第12話 星暦1211年5月24日
はい、やってきました第三回復讐回にございまっす。
前々回同様、やはりグロイです、大変です。
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それでもいいという方、どうぞ。
星暦1211年5月2日
―――エヴァンが休学届けを出す直前、エヴァンはアンジェと話をした。
普段と変わらない授業を終了後、アンジェは足早に教室を去ろうとするエヴァンに声をかけたのだ。
「エヴァ君、ちょっと聞きたい事があるのだけど…」
「……ロニ様のことかな?」
あからさまに嫌そうな顔をしたエヴァンに、アンジェはエヴァンとロニが一言も話さなかった理由が垣間見えた気がした。
「期末考査の後のあなた達の様子がちょっと…ね?」
エヴァンはロニがあの日の話をアンジェ達にしていないのだと思うと、思わず溜息をついてしまった。
「まあ狩りをしている時に色々と…まぁもう怒ってもいないから。
ロニ様に話しかけられても反応するかは別にしてもね」
「…相当怒っているのね。
分かるわ私も…ロニの言動には酷く苛立っていた時期があるから」
エヴァンの表情を見てアンジェは大体のことは推測がついてしまったのか、エヴァンに思わず同情し自らもロニの被害者であると告白した。
「へぇ、やっぱり幼馴染だと対応が違ったりするものなの?」
「余計に明け透け、というよりかなり酷いのよね。
特に貴族としてのプライド…というか自分の才能にかなり早く気付いていたから、本人のプライドも高くて…正直、エヴァ君が来るまであの子に学業とか得意な魔法で負けるような事って無かったのよ」
幼い頃に魔法を無意識だが行使した事がきっかけで、ロニは自らの才能を高める為に勉学、魔法を共に学んでいた。
事実ロニには才能があり、学力でも魔法でもすぐにこなしてみせるだけあってか、次第に天狗になっていったのだという。
「ま、才能ある子供にはありがちな話だね。
……で、そんなロニ様に思わぬ横槍が入ったと」
「ええ、ミスラ公国から来た留学生であるエヴァ君の事よ。
そのおかげでロニの高く聳えていたプライドはズタズタ。
最初の入学試験で二位になった時とかすごかったのよ?
自室がもうグシャグシャで…あんなロニはじめて見たくらいだもの」
アニマが変わりに受けた試験はエヴァンが受けても変わらなかったろうが、それでもロニが見たのは『エヴァン』という見知らぬ平民の少年が自分の成績を軽々と超えた事に耐え難かったのだろう。
そして入学式の新入生代表の挨拶、あれもロニにとっては屈辱以外の何者でもなかった。
学院始まって以来の珍事、平民が主席合格という予想外の結果を生み出した事から学院側はエヴァンよりロニに配慮してあの挨拶を指名したのだ。
ロニがビスト侯爵家の令嬢であるという理由なのは貴族やある程度事情に精通する者からしたら分かりきっていて、ロニにはやはり屈辱でしかなかった。
自らがトップに立てなかった事、高位貴族だからという理由で『お情け』で新入生代表という立場を押し付けられた事。
そしてその原因ともいえるエヴァンと出会った時、抱え込んでいる物に亀裂が入り始めたのだ。
それが先日の一件と繋がるのだが、エヴァンからしてみればいい迷惑であった。
すべて自分の責任なのに、どうして逆恨みされなければならないのか。
無意識に他者を格下と見下しているのは言動から見て明白だし、だからこそロニには誰も寄ってこなかったのだ。
意識的に演技しているエヴァンとはまるで違う。
エヴァンはそもそもそういう『ポーズ』を取っているのであって、基本『どうでもいい』としか思っていないのだから。
「はっきり僕の所為でって言ってもいいけど?」
「いえないわ、だってロニ自身の問題だもの。
あの子の肥大したプライドと現実が摩擦しあって現状を作っているのだから、それを解決するのもあの子の責任…といいたいのだけど」
やはりロニと親友の中であるアンジェにとって、エヴァンとの問題は見ていられないものがあったのだろう。
一時期は良好とも見えるほどの仲になったのにもかかわらず、たった一日の出来事で全てが御破産したのである。
「…言っちゃ悪いとは思うけど、ロニ様のアレはありえないよ?
他人と比較するのって感じ悪くなるからあんまり言いたくないんだけど…ミスラ公国にいた頃、ロニ様と同年代の貴族のご令嬢と会った事あるけど、まさに淑女然とした雰囲気だったし、ロニ様みたいな言動なんて表情にも出さなかった。
最低限の、というか最大限こちらを尊重してくれた態度だったし…この国の令嬢って、他国の僕からしてみれば―――」
「……ごめんなさいエヴァ君、さすがに耳に痛いからやめてくれないかしら?」
本当に申し訳ないと思っているのだろう、アンジェはどうしたものかと頬に手を当てて消沈していた。
アンジェも感じていたのだろう、他国と自国の感覚の違いを。
そんなアンジェに、エヴァンは内心では『そのまま泥沼に直進してね』と毒づきながら早々と退散する事にした。
「まぁ、後は本人にでも聞いてよ?
アンジェ様達に相談するようにも勧めてみたから、本人が話せるようになるまで待つのも一興かもね。
ま、僕中間考査終わったらいなくなるし頑張ってとしかいえないけど」
「ええっ!?
ど、どうしてそんな急にっ?」
当然だが驚くアンジェに、エヴァンは予め用意していた言葉を口にする。
「実は後期の学費がちょっと足りなくてね、今学業方面で遅れても問題ないから、ちょっと商隊に入れてもらって学費稼ぎに王国を回ろうかとね」
「そ、そうなの?
奨学金制度とか利用して…難しいわね、この学院だと」
「そういうこと、まぁ一ヶ月かそこらで帰ってくる予定だし」
「…よく学院が許可しましたわよね」
「厄介者が当分消えるんだから、そりゃ喜ぶでしょ普通?」
もっともな可能性を口にしたエヴァンにアンジェは否定する理由が見つからなかったのか、仕方ないとばかりに溜息をつくしかなかった。
「…色々と気を使わせてごめんなさいね?」
「まったくの勘違いだからそれ」
申し訳ないといった表情をするアンジェに、エヴァンはわざとらしく肩を竦めてその場から去った。
大体の事情を察したアンジェがその足でロニの元に向かったのだが、その場にいたレオンがエヴァンに追い付こうとして結局追いつく事は無かった。
次の日、レオンが学費の問題で困っているエヴァンに学院に掛け合うといったのだが、エヴァンは遠慮して―――任務上掛け合うなんてことしたくないため―――流れる事になる。
こうして二週間後、エヴァン・ヴァーミリオンは学院、そして王都から去った。
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星暦1211年5月24日
エヴァン達は王都から出発して二日目となると治安も段々と悪くなってきたのか、数度盗賊達を返り討ちにしながらその塒へと報復して溜め込んでいた金品を奪っていっていた。
この段階で十分に商隊が稼ぐ予定の金額を上回り始めていて、エヴァンは当初捕縛していた盗賊を全て次の町で憲兵に突き出していたのだ。
しかし一週間後、気が変わって『新薬の実験体』にすることに決めた。
何か思いついたのか、空間圧縮道具鞄から白い薬瓶を取り出して手前にいた盗賊から始めていく。
馬車の中で悲鳴が聞こえるのをルーベン達はエヴァンが楽しくやっているのだと思うと『自分でなくてよかった』と安堵するのだった。
何しろエヴァンは一時期自分の部隊員にすら何らかの理由をつけては『実験体』にしていたのだから。
そのおかげかエヴァンの部隊では完璧超人とまでは行かないものの、優秀な者だけが部隊に残っていき、ついには部隊内部での『薬害被害』はなくなったのだ。
―――そして新たな実験体という名の犠牲者を探していたエヴァンは殲滅系任務にのめりこんでいった。
そして現在、エヴァンとともにいるルーベン達、そしてエヴァンの元から離れている部下達も総じて薬の耐性、毒や麻痺、といったものにはかなりついていた。
「…うちの【大佐】は楽しそうだし、けどこっちはマジ退屈だし」
この周辺は盗賊達の情報によると空白地帯らしく、どの盗賊も『狩場』にしていないそうで、ルーベン達は馬車の中で『はしゃいでいる』エヴァンとアニマ以外は手持ち部沙汰となっていた。
アンワーのぼやきはルーベンやテイラー、フォーマの気持ちを代弁していたのか、同感だといった表情で馬車を見やった。
「けどよ、たまにはこういうのんびりしたのも良くねえか?
最近血生臭え事ばっかだったからよ、ゆっくりするのは休暇みてえでいいんじゃねえのか?」
「兄貴は少し前の盗賊連中の事さっぱり忘れてるっしょ…」
「そうですな、【大尉】殿は気が抜けられすぎですな」
「お前ら俺の事上官だとか思ってねえだろ!?」
「「「オモッテマスヨー?」」」
「もうなにこいつらマジ面倒臭え!?」
会話を楽しんでいるルーベン達は改めて状況を再確認した。
これから向かう都市についてである。
「…んで、次の任務…前より血が流れるのかよ。
確かこれって【大佐】とルッケンス閣下の合同案だったか?」
「らしいっしょ?
けど最初に提案したのは【大佐】だって聞いたけど?」
立案に関わっていないテイラーはベルモンド商会でのエヴァンとルッケンスの表情を推測し、かつ商会受付のセルバーからの話を総合したのだが、作戦の内容があまりに濃いので、気に掛かっていたのだ。
「今回の任務強行軍過ぎてハイキング気分は今だけだし、マジ前回の方が遥かにマシだし!!」
今だけなのはアンワーも分かっており、移動中だけが唯一の休息なのはこの場にいる全員が理解していた。
「小官は特には…階級に見合った成果を挙げればいい話ですな」
フォーマは気にした様子もなくパイプを吹いていた。
唯一の喫煙者であるフォーマは煙がルーベン達に向かわないように風下にいて紳士然としていて、この退屈を満喫していた。
地図製作もフォーマとテイラーがケビンのいた部隊の生き残り達を使って―――階級的にも問題無かった為―――続けていたりしていた。
王都には複雑な地下水路が形成されており、エヴァン達が襲ったヨハネス邸にあった地下通路が地下水路とどう繋がっているのか確認していたのである。
王都を出るまで続いたのだが、ようやっと半分が解析出来て、ある程度の推測が立った。
どうやら地下水路と通路は繋がっていて、まるで迷路の様相を成しているのである。
時間の掛かる任務な為、二人の報告にエヴァンは時間を掛けてでも正解を見つけ出すように厳命した。
―――ドサリ、という音がしてルーベン達が音のした方向を見ると盗賊が放り出されていた。
おそらくは用が済んだからなのか、続々と捨てられていく盗賊たちにルーベン達は心底『自分達が飲まなくて良かった』と思うのだった。
今までの毒物よりも遥かに強力な毒なのは間違いなく、全身から血を噴出した死体になどなりたくないのは当然といえよう。
「…もうすぐ指定の場所だからか、すれ違う連中なんて一人もいねえな」
「態々ここから始めるんだから当然っしょ?
てか、馬車置いていくとか本当に大丈夫なのかが心配なところっしょ」
ルーベンはそうぼんやりと呟き、テイラーは任務内容を思い出してげんなりとしていた。
この作戦には複数のパターンがあり、今回は最も面倒なやり方なのだ。
スムーズにこの任務を進めていく為、都市に入ったとしても事件が発覚すればすぐに都市を出る事は難しい事になるのはまず間違いないだろう。
であるならば、エヴァンはこう提案した。
『入る前に事を済ませておいて、事件が発覚してから入っちゃえばアリバイがあると思われてすんなり出ることも可能』だと。
この空白地帯に馬車を隠すのは外れにある森の予定となっていて、周辺の魔獣もなるべく多く狩り尽くし、魔物除けの結界針も使用して、そして遠目から見ても誰かに気付かれない為に森と同化する様な布で覆う事にしたのである。
馬に関してはテイラーが魔法で作り上げた『土人形』なので声を上げる事もない。
最後の盗賊が馬車から飛び出してくると、エヴァンとアニマが降りてきた。
どうやらやる事は全て済ませてきたらしい。
「ヤッホーみんな、お疲れ様。
それじゃあ予定の場所までもう少しだし、ちょっと早めに向かって夕食にしようっか?」
「その前に主はあの薬の改善案を出したほうが良くないかのう?
正直あれはわしの予測していたものとはまるで違うぞい?
あれではただ苦痛に呻くだけで情報を吐かせる前に死んでしまうわい。
毒の量を抑え、ほかの薬草や霊水をだの…」
「あーそうだよね、そっちがあったかぁ。
どうしようか、この中で料理できるのって……」
「俺だし!!」
勢い良く手を上げたのはアンワーだった。
とはいえ、ルーベン達にだって出来ない訳ではないが、それでも一番の料理経験者はエヴァンを抜いてアンワーなのだから。
鞄から肉のブロックをいくつか取り出すと、エヴァンはアンワーに渡して馬車へと戻っていく。
要するに、渡された肉が今日の晩餐となるのだ。
「……アーマーボアの肉だし、【大佐】いつの間に狩ったんだし?」
「確か森に行ったときに亜種を狩ったとか言っていた気がするっしょ」
「その頃からだよな、【大佐】が疲れた感じの眼するようになったのは」
「まぁ一緒にいた方が貴族ですし、大よその推測は立ちますな」
「【大佐】の貴族嫌いは組織でも大評判だし!!」
ルーベン達はエヴァンの雰囲気が変わった事に気付いていた。
エヴァンとロニとの一件以来、エヴァンは何か思い付いては暇を無くそうとしていて、先程も盗賊を捕縛して一息つくのだとルーベン達は思っていたが、結局エヴァンは実験を開始したのである。
とはいえルーベン達はエヴァンの部下であり、いくら全員が年上だからとはいえ相談に乗れるかとは言えばまず無理な話である。
それぞれの境遇から、ルーベン達もエヴァンと似たり寄ったりな人生を歩んで来ているのだから。
「まあ、アニマ様がどうにかしてくれるだろ?
なんせ、異世界じゃ【千年獣】とかいわれる位歳食ってるんだろ?」
「俺っち達の出る幕じゃないっしょ」
「同感だし!!」
「まったくですな」
エヴァンの事はアニマに任せるのが一番とルーベン達は結論を出し、夕食へととりかかった。
夜も更けていく頃には夕食も終わって準備も完了し、全員が軍服に着替えていく。
最初の標的のいる都市まで10kmという距離だが、空白地帯の中で最も馬車を隠せるのはこの森しかない。
闇に紛れてエヴァン達は行動を開始する。
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アルアーク伯爵領にある都市ヨトゥン。
エヴァン達が受け持っているリストにある最初の標的である。
七年前の戦争時、アルアーク伯爵家は八千の領邦軍を率いて戦争に参加した。
しかし、現当主ベルグラム・フォン・アルアークには戦の才はなく、無意味に兵士を散らしたばかりでなく拮抗状態にあった軍の一角を崩したという、いわゆる『戦犯』扱いされている人物なのだ。
当然貴族の間では無能呼ばわりされており、血筋と権力に胡坐をかいたベルグラムは執務もかまけて伯爵領は飢饉寸前という悪化を辿っていた。
「まあ殺しても罪悪感を感じないし、別にいいけどね。
さあみんな、お仕事の時間だ」
「「「「はっ!!」」」」
エヴァンは仮面を撫でながらとぼけて見せ、アニマ以下五名はエヴァンの言葉に応じた。
故郷でもあるこの郷土に帰ってきても、エヴァンに郷愁の思いはつにくることはなかった。
「…にしても、情報通り…というか、それ以上じゃのう。
あの都市、見た目は頑丈そうじゃが警備しておる者が少なすぎる。
あの程度ならわしの力で一発で蒸発できそうじゃのう」
「んーさすがに理由も無く都市一つ潰すのはうちの組織の主義に反するから今回はナシで。
……まぁ、そこの所は色々どうにか出来そうだけどね」
小さく呟いたエヴァンの言葉をルーベン達は聞こえなかったが、アニマだけは気付いていた。
またロクでも無い事を考えているのだと、そうアニマがエヴァンの心を読んで気付き、同時に笑った。
アニマがこの都市を蒸発させるより、遥かに面白い事になるのだと感じたからだ。
「では改めて役割分担ね。
僕とアニマは城壁周り、見張り台の兵士を皆殺しにする。
そっちは秘密裏に都市内部に侵入して巡回している兵士だけを殺して。
今回は【不音之鳥籠】を使わないから、道具を使っての仕事だね。
ルーベン以外は最近魔法ばっかりだったから、いい訓練にもなるし。
各自最終チェックを済ませたら好きな相手と組んで出発ね。
僕はもうアニマと行くから」
「ではのおぬし等。
間違ってもこのような楽な作業をとちるんじゃないぞい?」
アニマがにらみを聞かせた笑みをすると、ルーベン達が背筋を伸ばして敬礼した。
エヴァンも敬礼をすると、アニマとともに前方に見える都市へと駆け出した。
距離は約3kmまでくるとさすがに身を隠すも無い為、夜目の利く者がいれば間違いなくばれたかも知れない。
しかし情報通りならば、このアルアーク伯爵領の練度は最低評価を受けている。
七年前の戦争を教訓にもしていないのか、騎士団の維持も最低限と言うエヴァン達からすれば狂気の沙汰なのだが、今回に限りその杜撰で愚かなベルグラムに感謝した。
お礼に拷問をプレゼントしよう、という軽い気持ちなエヴァンは通常運転で残りの3kmを誰にも気付かれる事無く走破して城壁を登り始めた。
城壁は修繕などしていないのか、満遍なく傷付き亀裂も入っており、更には一部穴も開いていた。
小さな隙間さえあれば十分だったエヴァンも楽勝とばかりにあっという間に城壁を登っていく。
アニマはこうした登り方などしたことが無い為―――獣の姿になれば翼がある為訓練をサボっていた―――苦労していたのだが、エヴァンが登りやすいルートで上っていた為、ゆっくりではあるがアニマもついていったのである。
そして登り切る寸前、エヴァンは見張りをしている兵士を魔法で把握していく。
(…ちょうど登った向こう側に一人、左右は二人ずつこっちに向かってきている。
どうなんだろ、練度最悪なのは歩き方で把握出来たし…五人がちょうど重なり合った瞬間首を落とすかな)
物騒な事を考えつつ、アニマが追いついてくるのを眺めつつ、エヴァンは見張りの五人が揃うのを待った。
アニマはエヴァンの物騒な考えに同意すると、指を二本立てると、エヴァンは指を三本立てる。
エヴァンは三人、アニマは二人を担当するという簡単なジェスチャーだ。
「ったく、夜の警備とか面倒くせえ…。
こんなのに何の意味があるんだっつーの」
ぼやく兵士の声に耳を傾けるエヴァンは慎重にタイミングを見計らう。
もうすぐ五人が揃う、その時を待っている。
「よう、お勤めご苦労さん。
不審な奴は見つかったか?」
「先輩、お疲れさまっす。
いや、全然いねえっすよ、ひまっす」
そして二人、三人と声が増えていく。
後輩を気に掛ける年配の兵士の声、夜の巡回に意味を見出せないやる気の無い年若い兵士の声が聞こえた。
どれもこれも気の抜けた声で緊張感の欠片もない者達ばかりなのはすぐに分かったエヴァンはアニマがようやく追いついてきたのを確認して、ギリギリまで見つからない場所まで登り詰めて気配を潜めた。
「…あ、巡回中に会話とかだめっすよせんぱーい?」
「けど少しぐらい情報交換するのは無駄じゃねえよな?」
「おー立ちっぱなしの俺に情報を貢いでくれよな、終わったら隊長に報告しねえといけねえし」
エヴァンは五人が揃ったのを確認し、全員が会話に夢中になりお互いが分かれようとしたと同時に仕掛けた。
魔法を使わず身体能力だけで城壁を登って飛び上がると、案山子の様にぼんやりと立っていた兵士の喉元をナイフで切り裂いた。
「っ!!」
奥深くまで切り裂いてそのままエヴァンは殺した兵士が倒れて音を立てるより早く残りの二人に接近した。
背後から心臓に一突きし、残る一人は同僚の呻き声に首を横に向けた所をナイフを持っていない素手で首をへし折られた。
見た目に反した膂力はまるで花を手折るかのように呆気無く生々しい音を立てた。
アニマにいたってはエヴァン以上に残酷で二人とも首を一瞬で捻り切られていて、悲鳴を上げる事は出来なくとも、アニマの両手には痛みのあまり絶叫しようとしていた表情で固まった兵士の首があった。
血を噴出して倒れこんでいる兵士達の死体がみるみる内に地面を赤く染めていく。
そんな無惨な死体を見てもエヴァンは何も思わず、アニマに次の指示を下した。
「それじゃあアニマ、ここから二手に分かれよう。
僕は右手から、アニマは左手から見張りの兵士をたくさん殺して。
遅い夕食だけど、まあ早く済ませてから合流して。
合流地点は分かっているよね?」
「うむ、伯爵家本宅前じゃな?
今回こそわしは考えて行動をとるぞ。
力を使わず、身体能力のみで速やかに密やかに行動するのじゃ」
「自己申告は結構、結果で示してね?
それじゃ、また後で」
「おうとも主よ、また後でのう」
エヴァンとアニマはその場から離れると、気の抜けている兵士を次々と殺害していく。
喉を切り裂き、心臓を一突きし、首をへし折り殺し続ける。
そして本丸である伯爵家本宅へと辿り付くまで、実に七十人を越える兵士が本人、そして誰にも気付かれずに殺害されるのだった。
夜はまだ、始まったばかりである。
読了、ありがとうございました。




