱責されるとルーベンと呼ばれた大柄の男が大剣をおろしてヘコヘコと謝った。
暗器の可能性を考慮して、両腕が無ければ攻撃手段がなくなるだろうと切ったのだが、蓋を開けてみればエヴァンの不興を買ってしまったのである。
フォーマと呼ばれた物静かな男は短い詠唱で源泉である2人の傷口を治癒させてから絨毯に染み付いた大量の血液を吸い取り、蒸発させた。
更には落ちていた2人の計4本の腕から血を抜いてテーブルに置くと、軽く一礼して元の立ち位置へと戻っていくのだった。
「……さて、事情説明だ。
お姫様、こいつを見な」
エヴァンは転がっていた執事の腕を手に取ると、一緒に切り取られていた服を一枚、取り払った。
そこにあったのは―――、
「し、仕込みナイフ?」
メイドの腕からも仕込みナイフが現れると、エヴァンはニヤリと笑ってみせた。
「こっちのメイドのもだ、どうやらここにいる執事やメイドは随分と面白い経歴を持っているようだな。
…まぁ、ネタばらしをするとこいつらは第二王子から送り込まれた暗殺者だ。
これだけ説明すれば、わかるだろ?」
エヴァンはアリエッタにも分かる様に説明した。
アリエッタも突然の事に慌てはしたものの、エヴァンの説明と、目の前にある証拠を見て納得するしかなかった。
この2人の使用人はアリエッタが数年前から雇っていた者達で、つまりはその頃から第二皇子の手が自分に伸びていたのだと自らの不注意さに恥じ入った。
ランスロットも新参のエヴァンに自分も気付いていなかった使用人の過去に驚いていて、領地に戻り次第使用人やアリエッタの周りにいる人間の経歴を改めて調べなおさなくてはと決めたのだった。
「第二王子の実家が所有する暗殺者集団、【闇の腕】だったか?
まぁ三流以下の組織だな、情報管理がお粗末過ぎるぜ。
調べるのに1週間も掛からなかったんだから」
「ぐっ」
「…殺せ」
もはや暗殺任務は不可能と観念したのか、自死も出来ないと自らを殺すようにエヴァンに懇願した。
エヴァンも既に知り得ている以上の情報を潜入任務をしていたこの2人から得られるとも思っておらず、大剣を振りかぶった。
「言われずとも、殺してやる。
死体は有効利用してやるから、安心して死ね」
「まっ―――!?」
アリエッタがエヴァンを止めようとしたが、制止を聞かずに大剣は振るわれた。
突風を起こした後には、血飛沫を上げた死体と胴体から離れた首が転がるのみである。
「…主よ、また絨毯が汚れておるぞ?
先にルーベンの阿呆に言った事を忘れたのかのう?」
「オレはいいんだよ、この絨毯の持ち主なんだからな。
フォーマ、追加だ」
アニマが呆れた様子でエヴァンに苦情をするが、まったく意に介さずにエヴァンは開き直ってソファーに座りなおした。
「お任せを」
不平も言わずにフォーマは汚れてしまった絨毯のシミを取り除いた。
その様子にアリエッタやヒカルは呆然としていたが、ランスロットだけは死体に慣れているというのもあってかこの後どうするのかを尋ねた。
「この後は戦闘だな。
今この山に向かって来ている軍隊があってな、そいつらを殲滅しなきゃならねえ」
「軍隊…なるほど、この暗殺者たちが手引きしていたという訳か」
腑に落ちたのか、ランスロットは転がっている死体を忌々しく睨みながら納得した。
(ふぅん、てっきり僕らが手引きして恩を着せようとしたと疑うかと思ったけど、案外好印象だったみたいだね。
まぁ、別に実際に手引きなんてしないんだけど、取り入る苦労が減って助かったと思えばいいのかな)
暗殺者たちがアリエッタたちが極少人数でこの山に登りエヴァンたちと接触することを第二皇子に情報を渡していた事を知り得ており、もしアリエッタとの契約がだめになった場合、この場でアリエッタたちを拘束し、第二皇子に取り入る次善の策があったのだ。
知っていたものの、留める気もなかったと糾弾される可能性もあったが、そもそも契約前のことなのでエヴァンとしてもどうでもよかったということもあるが。
とはいえ、第二皇子シュバルツは猜疑心の塊とも言える人物で、平民階級を完全に見下している為、取り入るにも時間が掛かるのであまり気乗りしていなかった。
なので、アリエッタとの契約がすんなりとうまくいった事に喜んではいたが、その分アリエッタたちの陣営がそれほどに切羽詰っている事に改めて認識するのだった。
エヴァンは後でアニマにランスロットが何を考えていたのかを聞く事を決め、一方的にアニマにランスロットの内面を探るように命じるのだった。
「…さてお姫様、緊急事態…というほどじゃねえが、事態が急変した。
どう対処する?
(まずはお手並み拝見だ、精々マシな反応をしてくれる事を祈るとするかな)」
表情を硬くしたアリエッタに、エヴァンは酷く楽しそうな笑みを向けた。
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暫くして、アリエッタはエヴァンに全権を託して静観する事を決めた。
丸投げと思うかもしれないが、これ以外に方法もなければ、手段もないのだ。
完全に第二皇子シュバルツの策に嵌ってしまっていたアリエッタが出来る事は、向かい来る軍勢をつい先ほど契約した最強の傭兵団《毒の群体》に任せる方法しかない。
そしてエヴァンはアリエッタたちを応接室とは別の、薄暗い部屋へと案内した。
置いてある調度品は先程交渉した部屋とはまるで違う無味乾燥な、まるで飾り気のない巨大な映し鏡と人数分の揃ったイスと長いテーブル置いた部屋だったのである。
「……ここは?」
「司令室だ、この魔道具を使って戦況を見物する為のな。
加えて、ここから指示を出せる。
戦況を冷静に俯瞰出来るから、何かと重宝しているぜ」
アリエッタがきょろきょろと周りを見回していると、エヴァンが司令室の説明をした。
目の前にある鏡の魔道具は子機ともいえる鏡の魔道具を通して戦況を映し、その度にこの司令室から適切な指示を出せるというのだ。
映し鏡を『モニター』と呼んだエヴァンだが、アリエッタはそのような魔道具を聞いた事がなかった為思わずランスロットを見つめるが、ランスロットもそのような魔道具を知らなかったのか首を横に振った。
『…こちらゼラ、まもなく所定の位置に到着します』
「―――っ!?」
「これって…まさかムセンキっ!?」
(…あれ、こいつ『無線機』のこと知ってるんだ?
ふーん、前にいた世界はこういった技術を当たり前に知っている所に住んでいたと見るべきなのかな?
となると…本人の知識と能力は人格を除けば比例していると考えるべきなのか…厄介だな)
本人の知識がエヴァンのいる組織の保有する技術力―――その一部を知っているという事実は看過できるものではない。
それがヒカルの持つ能力、そして未成熟な人格とが混ざり合って、どのような混沌を齎すか予測が難しいからだ。
契約上、武器や技術に関して契約者側であるヒカルはエヴァンに対して物を言うことはないが、エヴァンたちの持つ技術に触発されて、契約者側で似たような技術が蔓延するというのは組織の機密上防がねばならない。
そもそも使わなければいいという考えもあるが、その場合用意する時間が余計にかかってしまう上費用も馬鹿にならない。
エヴァンは隠密性の高い別働隊を組織して、ヒカルたちがエヴァンたちの持つ技術を模倣しようとしないか監視すること決める。
「セラ、規模はどのくらいだ?」
『およそ3000ほどの軍勢です、騎馬隊と歩兵の割合から見て三対七かと。
如何しましょうか?』
モニターから映し出されるのは、リンドブルム山の麓までやってきていた軍勢だった。
装備から見て正規軍ではなく、貴族の保有する戦力だと見て取れたアリエッタは兄シュバルツがこうも早く自分を標的にしているとは思いもしていなかった。
一体いつからなのだろうと考えるが、ヴォファール、コトニア両名はアリエッタが12歳の頃から側仕えをしていたことを思い出す。
つまりは最低でも4年前からシュバルツは自分を狙っていたのか、とアリエッタは考えが落ち着くと、二人と過ごしてきた大切な時が褪せていってしまった。
「…だそうだぜお姫様?
どうするよ、殲滅するのならちゃちゃっと済ませるぜ?」
自分が思いを馳せている間に、事態は進行していく。
ニタニタと、まるで嘲笑うかのように、否、嘲笑っているだろう彼にアリエッタは毅然として睨んだ。
「…最低限を生かして、残りは殲滅です。
どのように殺しても構いません、敵に…敵に、こちらが一筋縄では行かない相手だと、骨の髄から思い知らせてやりなさい」
アリエッタがこう言うことで文字通りの殲滅戦になることを、彼女は事前に知り得た情報で知っていた。
エヴァンたち《毒の群体》が依頼主の注文を忠実に実行する集団だと理解したうえで、この命令を下したのである。
これが八つ当たりではないと思い込みながら、アリエッタはエヴァンにそう命じたのであった。
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『―――依頼主からの要望だ。
最低限を生かして、残りを殲滅しろ…以上だ』
「お任せください、速やかに命を実行します」
咽喉の横から聞こえてくる崇拝する上官、エヴァン・ヴァーミリオンから命令が下ると、ゼゾッラは側に控えさせていた部下へと向き直った。
「閣下から命が下った、最低限の人数を残して、他は殲滅するようにとの事だ。
さて、何人残すか要望がある者はいるか?」
女性らしさの欠けた彼女は徹底した実力主義者だ。
擦れ違えば誰もが一時足を止め、振り返ってしまう程の美貌を持つ彼女だが、その美貌をヒビの入った灰色の仮面に隠し、手勢150を率いていた。
組織―――【夜明けの軍団】において序列第二位【中佐】の地位についている歴戦の兵である。
武勇のみならず、特に指揮・作戦立案能力に秀でていた彼女はエヴァンが部隊不在時において代理を任されるほどであった。
部隊員の殆どが『特殊』なこともあり、彼女の言葉に対して反応する者は少ない。
「指揮官と従卒の2人でいいんじゃねえですかい?」
反応をしたのは、ゼゾッラに次いで地位のある大柄の男、ホッケーマスクをしたルーベンだった。
その部下であるアンワー、テイラー、フォーマはルーベンの意見に可もなく不可もなくといった様子でいると、ゼゾッラは即座に結論を下す。
「では、私の異能とアンワー、テイラーで徹底的に殲滅、フォーマは周囲の監視、ルーベンは指揮官と従卒を拉致して惨状が見え、安全な場所まで退避しろ」
ゼラの異能は戦闘に特化した能力であり、特に対集団戦に有効的なものであった。
それを火、土属性の魔法使いであるアンワー、テイラーを使い、更に凶悪な災禍を齎そうとしていた。
「焼き放題だし…やっとボスに俺の活躍が…」
「…ボス、火嫌いだから、久々にこういう形でも見てもらえて…あいつ、張り切ってるっしょ…」
「何かやらかさねぇか、心配だぜ…ゼラの姉御、キレたら怖えから」
「とばっちりが来ないことを祈る次第ですな」
アンワーが火属性を操る魔法使いということもあってか、火が嫌いなエヴァンは基本的に火に係る出来事を直視しない傾向にあった。
しかし、今回の任務では残虐でいて容赦のない猟兵団の印象を強く見せつけるという事から、わかりやすい火属性の全面使用に踏み切ったのである。
部下たちは尊敬すべき上官の精神状態を案じたものの、こと任務にあたり鉄壁の理性を任務遂行を果たす姿を何度も見てきた彼らは、上官を信じるのであった。
「私語とは余裕だな貴様ら?」
「ひぎっ !! 」
「さっそくきたっしょ…」
「やべぇ…」
「哀れな…」
「ルーベン、さっさと貴様の部隊は指揮官と従卒を拉致してこい。
アンワー、テイラーは私と来い、狩場で待機だ。
フォーマ、閣下に状況を報告後、周囲の監視に当たれ、敵集団が山に到着次第、こちらに報告するように、以上だ」
「「はっ !! 」」
「あだっ、あだだっ !?
あ、あねごっつ、は、はなっ !? 」
手早く部下たちに命令を下すと、ゼゾッラは一人足早に行動を開始した。
そして運悪く、ゼゾッラの近くにいたアンワーは首根っこを捕まれ、足取りの不確かな山道を引き摺られて行くのであった。
他の同僚たちはそんな彼を哀れに思いながらも助け舟を出さず、自らの任務に集中した。
読了頂き、ありがとうございました。




