第18話 星暦1211年8月24日(1)
はい、ついに始まりました、ラストスパートでございます。
グロさは…若干ですが評価し辛いですが、『微』くらいかと。
序盤です、どうぞ。
星暦1211年8月24日(1)
建国祭が始まっているのにも拘らず、エヴァン達は学院で授業を受けていた。
とはいっても授業は午前中だけで、後は教師も生徒も皆祭りをそれぞれ楽しむのは決定事項だったが。
エヴァンはその日、用事があるといってはレオンたちから離れて行動していた。
レオンたちはエヴァンが友人が片手ほどもいないこの学院内でどういった用事があるのか気になったのだが、『すぐに分かるよ』と珍しく感情を前面に出した笑顔に圧されて何もいえなくなった。
特にロニはエヴァンの初めてといってもいい笑顔を向けられ何度もショート寸前となっていて、それを見たレオンとアンジェが『落ちたな』と珍しく意見を同じくしていて、四人の学院での平和は相変わらずであったといえよう。
―――そう、今日までは。
「……うん、これで終わりっと。
…警備がザルだね、気配探っても魔力探知しても何一つ無いだなんて、僕等の事舐めてるとしか思えないね」
図書館で最後の工作を終えたエヴァンは学院の警備能力の無さに呆れていた。
それに反して警備がザルだったおかげでここまでの工作が呆気無く終わり、すでに始まっている建国祭に衝撃のフィナーレを贈る事が出来ると思うとあまりの嬉しさに頬が緩んでしまった。
エヴァンは図書館を出るとレオン達が待っており、祭りをどう回るのか、その最後の打ち合わせをしにきたのである。
やはり王族であるレオンとアンジェは主催者側であり、貴族であるロニは招待される側である、どちらもこの国の支配者としての義務を果たさなければならない為、エヴァンと遊ぶ暇など無い筈だった。
しかし、建国祭は大通りをメインに多く出店されており、学院から大通りまでの距離と、学院から王宮までの距離を計算してもそこまで時間はかからない。
午後から始まる王宮でのパーティー、その最初の挨拶をレオン達が済ませた後、こっそりと王宮から抜け出して祭りを回るという事を計画していたのである。
「……それじゃあ、さようなら」
「おいおいエヴァ、違うだろそりゃ」
「また後ででしょ、もう」
「いい、絶対に私達にも分かるような場所にいるのよ!?
ぜ、ぜったいに祭り、回るんだからね!?」
エヴァンは無意識であったが別れの言葉を口にしており、三人はエヴァンの相変わらず頓珍漢な返しをするのだと思いそれぞれが普段と変わらずに返した。
頓珍漢な事を言ったと思われた本人はさすがに今回ばかりは肝を冷やした。
周りには護衛の騎士はいたものの距離も離れていて、祭りで周辺はドンちゃん騒ぎが付近で起きており、その喧騒振りで声が聞こえるなどという可能性はまず無かった。
エヴァンは今回の任務で初めての冷や汗を掻きながら笑って誤魔化すと、『それじゃあまた』と言い直してレオン達と分かれた。
「……」
そしてエヴァンは、身分偽装を剥ぎ取り、レオン達の消えていった方向を睨むと踵を返してベルモンド商会へと向かって行く。
商業区画は大通りほどではないが賑わっていた。
とはいえ、錬金術専門店であるベルモンド商会に、わざわざ建国祭だというのに足を運ぶほどの物好きはおらず、閑古鳥が鳴いている状況だ。
「ただいま、閣下はもう?」
エヴァンがセルバーに話しかけると、店員姿のセルバーが敬礼しながら報告する。
「はっ!!
ルッケンス閣下はすでに二階でお待ちになられております!!
ベルガー【少佐】も同様にお待ちになられております」
店員のときとはまったく違う、実に規範ある軍人へと戻ったセルバーに苦笑すると、『御苦労』と労いの言葉を贈り奥へと入っていく。
地下へと下り更衣室へと入ると自分のロッカーに入っている軍服へと着替えると、普段は着用しない漆黒の外套を肩に載せた。
白手袋も新たに着用し、軍服にほつれが一切無い事を確認し、エヴァンは装備を整えて二階会議室へと向かう。
そこにはルッケンス、アトラスが待っていて、やっと来た主役の到着を歓迎した。
「遅いぞまったく、任務では時間にしっかりとしていたのに今日に限って何故遅刻するのだ」
アトラスが呆れた様子でエヴァンを見ていた。
さすがに軍服を纏っている状況では暴言を吐く事も無く、エヴァンの遅刻を指摘したのだ。
とはいえ、最後までエヴァンは接触した三人に気取られる愚を犯したくなかった為、任務開始時刻ギリギリまで粘っていたのである。
「まあいいではないかベルガー【少佐】。
……エヴァン【大佐】、首尾は?」
ルッケンスはアトラスを嗜めると、エヴァンに工作が終わったのかと尋ねた。
「上々ではないかと。
あとは……このボタンを押せば、すべてが始まります」
ポケットから出したのは一つの箱であった。
すべての工作が終わった今、この小さなボタン一つですべてが終わり、そして始まる。
「…この任務の計画をここまで成功に導いた、エヴァン【大佐】が押し給え。
ベルガー【少佐】も同意している」
「閣下、自分は新参者でアレコレ言う権利を持ち合わせていないので賛同したのであって、決して…」
「押しなさい」
有無を言わさぬルッケンスの力強い言葉にエヴァンは一礼すると、ボタンを手に取った。
「ふ、ふふ、それじゃあ…戦争を始めましょう」
意を決したエヴァンが口角を上げると、迷わずボタンを押した。
ボタンが押され、数秒後。
―――地獄の釜が蓋を開いた。
その日、王都ベルンは建国祭で朝から賑わっていた。
王都の大通りを中心とした祭りは諸外国にも知られており、その盛況さは大陸東部でも屈指のものである。
その日ばかりは民衆達の誰もが忘れていた。
王国を騒がせていた貴族殺し達が、少し前までこの王都で何をしていたのかを。
誰もが気付かないでいた。
この王都に張り巡らされた、悪魔の計略を。
そしてその悪魔が牙を剥いた時には―――、
「すべて、手遅れだったと。
つまりはそういうことさ」
ウルスラが眼下に映る光景に嗤った。
王都炎上、一言で言うならば、これ以上にない簡潔でいて最も適した言葉といえよう。
貴族街をはじめ、商業区画、各ギルド、居住区各、スラム、闇市場、そして学院が同時に火を吹いたのである。
しかも周辺までもそれに呼応するかのように爆発していき、王宮を除く王都の殆どが炎に包まれた。
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王宮では、炎上する王都を発見した近衛騎士が急ぎ警備関係者へと報告し、すぐに王であるビスマルクの元へと情報が入ってきた。
貴族街をはじめ、王都全域が炎上しているとビスマルクの口から発せられると会場にいた貴族達は一目散に急用とばかりに王宮を去っていった。
その場に残ったロニは父であるビヨンドに屋敷の消火を頼んだのだが、どの道今から行っても間に合わないと切り捨て、親友であるアンジェの元にいるときっぱり言ったのである。
この王都を包む大火にあの貴族殺しが関わっていると誰もが気付いてはいたが、彼らにとって最も重要なのは、“自分の物”が燃えて無くなろうとしているという酷く近視眼的なものであった。
ちょっと気付けば近衛騎士達のいる王宮が最も安全だと思ったはずなのに、対岸の火事と決め付けていた貴族殺しが自分達に関われば慌て始めたのである。
そしてビスマルクは王宮を去っていく貴族達を見送りながら、近衛騎士団と宮廷魔導師の大半を以って火事の消火を命じたのである。
もちろんそれだけでなく、すでに行動しているだろう憲兵団を再編成し、迅速に怪我人を救出するように命じたのだ。
ビスマルクの命を聞いた騎士団長、故ヨハネスの後を継いだアルヴィンが新副団長に更に細かな命令を下すと、警備体制を変更するといってビスマルクの元を離れ、会場に十人ほどではあるが残し去っていく。
十五分後、副団長ほか宮廷魔導師延べ千人は王宮を出て炎上する王都へと向かっていく。
王宮から出て行く彼らを見つめる視線に気付くいた者など一人もい無かった。
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王宮にいた戦力の炙り出しに成功した事を確認すると、配置についたエヴァンが燃え盛る王都に向かって行くのを確認して、ルーベン達、そしてルッケンスを連れ移動を開始した。
アニマはすでに行動を開始しており、別行動となっていた。
ルッケンスの仮面は顔の上半分を隠しただけの簡素なもので、エヴァンのように仮面に片眼鏡を嵌め込むといった妙な趣向も無い、無趣味な一品であったが、奇人変人狂人揃いの組織の中ではエヴァンやルーベン達のような仮面をしているのが普通で、逆にルッケンスのような洒落っ気の無い無趣味な仮面を付けている者などそうはいない。
閑話休題。
戻ってきても手遅れなほど距離の開いた事を再度確認し、エヴァン達は王宮へと続いて行く橋を渡り、中頃辺りである物を取り出した。
「爆破装置の準備急いで、三十秒後爆破するよ」
「「「「はっ」」」」
ルーベン達が鞄から黒い箱を取り出すと、橋の左右中央に等間隔に、距離を開けながら置き始めた。
橋のちょうど中間地点から先に装置を設置し終えると、王宮の門を守備している門番達がこちらに向かってきていた。
エヴァン達を不審者、つまりこの騒動を起こした張本人だと断定して殺気を籠めながら向かってきているのである。
「貴様ら、そこを動くな!」
「ここ最近王都を、各領地を襲っている賊だな、覚悟しろ!?」
「ルーベン、やっちゃって」
「おうでさぁっ!!」
エヴァンに命じられると、大剣を抜いたルーベンが襲いかかる門番達の槍を粉砕し、それと同時に首を刎ね上げた。
門番は首を刎ねられた後も数秒は気付かずに叫んでいたが、直に自分達が首だけだと気付くと、恐怖の表情を張り付かせたまま絶命した。
「…さすが【刎ね剣】と呼ばれるだけある、凄まじい剣だな」
「畏れ多いこって、ルッケンス閣下。
【大佐】、門番は片付けましたぜ」
「ありがと、じゃあ王宮に行こうかな」
死体を跨いでいくエヴァンを先頭に、距離を開けたと思ったエヴァンは手に持っていたボタンを押した。
そして押したと同時に、爆破装置と呼ばれていた黒い箱が一斉に爆発した。
王都を炎上させ尽くした破壊の炎が、王宮の眼前で火を噴いたのだ。
そう、エヴァンが今日まで各地に工作していたのは、全てこの装置を使って王都を破壊炎上させることだったのである。
憲兵団だけでは対処出来ないほどの火災を起こし、賢王と呼ばれるビスマルクの思考パターンならば、近衛騎士団や水属性を得意とする宮廷魔導師を王都に派遣する事を予測していたのだ。
そして唯一といえる橋を破壊した今、王都と王宮との接触が絶たれた。
しかも現在王都には彼がいる。
序列第六位【少佐】アトラス・ベルガーが。
独立機甲部隊『鉄蛇』を分隊丸ごと引き連れてやってきたアトラスならば、近衛騎士団や宮廷魔導師程度ならば簡単に屠れよう。
「ははっ、これだけ壊せばすぐには帰ってこれないね。
うんうん、計画通りだ。
あとは……」
エヴァンは振り返ると、厳重に閉じられている石扉を見つめた。
エヴァンがこの王宮へと入った際、この石扉が全十層からなる頑丈極まりない門だったはずである。
しかもこの門はあの暗黒物質を使用していて、四大属性の魔法はまず通らないといっていいだろう。
「…ここは、僕の特異魔法で溶かしちゃえばいいか」
エヴァンは掌を門に触れさせると、小さく呪文を唱えて【毒王魔導】を発動させる。
掌から広がっていくドス黒い何かは徐々に石扉を溶かしていく。
本来この門に含まれている暗黒物質は四大属性にしか対応できていない。
これが四大属性以外の、魔力に対抗するような鉱物で出来た門ならばこのようなことにはならなかっただろう。
全十層を溶かし切り、向こう側で待っていたのは―――、
「―――おう、ようやっと来おったか主よ。
門周辺は今さっき騎士やらメイドやら執事やら貴族やらをブチ殺しておいたぞ?」
全身ほぼ返り血で染まっていたアニマが待っていた。
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序列代第六位【少佐】アトラス・ベルガーは炎上している王都の中で対抗勢力にならない民間人は無視し、抵抗を続けている冒険者ギルドや他ギルド関係者達を次々と狩っていっていた。
全身を黒く染め上げた姿をした人形が達人級の剣技を以って冒険者を斬り殺していくのを金属製の仮面の下で観察しながら、アトラスは手に持った紙に改善点を書き上げていき、戦闘データも取っていく。
独立機甲部隊『鉄蛇』の分隊長でもあるアトラスが指揮する【魔導機械人形】という殺戮人形兵器の手によって狩られていく冒険者達は次第に増加し、アトラスを守護する為に【下士官】を盾のように展開させていた。
コードネーム【人形遣い】と評されるアトラスには直接的な戦闘能力は殆ど無い。
彼の全能力は『人形』に関した物のみといってもいい。
古から続く錬金術師の家系にして『人形作り』に特化した技術を保有してきたベルガー一門の異端児にして唯一の生き残りであるアトラスは人形師という立場で組織に大きく貢献していた。
エヴァンが薬学部門で功績を上げ続けているのに対し、アトラスは兵器部門、もっぱら人形兵器による功績が評価されて今の地位に上ってきていた。
そして現在の独立機甲部隊『鉄蛇』における人形兵器【阿修羅】シリーズの試作二型の稼動試験も兼ねてこの任務に参加したのである。
アトラスの前の任務ここの稼動試験を兼ねた任務であり、近場であって本当に助かったとアトラスは内心感じていた。
至高の人形を作る事を命題にしているアトラスは殺戮を行っている人形兵器を見ながらうっとりしていた。
「やはり私の作った人形兵器は素晴らしい…戦闘データもある程度揃ったし、次は別の―――っ!!」
しかしそんな束の間、アトラスの感覚にありえないものが伝わってきた。
人形兵器の一体が行動不能になったと信号がきたのである。
「ベルガー【少佐】、報告がっ!!
冒険者ギルド入り口で、人形兵器が一体破壊されました!!」
「わかっている、今確認したところだ、黙っていろ気持ち悪い!!
ちっ…なるほど、奴等か、仰々しい名をつけた冒険者め」
舌打ちすると、アトラスに更に情報が上がってきた。
人形兵器の一体辺りの戦闘能力はおおよそ冒険者でいうCランクの上位といった所、加えてこの試作二型は使用した材料も非常に高価なものを使っていて、出力次第ではBランクでも互角に戦えるほどに仕上げた作品だったのである。
その一体が破壊されたのだ。
現在この王都にいる冒険者の中でBランクの者は少ないし、Aランクなどたった一組しかいない。
「お前だなこの騒ぎを起こした張本人は!?」
覇気のある若者い青年の声である。
しかも青年の発言から明らかにアトラスがこの王都を焼き尽くした張本人だと断定しているのだから、勘違いも甚だしいとアトラスは憤った。
彼を囲んでいる女性達は臨戦態勢になりながら周囲を人形兵器の攻撃を警戒していた。
「気持ち悪い事をいうな、冒険者。
この爆破騒ぎは私が仕出かしたものではない!!
私がしているのは、人形兵器の稼動テストだ!!」
まるで関係ないといわんばかりのアトラスなのだが、青年達からしたらその爆破騒ぎを起こした犯人も、凶悪な人形を使って人を殺しているアトラスも一様に『犯罪者』でしかなかった。
「ふざけるなっ!!
人の命を軽々しく…命を何だと思っている!?」
「知ったことか!!
貴様こそ、私の【魔導機械人形】を破壊しておいて、五体満足に死ねると思うな!?
人形達よ、集結せよ!!」
アトラスの命令が下ると、それまで冒険者や魔導師、それに近衛騎士達と戦っていた人形兵器がアトラスの元へと戻ってきた。
その数五十八体、先ほど目の前の青年が一体破壊したことにより、損失が出てしまったのだ。
宿屋の屋根を埋め尽くした黒尽くめの人形兵器は、無機質な瞳でアトラスからの命令を待った。
「命令だ、あの四人を狩れっ!!
一欠けらも残すなっ!!」
「第一戦列了解」
「第二戦列了解」」
「第三戦列了解」
「第四戦列了解」
「第五戦列了解」
「第六戦列了解」
全ての人形兵器が無機質な声でその命令を受諾し、剣を構える。
「いくぞ皆、あんな危険な奴等を野放しに出来ない、ここで倒すんだっ!!」
「わかったわ、ガイスト」
「『救済の剣』の力、見せて差し上げますわ!!」
「…がんばる」
『四色勇』ガイストとその仲間達と人形兵器達の戦いの火蓋があがった。
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出迎えたアニマと合流したエヴァンは血塗れになっているメイドなアニマにその右手に持っているものが何かと聞くと、
「昼飯じゃ、朝飯はこの王宮は少なくてのう、三、四人ほど喰い終ったところじゃよ。
血塗れにならんように気をつけておったんじゃが、喰っている途中で血が溢れてのう、拭くのも面倒じゃし、諦めたわい」
「そっか、じゃあ行こうかな」
実に猟奇的な答えが返ってきて、エヴァン以外誰もその事に触れなかった。
王宮の入り口だけですでに五十人を超える位の死体だったモノが散乱しており、特に最も死臭のするアニマなどは気にしていないが、外気の触れている入り口だからまだましである。
「アニマ、状況はどうなってるの?」
「王都へと向かった騎士団と宮廷魔導師が出て行ってるのは知っておろうな?
その後じゃが、やはりこの国最大戦力に当たる近衛騎士団団長アルヴィンと宮廷魔導師長のベルンハルトは残っておる。
まぁどちらも攻撃系の魔法しか使えんから、護衛に回ったのじゃろうな。
この王宮に残っておる騎士と宮廷魔導師は総勢で約千といったところじゃ。
わしがここまで来るのに百近くやっておるから、もう少し少ないとは思うがのう。
あとは…そうじゃな、残っておる貴族の中に少しはマシな魔法使いが何人かおるといったところか。
王族については…そうじゃな、祝賀会場でパーティーをしていただけあって、そこにいるとは思うんじゃが…この状況じゃ、その場に居続けるというのは無いじゃろうな。
…こんなところかのう?」
状況をアニマが伝えると、エヴァンはすぐにこの後の行動を綿密に計画して行く。
当初の計画通りではあるが、若干の修正が必要になったからである。
「ありがと、参考になったよ。
閣下、というわけで、ルーベン達を護衛に回します。
僕はこのまま王様を探しながら敵勢力の排除を開始しますんで、閣下は気にすることなく幽閉塔に向かってください。
ルーベン達は閣下の護衛任務ね、行けるなら最後まで護衛して、ダメなら塔の前で誰も入れないようにしておいて」
「ふむ、わかった、そうしよう。
ルーベン【大尉】、テイラー【中尉】、アンワー【少尉】、フォーマ【准尉】。
護衛を頼む」
「「「「はっ!!」」」」
ルーベン達はルッケンスを中心に幽閉塔へと向かい、エヴァン達と別れた。
エヴァンはアニマの昼食を待ちながら、わざと音を立てるような魔法を手当たり次第に撃ち出す。
エヴァンが使用としているのは分かり易いが陽動だ、現状王宮入り口に進入者がいると近衛騎士や宮廷魔導師達に気付かせて、殺されに来てくれるように仕向けているのだ。
両手で届かないほどに巨大な石柱を何本も破壊し、木造家屋が百件立てそうなほど高価なつぼや絵画を破壊しズタズタにしていくエヴァンは酷く楽しそうで、アニマも砕け落ちていた石柱の欠片を拾っては飾ってある鎧の胴体部分に投げ込んで破壊していた。
「良いねこれ、今までのストレスが解消されて…それほど解消されないんだけど、アニマ何か良い方法無い?」
「はははっ、これだけ破壊して爽快感すらも浮かばんとは、根っこが深いのう主よ。
ならば…ほれ、来おったぞ、あれならばどうじゃ?」
アニマが指差した方向から赤い鎧を着た集団と濃紫色のローブを着た集団がエヴァン達にまっすぐ向かって来ていたのである。
分かり易いほどの殺気を籠めた視線に、エヴァンはなるほどと思わず小さく声を上げて納得してしまった。
「あ、仕留め損ねた副団長…今は団長だったっけ?」
「そうじゃな、あとはこの国最高の魔法使いといわれておる宮廷魔導師長、ベルンハルト・フォン・ヨーゼフが来ておる。
…アホじゃのう、最大戦力が二人揃って来おって。
どちらかが一方に残って護衛した方がいいじゃろうに、ノコノコと…うん?
なぜわしはあ奴等の事を案じておるんじゃ?」
「アホで可哀想だからでしょ?」
的確に突っ込みを入れたエヴァンなのだが、実際その通りで。
あの大量の人員を見たエヴァンは、戦力の大半を音のする方向、つまりエヴァン達に差し向けた可能性が非常に高い。
殺される危機感なんて皆無なエヴァン達であったが、ルッケンス達以外にももう一つ陽動部隊があり、隙の出来た王侯貴族達のいる会場へと襲撃があったらどうなるのか。
小手先の戦略を講じる素人でもちょっと考えれば分かりそうなのに、宮廷魔導師はともかく、近衛騎士、しかも団長自ら大量の|生贄(部下)を引き連れてやってくるという光景に、エヴァンもどこか毒が抜け始めていたのだろう。
敵地真っ只中だというのに、どこか気が抜けていた。
「おお、そうじゃった!!
あまりにも後手に回りすぎて哀れでのう、しかもこれからわしらに殺されて、生きたまま喰われるのかと思うと…メシウマじゃな!!」
「僕人間は食べないんだけどなぁ…まぁ、言いたい事は分かるから、否定しないでおくよ。
復讐相手側を殺してメシウマね…うん、良い感じに外道だ、僕にピッタリかも」
「キャッチフレーズは…『今日も復讐でメシウマ』じゃな!!」
「現状まだまだだけどね…なんでアニマといるとこんなノリになるんだろう。
…ちょっとアニマ、僕を精神操作しようとしてるんじゃないだろうね?」
「濡れ衣じゃぞ主よ!?」
長年連れ添ってきた従魔に対して怪しいものでも見るような目付きのエヴァンに、アニマが本気で涙目―――血塗れな為非常に猟奇的な姿である―――になっていた。
そして漸くエヴァンとアニマ達の元へと辿り着き、さらに半月陣を取り先頭に立った一人の男が長ったらしい口上を上げた。
近衛騎士団団長、アルヴィン・フォン・シザークである。
「貴様らが過日の賊の残党共か?
怪しげな風体が私が斬り殺した連中と似ているな。
しかもそこのメイド…メイドだと?
なんという事だ、賊の一部がこの王宮に潜入しているとは、警備を任されている我が近衛騎士団の何と不名誉な事か!!
おい貴様、今投降するならば背後関係を吐かせて斬首で済ませてやろう。
だから…ぐっ!!」
「…あーあーあーあーあー。
ふっ、ふふ、ふふふふふ、そうそうこういうのだよこれだよこれ、うんうん。
やっぱりこういう分かり易いのが一番だよね、お間抜けで粗雑で杜撰でどうしようもなく愚図でクズな連中がいてこそ僕の本領は発揮されるんだよね?
きっぱりばっちりがっちりもそれはもう完璧に十全に反論も否定も一律に平等に容赦なく、みんなみんな仲良く優しく残酷にブチ殺してあげないと、復讐のし甲斐ってのが無いってもんだよねぇっ!!」
無詠唱での風弾がアルヴィンの顔面に直撃し、端正な顔の下半分を真っ赤に染めた。
「ぎっ、ぎざまっ!?」
エヴァンの纏っていた空気が一変して憎悪と狂気を混ぜ合わせた『猛毒』へと変わっていく。
子供の体躯で侮っていたという事もあったのだろう、様変わりした賊にその場の空気が息苦しくなり始めた。
「いいね、その目だよ。
その憎悪する目だ、人をなんとも思わない人非人の目だ、どうしようもなくゲスな濁った目だ、人を貶めて喜ぶ目だ。
ふふ、ふ、ふふっ、ふふふふふ、いくら殺しても罪悪感の沸かない、最低で最高な目だっ!!」
エヴァンが半月陣で固まっているデク達を一瞥し、嘲る様な口上を述べながらナイフを抜くと、軽く空を切る。
軽い示威行為だと近衛騎士団と宮廷魔導師達は錯覚し、そして後悔した。
それが自分達に降り掛かった厄災だと、その身体を以って味わったのだから。
「ぐはっ!!」
「ぎゃあっ!!」
「な、なんだ、何が起ぎだ!?」
―――【死風】。
エヴァンが持つ風属性魔法の中で最も隠密性の高い、不意打ち専用の魔法である。
ただでさえ視認が難しいとされる風の魔法に威力を基準以上にし、そして隠密性を高め上げた殺傷する為だけに作り上げた魔法だ。
アルヴィンと ベルンハルトを除いた、三百を超える近衛騎士達、宮廷魔導師達がその場で上半身と下半身を永遠に分かつ事となった。
「…あ、ありえない、こ、こんな魔法は!?」
ベルンハルトがエヴァンの魔法を感知出来なかった事に驚愕しているのだろう。
ナイフを振ったと見せかけたのはブラフで、実は魔法でその軌道に合わせた【死風】が放たれていた事に気付けなかったのだ。
この段階で、エヴァンは ベルンハルトが特級魔法使いクラス等とは思わず、ただの一戦力とみなした。
なぜこの二人が生き残ったのはエヴァンはすぐに気付いた。
それは、この二人の来ている鎧とローブが高い対魔法防御を誇る力ある魔道具であったからだ。
逆に言えば、【死風】が放たれて死んだ者達の装備していた鎧やローブは魔法防御の低い、見掛け倒しの防具だったという事が露呈したのだ。
不意打ち専用で威力もあるこの【死風】だが、一定以上の魔法防御のある魔道具では簡単に抵抗出来てしまうという欠点があった。
この二人が生き残ったのは、ただ身に付けている装備品のお陰なのだとエヴァンはそう判断したのである。
「この程度が特級魔法使いクラスとか詐称にもほどがある。
お前程度の魔法使い、魔道具が無ければ三流がいい所だよ」
ベルンハルトに毒を吐いたエヴァンはベルンハルトをアニマに任せ、アルヴィンを自分が狩ると宣言する。
「アニマ、おやつの時間だ。
このあと制圧戦もするから、力は温存した状態でそこの三流魔法使いを殺しておいてね」
「うむ、了解じゃ」
にやりと笑うアニマにエヴァンはそれ以上声をかけずにアルヴィンを睨み付ける。
憎悪の煮え滾った視線を向けるアルヴィンにエヴァンはナイフを構える。
「それじゃあ騎士団長さん、戦争を始めようか」
「か、か、掛かって来い、悪魔めっ!!」
この王国でのエヴァンの評価を不当に指した言葉を向けるアルヴィンに、エヴァンは仮面の下で目を細める。
(…閣下達の方も心配だ、ルーベン達がポカせずに進んでいればいいんだけどなぁ)
任務と復讐という両極端な心情が交互しながら揺れるエヴァンは頭を振り、意識を集中させる。
王都ではアトラスとガイスト達が。
王宮ではエヴァンとアニマが。
それぞれの激突が、今始まろうとしていた。
王都の火は、なお燃え盛る。
読了頂き、ありがとうございました。




