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第22話 星暦1211年8月24日(5)

8月を過ぎて、9月に入ってしまいました…。

ラストスパート、まだまだ続きます。

それでは、どうぞ。

 


 星暦1211年8月24日




 ―――幽閉塔、地下二十階。


 ルッケンスは【星神の贈物】を守る古の守護者、最後の結界を守るアクアガーディアン、その核部位を破壊した。


 地下水脈を媒介にしたアクアガーディアンは物理攻撃を一切無効化し、魔法攻撃にしても核部位を破壊しない限り何度でも無尽蔵に復活する。


 しかし、アクアガーディアンの攻撃はルッケンスの放つ不可視の防御によって防がれた。


 否、防がれたのではなく、消え失せていた(・・・・・・・)のだ。


 そしてルッケンスが人差し指をアクアガーディアンに向けると、アクアガーディアンを構成していた高圧縮された水を一瞬で消し去ったのだ。


 その中には核部位が存在しており、アクアガーディアンは二度と復活することはなかった。


「…ここまで来るのに手間取ったな、これで終わりだといいのだが」


 それほど疲れた様子も無く、ただ時間が掛かったとルッケンスはぼやきながら、周囲を見回した。


 ウルスラの姿が見えないのである。


「……ウルスラ殿、どちらにおられる?」

「ああ、ここです閣下。

 おめでとうございます、どうやら終点ですよ?」


 どうやらウルスラはルッケンスがアクアガーディアンとまるで白熱しない戦闘など最初から無視し、特異魔法【瞬身魔導】を使って戦闘領域から離脱し、アクアガーディアンが塞いでいた側に移動していたのである。


 地下は全て何が光源なのか不明なほど明るく、ウルスラの不謹慎な微笑がルッケンスは癪に障るのだが安否が確認できた以上何も言わない。


 塞がっている扉に辿り着くと、ルッケンスは何もいわず扉に手をかけた。


 当然だが扉が開く様子もないしピクリとも動かない。


「……やはり、国王辺りを拉致していた方が楽だったのかもしれないな」

「今更ですね閣下、この国の国王は【大佐】にお譲りしたのでは?」


 全て気付いていると言わんばかりのウルスラの微笑みに眉を寄せるルッケンスは表情を消して知らない振りをした。


「役割分担をしたまでのことだ、問題はない。

 それに、この程度の手間、さほど支障にもならんよ」


 ルッケンスが触れた扉が突然消えた。


【異能】を使ったルッケンスは数秒と経たずに歴史的建築物、及び最後の扉を強制的に消滅させたのだ。


 ルッケンスは水棲魔獣の檻を越え、部屋に入った途端発動する溺死トラップを無効化し、高速で襲う掛かる水の刃を消滅させ、そして最後の結界を守る守護者も完全消滅させた。


 これらの道程は全てこの国の王であるビスマルク、正確に言えば【星神の贈物(アーティファクト)】の継承者であるアナハイム家の当主が持つ指輪があればこれほどの妨害は遭わなかっただろう。


「そうですか、それでは参りましょう。

 ……ふふ、すごいですね、ここからでも力を感じるほどです」


 扉を消失させてすぐにルッケンスは扉の奥から飛来する圧倒的な力を感じ取っていた。


 当然ウルスラもこの力が一体何なのか分かっている。


星神の贈物(アーティファクト)】、超常の力を持つ超古代の遺物である。


 そのどれもが材質も、使用法も、そして同じ力を持つ物はただの一つとしてない、理解不能の塊のような存在なのだ。


 現存する【星神の贈物】の大半は使途不明、もしくは何らかの理由で起動しないガラクタ同然の代物だが、起動出来る物はそれだけで膨大な力を持つ。


 古くからルッケンス、ウルスラ、エヴァンの所属する【夜明けの軍団(レギオン)】とカンナの所属する【星神教会】は【星神の贈物】を巡り歴史の裏で争ってきた。


 時代によっては【夜明けの軍団】が劣勢になり【星神教会】もまた同様に劣勢になったりと、一進一退の戦いだったのだ。


 しかし今回は【夜明けの軍団】が【星神教会】を出し抜く形で【星神の贈物】を手に入れた。


 アナハイム王国を舞台とした、この血生臭い惨劇を用いて、完全に教会に対してアドバンテージを得たのである。


 当初教会側は【夜明けの軍団】がアナハイム王国にある【星神の贈物】を奪おうとするなど予想もしておらず、【夜明けの軍団】が何か工作をしようとしているという不確かな情報を頼りに行動したのだ。


 その結果【星神教会】は完全に後手に回り増援が間に合うことなくアナハイム王国に血の豪雨が降り注いだのだ。


 もはや妨害もない延々と続く通路をルッケンス達は無言で歩いていき、そして辿り着いた。


 力の大元に。


 この国の未来を左右する、【星神の贈物】の中でも一線を画す神器。


星神の涙(ブルーティア)】、この世における【水】を操る最上級の【星神の贈物】である。


 台座に小さく鎮座した深い蒼色の宝玉が妖しく光る。


 船酔いするかのような濃密な魔力の津波を浴びて、ルッケンスの全身に不快感が及ぶが、何とか【異能】の力で無効化することに成功し深く溜息をついた。


「これが…【星神の贈物】における至宝か。

 凄まじい力だな…いるだけでこれ程とは。

 …ウルスラ殿、例の物を」

「はい閣下、こちらをどうぞ」


 ウルスラが鞄から一つの小箱を取り出した。


 この計画を遂行するに辺り【王】から貸与された代物だ。


 説明も一切受けず、ルッケンスは【王】から預かったと伝えにきた【元帥】の一人に『【星神の贈物】をこれに入れろ』という指示を受けたのだ。


 その言葉から、この何の変哲も無い白い箱が【星神の贈物】を保管するにあたり最も最適な物なのだと理解し、慎重に預かった。


 ルッケンスは幽閉塔へと向かう途中、ウルスラにこの箱を一時的に預けたのだ。


『万が一があった場合の代理』として。


 結果的に何事も無く最下層にまで辿り着いてしまったのだが。


 ルッケンスはここにきて【異能】を全力で発動させると、ゆっくりと【星神の贈物】のある台座へと近づいて行く。


 一歩、また一歩と、息が詰まるほど慎重にルッケンスは台座に近付いていく。


 そして部屋の入り口から十歩と無い距離を三十分かけて台座の前へと辿り着いた。


「……これが至宝、これが【星神の贈物】か」


 恐る恐る手に取るルッケンスは慎重に【星神の涙(ブルーティア)】を手に取った。


 そしてやはりと何か納得した表情を一瞬して素早く【星神の涙(ブルーティア)】を箱へと入れて閉じ、そして封をした。


 これで、任務は完了した。


 この国における、【神々の黄昏(ラグナロク)】は完了したのだ。




 ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲





 四対一という状況は数の上では有利に働くだろう。


 お互いの領分を守り円滑な連携を図れば、その力は足し算ではなく掛け算となり、強大な敵だろうと倒せる可能性が広がるのだ。


 しかし―――、


「ぎゃははははっ!!

 なんじゃ、なんじゃ、情けないのうっ!!

 揃いも揃って雁首揃えて、わしに一太刀も浴びせれんのか?

 その体たらくならば、時期にわしの主がジジイをあの世に送ってしまうぞ?」


 その連携が稚拙ならば、それは四対一の戦いではない。


 一対一を同時に四度起こしているだけの、圧倒的不利な戦闘でしかないのだ。


 ゲタゲタと不快な嗤い声を上げる化け物(アニマ)を前に、囲んでいる筈のレオン達四人は肩で息をして目配せしていた。


 タイミングを計って攻撃しているが、すべてアニマが常に正面から迎え撃ち、避け、捌き、そして防ぐのだ。


 一事が万事この様相を為していて、レオンはこの日もう何度目かの舌打ちをしてアニマを睨み付けた。


「―――クッソ、どうして攻撃が当たらねえんだっよっ!?

 剣も魔法も、あの化け物に全部予測されてやがる、一体なんで…!?」

「連携の隙を完全に見通されているのよっ!!

 私達の即席の連携なんて、あの化け物少女の前じゃオママゴト(・・・・・)みたいなものなんでしょうねっ!?」


 もはやロニすらもアニマの事を姿だけで囚われず、目の前の少女の形をした化け物を脅威と判断していた。


 パトリオットとサイラスも同様で、近衛騎士としての実力は上から数えた方が早いほどの剣術の使い手なのにも関わらず、この体たらくなのである。


「…ぐぅっ!!」

「…切れろ、千切れろ、削げろ、潰れろ、溶けろ、捥げろ、(ひしゃ)げろ、抉れろ、壊れろ、死ね死ね死ね死ね死ねしねしねしねシネシネシネくたばれぇっ!!

 あの盗賊団の頭の様に、あの男爵の様に、あの伯爵の様に、ゴミの様に無様に死ねっ!!

 有象無象が死ぬように、無為に無意味に無駄に無様に地獄に落ちろっ!!

 ふ、ふふ、ふあははははははっ、絶対に楽には殺さないよ、おうさまあ。

 傷を治す回復ポーションは沢山用意してるんだ、加減を何度間違えてもちゃんと挽回出来る僕が作った特製ポーションだ、品質は最高純度のものを用意したから、存分に泣いて、喚いて、叫んで、僕を楽しませてよねぇっ?

 はは、あははは、あははははっ!!」


 壊れた嗤い声を上げるエヴァンはレオン達の事等眼中に無く、ただ一心不乱にビスマルクの全身を丹念に拷問し尽くしている。


 傷付けてはポーションを取り出して回復させ、また傷付けてという工程を繰り返していた。


 ナイフが振り下ろされる度にビスマルクの悲痛な声を上げるが、誰一人として駆け寄る事も出来ない。


 駆け寄ろうとアニマに背を向けた瞬間、背後に詰め寄られあらぬ方向へ投げ飛ばされるのだ。


「…狂ってやがるぜ、くそうっ!!」


 エヴァンの拷問に目を背け吐き捨てるレオンに、呵呵とアニマが笑う。


「はははっ、いやまったく、その意見には同意するぞコゾウ。

 我が主はああなると最高にイカレルでな、ちょっとやそっとじゃ落ち着かんぞ?

 さぁ、今度はどう攻撃してくるんじゃ?

 コゾウと、小娘の魔法か?

 騎士共の畳掛けか?

 それとも、一気呵成に計算度外視して掛かって来るかのう?

 よい、よい、幾らでも掛って来るとよい!!

 お前達が立ち上がれなくなるまで、何度でも付き合ってやろうっ!!

 そして覚悟せよ、立ち上がれなくなった時、お前達はわしの今日の晩餐じゃ!!

 王都を焼く炎にくべて、骨も残さず喰らってやろうっ!!

 ぎゃは、ぎゃはは、ぎゃははははははっ!!」


 人喰いの化け物は高らかに嗤い宣言する。


 お前達は餌だと。


 お前達は獲物だと。


 舌なめずりして真っ赤な血の残る舌を見たレオンは下唇を噛み千切らんばかりに噛み吐き捨てた。


「てめえだって十分に狂ってるぜっ!!

 そんなに肉が喰いてえなら大型の魔獣でも喰ってやがれっ!!」

「……この地に湧き巡りし流水よ 水刃となりて敵を切り裂け 【流水刃】!!」

「パトリオット!!」

「応っ!!」


 ロニの水属性魔法の詠唱が終わったと同時にパトリオット、そしてサイラスが何度目かの連携攻撃を仕掛けた。


 レオンが会話をして時間稼ぎをしている間にロニが強力な魔法を放った所をパトリオット、サイラス、そして止めにレオンが畳み掛ける最もアニマを傷つける事の出来る可能性の高い攻撃だ。


 ―――しかし、その可能性すらもレオン達を味方することなく、


「―――カァッ!!」


 水の刃がアニマを切り裂こうとする手前で、アニマが怒号を上げた。


 ビリビリと会場に響き渡り、アニマを中心に風が吹き荒れた。


 その風に水の刃が触れると、途端にロニの魔法は見る影も無く、ただの水と成り果てた。


「またなのっ!?

 魔力を使った形跡なんて無いのに、何で私の魔法がっ!?」


 ロニは自分の魔力で構成した魔法に一切の油断、躊躇無くはなった魔法が、アニマの怒号、何らかの魔法無効化能力を見て歯噛みした。


 あの能力のせいで、ロニやレオンの魔法はアニマに当たる寸前で無効化され連携を崩されて来たのだ。


 そして―――、


「そぉれ、回れ回れっ!!」


 頭上に振り下ろされるパトリオットの剣を見ずに、アニマはパトリオットの右腕を瞬時に掴み引いて一歩下がると、パトリオットの右腕は先程までアニマがいた場所で、サイラスが今まさにそこへと剣を振り抜いていたのだ。


 結果―――、


「がああっ!?」


 パトリオットがあまりの痛みに膝をつき、サイラスは自分が仕出かした現実に思わず固まってしまった。


 パトリオットは利き腕である右腕をサイラスに切られてしまったのである。


 アニマは膝をついたパトリオットに追い討ちをかけるように回転回し蹴りを放ち会場の隅へと吹き飛ばした。


「パトリオットっ!?」


 未だ呆然としているサイラスの手首を片手で握り潰すと、肉と骨が潰れる音が生々しく会場に響き、アニマは接近してくるレオンにサイラスを投げつけた。


 レオンは投げ飛ばされたサイラスを避けると、アニマにそのまま吶喊(とっかん)した。


 連携が失敗し瓦解している以上アニマの追撃を許す訳にいかず、時間を稼ごうとしたのだ。


「―――ちと目算が甘いが、まあ及第点といったとこかのう」


 すでにレオンへの迎撃の構えを取っていたアニマに付け入る隙などない。


 振り下ろされた剣を片手で掴み取り、空いた手を握り締めると、剣の刀身に勢いよく横殴りにした。


 常軌を逸した化け物(アニマ)の膂力ならば、多少頑丈な剣といえど呆気なく砕け散った。


「そぉら、もういっちょうっ!!」


 アニマは剣を握っていたレオンの右腕を掴み取ると、力任せに引っ張った。


 武器を破壊され、鎧を纏っていないレオンでは体のどこに攻撃を受ければ間違いなく必殺となろう。


 レオンに取れる行動など唯一つ、空いている左腕を盾にすることだけだった。


 左腕に異音が走る。


 骨の拉げる、耳を塞ぎたくなるような、身の震えるような不快な音だった。


 レオンは自分が殴られたと気付いたのは、背中に衝撃を受けてからだ。


 地面や壁のような硬さではなく、若干ではあるが何かをクッションにしたような、そんな感覚があったのだから。


「きゃぁっ!!」

「はっはっはっ、ストライク(・・・・・)じゃ!!」


 ロニの悲鳴が背後から聞こえ、アニマの(よろこ)ぶ声がしてレオンは自分の背後にあるのが誰だか気付く。


「くっ、悪いなロニ、ぶつかっちまって」

「いったたたた…本当よまったく、年の割に筋肉がっしりなあんたに勢い良くぶつけられて無事だったのが不思議なくらいね」


 悪態をついたロニがレオンを押し退けて立ち上がった。


 レオンの背中になったのはロニだったのだ。


 レオンが吹き飛ばされた先がロニだったというのは、間違いなくアニマの仕業なのは間違いなく、レオンは連携を完膚なきまでに看破し撃破された事に両腕の痛みを堪えながら立ち上がる。


「レオン兄様、右手と左腕が!!」


 アンジェがレオンの両手を見て悲痛な声を上げる。


 アニマに右手を掴まれた時、そしてアニマの一撃を左腕で防いだ時、どちらも骨が砕け、内出血を起こして赤黒く変色していたのである。


「くっ、両腕がやばいな…両方ともイカレテやがる」


 脂汗も掻いてきていて、それがどれだけの苦痛に苛まれているのかがアンジェが辛そうな表情をするのだが、レオンはアンジェに大丈夫だと声をかけた。


「心配するなよアンジェ、俺にはとっておき(・・・・・)がある…からな。

 エヴァンが作ってくれたポーションだ、効き目は骨折位なら一分もあれば直る」


 レオンも空間圧縮道具鞄(ストレージバック)から一本の小瓶を取り出した。


 エヴァンが以前レオンと共に王都のが以遠にある森で狩をしていたとき、もしもの事があってはならないとエヴァンが手渡したものであった。


 結局使う事もなかったが、あれ以来大事にとっていたものである。


 レオンがポーションを飲み干すと、空になった小瓶をアニマに投げつけた。


 攻撃ではない行動にアニマは鼻で笑うと、その小瓶を受け取った。


 回復の早さをアピールしたのだろう、右手はまだぎこちなくはあるが、ほとんど痛みも引いて内出血も収まってきていた。


 渡されたポーションは手持ちが少なく後二つしかない、パトリオットの右腕もそうだが、投げ飛ばされたサイラスも相当のダメージを負っている筈で、丁度使い切ってしまうだろう。


 パトリオットの右腕は残念だが、それでも止血は出来るはずとレオンはほっと安堵するのだった。


「……ほう、中々に良く出来たポーションのようじゃな。

 怪我の治りが実に早い…結構な事じゃ」


 アニマはパトリオットの右腕を放り捨てると、レオンの使ったポーションを見ると感心していた。


 通常、販売されているポーションは時間が経てば経つ程品質が劣化していき、効力もそれ相応となる。


 レオンが持っていた 空間圧縮道具鞄は大量の物を入れられると同時に入れた物の時間を止める力も持っている。


 つまり、最高品質の状態を保った状態で鞄に入れていたからこそ、それだけの効果を齎したのだ。


「俺の大事な友人がくれたもんでな、こんな時使わなくていつ使うってんだ」

「友人…なるほど、平民のエヴァン(・・・・)とかいうやつの事じゃな?」


 やはりというか、アニマはレオン達の周りも嗅ぎ回っていたようで、当然のようにエヴァンの事も知りえていた。


「一緒におらん辺り、見捨てたのかのう?」


 ニヤニヤと嗤うアニマにレオンは違うと否定した。


「見捨ててなんかいねえ!!

 死体らしいものも見つからなかったが、あいつの事は俺が一番知ってる!!

 あいつは、こんな所で死ぬような奴じゃない!!

 だから信じてここに来たんだ!!

 あいつはきっと生きてる、見つけるのは、その後でも遅くねえ!!」


 そう、四人の中で最もエヴァンと接してきたのはレオンであった。


 気に入った者以外はまるで路傍の石ころを見るような目をするエヴァンが気を許した三人の一人であるレオンはエヴァンがこの炎上する王都の中でまだ生きていると、確信していたのだ。


「…一番知っている、か…ふん。

 それほど空々しい言葉、ここ最近では一番じゃな」


 あまりにもバカバカしいと吐き捨てたアニマにレオンはもの凄い形相で睨み付けて憤然とした。


「てめえ、なにがおかしい!?」

「…さてのう、わからぬなら別に構わんよ。

 知る必要もなし…続きをするとしようか。

 ほれ、この剣を使うといい、近衛騎士団長という名のザコ(・・)が使っておった剣じゃが、お主がさっきまで使っておった剣よりはましじゃ」


 アニマが床から拾い上げた剣をレオンに向かって投げると、レオンは自分に向かっていた剣を受け取った。


「…アンジェ、パトリオットとサイラスにポーションを飲ませておいてくれ。

 俺とロニは、それまで時間を稼ぐ、頼んだぜ?」


 ポーションの入った小瓶をアンジェに渡すと、アンジェは小瓶を見てなぜか驚いていた。


「え…これは」

「どうしたアンジェ、いそげっ!!」

「わ、わかりました、ロニ、レオン兄様をお願い!!」

「全力で支援するわよ、当然でしょ?」


 アニマとの会話の内に辛うじて戦闘を継続出来るほどに回復したのだろう、ロニは自分の魔法攻撃が当たらないのに対して弾幕を張ってアニマの視界を遮っていた。


 不敵に笑ってみせるロニの表情はアンジェから見ても不安が隠し切れておらず、それでも化け物から一歩も引く気はないという思いからその不安を押し殺していた姿にアンジェはロニの言葉を信じて、走り出した。




 ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲




 真っ先にアンジェはすぐ近くにいるサイラスの元へと向かった。


 サイラスは右手首を握り潰されてはいるが大きな出血は無い、痛みでふらついていたが左手は無事だったので、サイラスに手早くポーションを渡しパトリオットの元へと走った。


「パトリオット、意識がありますか!?」

「…おうじょ……でんか?

 わたし…は、い…タイ?」


 意識を取り戻したパトリオットがアンジェに気付くと、辺りを見回した。


 その視線の先にはレオンとロニがアニマと戦闘、否、もはや戦闘とは呼べない代物に成り下がっていた。


 ポーションで怪我を治しても、多少なりとも副作用はある。


 怪我を治すポーションは総じて体力を多く消耗するという副作用がある。


 もはやレオンの一撃は戦闘を開始した頃の半分も無いとみると、もはやこれまでかと苦りきった顔をした。


「おう…でんか……れおん…さまを、つれ、にげ…て」

「いいから、このポーションを飲みなさい、早く」


 アンジェは小瓶を空けるとパトリオットに半分だけ飲ますと、残りの半分を右腕に降り掛けた。


「ぐぅっ」

「耐えてパトリオット、お願い!!」


 悶えるパトリオットにアンジェが乗り掛かってまで押さえ込んで、ようやくポーションを使い切った。


 効き目はすぐに出始め、傷口からは出血は治まり、脂汗を掻いていたパトリオットの様子も安定した。


「これで、どうにかパトリオットは助かるはず。

 …あとは」


 アンジェは空になった小瓶を見つめた。


 この小瓶をレオンに渡された時、アンジェはえもいわれぬ不安に襲われたのだ。


「この小瓶、どこかで…どこ、いったい、わたしは一体どこで見たの?」


 昼に入ってからのアンジェの脳内は慌しく回り続けていて限界間際だった。


 それでもアンジェにはこの手に持った小瓶が何かの手掛かりになるのではと感じ取ったのだ。


「焼けた王都の中…違うわ、学院は……違う、どこ、いったいどこなの?」


 頭を抑えるアンジェが必死に何かを思い出そうとするのだが、ビスマルクの悲鳴が聞こえてそちらを向いてしまった。


 仮面を被った(エヴァン)によって未だ恐ろしい拷問が続いていて、息も絶え絶えの、瀕死状態になったビスマルクは殴りつけられていた。


 そしてアンジェは見てしまった。


 気付きたくない真実をついに、見つけてしまったのだ。


「…時期、接触、体格、錬金術……状況が、全てが揃っている」


 そして、手に持った小瓶を一瞥し、視線を戻した。


 賊が降り掛けているポーションの小瓶の形状と、アンジェの持っているポーションの小瓶が、同一といっていい程に似通っている事に。


「…信じたくない、信じたく…無いけど」


 アンジェの思い描いた点が、全て繋がってしまった事に自分自身の結論を信じたくなかったアンジェは、頭を振ってしまう。


 しかし、アンジェが思い悩んでいる間にも状況は悪化していく。


「ぐぁっ!!」

「きゃあっ!!」


 そしてレオンとロニの悲鳴が聞こえ、そちらに目を向けた。


 賊の片割れ、あの化け物(アニマ)がレオンとロニを吹き飛ばしたのである。


「なんじゃ、もう仕舞いかのう?

 立たぬのなら…ここで喰ってしまおうかのう?」


 仮面をずらそうと手を掛ける化け物にアンジェの表情に恐怖が走る。


「…だめよ…だめ」


 うわ言の様にだめだと繰り返すアンジェの声は誰にも届かない。


 レオンとロニは限界だ、もはや立っている事もままなら無い程に疲労が蓄積し気力で持っているだけの状態だ。


 そしてそんな二人を相手にする化け物は、息一つとして荒げていないのだ。


 仮面の口周りは赤く染まっていて、いったい何をしていたのか容易にわかる。


 口を開くと真っ赤な舌が現れ、さらに信憑性が増していった。


 先にポーションを渡したサイラスは体力が回復しておらず、レオン達に駆け寄る事も出来無い程に疲労困憊していた。


 絶体絶命の状況の中で、アンジェはそれでも可能性を捨てきれずにいた。


 ―――それしか、助かる方法が無いとするのならば、


「やめて…」


 化け物がレオンの首に手をかけ、持ち上げる。


 レオンは息を荒げて反抗しようとするが、まともに抵抗出来ずにいた。


 ロニは魔力を使いすぎて意識が朦朧としているのか、レオンを助けようと化け物に杖を向けるが、魔法が放たれる気配が一向に無い。


「まずは手始めに、お主から喰おうとするかのう。

 いやはや、若々しくあって実に美味そうじゃわい。

 すぐに他の小娘やコゾウ共も仲良くわしの腹に入れてやろう」


 ―――短くも楽しかった時間を全て犠牲にしてでも、


「―――やめさせて、エヴァくんっ!!」


 会場に、悲鳴が上がった。





拝読頂き、まことにありがとうございました。

次回、第一章完結です。

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