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第20話 星暦1211年8月24日(3)

本格的な戦闘…グロも若干ですが増やして、一万字越えのお話です。

それでは、どうぞです。

 


 星暦1211年8月24日





「シスター、貴女一体!?」

「ふふ、守秘義務がありますから、事情を知らない人には教えられません」


 シスター(カンナ)はガイストの質問にもやんわりと断りながら周囲の人形兵器達からその身を守っていた。


 遠距離方の人形兵器が持つクロスボウから放たれる矢を全て防いでいたのである。


「ちっ、やはりその鉄壁の防御は破れないか!!

 相変わらず気持ちの悪い防御壁だ!!

 ならば…!!」

「無駄ですよ【人形遣い】、私の【星盾】はこの程度の火力など通用しません。

 私の防御を貫きたいのなら、せめて貴方の上官ぐらいの火力がないと、ヒビも入りませんよ?」


 悪態をつくアトラスにカンナは挑発するかのような発言をして涼やかな表情を崩さないのに対してアトラスのイラつきが増していくという悪循環を生み出していた。


 カンナの【星盾】と呼ばれる力によって、全ての攻撃が防がれている事がそもそもの原因なのだが、十体からなるクロスボウの制圧攻撃だけでは埒が明かないのは確かで、再び半分に分けた試作二型を戻そうと考えたのだが、安全に(・・・)実戦データを多く取りたいアトラスは、別の方法を考えた。


第一(ファースト)第三(サード)第五戦列(フィフスクラン)、直ちにこの場より離脱し対抗勢力を狩れ!!」

「「「了解」」」


 距離を保っていた近距離型、中距離型も含めてアトラスは王都の各地へと散開させた。


 カンナは突然人形兵器を下げたアトラスが諦めたと思ったのだが、新たにアトラスが取り出した兵器(・・)を見た時、それが間違いだったと思い知った。


 アトラスが取り出したもの、それは―――、


「拠点殲滅用人形兵器【破壊神(シヴァ)】シリーズ!?

【人形遣い】、貴方はっ!?」


 全長十メートルを超す人形兵器、【破壊神(シヴァ)】シリーズが六十体(・・・)展開していたのだ。


「なるほど、確かに火力が足りなかったな…期待に沿えるよう、こちらも全力で応えさせもらおうか!!

 貴様も知っている通り、この人形兵器の破壊力は都市区画を五分と掛けずに焦土と化せる火力を誇っている。

 ヒビ(・・)くらいは入れてみせよう、さぁ、第二ラウンドをはじめようか!?」


 異形の人形兵器が一斉に目標(カンナ)を視認し、一斉に踊りかかる。


 王都の一角が焦土と化すのに、さほど時間はかからなかった。



 ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲



 王都の方角から凄まじい爆音が聞こえてきたエヴァンは、アトラスが本腰を入れてカンナと戦闘を始めたと気付き、転がっている死体をまたぎながら目的地を目指していた。


「…あははっ、ようやくアトラスがあの巨乳シスター(カンナ)と会ったみたいだね。

 まぁ手持ちの人形兵器を使っても、あのシスターの【星盾】は破れないだろうけどさ」

「運の悪いやつじゃよ、あの小僧も。

 とはいえ、あの爆音であのシスターは釘付け状態なのは分かった。

 特記戦力を足止めするだけでも、十分な功績じゃよ。

 …この任務が終われば、あやつの序列を上げるよう推薦状を書く手筈なんじゃろう?

 いくらなんでも、あの報告書にワザとシスターの事を書いておらんかったのを『うっかり報告するの忘れてましたテヘペロ』なんて言い訳、普段任務を完遂しておる主では説得力が無いぞえ?」


 カンナとの二度目の遭遇時の後、アニマからカンナがどうしてこの王国の王都にいるのか聞くと、案の定『【夜明けの軍団(レギオン)】が王都で何か大規模な作戦を企んでいるという情報を得ていた為潜入していた』と予想した通りに返されたのだ。


 エヴァンは教会関係者の特殊部隊、通称【星典(せいてん)騎士団】の事をよく知っている。


 教会総本山にある【典礼省】と呼ばれる組織には【星典騎士団】と呼ばれる独自戦力を別個に保有しているというのは、別段【夜明けの軍団(レギオン)】だけが知っている情報ではない。


 各主要機関の上層部などは彼らの事をよく知っていた。


星神の贈物(アーティファクト)】を認定・封印・回収に携わる彼らは、【星神の贈物】と深い関わりのある機関と太いパイプを持ってきたのである。


夜明けの軍団(レギオン)】と同じくする、歴史の闇に潜む騎士団とは過去何度と兵刃を交えてきた。


 当然エヴァンもカンナ達騎士団と幾度と無く殺し合いを重ねてきた。


 恨みなど無いが敵対する勢力な以上、刃を交えるのに疑問など思った事も無い。


 そしてエヴァンはカンナの事も知っていた。


 騎士団の中でも最高位の騎士は十二人おり、彼あるいは彼女達の事は【使徒】と呼ばれ、カンナはその内の一柱で【聖盾】と呼ばれる絶対防御の【異能】を持つ。


 エヴァンは戦ったことは無いが、並みの魔法、特異魔法、そして【異能】でさえ、彼女の【聖盾】は過去一度として破られたことは無いという触書で、誇張無しの事実であるという、エヴァンは疑っているが。


 ある程度の能力は判明している。


 カンナを中心に不可視の盾が展開し、物理、魔法を問わず彼女の害となるものを一切寄せ付けない最強の盾だという。


 まさに金城鉄壁、【夜明けの軍団(レギオン)】はカンナと会敵した場合、即座に離脱するよう戦闘部隊に報せたほどである。


 だが、後に彼女には攻撃的はといえば一定距離の範囲に入ってきた対象をふかしの盾で吹き飛ばすくらいで彼女に対しての見解は『射程圏外から釘付けにして足止め』をすることとなった。


 アトラスの持つ人形兵器では、せいぜいが足止めが精一杯なのはエヴァンの予想通りの状況であり、復讐を円滑に勧めるための必要条件だったのだから。


 エヴァン自身、戦闘能力は高いつもりではいるが、さすがに自分の事を最強などと自惚れた事は無い。


 足止めはアトラス同様に出来る自信はあったが、それでは任務の合間ではあるが本懐が遂げられないのだ。


「どうせお互い死ぬ事は無いだろうしね、最強の盾を貫けるほど、まだまだうちの矛は火力不足だからねえ」


 ルッケンスはなんだかんだでエヴァンに甘い、報告書に記載ミスがあったところで後日修正した報告書を出せば、少し嫌味を言われる程度で済むが、アトラスはそうとも行かない。


 攻撃能力は無いものの、敵対組織の最高戦力の一角と戦わされる羽目に遭ったのである。


 それなりの見返りを用意しなければ、今後の復讐に支障が出かねないのだ。


 幸いにしてアトラスの階級は【少佐】でエヴァンの階級は【大佐】だ。


 序列や階級の昇降格の権限は持ち合わせており、アトラスの上官でもある【紅竜(アルフィ)】との仲も悪いどころか良好である。


 四方八方万事黙らせることは可能なのであると分かれば、後は事後承諾でアトラスに納得させるのは決定してしまっていた。


「…さて、そろそろ目的地じゃ、数時間振りにご学友と感動の対面じゃぞ?」

「………友達じゃないよ、あんな連中」


『間が空きすぎじゃよ』などと口が裂けてもいえないアニマはただただエヴァンの仮面の内を伺う事しかし無かった。


 後方からはアルヴィンとベルンハルトが引き離されてはいるが付いてきており、追いつく事は無いだろう。


 遅れてやってきた時、どんな惨状になっているのかを見せるのも一興と思い、エヴァンはここにきて速度を上げた。


 無駄に豪奢な扉がぐんぐんと近づいて行き、エヴァンは扉の向こう側に人の気配があることだけを確認し扉を蹴り破った。


 何らかの結界を施しているのを感知したが、エヴァンの特異魔法は結界をも溶かす猛毒である。


 大した魔力の消費も無く結界は溶解した。


「お邪魔しまーっすっ!!」

「はははっ、主よ、当の昔にいっ!?」

「「「「【灼熱の豪炎槍】!!」」」」


 そして扉に入った瞬間、盛大に歓迎された。


 もちろんエヴァンとアニマに魔法障壁等展開させている余裕など無く、殆どの魔法が直撃した。



 ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲



「やった、やったぞ!!」

「ふっ、私の魔法の威力あってこそですな!!」

「何を言うバトリ殿、今の魔法は私が賊の心臓に直撃したのですぞ!?」

「そうだ、賊がどのような顔をしているのか見てみませんかな?

 なにやら怪しい仮面をしていましたぞ?」


 攻撃してきたのは王宮に残った魔法や剣に自信のある貴族の当主それに子息達であった。


 ほかにもその当主達の妻や令嬢もおり、どちらかといえば炎上している王都よりも王宮の方が安全だと判断してここに残った面子で、突入してきたエヴァンとアニマにタイミングよく火属性の魔法を同時に放ったのである。


「み、みなさま、いけません!!

 ここは我等近衛騎士にお任せを…」

「なに、心配はいらん、賊は今の魔法で死に絶えた。

 その方らの負担を減らしてやろうとしているのだ、悠然と構えていたまえ」


 扉を開けた直前ということもあり、生きていまいと思った貴族達は近衛騎士達の制止を聞こうとせず、扉の近くにまでゆっくりとだが歩いて行く。


 煙も漸く落ち着いてきて、賊の死体を確認しようと辺りを見回し―――、


「ふふっ」


 くもぐっていたが確かに聞こえた。


 耳元でナニ(・・)かが嗤っている声がしたのだ。


 ぶつん、という音が煙の中から聞こえ、それからは狂騒だった。


『な、なんだ、なにが起きた!?』

『バトリ殿、返事を、返事をしっ!!』

『た、たすげっ!!』

『あははははははっ!!』


 近付いていった貴族達以外の声が聞こえてきて、近衛騎士達は気付いてしまった。


 煙に入っていった四人がもう助からないことに。


「…あーあ、また殺しちゃったよ。

 もうちょっと甚振ってから殺したいんだけど…手加減って難しいね?」

「白々しすぎるぞ主よ、いつもみたく気付かない位の演技でいわんか。

 にしてもびっくりしたのう、もし間違えて同士討ちしたらどうするつもりだったんじゃ?」

「普通に事故扱いでしょ、避けられなかったのが悪いとか、そんな感じになるんじゃない?

 お貴族様って責任転嫁が癖になってるし、恥知らずなクズばっかりだもんね」


 痛烈な罵詈讒謗(ばりざんぼう)を放つ年若い声二つに会場にいる全ての者の総毛立った。


 会場の空気が段々と冷却していく様な錯覚に陥り、間近で聞いたものは聞きたくないとばかりに会場の奥へと逃げていく。


 足音一つでさえ背筋が寒くなっていき、煙から出てきた時にはそれが恐怖へと早変わりした。


 小さい、学院に入ったばかりの小さな体躯でまだそれが十歳を少し超えたばかりの年齢だと想起させた。


 不思議な格好、冒険者が着ているような粗雑さを感じられない、機能美に満ちた真っ黒な衣装に素顔を見られない為に片眼鏡(モノクル)をつけた変わった仮面をつけている。


 帽子の正面には何かの紋章が張り付いていて、それが一体何の紋章なのかは誰も分からなかった。


 対するもう一方は全身を赤黒く変色したメイド服を着た小さな子供である。


 こちらの少女と思しき子供も同様に見ているだけで寒気がしてきてか、首筋に寒気が走るほどだ。


 こちらは仮面をしていないので尻尾のように伸ばした髪は血が纏わりついていて、顔にもべったりと返り血がついていて、大の大人の一部は小さくではあるが悲鳴をあげた。


 そして驚いたことに、二人とも無傷、しかも服にすら焦げ跡すら―――メイド服は変色していて判別出来ないが―――無かったのである。


「ばけもの……」


 誰かの声が聞こえたのか、仮面の下から楽しそうな声が上がった。


「ははっ、化け物かぁ光栄だね。

 お前達みたいな気持ち悪い連中と同じ生き物にされなくて、本当に助かるよ。

 ……お礼に苦痛溢れる素敵な死をプレゼントしてあげるよ。

 徹底的にブチ殺してあげるから、家族に最後の言葉をかけておきなよ」


 いつの間にかナイフを手に持っていた小さな黒服は体躯に見合わない、恐るべき速さで吶喊した。




 ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲



 エヴァンは吶喊している間に周囲の敵が大まかにではあるが魔法使いか剣士のどちらなのかを把握を始めていた。


(魔法使いは大体四十、剣を使うのは…たぶん六十くらいかな?

 非戦闘員は五十もいないか、この状況下じゃ人質にしてもちょっとしか足止めは出来そうに無いし、妙な膠着状態になる、却下だね。

【死風】を使えば…いや、あんなに簡単に終わらすのは却下だね、後ろからは騎士団長さんと三流魔導師がそろそろ着くし…まぁ控えめに半分くらい削ればいいか)


 百人以上いる相手を控えめに半分も殺すという段階ですでにおかしいのだが、エヴァンの感覚からして、例えこの状況下でアニマがいなくとも同じ判断を下したのはまず間違い無く、適当でも一度決めたい上、徹底的に目標(ノルマ)をこなすのは絶対だった。


「アニマっ!!」

「応よ主よ、手当たり次第にやるでな、好きにさせてもらうぞ!!」


 心内を読んでいたのだろう、なにも聞かずにアニマはエヴァンと分かれ近衛騎士が多くいる方向へと襲いかかった。


 近衛騎士は悲鳴を上げながらロクに抵抗も出来ずに死んでいき、次々と犠牲者が溢れ始め、後方にいた護衛対象、非戦闘員達にも被害が及び始めた。


 悲鳴を聞きながらエヴァンは近衛騎士に接近し、丁寧(・・)にバラバラにしていく。


 右手首、肘、肩と続き、エヴァンの解体ショーを阻もうとする貴族の魔法使いの魔法を解体途中の近衛騎士で代用の盾にする。


 魔法は変わらず火属性で近衛騎士で出来た即席の盾は表面が炭化していた。


 エヴァンは空間圧縮道具鞄(ストレージバック)から爆破装置を取り出すと、鎧の隙間に素早く捻じり込み、再び詠唱を始めた貴族の男に目掛け投げ飛ばした。


 巨漢の近衛騎士を、しかも鎧を半壊しているとはいえエヴァンの体躯で投げ飛ばしたありえない絵図にそれを見た者達が一瞬だが固まる。


「ふっとべっ!!」


 その言葉と同時に起爆ボタンを押した。


 近衛騎士の死体は絶妙なタイミングで詠唱をしていた魔法使い達の真上にまで落ちていき、


 ボタンが押されたと同時に爆発する。


 これだけで十人以上が非日常的な死体と化し、エヴァンはその光景に満足しながら次の犠牲者達を定めてナイフを振るう。


 死なずに済んだ貴族達だったが、爆発した際に鎧の破片が拡散し詠唱をする為に必要な集中力を欠き、ロクな魔法を使う事も出来ずにいる。


「あーあ、かわいそうにっ、こんな所にいなければ死なずに済んだかも知れないのに…本当についていないよねえ。

 けど、自分が選んだことなんだもの、責任とって死にさらせ、クズ貴族ども!!」


 身動きの取れない魔法使いを、近衛騎士達を次々と解体(バラ)していくエヴァンに会場の殆どは声にならない悲鳴を上げていた。


 ワザと中途半端に相手を切り裂き、ナイフに塗った毒と出血多量という責め苦を与えて苦悶の声を上げる者達もいれば、周囲の攻撃を避けながらサイコロ状に解体されるという惨劇が起きていた。


 夫が、妻子が、騎士が、魔法使いが、近くにいるという理由だけで死んで死んで死んでいく。


「へっ、へいか、でんかっ、ごぶじですか!?」

「こ、この惨状は、一体!?」


 アルヴィンとベルンハルトが会場に着いた時にはすでにエヴァンとアニマによる殺戮で、半数以上の人間が散らばっていた。


 残っているのはかろうじて防御陣形を保っている最奥だけだ。


「おやおやぁ?

 遅いお着きですねぇ、遅過ぎて遅過ぎて、もうここまで来ちゃったよ?

 ほらほら、どうするのさ、早く来ないと大事な王族様とか、お貴族様の死体が出来ちゃうぞ?」


 また一人、剣を振り上げて反撃に出ようとする近衛騎士の一撃をエヴァンは避け、ナイフで肘を切断し、体躯に見合わない異常な膂力で空いている左手で首を掴むと、そのまま握り潰し首を圧し折った。


 そしてアルヴィンとベルンハルトは見た。


 現国王、ビスマルク・ヒュッケ・ヴァン・アナハイム三世が青白い顔をしながら覚悟を決めていることに。


「なぜきた、アルヴィン、ベルンハルトッ!!

 お前達にはアンジェとレオンの護衛を任せたはずだろう!?」


 エヴァンは魔法使いが放つ水弾を風の魔法を込めたナイフで切り裂き、そのまま投擲して喉元に刺さる。


 柄尻にはワイヤーが仕込まれていて、そのまま引くとギミックが発動しすぐに手元に戻ってきた。


(ああ、なるほどねぇ、何であんなに固まってきたのはレオン達を逃がす為に用意していたんだ。

 だからあんな数でぞろぞろと…あれ、じゃあレオン達は一体どこに行ったんだろう?

 近衛騎士団長の屋敷までの通路はテイラーに潰させてある、逃げ場なんて…あ、そうか)


「…救援部隊の……王様、やってくれるね!!」


 エヴァンはこの場にいない貴族、ビスト侯爵家やヴァリムス公爵といった者達は総じてこの場にはいなかった。


 誰かがこの王宮から手引きしてエヴァン達に気付かれずに逃がしたとなればそれはかなりの実力者となるだろう。


 いや、エヴァンが気付いていなかっただけで、実際はこの場にいない他の、例えばルッケンス辺りは気付いていたのではないだろうか。


 王都が炎上したと同時に橋を爆破して王宮へと進入したものの、エヴァン達は救援部隊が橋を渡って王都へと向かうのをワザと見逃した。


 戦力を分散し帰還すべき道を絶ちその間に襲撃する。


 分散した半分はアトラスの部隊が殲滅し、王宮に残った戦力をエヴァン達が殲滅する。


 難易度などあって無き物でどう考えても本来の任務(・・・・・)には支障は無い。


 エヴァンの復讐という、至極個人的な事情を除いてはだが。


 戦力を分散させた近衛騎士団と宮廷魔導師、そして王都にある別宅へと戻ろうとする貴族達の集団の中にいたのだろう。


 レオンやアンジェ、そしてロニといったエヴァンの復讐に必要不可欠となった観客が。


 だが、それも今は壊れた橋の向こうである。


 そしてその橋の向こうではアトラスと教会の騎士カンナが王都の一角を焦土化すような大規模な戦闘も始まっていた。


 今から王都へと戻りあの三人を探し出してここまで連れ戻すなど、いくらエヴァンでも時間が掛かり過ぎる。


「……最悪だよ、思わぬ誤算だ。

 せっかく殿下達の前で王様の残虐解体ショーをして楽しもうと思ったのに、観客がいないんじゃ()り甲斐がなくなるじゃない!?

 ああっ、もうっ、なんで、なんで計画の最後の最後で狂うんだよ!?

 こんな丁寧にやってきたのに、修正が利くよう幅もワザと広げて無理やり安定させたのに、徹底的に調べ上げて思考パターンも読み尽くして采配した筈だったのに、どうして!?」

「くっ、この悪魔めっ!!」


 アルヴィンがエヴァンに剣を振り上げて斬りかかったものの、狂乱しかけているとはいえエヴァンに触れる事も出来ずに何も無い空間を過ぎ去った。


 しかし、いつもはこの時点で反撃し襲いかかった者が殺されたり解体される所を、エヴァンはせずに自分の考えに没頭し始めて何もしない。


 アニマがアルヴィンを蹴り飛ばそうとして牽制するが、ベルンハルトが魔法を使ってアニマの行く手を阻んだ。


 三流とはいえ、装備している魔道具は一級品である以上、アニマでも警戒しなければいけないほどの威力の魔法となっていた。


「ちぃっ、邪魔するでないコゾウッ!!」

「貴様こそそこから離れろ化け物めっ!!」


 キッと殺気を孕んだ視線で睨みつけるアニマはエヴァンの守るより先にベルンハルトを始末する事を決めると、王宮に響き渡るほどの雄叫びを上げる。


「じゃまじゃあああああああああああああっ!!」


 両の手に極光を纏わすと、アニマがベルンハルトに飛び掛った。


 明らかに先程までとは桁のおかしい速さで、ベルンハルトはアニマの攻撃を受ける事は不可能だと察知した。


 彼にとって幸いなのはそれがアニマが一直線に向かってきたことだ。


 身体強化の魔法を全力で掛けすぐさま横に避けると、先程までいた場所をアニマが通り過ぎる。


「ちぃっ、殺せれば御の字じゃが、まあよいわっ!!」

「しまっ!!」


 アニマはベルンハルトから離れ、エヴァンに襲いかかっているアルヴィンを背後から強襲したのだ。


 バチバチと音を立てる極光にアルヴィンは避けることも敵わず、心臓を貫かれた。


 アニマの体躯が軽く見えようと、その本性は化け物だ。


 常軌を逸した膂力と速度があれば、簡単に貫けよう。


 少々魔法防御の高い鎧であろうと、化け物の常識外の一撃を耐えられる訳もなかったのだ。


「がはぁっ!?」

「ザコが、粋がりおってからに!!」


 アニマはアルヴィンの首を跳ね飛ばして詠唱している貴族の男に投げ飛ばした。


 ドミノ倒しのように周りにいた数人も巻き込んで吹き飛ばす。


 アニマは辺りを見回すと、ベルンハルトが何か詠唱をしていた。


 近くにあった大理石のテーブルを片手で持ち上げると、載っていた料理をぼろぼろと落としながらベルンハルトに向かって投げ飛ばす。


 ベルンハルトは向かってくるテーブルを避けた為に詠唱を邪魔されてしまって、アニマを忌々しそうに睨み付けたが、アニマはそのまま無視してエヴァンを怒鳴りつけた。


「…主よ、いい加減にせいっ、いつまで呆けておる!?

 ここは敵地じゃぞ、悩む等後にせんかっ!?」

「アニマ、観客が、観客がいないよ…」


 場の喧騒などまるで気にしていないエヴァンの気の抜けたセリフに、アニマはかかっと笑ってその認識を改めさせた。


「バカをいうでないぞ主よ。

 確かに観客はおらんが、主は観客が一体誰なのか、忘れたのかのう?」

「誰って…この場にいたはずの殿下達でしょ?」


 まだ頭が回っていないのか、ぼんやりと聞かれた事だけを答え、その先を考えようとしないエヴァンに、アニマはイライラしながらも質問を続けた。


「自分で言ったじゃろう、計画した際に徹底的に調べ上げて思考パターンも読み尽くして采配したと。

 何ヶ月あの学院(・・)にいたと思っておるんじゃ、ならば分かるじゃろう?

 お主といたあの者達が、このような状況下で素直に言う事を聞くと、本当に思っておるのか?」


 エヴァンがアニマの言葉を聞いた時、瞬時に脳裏にいくつもの光景が思い出された。


 時間の許す限り三人の“友人”としてあの輪の中にいた日々を。


 身分の隔たり等殆ど感じさせなかったあの楽しかった日々を。


「は…はは、そうか、そうだよ、そうだよね。

 あの連中が、そもそも言う事を聞くなんて、ありえないよねぇ」


 ゆっくりと立ち上がったエヴァンがベルンハルトに手を向けた。


「…よくもさっきアニマに魔法をぶつけようとしてくれたね。

 お返しだ、受け取るといい」

「くっ、対魔法防御用の魔道具はっ!?」


 今装備している魔道具でも耐え切れない一撃が来ると思ったのだろう。


 ベルンハルトは懐から強力な対魔法防御用の魔道具を取り出そうとしたが、エヴァンの魔法の方が早かった。


「塵と成れ 【風塵烈破】」


 無数の風の刃がベルンハルトに直撃する。


 間に合わなかったベルンハルトの右腕が消失する。


 否、極小にまで右腕が切り刻まれたのである。


 突然の痛みにベルンハルトは絶叫し回復魔法を掛けようとしたが、無くなってしまった右腕の痛みの所為でうまく集中力が続かずどれも不発となった。


 続け様に再度エヴァンが魔法を放ち、ベルンハルトの左腕が消え、右足が無くなり崩れ落ち、最後に左足が消えて身動ぎすらもロクに出来なくなってしまう。


 この時点ですでにベルンハルトは死亡していて、死体を更に粉微塵にしてようやく気が済んだのだろう、声を立てて笑うとそれを呆然と見ていた生き残り達に視線を移した。


「さてと、お返しも済んだことだし、早く片付けよう。

 早くしないと、観客達(・・・)が早く着いちゃうよ」

「はははっ、ようやく元に戻ったか。

 心配させるでない主よ、情緒不安定にも程があるぞ?」

「まぁ、そういう所も含めて僕ってことだよ」


 猛毒のような笑い声を発した二人はもはや抵抗する気力の残っていないビスマルクの壁モドキ(・・・・)を順番に、尚且つ油断しないように丁寧に殺していった。


 機嫌が良くなったとあってか、あらん限りの苦痛を与えようとはせず、首を刎ね飛ばす程度に済ませたのはこの後のフィナーレ(・・・・・)の為に我慢しているのだろう。


 数十秒と経たずにビスマルクの周りにいた者達はすべて死に絶え、会場にはエヴァンとアニマ、そしてビスマルクの三人だけとなった。


「味気ないなぁ…小説だったら一、二行でこの場にいた連中ぶっ殺して王様とのお話タイムだったろうにね」

「あの三流魔法使いの下りはどうするんじゃ?」

「それはほら、抵抗する名も知らない宮廷魔導師その…十三辺りにすればいいんじゃないかな」

「妥当過ぎて笑えて来るわい…ははっ!!」


 これだけの惨劇を引き起こしていながら、エヴァンとアニマはビスマルクの目の前で何事も無かったかのように笑っていた。


 それだけでも十分に異常な事なのだが、ビスマルクは意を決し会話をしているエヴァンとアニマに声を掛けた。


「…お前達、何が目的でこのような事をした」

「復讐…ああ、ちょっと違うね。

 任務だよ王様、復讐はあくまでついでね」

「組織にはいって初めてその任務を放棄しそうになっておったがのう」

「茶々入れないでよアニマ、僕今王様と話しているんだからさ。

 …まぁ座りなよ王様、今イス出すからさ」


 アナハイム王国の王であるビスマルクに対して不遜としかいい様の無い言葉だったが、ビスマルクは流した。


 目の前に出されたイスに釘付けにされたからだ。


 エヴァンは空間圧縮道具鞄(ストレージバック)から拘束具の付いたイスを取り出したのである。


「はい、座って?

 …アニマ、ベルトで王様縛ってね」

「…ジジイを縛るなぞ、悪趣味じゃのう」


 ぼやきながらアニマは無理矢理イスに座らされたビスマルクの肘掛に備え付けのベルトで縛った。


 手首、肘、そして足首と痛みで身動ぎも出来ないほどにきつく縛られたビスマルクはこれから一体何を自分がされるのか悟ってしまった。


 エヴァンの座るイスは拘束具など付いていない背凭れの付いたイスで、アニマの分は無かった。


「…どこまで話したっけ?

 ああそうそう、任務だの復讐だのっていう話だよ。

 王様は心当たりが多過ぎて分かんないだろうから理不尽だとか思うかもしれないけど、僕からしてみればそんな理不尽すら復讐の動機に成り得ちゃうんだよ」

「朕が…いや、この国が、一体お前達に何をした?」


 言葉を選んだのか、ビスマルクが軽く身動ぎしながらエヴァンに尋ねる。


 ビスマルクは、この仮面の少年が―――ビスマルクは体格から判断した―――この数ヶ月の大量殺戮を、そして今なお燃えている王都の事件を引き起こした張本人なのだと確信した上でそう尋ねたのだ。


 これだけの規模の計画を個人で成し得る等とビスマルクは思っていない。


 アニマの言葉にもあった組織という言葉、そして任務と言う単語を聞き漏らさずに聞き、ビスマルクは目の前の少年が一体どれだけの地位にあるのか定めようとしていた。


 私情を挟んでも任務を完遂できると上に判断されるほどの実力者。


 更には人の形をした化け物(アニマ)を配下に置き、戦闘能力はこの国の誰よりも高い強者だ。


「―――全部かなぁ」


 ぞっとするような声が聞こえ、ビスマルクは腰を浮かせようとしたが、縛られている以上身動ぎすらロクに出来ないのである。


 声は出さずに、膝がしきりに震えているのがエヴァンとアニマには気付かれていただろうが、それでも声だけは上げなかった。


「ぜ、全部とな?」

「うん、全部だよ。

 友達を、家族を、村のみんなを、死後も、名誉も、存在すらも全部全部全部全部全部全部全部っ!!

 王国に助けられず、見捨てられ、辱められ、忘れられてしまったんだよ。

 …もう七年にもなる今じゃもう誰も覚えていないだろうね。

 王様なら分かるのかな、七年前といったら当事者の一人…まぁ脇役程度だけど、関係していたはずだからね。

 まぁ観客が来るまでリハーサルでもしながら待っておこうかな」


 エヴァンはナイフをビスマルクへと向けると、手の甲を貫いた。


 貫かれた箇所がまるで煮え滾った熱湯を掛けられているかのような痛みを覚えたが、ビスマルクは小さく呻いただけで済んだが、エヴァンは貫いたナイフを引き抜いてなんでもなかったかのように話しかけた。


「ぐぅっ!!」

「その時に組織の幹部の人に誘われて、今の組織に入ったんだ。

 ちょうど復讐もしたかったし、死に掛けていた僕を拾ってもらった恩義もあったからね。

 だから僕はこの七年間を必死で生きてきたんだ。

 組織で功績を挙げて、自分の力も強化して、そう簡単に負けないだけの力も、能力も、そして地位を手に入れた」


 今度は逆の手の甲を貫いて、ぐりぐりと傷口をワザと広げるような行為をただ淡々として


 いるエヴァンにビスマルクは脂汗を掻きながらじっと見つめていた。


 重要な言葉はいくつもエヴァンが口にしていたが、ビスマルクには未だ分からない部分がいくつもあった。


 一体何を目的にこの地へとやってきたのか、任務とは一体どんな内容なのか、どれも分からない事ばかりである。


 そして気付いたことといえば、目の前の少年の所属している組織が、明らかに常識を逸脱した集団であることだけは、ビスマルクは確信していた。


 ただの一組織がこれだけの大規模な事件を引き起こして、タダで済む訳が無いというのに、エヴァンはここまでの事をやってのけたのだ。


 それほどまでの深い憎しみの念があるのか、すでに狂気の滲み出たエヴァンの殺気は段々と濃くなってきていた。


「―――主よ、来たぞ、あやつらじゃ」

「ほんとうっ!?」


 そして、ビスマルクが恐れていた最悪の事態が起きてしまった。


「…ふふ、はは、はははははははっ!!

 やっぱり、やっぱり日頃の行いだよアニマ!!

 僕が日頃良いことしているから、神様は僕に御褒美(・・・)をくれたんだよ!!」

「血生臭いプレゼントじゃわい」


 ぼやくアニマをよそに、エヴァンは待ちに待った観客を迎えることになる。


「父上っ!!」

「お父様っ!!」


 待ちに待った観客、レオン、アンジェ、そしてロニの三人が会場へとやってきたのだ。






読了頂き、まことにありがとうございました。

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