第16話 星暦1211年8月7日
日常パートって筆が進まないもので、文字数もなんか少なくて…そして新キャラが今更になって登場です。
それでは、どうぞ。
星暦1211年8月7日
七月の期末試験を終え、学院では形だけではあるがテスト期間を終えた学院の空気が次第に緩くなっていった。
当然だがエヴァンは再び一位に返り咲き、ロニが地団太を踏みながらもエヴァンの実力を改めて認めるという小さな騒動もあり、ついにエヴァンとロニの中が修復されたのだと知る者達も多かった。
ロニは逆に二位に戻り、アンジェとレオンは順位を変えることも無く、エヴァンの学院での生活は落ち着きを取り戻した。
そして王都では逆に空気がざわつき始め、何かに感付いているのか、巡回している憲兵達が昼間にどこを見てもいる状況で、住民達もそれとなく何かあるのではと警戒していた。
災害ともいえる被害を被ったアナハイム王国では実に貴族の三割を越す被害を受け、その周囲にいた護衛や使用人を含め、軽く四桁を超える死亡者を出していた。
特にルッケンス達の襲撃は現在でも報告されているものも多く、国王ビスマルクはついに非常事態宣言を発した。
領地持ちの貴族や他の貴族と名のつく者達の安否確認をする為に新年でもないのに召集命令を出したのだ。
これに来なかった貴族はかなりの確率で何らかの事件に巻き込まれたとみてその領地にや人物の下に使者を送りつけるのだ。
もちろんその使者も貴族であり、王国は近衛騎士の他に、ある冒険者パーティーに依頼を出した。
Aランク冒険者『四色勇』のガイストが率いる『救済の剣』と呼ばれるパーティーである。
ガイスト他Bランク冒険者で構成されたトップクラスの実力者集団だ。
ガイスト以外の三人がすべて女性で、一部の冒険者達からは妬みや僻みから『ハーレムパーティー』とも言われている。
最年少でAランク冒険者となったガイストは世界でも珍しい四属性もの魔法適正があり、その幅広い魔法と鍛え上げた剣技とでどんな依頼も達成してきた青年だ。
この時期にこの王国にやってきたのはひとえに彼がこのアナハイム王国出身で、故郷でもあるこの国の危機にいてもたってもいられず大急ぎで帰ってきたのである。
上へ下へと騒ぎ始めており、エヴァンの思った通りに踊る人形をみて、笑いが止まらないエヴァンなのだった。
順調に計画が回っている事を何度も確認しては笑うエヴァンは普段見せないような明るい―――腹の底は暗闇いっぱいなのだろうが―――笑顔でベルモンド商会にある二階会議室で笑った。
「わくわくが止まらないねアニマ」
「ハラハラがノンストップじゃわい主よ」
心配性なアニマとしては綱渡りに思える計画より堅実に一つ一つ潰していった方がいいと思っていたのだが、エヴァンとしてはそうもいかなかったらしい。
ルッケンス達が帰ってきたのである。
何事も無かったかのように帰ってきたルッケンス達を迎え、エヴァンは後続して入ってきた人物に驚いた。
銀縁メガネをかけた神経質そうな雰囲気を纏った黒髪の男と目が合うと、エヴァンは懐かしい顔に声を上げた。
「うわっ、アトラスが増援に来たの?」
「久しいね毒の大佐殿、相変わらず好きな事をしている時の君は生き生きとしていて…本当に気持ち悪いな」
「…きついのが来よったわ」
アニマもアトラスと呼ばれる男の事を知っていたのか、気まずそうな声を上げた。
序列第六位【少佐】アトラス・ベルガー。
独立機甲部隊『鉄蛇』の分隊長にしてエヴァンと同じく【大佐】の階級にして序列第一位、
コードネーム【紅竜のアルフィ】と呼ばれる人物の部下だ。
戦闘能力だけなら組織でも三本の指に入る実力者達だけで構成された、最強クラスの部隊である。
エヴァンの部隊は組織からみても実験部隊の色が強く、よくて十本以内にかろうじて入っているといったところだ。
それでも、各国の軍隊とも部隊だけで戦える辺り規格外なのだが。
「【紅竜】が行けっていったの?」
「行けといわれなかったら誰が君の元へなど行くものか。
閣下が『近くにいるなら私の愛しいエヴァンの元へ行って助けてこい』って言うから、組織の緊急要請があったから来たんだ、断じて君の為では無いからな!?」
「男のツンデレとか誰得って話じゃなまったく。
これでイケメンじゃからまた…」
「ねー?」
ぼやいたアニマに便乗するかのように機嫌の良いエヴァンが声を上げた。
エヴァンには『ツンデレ』なる言葉を知らない。
「何をいっているんだヘンタイ魔獣め、主従揃って気持ち悪いにもほどがある!!」
毒を吐いているのはアトラスの方なのだが、アトラス以外の面々は誰も言わないでいた。
基本アトラスは口が悪いだけで、他には何の問題も無いのだ。
気持ち悪いのかはともかく、機嫌の良いエヴァンも変態発言の目立つエヴァンも共にアトラスからは悪印象を持たれているいう事だけが事実として抜き出されているのだ。
「それまでにして会議に移ろう、ベルガー【少佐】、席に座り給えよ」
一通り聞いたところでルッケンスが口を開いた。
ルッケンスはエヴァンとケビンの会話でこういった口喧嘩はもう飽きたのだろう。
早々に切り上げさせると、会議へと強制的にシフトさせた。
「さて、帰ってきたところで状況を整理しよう。
エヴァン【大佐】報告を」
「はい閣下。
状況は想定通りに運んでいます。
王宮までの周辺地図に関しましてはもう完成しました。
【下士官】クラスで構成させた撹乱部隊は“例の物”を製作させていて、六割ほど揃いました。
残す任務はあと少し、目的地までのルート探索です」
席に座ったアトラスはむすっとしながらエヴァンの報告を聞いて、『自分がいなくても大丈夫なのではないか』と感じたが、アトラスの上官でもあるアルフィがただエヴァンを心配しただけで動く訳が無いと思うと思考を巡らせてどういった理由で自分を召集したのか考えた。
「アニマ、王宮までのルート探索はどの程度進んでいる?」
「うむ、わしが変身しておるのは王宮にいる下女でな、清掃作業でほぼ全ての場所を回るで出地図と照らし合わせてみたのじゃがあの二枚の地図はやはり所々違っておった。
具体的にいうと宝物庫の前を通ってみたのじゃが、どちらも記載されておった場所に無かったのじゃよ。
あったのは何十年と使われておらんホコリだらけの牢屋と物置じゃったわい」
地下一階と地下二階のどちらもが偽物だとなると、これを渡していた国王ビスマルクしか真実を知らない事になるのだが、それは最終手段であってまだ手を尽くしていないのにすることは無いと判断された。
「アニマ、まだ調べていない場所は?」
「そうじゃな…謁見の間にある玉座や練兵場、それに立ち入り禁止区域となっている古い塔じゃな。
古参の下女がいうにはなんでも昔は幽閉塔として使っておったらしい。
古くて修復しても持ちそうに無いといわれておって、ほったらかしのようじゃな。
それくらいじゃのう」
ルッケンスはその話を聞きすぐに練兵場を候補から除外した。
残るは玉座、そしてかつて幽閉塔に使われていた立ち入り禁止区域の塔の二つである。
玉座に関しては場所を照らし合わせヨハネス・フォン・ヴァンフリーのいた近衛騎士団長邸までの地下通路であり、さらに候補が除外される。
とはいえ、現在通路は塞がれたままとはいえ地下通路へと逃げられればどのようなアクシデントに見舞われるか分からない為、どの道王とその周りにいる者は確保しなければならないのだ。
ルッケンスは王とその周りにいる物たちを確保させる為に部隊の内の一つを割く事を決めると、最後の幽閉塔に対してどう対処するのか、それを考えた。
王宮の歴史については本も出来ており、その中にあった記述はいくつもあった。
王宮、別名ヴァルフォルと呼ばれるあの城は湖に出来てから千五百年以上一度も遷都もせず、あの地に在り続けた。
毎年城の修復を行っているおかげかいつ見ても美麗な城として王都住民は湖に映る城とセットで見てはあまりの美しさに溜息をつくほどである。
そして城内もかなりの広さがあり、城内だけでも自給自足が出来る設備が整っており、もし王都を制圧された場合年単位で籠城が可能とされた。
無駄の無い設計を当初からされており、その事から例え現在使われていないから、古いからという理由はこの段階で矛盾が出ていた。
そうなれば考えられるのはただ一つである。
「…誰か、地図を」
「こちらです」
エヴァンから地図を受け取ると、ルッケンスは城内の一体どこに幽閉塔があるのかを確かめた。
城内の地図はアニマの証言を元に制作されており、信頼性の高い物となっていてルッケンすも心配せずに確認が出来た。
―――すると、
「―――アタリだな、ここだ、ここにある」
「どうかしたんですか閣下?
何が当たったんです?」
報告とは違い気の抜けてしまっているエヴァンからは覇気が無い。
どうやらルッケンスが必死に考えているのに察して完全に丸投げしたのである。
アトラスは辛抱強く声をかけられるのを待っているが、エヴァンとアニマはすでに雑談をしていてルッケンスを手伝う気配が無い。
(…アホの子め…アホの子どもめッ!!)
ルッケンスはアホ二人に毒づくと地図にあるある一点を指して口を開く。
「ここに、我々の欲する物がある、そういうことだ」
「さすがです閣下、ちょっと考えたらすぐに分かっちゃうなんて。
僕もうめん…地図と睨めっこするだけで頭痛いです」
誰が聞いても嘘だと分かる事をいうエヴァンに三人―――その内一匹、使い魔だ―――が白い目を向けるのだが、知らない振りをしてこれからどうするのかを質問してきた。
「僕としては王様とその周り…側近とかですか?
そっちの方の確保をしたいと思うんですが、いいです?」
計画の全容を把握しているだろうエヴァンは任務達成よりも“|私情(復讐)”に走った。
「構わないが…いいのかな?
任務達成を自ら他者へと譲るのか、最後の最後にやってきた補充要員に」
当初の計画では、ルッケンスが王都全域を囮にした作戦を決行し、その間に王宮へと侵入したエヴァンの部隊が目的地へと向かい、アトラスの部隊が城内周辺の敵勢力の排除と王とその周りの者達を確保する事であったが、エヴァンはルッケンスの予想と反して復讐に走ったのだ。
ここに来てまで復讐に走るエヴァンに、ルッケンスは残念だと思う気持ちと喜ばしいとも思ってしまったのだ。
―――そしてルッケンスは、
「分かった、予定を変更しよう。
エヴァン【大佐】は城内周辺の敵勢力の排除と王とその周りの者達を確保。
そして王から情報を引き出しその都度私に報告するのだ。
ベルガー【少佐】は王都全域を囮にした作戦を決行し、周囲の目をそちらに向けさせろ。
何をしても構わん、あらゆる行為は全て私が許可する。
好きに破壊し好きに殺し好きに実験して構わん。
ただし、全力でだ」
『そして残った役割には私が担う』、そう宣言した。
「おそらくは何らかの障害があるだろうが、私の敵ではない。
実働部隊を率いていた頃から、私は任務を失敗した事が無いのでね」
ルッケンスはかつて二個大隊を指揮していた頃から変わらず鍛錬は怠っていない。
例え部下が役に立たずとも、単独での任務達成も視野に入れながらシミュレーションをしていった。
「さすが閣下です」
「了解しました、自分は囮として全力を尽くします。
…新参の私がいうのは何ですが、閣下、エヴァン【大佐】に甘過ぎます。
いくら弟子とはいえ、それで役割を大きく変更させるなんて論外過ぎます」
これまでの報告書を見ても、エヴァンにとって都合の良い事ばかりが書き連ねてあって、一体誰の為の計画なのかアトラスは錯覚したほどである。
しかしルッケンスは不快そうにアトラスを睨みながらも意見を求めた。
「不満かね?」
「一意見を発言したに過ぎません。
裁可は閣下にお任します」
「……計画はこのまま続行する、以上だ」
「閣下っ!!」
尚も声を上げるアトラスに、ルッケンスは殺気の篭った視線をアトラスに向けた。
一瞬で重圧のある空気が会議室を、商会を襲い内部にいる者達は息をするのも困難になるほどの重体に見舞われた。
余波だけでこの有様なのである、それを直視したアトラスは全身を震わせながら口を開く事も、身動きする事も出来ずにいた。
「なぜエヴァン【大佐】を優遇するのか、それは彼が組織にとって非常に有用な軍人だからだ。
任務に規範的でそつなくこなし、どんな事態にも対処出来る。
加えてこれまで上げてきた功績は君の功績を遥かに上回っている。
そんな彼に私がこれまでの功績を報いようと、優先度の低い任務を任せて少しくらい楽をさせるというのは、別段おかしなことではあるまい?」
そしてルッケンスは口外しなかったが、ルッケンスとアトラスの役割を交換すればそれはそれで軋轢を生む事になる。
特にエヴァンに対して『愛しい』と豪語するアトラスの上官であるアルフィがエヴァンの目的を知らない筈が無く、例え邪魔などしようものなら例えアトラスといえど容赦なく切り捨てるのが予想できた。
そしてアルフィは新参者が一番おいしい所を食べる等という事を絶対に許さない事から、必然的にアトラスは王都での囮という役割をするしかなかったのだ。
計画は何も変わらない。
計画を達成する為に必要な事は全て行った。
そしてエヴァンに任されたのはその計画の、任務の内の一つであるのだから何も問題は無い。
偶然、偶然相手が復讐しようとしていた相手だった、ただそれだけなのだから。
「…ああ、追加だが、冒険者の中に随分と囀るのがいるらしい。
ベルガー【少佐】、その者は必ず完全に撃滅しろ、駄目なら逃亡させるほどの損害を喰らわせてやるといい」
そういい捨てると、ルッケンスは席を立ち会議室から出て行ってしまった。
「……まぁ、そういうこと。
アトラス、アルフィに増援ありがとうって伝えておいて。
それじゃあ、また任務で」
「じゃあの」
エヴァンとアトラスはルッケンスの殺気からすぐに立ち直り、アトラスにそう言い残すと会議室から去っていった。
残されたアトラスは放心状態のまま夜までその場に残り、そのまま泥の様に眠ってしまった。
全ての計画は進路を決定し、後は進路に進むのみとなった。
約束の日まで、あと僅かである。
読了ありがとうございました。




