第13話 星暦1211年5月25日*
復讐回です、前回から引き続きグロイです、ブラックです、ダークネス?です。
では、どうぞ。
星暦1211年5月25日
アルアーク伯爵家本宅は小高い丘の上に建っており、都市を一望できる最奥に位置している。
当然だが用も無く近付く事など許されておらず、エヴァンは誰にも出会わず悠々と、だが楽しみで仕方が無いのか、若干だがスキップ混じりに走っていた。
そして標的のいる屋敷へと着くと、当然だが門番が立っていて不審な格好―――黒を基調に黄色で彩った服装で、素顔を見られない為にモノクルを付けた変わった仮面を被っている―――をしたエヴァンを見るや否や剣と槍を構えた。
白手袋の裾を引き伸ばし、『よしやっちゃうぞ』とふざけた口調で意気込むエヴァンはどこからどう見ても不審者である。
「誰だてめえ、ここが誰の家か知ってきてるのか!?」
「ここはアルアーク伯爵様のお屋敷だぞ!?」
自分の命を守る為の高い私兵を雇っているとは思えないほどに練度の低いが見て取れたので、エヴァンは会話をせずに一言、そう告げた。
「突撃伯爵様の晩ゴハーンっ!!
トッピングはみんなの命だよ?」
邪悪が顕現し、阿鼻叫喚の地獄が舞い降りた。
少しするとアニマも到着し、エヴァンはすでに本宅へと入り惨劇を引き起こしている最中だった。
【不音之鳥籠】では無い別種の結界魔法を使っていて進入する事は簡単にできて、エヴァンを追いかけようとアニマは結界の効果も知らずに手を伸ばした。
「…なるほどのう、結界の外からは入れるが内からは逃がさない仕組みか。
うーむ、風属性ということは…外に出ようとすれば―――」
「ぎゃっ!!」
水分を多く含んだ何かが飛び散る音がしてアニマがその宝庫へと視線を向けると、メイド服らしき物体とそれについていた肉片が無惨に散らばっていた。
やはり一人、アニマを入れても二人で襲撃するといっても穴があると思ってこのような結界にしたのだろう。
「…なるほどのう、討ち洩らして逃がしても最終ラインで細切れとは。
……ははっ、メイドが冥途行きとは粋な計らいじゃな!!」
「おーいアニマ、なに笑ってるの?
追いついてきたなら手伝ってよ、なんか意外と私兵多くて討ち洩らしが多いんだ」
二階の窓から顔を出したエヴァンがアニマに声をかけた。
アニマは散らばっているおやつをぱくりと口に放り込み、手を上げて了解と伝えると、正面玄関から堂々と屋敷へとお邪魔した。
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真夜中とあってか、目立つ戦闘を避けるようにルーベン達四人は闇を走りながら行動していた。
「…ったく、死体処理が面倒すぎるぜ。
テイラーだと音が響きやがるし、アンワーは目立つ。
そして俺は剣一筋だから処理方法とかそもそも持ってねえ」
「自慢する話じゃないっしょ兄貴」
「まったくだし」
「処理するのは小官ですからな」
「お前らなぁ…」
ルーベン達はエヴァンに分かれて行動するように命じたのだが、ルーベン達には問題があった。
死体を処理する事が出来るのがフォーマだけだったのだ。
『好きに組め』とエヴァンは言っていたのだからという理由で、ルーベン達は分かれたりせず四人一組で行動することにしたのだ。
フォーマに死体処理を全て任せ、アンワーが特殊鋼糸を操り対象を捕縛し、ルーベンとテイラーが大剣と手甲を使って仕留める。
間違ってアンワーが対象を捕縛した際にそのままバラバラにしてしまった事も何度かあり、順調だったペースが若干だが遅くなり始めていた。
「……アンワー、てめぇ」
ルーベンが言外に『鋼糸の訓練サボっていやがったな』と睨み付けると、アンワーがぶるりと震えて慌て出した。
元々階級の垣根を越えたエヴァンの部隊だが、絶対に冒してはいけない不文律がある。
『軍人としての責務を忘れるなかれ』というものである。
エヴァン自身が私情で復讐を計画に織り込んではいるが、それでも部隊の誰もがエヴァンの上官としての資質に疑問を覚えないのは誰よりも【夜明けの軍団】に所属している『軍人』としての立場を忘れていないからだ。
私情に走る行為だとしても、計画に支障がないレベルに抑え完遂する。
事実エヴァンが数ヶ月前に滅ぼした【赤い牙】も上層部の納得する理由で殲滅戦に参加し監督役としての軍務を遂行していた。
普段あれだけ好き勝手にしているエヴァンだが、『軍人としての責務』という守るべき根幹は守っていたのだ。
訓練も部下に人知れず怠らず常に上に行こうとする気概を持ち合わせているエヴァンは部下達に口喧しくあれこれ言う事はない。
それが『軍人としての責務』を組織にいる者として当然だと思っているからだ。
当然エヴァンが下した命令の効率を下げるアンワーの行為は隊規に関わる大問題だ。
「…すんません、サボって…ました」
「【大佐】に…ていうかアニマ様にばれたら一巻の終わりなんだぞ、わかってるのか?
普段てめえが人間を松明にしようが何しようが勝手だがな、部隊全体の効率を下げると言い訳がつかねえんだよ。
こんなことで俺がらしくもねえ説教をするのはこれっきりだ、いいな?」
「了解、しました」
さすがに灸を据えられたばかりとあって、アンワーの声も沈みがちだ。
しかし、その調子でいてもらっては困るのだ。
「多少荒くてもいい、効率を上げろ。
テイラー、お前はアンワーの補佐に回れ。
フォーマは悪いんだがそのまま続行だ」
「了解っしょ」
「承知しました」
ルーベンがため息をつくがすぐに気を取り直して仕事に取り掛かる。
柄にもない事をしたと内心ぼやきながら大剣を構えた。
フォーマの背後に浮かんだ水球の一部が次の死体を包み込んだ。
血痕も肉片も毛髪も衣類も全て水に溜め込んで行く。
フォーマは死体を水球の中で水圧をかけ、液状になるまで破壊すると下水道と繋がっている穴へと注いで行く。
一度で魔法を幾度となく使うため、この中で最も魔力を消費しているのはフォーマなのだが、エヴァンから渡されている魔力回復促進ポーションを受け取っているので心配することはない。
「フォーマ、魔力の方は大丈夫か?」
「あと二時間は余裕ですな。
その頃には【大佐】の用事も終わるでしょうし、問題はありません」
ルーベンからの質問にフォーマは肩を揉みながら答える。
フォーマからの自己申告を信じ、ルーベンはアンワーの尻を叩きながら作業を勧めていく。
(…ったく、この調子で何事も無く済めばいいんだがよぉ。
【大佐】、アニマ様、そっちは頼みますぜっ!!)
何らかの不安定要素が降って沸いて来ない事を祈りながら、ルーベンはエヴァンとアニマの早期任務終了の合図を待つのだった。
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「すごいな、この屋敷にこれだけの私兵がいるなんて。
一匹見たら十匹いると思えとかいうゴキさんみたいだよ。
……まぁ」
―――質は最悪だけど。
擦れ違い様にエヴァンのナイフが私兵の首を深く切り裂く。
背後から大剣を振り下ろしてくる巨漢の私兵も最小限の動きで避け額にナイフを突き立てすぐさま引き抜いた。
魔法を使ってくる私兵には巨漢の私兵を盾にして凌ぎ、続けて詠唱を始めた所を急接近して心臓を貫いて仕留める。
「…殺すだけの簡単なお仕事です…みたいな?
いやほんと、簡単なのはいいんだけど、質より量を選ぶって貴族としてどうなんだろうねぇ…お金ないのかなここの伯爵様は?」
死体に尋ねてみるものの、当然だが返答などない。
一階からはエヴァンがワザと見逃した使用人がアニマの餌食になっているのだろう、甲高い悲鳴が響いていた。
アニマにとっては遅めの夕食なのだろう。
時折笑い声が聞こえてくる辺り、おいしい肉を食べて上機嫌なのがエヴァンにも分かった。
「さてと、お次はどこかなー?」
ゆっくりと二階を一室ずつ確認していき、エヴァンは部屋毎にいる五人から十人からなる私兵達を殺す作業をもう五度は繰り返していた。
「しっねええええええっ!!」
「ハイ残念でしたー、来世がんばってねー」
意気込む私兵にエヴァンは気の抜けた上に適当な言葉を送りながら殺していく。
心臓を貫いた死体以外は首を魔法で刎ね念押しするかのように殺していった。
「うーん、こっちの方向だと思うんだけどなぁ、三回目にして初の勘が外れたかな?」
エヴァンは自分の勘を疑った事など無かったのだが、それは調子が良かった時限定の話であり、自己分析してみて現状の自分の調子がいいのかと聞かれて『ハイ元気です』と即答出来るかは首を傾げてしまうのだ。
そして最後の部屋、おそらくは執務室なのだろう最も頑丈で豪奢な部屋があり、方向は合っていたのだと喜んだのだが、踏み込んでがっかりする事になる。
「…いないや」
気配を探ってみたり魔法で作られた隠し扉が無いかと探知を試みたエヴァンだが、ここにいただろう人物、ベルグラムは探知した限り見つからなかったのだ。
「……こりゃ調子が悪いと見たね。
まいった、僕ってこんなにメンタル薄弱だったっけ?」
そんな訳が無いとエヴァンは知っていながら疑問を口にした。
自分の弱さは全て把握し尽くしているはずだとエヴァンは自覚している。
だが、エヴァンはそんな弱さを全て『強さ』に上書きしたのだと思っていた。
だからこそ、エヴァンは誰かに何を言われようと揺るがないし倒れることもない。
肉体と精神の密接な関係は組織でも十分研究されている。
エヴァンも薬学部門にいた頃、その研究に携わっていた事もあってか嫌というほど見せつけられた。
だからこそエヴァンは最悪な結末を避けるために三年前から研究を開始したのだ。
『全ての理不尽を退ける力』を得るための研究を。
その過程で作り出した『錠剤』も成果を順調に出している。
現在も進行しているこの研究は確かにエヴァンと部隊に力を齎していた。
副作用については個体差があってか不明だが、命に関わるほどの物はない。
『ローリスクハイリターン』を実現間近としたこの研究は任務以外ではエヴァンが最も力を注いでいる一大プロジェクトである。
そう、だからこそエヴァンは立ち止まれないのだ。
「すべては…すべては【王】と閣下の為に…」
頭が熱くなったのか、自分でも意味の分からない事を口走ったと思ったエヴァンは頭を振って体力回復促進ポーションを飲み干した。
自分が作っただけあってかさすがの効果と自画自賛しながら心機一転探索を再開する。
「さて、復讐する相手を探さないと。
アニマに匂い辿ってもらえば……!!」
エヴァンは探知範囲を広げていた魔法にアニマ以外の人間が反応した事に気付きすぐに向かっていく。
そこはエヴァンもまだ確かめていなかった使用人室の一つで、間違いなく部屋の中には人間が複数人いる事を確認すると、仮面の下でほくそ笑みながら扉を魔法でぶち抜いた。
「こんばんわー宅配サービス【夜明けの軍団】でっす!!
討ち入りに来ました御代は皆さんの命ですよー?
あははっ」
先程までの陰鬱な気分をどこかへ吹き飛ばし物騒な言葉を生き残っていた標的に贈ったのだった。
「き、きさま、何者だ!?
私をベルグラム・フォン・アルアークと知ってのろうぜ―――」
「はいどーんっ!!」
言い切らない内に中年で酒樽の体格をした男、ベルグラムを蹴り飛ばした。
鼻の中心に見事に直撃し、ベルグラムは壁まで勢いよく転がった。
「知ってるよ伯爵様、いったじゃん討ち入りだって。
伯爵様の経歴趣味嗜好性癖思考に至るまでずぇーんぶ知ってます、どうでもよかったけど報告書読んだから。
クソ貴族様のクッサイ人生は把握済みです、よかったね、奥さんよりも僕伯爵様のこと知ってるかもよ?
あ、奥さん心配しなくても僕こんな体臭のキツイ豚に興味ないから、安心してね?」
仮面の下で笑うエヴァンにその場にいた生き残り四名―――メイド一人にベルグラムとその妻マアム、そして時期伯爵である赤子のベルトだ―――は目の前にいる仮面の悪魔に恐怖し部屋の隅へと後ずさって行く。
貴族を貴族と思わないふてぶてしい態度に狂気染みた言動、そして躊躇なく殺気を放ちながら暴行を加えるその精神に魂レベルで震え上がったのである。
「おお、なんぞ大きな声がしたと思うたらここにおったのか。
はは、ちと遊び過ぎてのう、血の匂いでちょっとハイになっておったんじゃよ。
じゃがこの屋敷にはもうそこにおる四人しかおらんから、主の命はきっちり果たしたぞ!!」
ウサギ面を被ったアニマが無い胸を張って到着すると扉に立ち塞がって封鎖した。
子供だからと思ったベルグラム達だったが、ウサギ面や服についた夥しいまでの返り血を見て硬直してしまった。
「遅いよアニマ、食事に時間かけすぎだよ!!」
「すまんのう主よ、生物の三大欲求たる食欲はわしにとっては非常に重要なのじゃよ。
…ふむ、どうするんじゃ主よ。
そこの豚とメス豚と子豚とメイドは?
ぱぱっと拷問でもするのかのう?
ブヒブヒ啼くだけであまり面白くなさそうなんじゃが?」
遅刻したといってもアニマは十分に役目を果たしている為、エヴァンは強く文句はいわなかったが、確かにこれからどうしようかと悩んだ。
拷問することは決定事項だが、情報を探ろうにもこの無能な伯爵にそこまで期待するのもどうかと思ったのである。
「ご、拷問だと!?
わ、わたしがひ、ひったいなにをぶっ!!」
「だから、今考え中なんだって場黙っていてよはくしゃ…この豚さんめ!!
ていうか痛めつけられてもペラペラよく回る口だね、火炙りに…しまった、アンワーいなかったんだぁ」
「刺身にでもするのがいいと思うんじゃがのう。
脂身が乗っておるようじゃし、案外…いや、いまわし腹一杯なんじゃった」
拷問に抵抗しようと口を開いたベルグラムを再度蹴飛ばして何か良い考えが浮かばないか考えた。
アニマもエヴァンの魔法で切り刻む、アニマ的に言えば刺身を作ってくれと注文したのだが、途中で先程食事を終えたばかりなのだと思うと断念するのだった。
「うーん、殺すのはもうこの屋敷のゴキ…私兵さん達で満足しちゃったんだよね。
まあ単調な殺しだから独創性があんまり無いからちょっと奮発するのも…態々こんなクソ豚に手間かけることないかな。
ねえクソ豚さん、ちょっと質問があるんだ。
ちゃんと答えてくれたらこの場から逃がしてあげるから、答えてくれないかな?
抵抗するんだったら…面倒だけど奥さんとお子さんとメイドさんをアニマのおやつにするするから」
ベルグラムが返事をする前にナイフで鼻を軽く切り裂いただけだったのだが、それまでのエヴァンのお陰でベルグラムは自分を豚呼ばわりする悪魔に平伏した。
「ひぃっ!!
い、いう、いうから!!
言うから命だけは!!」
あまりの変わり身に速さにこれが貴族の悪いお手本なのかと嘲笑すると、アニマがそのまま地面に座り込んだ。
立っていようと座っていようとやる事は変わらないのだから。
ベルグラムの心を読み取り、エヴァンに真実を伝える。
扉に立ち塞がっているのはもののついでである。
「それじゃあ質問ね。
……今から七年前、モスコ帝国との戦争が終結した頃、クソ豚さんの領地…国境付近の村が反乱を起こしたとかいう事件があったのは知ってるよね?」
「し、しってる、いえ、しってます!!
あ、あれは身内のアルファレオがちんあづぅっ!!」
エヴァンが容赦なくベルグラムの小指を切り落とした。
嘘をついたのが分かっていたからである。
「ぎゃあああああああうううううううぐうううううっ!!」
ベルグラムは過去何十何百と税を滞納した農民を拷問で殺した過去があり、エヴァンのように農民に対して指を切り落とすような拷問を当然したことがあるだろう。
農民が泣き叫び絶叫する様を見ては楽しんでいたというが、今度は自分がその痛みを味わう事となった。
「嘘はいけないなあクソ豚さん?
僕らはシマック村を帝国が雇った傭兵団が襲った事ぐらい知っているんだよ。
身内の男爵さんは御国の為に仕方なかったんだーとか言っていたんだけど、クソ豚さんは違うよね?
だってその頃王都で政争に明け暮れていたんだからさ。
……今度こそいいなよ、どうしてそんな事していたの?」
「せ、戦争の、功労者…、そして戦犯を冒した者への、しょ、賞罰を避けるため…です」
当時帝国との戦争で最も戦功を立てたのはロニの生家たるビスト侯爵家、ヴァリムス公爵家の高位貴族達であった。
そして戦犯となったのはもちろんだがアルアーク伯爵家だ。
そして処罰対象となったアルアーク伯爵家が利用したのが帝国の傭兵団が起こした領地内で起きたシマック村を含む複数の村を襲撃した事件である。
帝国の一部勢力が未だ戦争を続けようとしていたが為に起きた事件を揉み消そうとしたが、いくらなんでも複数の村が焼け落ちたというのはどうあっても揉み消せるものではなかった。
そして情報を受け取った二週間後に追加の情報があがってきて、村が落ちたのは反乱が起きたからで、アルファレオがその鎮圧にあたったという事にすれば、本来は一万以上の兵力で戦争に参加しようとしたが、領地内の不穏な空気を感じ兵力を一部残した、そのもっともらしい言い訳を考えついたのである。
「…うん、組織が調べ上げた情報通りだね。
アニマ、鑑定結果は?」
嘘発見器はまた持ち出されたその話題にげんなりしながらも『嘘は言っておらん』と短く告げた。
「はは、すごいね、さすが豚の皮を被った…あれ、貴族の皮を被ったクソ豚でいいのかな?
まあとにかくすごいや、うんうん。
そんな自分を守る為だけに真実を隠し、あまつさえ利用するなんて正直と誠実を信条としている僕とはまるで相容れないよ」
「目を明けたまま寝言が言えるとは、成長したのう主よ」
「張り倒すよアニマ?」
アニマの小粋なジョークもハイテンションのエヴァンには通用せず、狂気染みた演説も止まる気配がない。
「あの男爵、アルファレオさんは本気で御国の為とか言っていたけど、対してクソ豚貴族なベル何とかさんは自分の保身に走っていましたと、ははっ、やばい、同じ身内なのに差がありすぎるよ、爆笑ものだよ。
罪悪感なんてないんだろうね、むしろ死んで自分の役に立ったのだから感謝しろ的な事とか思っていたのかな?
あははははっ、精神構造の違う御貴族様は僕みたいな平民とは格が違うよ!!
…さてと」
エヴァンは片眼鏡のついた仮面を手に取り外した。
その仮面を片手で持ち胸の辺りで留め、ワザとらしいほどの笑みを作り慇懃に挨拶した。
「申し遅れました、僕の名前はエヴァン、エヴァン・ヴァーミリオンと申します。
クソ豚…いえ失礼、ベルグラム・フォン・アルアーク伯爵様がかつて治めていたシマック村の元住人です…こういえば分かりますか?」
―――任務の片手間に復讐しにきました。
人形めいたエヴァンの笑顔の目に燈っていたのは憎悪、憤怒、そして狂気が魔女の釜の如く綯い交ぜに掻き混ぜられた『猛毒』であった。
「あ、あ…」
「ふふ、生き残りがいたんだって驚いた顔をしてるね。
うん、僕はいくつかやられた村の唯一の生き残りだ、調べ上げたけど、結局僕以外の生存者はいなかったよ。
とっても良い人に保護されてね、その人のいる組織で牙を研いで爪を尖らせて待っていたんだ。
僕の大切な人達の死を利用したクズでクソッタレなお前達を惨殺出来る時をね。
七年、七年だよ?
本当に待ったんだ、特にお前だよ、クソ豚」
放心し始めたベルグラムの意識を強制的に踏み起こし、エヴァンはベルグラムに嗤い掛けた。
「ただの血筋でしか自分を誇ることの出来ないクズが。
ただ他者を貶めて自分を優位に立とうと汚らわしいクソみたいなお前が!!
殺したくて壊したくて潰したくて削りたくて溶かしたくて堪らなかったんだよっはははははははっ!!」
軽く、エヴァンにとっては軽く蹴たぐったつもりでも中年で痛みに弱いベルグラムにとっては痣が出来るほどの蹴りは十分に脅威だったのだろう。
大きな嗤い声を上げながら蹴飛ばすエヴァンについに赤子のベルトが泣き叫び始めた。
「はは、元気な赤ん坊だ元気一杯で良い事だよ。
けど不幸な事に、こんなクソみたいな家に生まれたばかりなのに、僕みたいな悪魔に殺されちゃうなんて、かわいそうだね。
ああそうだ、生まれてきて間もない赤ん坊に最後の最期に生まれて来た意味をこの僕が与えてあげよう!!
君はね、僕の復讐の為に生まれて来たんだよ!!
それじゃあ生まれてきてくれてありがとう、さようなら」
怯えているマアムの抱えている赤ん坊の喉元にエヴァンのナイフが深々と貫いた。
元々切れ味に特化した組織特製のナイフである、生まれて来たばかりの、首もロクに据わっていない赤ん坊の首など易々と断絶して見せた。
ボトリ、と軽く赤い玉が落ちてベルグラムの目の前にまで転がっていく。
「「――――――っ!!」」
息子の死に親としての情があったのか、ベルグラムは悲鳴を上げせっかく生んだ我が子を目の前で殺され母親であるマアムも同時に悲鳴を上げた。
ついでとばかりにメイドの首を風の魔法で跳ね飛ばす。
どうやらメイドについては死んでもなんとも思われていないらしく、せっかくここまでつれてきていたから『お気に入り』と思っていたエヴァンの推測は外れてしまった。
「あははははっ、うんうん今日も善い事をしたよ。
徳を積めば天国に行けるっていうけど、僕この調子だと天国へと片道切符簡単に手に入れられるかも?
どうしようアニマ、僕天国いけるかも!!」
「罪状がテンコ盛りで難しい気がするんじゃがのう…」
思わず突っ込みをいれてしまったアニマだったのだが、ハイテンションなエヴァンには通用しなかった。
「ム、失礼な、僕が手にかけているのは大抵世界のクズとかクソみたいな連中ばっかりだよ?
まぁ…運悪く殲滅任務に居合わせた一般人とかは証拠隠滅の為に殺してるけど…必要な犠牲だよね?
何だっけ…大儀を為す為に至る悲しい犠牲ってやつだよ!!」
思ってもいない上に適当な事を口にするエヴァンにアニマは溜息をつく。
『嗤って言える辺り主も地獄行きじゃろうな』と内心で呟いたアニマを特に気にした様子もなくナイフを最後の二人にと向けた。
「それではお二人とも、これでお別れだ。
もっと甚振りたいけど、他にもまだ向かう場所があってね。
ずっと相手にしてあげられないんだ、ごめんね?」
本当に申し訳無いといった表情を作るエヴァンだが、当然だが二人の反応を待っている訳でも、期待している訳でもない。
どうすれば復讐相手が絶望するのか、ただその為だけに全てを破滅させたのだ。
出来る事なら二十四時間耐久拷問コースをしたいのがエヴァンの偽らざる願望なのだが、任務がエヴァンを待っている。
最初の一件目から時間を掛けると後が閊えてしまうのだ。
時世の句なんて読ませない、唐突な終焉を迎え、二人は糸が切れた人形のように静かになった。
零れだす死体にエヴァンは汚いものに触れたくないのかワザとらしく離れると、気が済んだとばかりに軽く笑い仮面を付け直した。
「それじゃあアニマ、行こうか?」
「そうじゃの、腹一杯になれたことじゃし、帰るとしようかのう」
まるでこれまでの惨劇を引き起こした者の声とは思えないほどに明るく快活な声が仮面の下から聞こえてくる。
アニマは元に戻ったエヴァンに安堵しながら後をついて屋敷を出た。
その後日が明けるまでに都市を脱出したエヴァン達は馬車を置いた森へと全速力で戻り商隊が野宿している事を装って全員が軽い仮眠を取った。
日が昇ると予定通り都市へと入った。
エヴァン達が脱出する少し前から兵士達の死体が発見されていたのに気付いたのだろう、大規模な捜索が行われて当然だがアルアーク伯爵の屋敷まで兵士が向かった。
そして目にしたのはエヴァンとアニマが引き起こした目を覆いたくなるような惨劇の数々であった。
当然だが都市を統治する者が死ぬというのはありとあらゆる影響を受ける。
経済的にも目立った特産というものがないこの都市に明るい展望を望めるのか否か。
アルアーク伯爵領だけで死亡者行方不明者が四百名を超す大事件、『蒼血の雨事件』が再び幕を上がった。
読了ありがとうございました。




