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第15話 星暦1211年7月12日

今しばらくのほほん回は続くかと。

それでは、どうぞ。

 星暦1211年7月12日



 エヴァンはその日の早朝、いつもと変わらぬ面持ちである人物と相対していた。


 朝早くからベルモンド商会にいたのは、その為だ。


夜明けの軍団(レギオン)】の中でもたった1人の監察官にして『主席監察官』。


 コードネーム【白眼】のウルスラが定期報告書を受け取りに来たのである。


「…少々荒いですね、計画としては結構ですが、少々遊び(・・)が過ぎるのでは?」


 白貌を若干だが難しい表情にさせたこの報告書に思う所があるのだろうのは間違いない。


 何しろこの計画を書き上げたエヴァンとルッケンスはどちらも本気でこの計画を考えたのだ。


 その本気の度合いが、どっぷりと狂気に使っているのは計画の概要、そして具体的な内容を知ってしまったウルスラからもわかるほどに、酔狂(・・)な計画なのは間違いない。


 とはいえ、ウルスラとしても計画に反対する気は一切ない。


 この報告書と計画書が然るべき場所、【元帥】と呼ばれる最高幹部達達が見ても二つ返事で承諾する事は間違いない。


 なにしろ夜明けの軍団(レギオン)】には何の痛手にもならない実に“効率”の良い計画内容だったのだから。


 ウルスラの個人的趣味からも中々に素敵(・・)な光景が見られるのではと期待してやまない程だ。


 世界中の大半が『最悪な趣味』だと断言するだろうウルスラの趣味に、エヴァンが描くだろう事の顛末が偶然一致してしまっただけなのだから、悲劇といえば悲劇だろう。


 しかし、ある一部の階級を持つ者達からすれば、納得しかねる内容なのも間違い無い。


 今計画の総責任者である序列第一位【中将】ルッケンス・クルーガーを除く【将官】クラスの者達である。


 報告書にも記載されているのだが、抗命したケビンについては嘘偽り無く報告していた。


『私的感情を優先し任務を妨害した』という一文のみだが、この文章だけで十分に【将官】クラスの者達は何も言う事が出来なくなるのは間違いない。


 特にケビンを今計画に強く推薦した序列第八位【准将】ザコビッチ・ダセコフの身体は完全に潰えた事になるのは確実である。


 不適格な人事を行ったのだ、計画に関わる失態を【元帥】は誰一人として許さないだろう。


「…ダメ、かな?」


 ウルスラはエヴァンの事情を十分把握している。


 七年前のちょうど今日、エヴァンの生まれ故郷であるアルアーク伯爵領シマック村で起きた顛末を全て知り得ている。


 故にこの偏った計画書が出来上がったのだろう、彼の上官でもあり師でもあるルッケンスも公私に渉って手助けしたに違いない。


 間違いなく成功するだろうこの計画書に対して、逆にどう間違えば失敗するのか疑問に思えるほどの出来である。


 困った風に笑うエヴァン、ウルスラはなんと返せばいいのか迷ってしまった。


 ―――何も無いのだ、ただ一点を除いて。


「いいえ、私個人として何も問題ありません。

 監察官としても、問題は無いでしょう。

 この計画の今後を見越したよい計画だと思います。

 ですが、いいのですか?

 この計画、すでに始まっていますが、すでに煉獄が出来上がっているでしょう。

 そして、計画が終わった時、この王国に地獄(・・)が現出しますよ?」


 世界においても類を見ない、未曾有の大災厄として歴史に残るだろう地獄が。


 最悪の場合、王国が衰退しながら滅びるという展望が見えていたウルスラは、エヴァンに尋ねたのだ。


何か問題があるのかな(・・・・・・・・)?」


 その答えを以って、ウルスラはもうそれ以上何も聞かなかった。


 エヴァンの目にはもう何も映っていなかったのだ。


 希望の欠片も無い、一点の曇りの無い絶望色を浮べているエヴァンの瞳にはたった一つだけの願望しか残っていなかった。


 元よりウルスラ好みの展開なのだから、むしろその演出をしてくれるエヴァンに対して反対することも無い。


「いえいえ、構いませんよ?

 この計画が成功する事を祈っています。

 ……何なら、私もこの計画、御手伝い致しましょうか?」


 本来監察官には計画に参加する権利がまず無いのだが、その権利を無視してでも、ウルスラはエヴァンに加担しようとした。


 だがエヴァンはウルスラの発言に『悪いけど』と口を開いた。


「計画の手が足りていないのは確かだけど、近々増援が来る予定だから問題ないよ。

 ウルスラさんは監察官らしく、見ていてくれたらいいんだよ」

「そうですか…そうですね、そうしましょう。

 それでは今度こそ、私はこれで」


 あっさりと引き下がったウルスラは普段見せないような楽しそうな笑みを張り付かせて一礼すると、その場から消えた。


 ウルスラである特異系統魔法【瞬身魔導】が発動したのだ。


 ウルスラが消えたのを確認して、エヴァンは溜息をついた。


「……さて、学院に行こうか」


 ウルスラとの邂逅を終え、エヴァンは何事も無かったかのように身分偽装(アンダーカバー)通りの気配を纏い商会を出た。


 今日もいつものように、打算だらけの任務が始まる。




 ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲




 貴族殺しの続報は続々と王都へと届いていた。


 もちろん、社交場と化してしまっている学院にも届いており、エヴァンは情報の浸透具合を把握しまずまずの成果なのだと安堵した。


 現在はルッケンスが引き継いでおり、商会を使わずの殺しを行っている為間隔が空いてしまっているのだが、それでも十分なのだと感じたのだ。


 教室では相変わらずエヴァンへの嫌がらせは続いており、エヴァンは教室へと入るとまず自分の席に捨てられているゴミや汚れを持ってきておいたゴミ袋に詰め、アルコール消毒した雑巾で拭き清潔にした。


 何も感じない訳ではないが、実害の無い事をされても痛くも痒くも無いエヴァンはただ黙々と作業を終わらせた。


(暇な連中だよまったく、そんなに暇してるのならもっと頭の運動してその空っぽな頭に知識押し込めばいいのに。

 これだから汚い血筋と吐き気のするプライドしか持たないゴミ貴族は困るんだ)


 王都に来てから随分と精神的にキている(・・・・)エヴァンの思考は段々と荒んでいっているのだが、それでも任務だからという強靭な意思でその苛立ちを抑えていたのだ。


 これでケビンのような我慢の効かない者ならば感情に任せて暴れていただろうが、エヴァンはそのような愚考は犯さない。


 感情コントロールが出来ない者は単なる獣同然としか思っていないエヴァンにとって、『意思』こそが自身を律する最大の武器だったからだ。


 だからこそ、エヴァンはその『意志』でこれまで力をつけてきたのだ。


 その為に不要なモノは全て削ぎ落とした。


(だからこそ、僕は失敗しないんだ。

 必要な要素だけを収集し凝縮し不要な要素を排除し廃棄する。

 今までもそうだったし、これからも変わらない、変わる必要も無い。

 だから今は我慢だ、この王国での任務が終わってもまだ次があるんだ。

 余計な要素を取り入れて、任務に障害がでるなんて異常は僕が絶対に認めない。

 だから今、この|怒り(感情)は不要だ)


『意思』の力で感情を押し殺し、エヴァンは何事も無かったかのように授業に臨んだ。


 ―――背後でロニがどんな表情をしているのかも知らずに。




 ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲




 当分の間待機任務となっているエヴァンは気分転換に学院にある図書館へと足を運んだ。


 王国最大の図書館でもある為、一部の有識者には許可証があれば入ることも可能だ。


 エヴァンは気難しげに書物に耽る老人や必要な資料を山のように運んでいる若い研究者、そして勉強熱心な一部の学院生を横目に、たまにはいつも自分が読まないような本を読んでみようと思い『文学作品』のコーナーへと歩を進めていく。


「『愛の悲劇』…『愛の果てに』、それに…『愛の罪』?

 なんて偏った収集してるんだろう図書館(ここ)、愛に恨みでもあるのこの図書館?」


 そんな偏った本の中で選んだのは『旅の間に』という旅行記であった。


 著者であるユーゴという人物が旅の先々で起きた事件を解決し、料理を食べ、果ては世界を救う為に魔王まで倒したという少々妄想の入り過ぎた物語でもあった。


「…あれ、何で魔王なんて出てるんだろ?

 旅行記だよね、旅先で事件を解決したのはまぁともかく、何で世界なんて救ってるんだろこの人?」


 物語の序文には旅行記とあった、実際に前半部分は確かに日記形式の旅行記であったのに、事件を解決していく度に謎が深まっていき、いつの間にか一人称小説のような形になり魔王と呼ばれる存在を仲間―――しかもお姫様やら聖女やら女性ばかりの面子でだ―――と共に倒したらし

い。


 魔王を倒してからはページが不自然なほどに途切れており、著者でもある人物がどうなったのかは不明である。

 エヴァンはこの『自称何の取り柄も無い普通の人間』だというユーゴなる人物に『何の取り柄も無い人間がお姫様だの聖女様だのに好かれる訳無いじゃん馬鹿じゃないのこいつ』と毒を吐くのだが、どうやらこのユーゴという人物は誰にでも好意を振りまく自覚の無いモテ男なのだと気付くと、それ以上推察することを中断し放棄した。


(何の苦も無く強大な力を持って、誰からも恐れられず誰からも愛され困難に笑って打ち勝ち平和を勝ち取る?

 馬鹿みたい、現実も直視できていない勘違い野郎じゃないか。

 頭の中幸せすぎて周りの見えてないただの独り善がりの馬鹿、気持ち悪いったら無いね)


 結局のところ旅行記と称した恋愛モノで、やはりロクでもない作品なのだと思うとこれ以上あの棚にある本を読む気になれなかった。


 タイトルが違うだけで内容が恋愛小説ばかりの偏ったものだと思うと、読む気も失せたのだ。


「…気分が悪い、帰るかな」


 気分転換をしに来たというのに気分の悪くなったエヴァンは年に似合わないため息をつくと目の前(・・・)にいる人物の事など放っておいて席を立とうとした。


「…待ちなさいよ、エヴァ!!」

「………ロニ様、ここは図書館です、静かにしてください」

「エヴァが私のこと無視してるからでしょっ!?」

(用も無いし話しかけたくないからなぁ…って言うとさすがにもっとキャンキャン煩くなるし、仕方ない)

「だから…はぁ、もうわかりました、話を聞きますから静かにしてください」


 顔を乗り出してエヴァン達を睨む者達が現れ、仕方なく席に座り直すとロニ画再び黙ったまま時間が過ぎていく。


 エヴァンにはおおよそロニが何を言いにきたのか察していたが、知らない振りを決め込んで辛抱強く待った。


 何から言い出せばいいのか迷っているのだろう、静寂を取り戻した図書館はただ刻々と時間が過ぎていく。


 空に影が出始めたころ、さすがにこれ以上は自分の用を済ませないといけないという事もあり、いい加減この話を後日に持ち越そうと声をかけようとした時、漸くロニが口を開いた。


「その…ごめんなさい」

「……何かロニ様が僕に謝るような事をしましたか?」


 知らない振りでやり過ごそうとしているのに気づいたのだろう、ロニはエヴァンがあの時の研修の事を最早どうでもよくなっているのだと思うと遣る瀬無い気持ちになりながらも、これ以上長引かせては悪いと思って再度謝罪の言葉を口にした。


「ごめん…なさい、私、これまでよく考えずに、エヴァや他の人に酷い事を言ってきたわ。

 レオンやアンジェがたくさん心配してくれていたのに、知らない顔をして…特にエヴァには理不尽なことばかり言っていたわよね。

 勝手だけど…、本当に勝手なのだけど、また私と話してもらえないかしら?

 もう…次は間違えないから」


 泣く寸前の涙を浮かべた状態でしゃっくりもあげ始めているロニに、エヴァンはなるべく表情や雰囲気を悟られぬよう細心の注意を払いながら呆れていた。


(……根は、良い子なんだろうな。

 考えた末に善良な答えを見つけられている辺り、ロニのクズお兄さんよりずっとマシだ。

 まぁ、次は間違えないからって言われても、僕としては正直どっちでもいいんだけどね。

 …いや、待てよ?

 ここで僕とロニが仲直りしたとして、現状をさらに潤滑にする事は出来るかな?

 ……保険くらいは作っておいても悪くは無いか。

 関係構築レベルはと…大体レオンと同じくらいかな)


 この場合のレオンと同程度となると、男女差でかなり問題が発生するのだが、この時エヴァンはレオンのように心配しレオンのための言葉をかけるという事を考えていた。


 しかし、レオンは男で、ロニは女である。


 受け手の性が全く逆な為、どう捉えるかには決定的な差異があった。


 後にエヴァンは軽い気持ちで対象の持つ『感情』というのをどれ程軽視していたのかを後悔するのだが、今はまだ気付くことは無い。


 そしてエヴァンはロニに対しての対応を変える事を決めると、対象との友好関係を構築する為の作業プロセスを開始する。


 困った風にロニに笑い掛けてエヴァンは机に回り込むと、涙が零れ落ちる寸前でポケットからハンカチを取り出し目元に当てた。


「―――あ」

「…わかりました、僕もきつい事を言い過ぎたと思います。

 しかもタイミング悪くロニ様の前から消えてずっとその事を悩ませていたんですよね。

 レオン様から聞きました」


 鬱陶しくは思っていたが、レオンによるとエヴァンが休学してからの一ヶ月以上を相談と勉強に費やしていたらしいと聞いた事を苦笑交じりに伝えるとロニは恥ずかしそうにハンカチをひったくると荒く目元を擦り、拭き終わったところでハンカチを返すとそっぽを向いた。


「だ、だって、仕方ないじゃない、実際私がやった事ってかなり性格悪いことだったし、エヴァだってあんなタイミングで休学しちゃうし…あれじゃ私があんな事を言ったのが理由で尤もらしい理由付けて学院から出て行っちゃったって思うじゃないの。

 私としても、つまらない嫉妬で周りに当り散らしていたのは自覚あったけど…相手の事を考えずに酷い事を言ったのは事実だし…」


 本来ロニの役目など終わっていてその後の配慮など皆目掛ける予定など無かったのだから、ある意味ロニの推測は正しいといえよう。


 喧嘩別れで絶縁状態を作れるのなら安いものだとエヴァンは考えたのだが、ここまでロニに対して罪悪感を持たせることは出来たのは行幸だったとほくそ笑んだ。


 嬉しい誤算ではあるが、最大限利用する事を決めたからにはエヴァンも遠慮せずに畳み掛けていく。


「まぁ、少し位後悔してもらえばそれでよかったんですが、色々と悟れたようで、僕としてもちょっと仕返しした甲斐がありました」


 あくまでロニの為にあんな事を言ったのだとエヴァンは釈明し、ロニは思わず恨み言を口にした。


「ちょっとじゃないのだけど…私、あれから食事が通らなくなるし、睡眠不足で授業受けるの大変だったのだけど?」


 鼻を押さえながら軽く睨んだロニにエヴァンは軽く頭を下げて降参するかのように両手を上げた。


「…あと、あの嫌味ったらしい言葉遣い、やめなさいよ?

 あの時もいったけど、エヴァはレオンとアンジェに言葉遣い悪かったのに、私だけあの口調、ホンと気分悪かったわ」


 やはり研修時の時からの言葉が引っかかっているのだろう、言葉遣いに関してはすぐに了承の言葉を口にした。


「わかり…わかった、よ。

 解っているとは思うけど僕は平民でロニ様は貴族だ、加えて言うとレオン様とアンジェ様は王族。

 さすがに平民が様を付けないのは問題すぎるから、これだけは譲れないな。

 他は…口調の方は今みたいに話していくよ、これでいいかな?」


 今度は引き攣った様な苦笑いではなく軽く微笑んだ程度だったのだが、先程までの警戒振りが嘘のように、簡単に騙された。


「ま、まぁそれだけ譲歩してくれたんだもの、私だって誠意くらい見せるわよ。

 け、けど、さっきまで私が泣いていたことは忘れなさいよ?」

「善処はするよ」

「忘れなさい!!

 ………あ」

「ロニ様、だからここ図書館だからね?」


 顔を乗り出してエヴァン達を睨む者達が現れ、周りの視線に顔を赤らめたロニはあえて気付かない振りをして図書館を出て行く。


「…それじゃあまた、エヴァ」

「うん、また明日ロニ様」

(レオンもそうだけど、ロニは僕が実はこの国に復讐しに来ているんだって言ったらどんな顔するのかなあ。)


 ブレないエヴァンはぼんやりと考えながら自らも図書館から出て行く。


 いつものようにベルモンド商会へと行き、セルバーから注文しておいた錬金術で使う機材や材料を買い足した。


 そして袋の中にはルッケンス達がどこにいるか、暗殺は順調だということ、そして最後の部分にある人物がこの王都にやってくるとの情報が書かれていた。


 ―――Aランク冒険者『四色勇(フォースエレメンツ)』のガイストが近日中に王都へと拠点を移す。


 短い報告だが、エヴァンには十分であった。


 狂気の計画には狂い無く、順調にその歯車は速度を上げ始めていた。







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