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第21話 星暦1211年8月24日(4)

いつも拝読ありがとうございます。

今回のお話は…少々グロさが遠のいて説明が多い…かもですね。

前話で王様とO・H・A・N・A・S・I の最中なもんでして。

それでは、どうぞ。


 



 星暦1211年8月24日(4)


 レオン達三人は王都への消化、及び非難をする為に派遣される近衛騎士団と宮廷魔導師達、そして別宅に戻ろうとする一部の貴族達と橋を渡った。


 レオン達は橋を渡って貴族街の方へと護送されていく。


 アンジェの祖父であるアイム辺境伯の所有する避難所(シェルター)にて保護しようとしたのである。


 しかしレオン達は貴族街へと進む途中でその場から抜け出した。


 この炎上している王都の中に、レオン達の大切な友人(・・・・・)がいるのである。


 いくら魔法使いとしての力量があろうと、エヴァンの得意な属性は風属性。


 この燃え盛る王都では、エヴァン程の魔法使いでも危険だと三人は判断したのである。


 逸早くレオン達がいなくなっていたことに気付いたアイム辺境伯はすぐさま連れ戻そうとしたのだが、突然漆黒の人形が大量に襲いかかってきて、自らの防衛に回してしまった為


「待ち合わせ場所に行くわよ!?

 エヴァだったら時間前に必ずいるはずだもの!!」

「あの黒いのは極力戦わないようにしましょう。

 まともに戦っていたらエヴァ君を探す所ではなくなるわ!!」

「エヴァ、どこにいるんだよっ!!

 返事をしてくれよ、エヴァっ!!」


 レオン達は黒い人形の捜索をなるべく回避し、一時は遭遇して戦う事になったのだが、三対の人形からの連続攻撃に防戦一方であった。


 冒険者ギルドまで追い詰められると、運良く凄腕の冒険者達四人に助けられ、何とか事なきを得て、リーダー格の青年にエヴァンの事を知らないかと尋ねたが、知らないと返され青年達とレオン達は分かれることになった。


 そんな時、遥か後方から、正確に言うと王宮のある方角から何かが爆発する音が聞こえてきたのである。


「あの爆発は…王宮からだっ!!

 クソッ、エヴァンは見つからないし、王宮は怪しいことになっているし!!

 父上は、父上は大丈夫なのか?

 …アンジェ、ロニ、どうする?

 俺は…王宮に戻った方がいいと思う」

「だめよレオン兄様っ!!

 何の為に王宮を脱したと思っているの?

 考えたらわかるじゃない、この王都の現状も、後から来た爆発も、敵の主力は間違いなく、王宮に向かっているのよ?」

「そうよレオン、王宮に行くって…エヴァはどうするのよ!?

 まさか、エヴァを見捨てるつもり!?」


 アンジェとロニの猛反対を受けたレオンだったが、引かずにエヴァンの捜索を一旦中断し、王宮へと戻ろうとしたのだ。


「これだけ捜したんだ、死体とかそれらしいものも見つからねえ…生きてる筈だ。

 錬金術の腕前も、魔法の腕前も大人顔負けなんだ、心配はいらねえ!!

 それに、今父上が賊の手に掛かったら、この国はどうなるんだよ!?

 七年かけて立ち直らせてきたんだぞ?

 それがまた…」

「…それは…そうだけど。

 けど、だからレオンは近衛騎士団長のアルヴィン様と宮廷魔導師長ベルンハルト様に残ってもらう事にしたのでしょう?」

「…それでも、一人でも多くいた方がいい」


 レオンは七年前に終結した戦争のことはおぼろげながら覚えていた。


 一方的に仕掛けてきた帝国に抗おうと、国の総力を挙げて戦い抜いたあの戦争を。


 終結した後、各領地で物資が足りず餓死者まで出て、王都でも一時期スラムが餓死者で溢れ、あわや疫病という大惨事になるところだったのだ。


 幸いにして疫病は起きなかったが、それでも国は疲弊し活力は中々戻らなかった。


 それでも試行錯誤し、七年という年月をかけ、ようやく建国祭が出来る程にまで戻ってきたのである。


「大丈夫だ、何も俺達だけが行くっていうわけじゃねえよ。

 …パトリオット、サイラス、いるんだろ?」

「「はっ、ここにっ!!」」


 少し離れた所にレオンとアンジェの護衛をしている近衛騎士パトリオット、サイラスが駆けつけてきた。


 レオン達が抜け出した後、黒い人形と戦っている他の者達を放ってレオン達の下へと参じて来たのである。


 本来ならばレオン達を連れ戻さねばならなかった所だが、パトリオットとサイラスも、三人の友人であるエヴァンの事を気にかけていたのだろう。


 距離を開けながらではあるが、人形と戦いレオン達を見守りながら、二人はエヴァンを探していたのだ。


「俺が呼んだ意味…予想はついてるだろ?」

「…賛同出来ませんが、分かっています」

「殿下、お考え直ししていただけませんか?

 我々二人では、とても殿下方を、ロニ嬢をお守りする事は困難です」


 二人の考えは至極現実的だ、この状況下ではレオン達三人の身の安全の確保はおろか、自分達の身も守り切れるか怪しいだろう。


 しかしレオンは頑なに頷こうとせず、来ないのなら一人で行くといわんばかりの表情に、パトリオットとサイラスは覚悟を決めた。


「では殿下、我々が身命を賭してお守りします」

「少し遠回りになりますが、あの人形と戦わない道を確保しています、急ぎましょう」


 レオン達は王宮へと向かうが、何故か人形達がレオン達を無視してどこかへと向かっていたお陰で戦闘にはならなかった。


 王宮の前まで着くと、壊れている橋をロニが得意の水属性魔法で全員を橋の向こう側まで連れて行った。


 王宮の入り口は吐き気を催すほどの腐臭に溢れていて、すぐに入り口を抜け、呆然とした。


 数十分前まで重厚でいて豪奢な造りをしていた王宮は見る影も無く、廃墟と化していたのだ。


 入り口の前には、夥しいまでの近衛騎士、宮廷魔導師達の死体で溢れ返っていたのである。


 それはレオン達がアルヴィン達と共に残らせた騎士達で、その死体が目の前にあるのだ。


 賊が間違い無く進入していると思ったレオンは一直線にレオン達は王座の間へと向かったが、そこには誰もおらず、破壊された痕跡も無い。


「パトリオット、サイラス、父上はどこにいるんだ!?」

「恐らくは…祝賀会場ではないかと。

 あそこはこの王座の間以上に広いですので…あの場には団長と魔導師長の死体はありませんでした。

 今もなお賊と戦闘をしているはずです、我々はその間に会場へ行きましょう。

 陛下をこの王宮からお連れし逃げるのです」

「ああ、いこう!!」

「こんな危険なところ、さっさとやること済ませたら逃げるわよ!?」

「お父様、どうかご無事で…!!」


 そしてレオン達が祝賀会場へと着いた。


 そこで、全ての終焉が集約しているとも知らず。


 終わりは、すぐそこまで来ていた。




 ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲




 レオン達が会場に入った時、ぐったりとしているビスマルクがイスに縛られて両手から血を流しているのに気付いて駆け寄ろうとしたが、そこにエヴァンが立ち塞がった。


 エヴァンはレオン達、そして少し遅れてきたパトリオット、サイラスと正面から向かい合うと、あからさまに馬鹿にしたような、仰々しい態度で臨んでいた。


「これはこれは、レオンハルト王子、アンジェリーナ王女、ロニ・フォン・ビスト嬢。

 それに、そちらは近衛騎士のパトリオット・フォン・タービル殿とサイラス・フォン・アイム殿ですね。

 ようこそ、僕の《領域》へ。

 僕がここ数ヶ月起こしていた『貴族殺し』、巷では『蒼血の雨事件』と呼ばれているそうですね、その実行犯です」


 レオンは自分より小さい仮面をつけているエヴァンに気付いておらず、『こんな奴が』といった様子でエヴァンとアニマを睨み付けていて、レオン以外の四人も同様に恐ろしい化け物(・・・)を見るかのような目で睨んでいた。


 アニマについてはエヴァンがいつも付けているウサギの面を渡していて、素顔を見ることができないが、全身の殆どを血で塗れているアニマは仮面をずらしてそこらに転がっている『オヤツ(・・・)』に夢中でレオン達を注視してもいない。


「ああ、こっちは僕の使い魔です。

 好物が肉類全般の食欲旺盛なもので、今回の計画でご飯が大量に出来て大変感謝しています」


 言外に『人肉が大好物なんです』と言っているようなもので、レオン達は転がっているは肉片を大口を空けて食べるアニマを見た瞬間に嫌悪感を、吐き気を催して目を逸らした。


「なんじゃ主よ、これはわしのメシじゃ、やらんぞ?」

「いらないから、好きに食べていていいよ。

 ……なんなら、王様食べてみる?

 ちょっと年取ってるけど、日頃美味しい物食べているだろうし、意外とおいしいかもよ?」

「おまえっ!?」

「なりません殿下、これは挑発です!!」


 パトリオットがエヴァンのワザとらしい演技に気付き制止してようやく息を荒げながらではあるがエヴァンに襲い掛かろうとする怒気を堪えた。


 堪えなければならなかったが、エヴァンの隣にいる人食いの化け物(アニマ)がその食指を父であるビスマルクに向けないとも限らない。


 レオンは自分の父が生きたまま食されるなどというおぞましい所業を見たくない一心であった。


「こんな枯れ木みたいなジジイなぞ食っても喰い応えなどないわい。

 わしの人間の好みは幼子から脂身の載った三十代じゃよ。

 それでいうなら…そこの騎士や小娘らなどは実にうまそうに見えるわい」


 アニマはエヴァンの問いに思わず本心から答えてしまい、エヴァンは『まあいっか』と流した。


 パトリオットはエヴァンが演技をしたと気付いていたかもしれないが、エヴァンはアニマ次第で本気で耳でも切り落としてアニマに食べさせようとした。


 ちょっとしたイタズラ(・・・・・・・・・・)は台無しになってしまった。


 仮面を被りなおし、仮面にぽっかりと開いた穴から除かせたアニマの目にレオン達は『食材』でしかなかった。


「……ふふっ、よかったね王様、生きたまま食べられなくて」

「……」


 エヴァンの軽口に返す余裕が無いのか、ビスマルクの表情は依然として青白く、両手の貫かれた傷は尚も血を流し続けていた。


「お前は、何の為にこんな事をした!!

 金か、恨みか、一体なんでこんな事をしたんだよ!?

 ようやく国が立ち直り始めたのに、民達が笑って過ごせるようになり始めたのに、いきなり現れて誰も彼も殺しまくって……どうしてっ!?」

 血を吐くような思いで叫び声を上げたレオンにエヴァンは嗤って返した。

「あははははっ!!

 王子様はきっと幸せな思考回路をしているんだねぇ」

「なんだとっ!?」

 あからさまに馬鹿にしたような笑い声に、レオンが反発するようにいきり立つ。

「聞けば何でも答えてくれるのが当然だって言うのは、一種の傲慢だよ?

 少しは考えてもみなよ、これだけの惨状、これまでの状況を考えて、一体どんな理由でこんな所業に及んだのか…ちょっと考えればわかるでしょう?」


 ナイフを持っていない手をひらひらと揺らしてエヴァンはレオンの答えを待っていた。


 王宮の外からは何度も爆発音が響いてきていて、吹き抜けの窓からは見える空は黒煙で覆われていた。


「…怨恨?

 家族の誰かを貴族に殺されたのか?」

「十点だね、赤点だ」


 レオンの考えはこれまでの殺しのやり方を考察した事を根拠にしたものだ。


 殺人方法は大抵が強力な魔法や特殊な殺害方法でまともな殺し方など殆ど無い。


 そして拷問されて殺されている貴族が多数出ていることから、犯人は貴族に対して何か恨みがあって犯行に及んだのではないかと推察したのであるが、エヴァンは違うと返した。


 エヴァンのナイフがビスマルクの耳を切り裂いた。


「ぐうっ!!」

「父上っ!!

 やめろ、やめてくれっ!!」

「レオン待って、手を出したらダメ!!」

「だけどロニ、父上を助けねえと!!」

「この距離ではあの賊のナイフのほうが早く陛下を傷付けられます。

 我慢です、殿下」

「くそっ!!」

「まぁ、悪くない線だよ王子様。

 辛うじて掠っているけど、それだけじゃ足りないね。

 …そうだね、少しネタばらしをしよう。

 僕はとある組織に属していてね、その組織からある任務を受けたんだ。

 この国にある【星神の贈物(アーティファクト)】を奪い取れ、手段は選ぶな(・・・・・)ってね」

「あ、【星神の贈物(アーティファクト)】って、昔話に出てきた神器の…?」


 アンジェが【星神の贈物】の事を知っていたのか口を開いたのだが、エヴァンは仮面の下でにやりと笑って無視した。


「まぁ、仕事だからやったんだよ。

 最初王都で騒ぎを起こし、その後は周辺の領地にいる貴族を殺して王都の目を外に向けさせ、そして緩んだところで、王都を炎上させて王宮に侵入して、御目当ての【星神の贈物】を手に入れる。

 全てはその過程で起きた事なんだよ。

 ……とまぁ、これが理由の半分(・・)だね」


 エヴァンは最初ビスマルクに話した復讐についての話を省き、任務についてだけ話した。


 これでエヴァンの動機をこの場で全て知っているのはビスマルクだけとなり、エヴァンの任務内容を知ったビスマルクはここにいるエヴァンが一体どういう役割でここにいるのかを。


 そして気付いてしまった、もう間に合わないことにも。


「半分…だと?

 御伽噺の神器を探すために罪も無い人達にあれだけの事をしてまだあるのかよ!?

 おまえ……ふざけるなっ!」

「やれやれ、短気なお子様じゃのう」

「だって周りが甘やかしているんだもん、仕方ないよ。

 甘ったれの王子様にはお似合いさ」


 呆れた様な仕草をするアニマにエヴァンも便乗してレオンを嘲笑う。


「父上を解放しろっ!!」


 剣を抜いて剣先をエヴァンに突きつけると、やれやれといった様子で溜息をついた。


「ダメだよ、王様にはここで死んでもらわないといけないんだ。

 この僕の為にね。

 それが嫌なら…僕を殺すしかないけど、現実的な問題として不可能だから、諦めてもらいたいな。

 僕は王様と王妃様達を殺せれば満足なんだからね。

 …そういえば、王様と一緒にいた王妃様ってどこに行ったの?

 もしかして、あの救援部隊の人達と一緒に行っちゃったのかな?」


 ひたり、とナイフをビスマルクの頬に当ててそう尋ねるエヴァンにレオンがエヴァンに突撃しようとするが、今度はサイラスがレオンを止めた。


 あろう事か、ビスマルクが視線だけで手出しをするなと示したのである。


「…ふ、そうだ。

 朕の四人の王妃立ちは救援部隊の者達と共に送らせた。

 お前達がここに来て、朕を狙っているのが予想出来たからな。

 そしてお前達のやり口にも大体予想がつく。

 死体の状況から、復讐(・・)の対象者とその身近な者を最後まで残し、散々甚振り尽くしてから最後に殺していたのだろう。

 妻子を拷問し尽くしてから、最後に朕を散々に苛め抜いて絶望させて殺す。

 人としての尊厳を全て狩り立て、そして物を壊すかのように殺す。

 それをまさか…お前のような子供がするとはな。

 ―――七年前か……七年前の、いつ頃の事なのだ?」

「父…上?

 何を言っているのですか!?

 父上は、そいつの事を知っているのですか!?」


 レオンがビスマルクに叫ぶが、その叫び声を物ともせずにエヴァンを睨みつけた。


「…へぇ、王様、もしかして思い出せるの?

 七年前の当時の事なんて、思い出したくも無ければ、慌しく過ぎていった毎日だったろうから覚えているとも思えないんだけど」


 皮肉の聞いたエヴァンの毒舌に、ビスマルクは憮然とばかりに返した。


「朕を舐めるでない…むしろ朕の生きた中であれをほど強烈な記憶は無い。

 …いつなのだ、言わぬのならば、こうして朕を生かしておく理由など無いのだろう?」


 若干だが言葉が途切れ途切れになってきたのがエヴァンにも分かり、仕方ないとばかりに舌打ちをして空間圧縮道具鞄(ストレージバック)からポーションを取り出して傷口にかけた。


 見る見るうちにビスマルクの怪我を治し、忌々しそうに空になったポーションを叩きつけて苛立つエヴァンに、アニマが注意深く見守っていた。


 数十分ほど前の情緒不安定なエヴァンにも見受けられた症状が見受けられたからである。


「…戦争終戦直後の……アルアーク伯爵領で起きた、反乱事件についてだよ。

 今ではもう記憶の片隅にしかないだろう、ちょっとした事件さ」

「アル…アーク…反乱、だと?

 ………そうか、そういう…事か。

 ……生き残りが、いたのだな」


 エヴァンの口にした言葉に記憶を手繰らせたビスマルクが痛ましい、全てに得心がいったという顔をして、その様子にレオン達が驚いた。


 しかし、そんな驚きなどお構いなしに、エヴァンは拘束しているビスマルクの髪を掴むと力任せに引っ張り怒鳴りつけた。


「なにそれ、その言い方。

 じゃあ、あの七年前のこと、僕らの受けたあの屈辱的で絶望的で最悪な、あのふざけた茶番の事を知っていたの!?

 ………言えよ、いえっ!!

 どうしてあの茶番をそのままにしたの、どうして僕らの友達を、家族を、村のみんなを、死後も、名誉も、存在すらも全部全部全部全部全部全部全部ゼンブぜんぶぜんぶっ!!

 どうして僕らは助けられず、どうして僕らは見捨てられ、どうして僕らは辱められ、どうして僕らは忘れられてしまったんだよ!?

 いえよ賢王、ビスマルク・ヒュッケ・ヴァン・アナハイム!!」


 エヴァンはアルアーク伯爵を殺す以前からこの事件の真相を全て、王国側、帝国側の事情の全てを知り得ていた。


 真相を知った上で、事実としてこの情報が正しかったとベルグラムも証言し、アニマの言葉もそれを肯定した。


 しかし、どうしても納得がいかなかった。


 七年前の痛みが、悲しみが、喪失感が、諦観が、憎悪が、殺意が、狂気がエヴァンを蝕み続けて苛み続けた。


 倫理や理論を超越し、感情が壊れても尚、エヴァンを蝕み続けたエヴァンにとって、納得する答えなど返ってくる訳が無い。


 全てが手遅れだ。


 エヴァンから溢れ出した殺気が津波のように会場を遅い、アニマを除く全ての者が全身を強張らせた。


 これが人間が出せる殺気なのかと、冷静に観察できる者がいたらそう評しただろう。


 その殺気を一身に受けるビスマルクは、そのエヴァンの殺気を受けて尚、強い光を持った目を持っていた。


 それは全てを知った、ビスマルクだけが持つ事の出来る目であった。


「……すまなかった」


 殺気が震える。


 ビスマルクのその一言だけで、会場が揺れたのである。


「……トラフ村、ヴァゾーラ村、メズビズ村、ガヴリ村……そしてシマック村。

 アルアーク伯爵領で起きた、その犠牲者達(・・・・)の事はよく覚えている。

 七年前の、あの憎き帝国(・・)が起こした事件は朕が独自に調べさせ、そして全て知っていた」


 ビスマルクの言葉に、レオン達が目を点にさせた。


 何かが、レオン達の琴線に触れる何かが通り過ぎたのである。


「……帝国の過激派が、ようやく終結させた戦争に再び火を放ったのに気付いた朕が取ったのは『全てを無かった事にし、別の情報で上書きして葬り去る』事しか出来なかったのだ。

 再びこの国が戦ったとしても、帝国に勝てる余力など残っていなかった。

 朕は…朕はこの国が滅んでしまう事よりも、最善の結果をっ!?」

「―――黙れよ、愚王が」


 底冷えするエヴァンの声がビスマルクの言葉を遮った。


 誰も彼も、真実をよく知っていた者達が言う言葉は『国のため』と言うお題目を聖句のように唱えていて、それが正しいかのように思い続けていた。


 エヴァンは七年前の全てをビスマルクと同様に知り得ている。


 故に気付いていた、ビスマルクが()をついている事に。


「…それは違うでしょう王様、そもそもこの戦争のきっかけがなんなのか、忘れたの?」


 エヴァンはこの場で全てを終わらせる気持ちで来ていた。


 任務は順調である、エヴァンの下に通信が来ていない限り、それは自らの立案した計画が順調なのだと証明していた。


 そしてこのアナハイム王国での復讐もここで全てを終わらせるつもりでだったのだ。


「モスコ帝国がアナハイム王国に同盟を迫って、それを拒否したのがそもそもの原因じゃない!?

 実質は王族の人間を帝国に差し出すのを、お前が拒否したのが原因だろう!?

 なにが…なにが『国のため』だよ、家族を奪われたくないからっていう、身勝手な理由で起きたのがこの戦争の真実じゃないか、ふざけるなっ!!

 帝国が軍事力を背景にそういう同盟を迫ってきたのは他の国を見てきたら分かるじゃない。しかも差し出した他の国の王族は別に虐げられている訳じゃない、むしろ栄えていた。

 本当に帝国とのメリットを考えて行動していたら、差し出すべきだったんだ!!

 それを蹴ったお前が、国の利益を放り出したお前が、この国のみんなを死地に送り込んだお前が、なんでっ!?」


 帝国は周辺諸国を取り込む際、最初に同盟を提案する。


 国難とも言える問題が発生した場合、帝国が軍事的に支援するというものだ。


 その代わり、同盟した国は帝国に直系の王族を一人、ないし二人を帝国に『留学』と言う名目で帝国に送り込むことになる。


 “同盟国との友好”という言葉で飾り立てた『人質』なのは明白だった。


 そして秘密裏に国内に不和を齎し、それが大きくなった所で帝国が同盟の権利を行使して軍を派遣し駐留させ、軍事的に支配し最終的に国を解体し取り込むか、属国化するのだ。


 ここ数十年で、こうした工作で帝国に取り込まれた国は大小含め十を超えている。


 しかし、結果を見れば最も血が流れていない最善(・・)といえるものであった。


 少なくとも、帝国は自らの国益を優先してはいるが、取り込まれた元国家はどちらかといえばその生活水準を向上させていたのだ。


 ビスマルクはこの同盟を締結する際、レオンとアンジェを帝国に留学させるよう打診が来ていたが、二人に何の相談も無くその同盟を無かった事にした。


「……戦争を乗り越えて七年掛けて立ち直した?

 自分から戦争する道に突っ込んで疲弊しておいて、それから立ち直ったらはい美談になりましたよかったね?

 はは、ははっ、あっははははははっはははっ!!

 …笑わせる、自分で仕出かしたツケを自分で払っただけで『賢王』様だって!?

 何万、何十万と罪も無い人間を死地に送り込まれた皆は賢王様になる為のいい踏み台になりましたっ!!

 あははははっ、ははっ、はははははっ!!

 ……どうしたのさ、笑いなよ?

 数えるのも馬鹿らしいほどの死人を出してまで家族を守れてよかったって。

 自分の家族さえ守れるなら、他の貴族の家族が、他の平民の家族が幾千幾万幾億死のうと知ったことじゃないんだろう!?

 ………どうして、何で、笑わない?

 ほら、そこにいる王子様や王女様を見てみなよ、生きてるじゃん?

 今はここにいない第一王子様も、第二王子様も、僕が取り逃がしちゃった王妃様達もみんな生きてるよ?

 ほら、自分の家族が生きているって素晴らしい事なんでしょう?

 自分の家族以外を、国すらも犠牲にしてまで守れた自分が誇らしくは無いの?」

「あ…ああ…あ」


 エヴァンの殺気に混じった憎悪と狂気の念に晒され続け、ビスマルクの精神が侵された始めた。


 レオン達は七年前の戦争の真実を知り、仮面を付けたエヴァンが一体どんな思いでこの王国に戻ったのか、分かった気がした。


 だが、分かってはいてもその思いを理解も出来なければ、共感する事も出来ない。


 エヴァンのいった全てを失った絶望に何も失わなかった者に理解する事も、共感する事も出来る訳が無いのだから。


 喘ぐビスマルクは目の焦点があっておらず、次第に声を上げる事も出来ないほどに意識を沈めていく。


「……本当はね、こんな恨み言言ったって仕方ないって分かっているんだ」


 寒気のする声で、エヴァンがビスマルクに語りかける。


「……正直いって、僕は王様と一緒だ。

 自分の大切な人達を守るためなら、たとえ世界中の人間を敵にしたって壊し尽くすし、殺し尽くすし、利用し尽くすだろうね。

 そして僕が王様と違うのは…僕は全てを失って、王様は守り通せた。

 たった……たったそれだけの違いなんだ。

 けど、僕が壊れるには、それでも…十分な理由だよ。

 だから僕は、全てを失った僕は、僕に残っている全てを犠牲にして復讐する事を誓った!!」


 ナイフを握る手を強く握り締め、ビスマルクの右肩に深々と突き刺した。


「うぐぁっ!!」


 ビスマルクの呻き声にレオンが反応してエヴァンに飛びかかろうとしたが、アニマがその道を塞いで邪魔をする。


「いかせんぞ、小僧ども?」


 不敵に笑う化け物(アニマ)に、レオンが構わず剣を振り下ろしたが、アニマはすかさず避けて瞬時に反撃に出た。


 回避した時の回転を利用した裏拳は見掛け以上の、常軌を逸した速度でレオンに迫るが、ロニの放った水弾が直撃して軌道を逸らし、難を逃れた。


「邪魔をするなっ!!」

「殿下っ!!」

「加勢しますっ!!」

「一人で突っ込もうとしないでよこのバカッ!!

 援護するから、とっととあの化け物倒すわよ!?」


 パトリオット、サイラス、そしてロニの三人がレオンの援護に回った。


 戦闘能力の低いとされるアンジェは四人の戦いを少し離れた場所で見守る事となるが、アンジェは先程の父と襲撃者の会話が一体何なのかを考えていた。


 エヴァンはビスマルクに夢中でアニマを援護する気配も無く、アニマは仕方なしとばかりにレオン達と相対した。


「…まぁ、主の用が済むまでは遊んでやるとしようかのう。

 そう簡単に死んでくれるな?

 わしがつまらんと思えば、貴様らは即刻夕食ディナーに早代わり、わしの胃袋行きじゃぞ?

 ぎゃはははははっ!!」


 人喰いの化け物が仮面の下でゲタゲタと嗤う。


 エヴァンの発した殺気とはまた違う寒気に襲われたレオン達だが、それでもアニマから眼を離そうとはしない。


 明らかに四人がかり、たとえアンジェを加えた五人だとしても、倒せる目など見えてこなかった。


 それほどまでに、このアニマという人型の人外の化け物は格が違ったのだ。


 しかし、ここでレオン達は諦める訳には行かない。


「舐めるなよ化け物、返り討ちにしてやるっ!!」


 吼え猛るレオンはいっそう剣を握り締め構えた。


 真性の化け物と人間達の命懸けの戦いが始まった。




拝読、真にありがとうございました。


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