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第10話 星暦1211年4月26日(2)

はい、どうぞ。



 星暦1211年4月26日



 エヴァンの目の前の男、ケビン・ログナーは軍服の埃を払いながらどうしてこの場にいるのか説明し出した。


 要約すると、『任務に完了したので手伝いに来た』というのだ。


 更にケビンが引き連れていた部下達は先にベルモンド商会に帰還しているようで、単身エヴァン達の元へとやってきたのである。


 エヴァンはケビンの様子から見て、それだけは絶対にありえないと妙な自信があったのだが、予想通りというべきか、真偽については嘘発見器(アニマ)が不機嫌な声を上げる。


「主よ、ケビンは嘘を言っておる。

 しかも最悪な事に、任務を途中で放り出しておる。

 現在副団長屋敷には【下士官】クラスの者しかおらんようじゃ。

 現状は分からぬが……明らかな命令違反じゃ」


 アニマの言葉に嘘は無い、それはエヴァンにも分かっていた。


 何しろエヴァンはアニマと契約をした時、『主人(エヴァン)に嘘はつかない』という制約をかけているのだ。


 他に二つの制約をかけたのであるが、それはまた語る時がくるだろう。


 エヴァンとアニマがどのように出会ったのかはこの際どうでもよく、契約した際の制約が今どういう状況を作っているのか、それが大事なのだ。


 普段はエヴァンをからかう為に使っているが、このような真偽を求める状況ならばその力は絶大だ。


 何よりこの場で重要なのは、『ケビンがエヴァンに嘘をついたこと』が問題なのだから。


 エヴァン・ヴァーミリオンにとって、その日はまさに『厄日』としかいえない最悪な日だったというのは間違いないだろう。


 エヴァンにとっても気の重い出来事が重なると自嘲しながら、ナイフを手に取る。


「ケビン、正直君が何をしようとしているのかは知らないし、どうでもいい。

 けど、組織が、ルッケンス閣下が立てた作戦を放棄した、それはいただけないね」

「なんだ、やろうってか?

 証拠は、俺が嘘をついているって言う証拠はあるのかよ?

 何なら作戦本部に連絡を掛けてみてもいいんだぜ、掛けれるものならな」


 挑発ケビンに、エヴァンはこれ見よがしに体全体で呆れた様なため息を吐いた。


 何か自信があるのか、ケビンはルーベンの持つ大剣と似た大剣を構えた。


「さらには上官への反逆かぁ…僕を、組織を相手に勝てると思っているの?」

(ダメだ、理解できない。

 このケビン(バカ)一体何を企んでいる?

 時間が無い、早くここから離脱しないといけない上に、副団長の屋敷にも確認をしないといけないのに…まぁ、ごちゃごちゃ考えるのは後だ)


 ヨハネス宅を囲んでいる結界は未だ解除しておらず、音は一切漏れない。


 そしてエヴァンがする事はまず、


「―――さようならケビン、残念だよ」


 エヴァンの放つドロリとした殺気に反応したケビンだったが、それがすでに目の前にまで来た事に気づいたのは、素手で喉を触られた後だった。


 そしてこれが、【佐官】クラス最上位と最下位の歴然とした差。


 エヴァンが通り過ぎていた事にも気付けなかったケビンは辺りをきょろきょろと見回し、最後に背後に振り返ってようやく気付く始末である。


「…本当に、何がしたいのかな君って。

 まぁ、どうでもいいや」


 エヴァンは自身の独白すらもどうでもいいのだろう、掌にドス黒い球体を出現させると、そのまま体に毒が巡り始めているケビンに叩き付けた。


「どうでもいい、どうでもいいんだよケビン。

 君の言動も、態度も、何もかもがどうでもいいんだ。

 別に内の組織は鉄の掟なんてそれほど多くは無い、裏切りにもかなり寛容だしね。

 実際組織にいるのに飽きたり嫌になったから逃亡した連中も知っているし、その殆どが見逃されているもんね。

 ……まぁ、僕の目に届いた連中(・・・・・・・・・)を除けばの話だ」


 エヴァンはこの秘密結社、【夜明けの軍団(レギオン)】に並々ならぬ恩がある。


 力を得るきっかけを与えてくれたというたった一つだが、他と比べられないほどの大きなものだ。


 だからこそエヴァンは許せない。


 組織に歯向かおうとする愚か者が。


 任務に従順でない愚図が。


「が…はっ!!」


「自らの器を履き違えた者、ケビン・ログナー。

 汝を序列第二位【大佐】エヴァン・ヴァーミリオンが貴様を処理する。

 大方自分の待遇に不満を持って僕をこの気に乗じて殺そうとでもしたんだろう。

 分不相応な装備を与えられて自分が強いんだと勘違いした?

 バカが、階級が下の者が上位の階級を持つ者を殺せるなど万が一程度の確立も無い。

 おそらく作戦は中座だ、半分しか達成できなかったんだ仕方ないといえる。

 ……が、その責任は取ってもらおう。

 現場指揮官が部下を放って任務放棄なんて無様、たとえお前の直属の上司たる【准将】が許しても僕が許さない。

 ……その毒は【百薬百毒】という魔法でね、百の毒が侵し破壊し百の薬が癒し再生するという、組織の害となった者の精神と肉体を極限まで殺し尽くす為だけの魔法だ」


 アニマがおもむろに外を見回し始めると、舌打ちしてエヴァンに話しかけた。


「主よ、大変じゃ。

 近衛騎士共がもうすぐ異変に気付いてこちらにやってくる!!

 どうやら目的は副団長の屋敷らしく暗殺者が屋敷に侵入したという情報を何故か得ておる!!」

「…だって、やっぱり嘘ついていたみたいだねぇ、終わって無いじゃん。

 さてと、念の為あっちにもいかないとね。

 それじゃあケビン、今度こそバイバイだ。

 さようなら」


 何の感情の篭らない離別の言葉を口にし、エヴァンは結界を解除する。


 ケビンはすでに返事も何も出来ずただ目を開けているだけである。


 エヴァンはルーベン達に先に帰還するように命じ、アニマと共に副団長アルヴィン・フォン・シザークの屋敷へと向かうのだった。



 ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲



 結論から言うと、駄目だったとしか言い様がない状況であった。


 組織が用意してあった秘密基地(セーフハウス)からアルヴィンの屋敷を観察したのだが、すでに屋敷の中には近衛騎士でごった返しとなっていた。


 その中心部には金髪のすらっとした赤い騎士装束を纏った男が佇んでいて、エヴァンは標的(ターゲット)が健在であることを認識してしまった。


「…最悪、しかも逆に殺されちゃってるし。

 確か、ケビンの部隊の構成は…【尉官】クラスと【下士官】クラスの混成部隊だった筈。

 けど、あそこで死んでいるのは【尉官】クラスの…えっと、中尉だったオル何ちゃらとかいう奴だったよなぁ。

 確か火属性魔法が得意な奴で、コードネームも貰っていたのに…見た感じアルヴィンは無傷だ、意外とやるねえ近衛騎士団」

「主よ、何を楽しんでおるんじゃ。

 ただでさえこの計画では人員が少ないというに、あそこで屍になっているのは上級士官連中ばかりじゃ!!

 つまり直接的な戦力があれだけ削られておるんじゃぞ?

 しかもわしらはケビンを粛清して自らの手を一つを潰しておる。

 何を悠長に…ん、何じゃと?」


 アニマはエヴァンの心を覗いたのだろう。


 エヴァンはアニマに心を覗かれても痛くも痒くもない。


 そもそも感傷に浸るこそすれ、自らの内面が壊れていることを重々承知しているのだ。


 そんな壊れた内面(なかみ)を好き好んで覗くなど、アニマのような悪趣味でもない限りまずいないだろう。


 ―――そもそも他者の内面を覗きこむ力など、【異能】でも見つかっていないほどだが。


 閑話休題(それはさておき)


「そういうことだよ。

 この際、僕の計画の邪魔(・・・・・・・)になり得る連中には消えてもらうんだ。

 アニマも気付いていたでしょ、閣下がケビンたちを好きにしてもいいって」

「あれはケビンを始末してもいいという意味だと思ったんじゃが?」


 アニマはあの会議でエヴァンとルッケンスの意味深な会話を『ケビンを殺してもいい』という意味合いで捕らえていたのだが、エヴァンは更に一段上、『要らない者全員の処分』ととったのだ。


「明言していないからね、どうとでもなるさ。

 それにケビンの部隊の連中、確かに階級はあったけど半分以上あのウザイ【准将】の息がかかっていたんだ。

 うん、直接手を出さずに処分してもらって助かったよ。

 しかも都合がいいことに、生き残ったのは息のかかっていない奴だけ。

 何を思って下っ端残したのかはまぁ…後で確認取ればいい話だ。

 …死んだふりしてどこかに潜んでいられるのはさすがにまずいからね」


 そんな可能性は無いに等しいと思っているのか、楽しげに話すエヴァンにアニマはこの作戦その物(・・・)がケビン達に対した罠でもあったことにようやく気付いた。


 だからあの会議の際に“私情”も込みだったのにも拘らずルッケンスは許可を出したのだ。


 エヴァンもその事に最初から気付いていてか、ワザとケビンを煽り自分たちに何か仕掛けてくるように仕向けたのだと。


 自らの事情すらも利用し作戦に組み込むその手管に、アニマは舌を巻いた。


「…揃いも揃って、えげつないのう主らは。

 化け物のわしがかわいく思えてくるわい。

 まあ、わし今美少女じゃがな!!」

「中身化け物だけどね」


 そう笑って返すエヴァンにアニマはにやりと笑った。


 化け物といわれてもアニマは怒ったりはしない。


 むしろ喜んでその言葉を欲しがっているくらいだ。


 気になっていたことに満足したのか、アニマは機嫌良くエヴァンに抱き付いていた。


 エヴァンはアニマの奇行には慣れているので怪我しない範囲でならばアニマの好きにさせながら通信機に手をとった。


「…閣下、僕です、エヴァン・ヴァーミリオンです。

 報告が遅くなって申し訳ありません、自分の部隊は成功したのですが、ケビンの部隊は…」


 あたかも本当に申し訳なさそうな声を出しているかのようにエヴァンはルッケンスに報告した。


 そしてエヴァンの持っている情報だけで十分今後の任務に有用な事、更には組織から補充要員を要請して欲しいと伝えると、ルッケンスは二つ返事で了承していた。


 ケビンをヨハネス邸で殺した事は伝えていない。


 毒によって完全に溶かし切っている為に個人の特定など不可能なのだ。


 調べようとした所で、今頃細胞が蒸発している頃だろう。


『わかった、ケビン【准佐】のことは残念だが、これだけの損失をした以上戦力の見直しと追加の者の補充を約束しよう。

 実力に関しては空いていて近くにいる【佐官】クラスの部隊に要請しよう。

 ………ご苦労だった、報告は後日で構わないのでそのまま直帰し給え』

「ハイ、失礼します。

 ……ほらね、閣下すっごく御機嫌だったでしょ?」

「わしにはあ奴の心の内が読めんからのう、本当に喜んでいるかはさっぱりじゃ」


 アニマはルッケンスの心が読めないのは一定以上の階級を持つの者なら大抵知っている。


 エヴァンとアニマはルッケンスの【異能】によるものなのだろうと思っているのだが、さすがに切り札である【異能】について話すことはない。


 エヴァンはそのまま借家へと戻り、いまだ監視している間諜もどき(・・・)をかいぐぐって眠りについた。


 外は慌しく、研修が駄目になるのだろうと予感して。



 ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲



 仮眠を取り終えたエヴァンは研修の為に必要なかばんに教科書を詰め込むと学院へと向かう。


 まだ眠っているアニマには朝食を用意していたので、起きるのは先だろうがちゃんと食べるようにメモも残しておいたエヴァンは、寝不足にも拘らず気分が若干だが高揚していた。


(まぁ急いでいたから嬲るのもあんまり出来なかったからなぁ。

 次の任務は…流石にこれ以降は王都で活動するのはちょっと面倒かな?

 一度王都から離れて注意を逸らせれば今後の王国にも楔を打ち込めるし、戦力の低下も確実だ…。

 後は後続から来る部隊だ。

 出来れば僕の知り合いの部隊が来てくれれば色々と融通してもらうんだけど…そのあたりは運次第か。

 まあ【佐官】クラスでも上位の連中が来るだろうし、心配は要らないかな。

 僕みたいに“私情”を挟むようなのは早々いないし…大体頭ぶっ飛んでるけど)


 精神異常者や一歩手前な者が【佐官】クラスには多く存在している。


 その筆頭格がエヴァンなのだが、本人は“私情”を除けばごく普通の、真面目な軍人だと認識していた為に周囲の評価に疎かった。


 エヴァンが任務以外では『マッド』な薬の研究をしている事は組織でかなり知られており、その常軌を逸した成果は階級の高さが現していた。


 学院につくと研修用の馬車が並んでおり、行きもしないのに朝早くから用意していた使用人達に可哀想な目で見ながら通り過ぎていく。


 慌しい学院内でエヴァンはゆったりとしながら自らが所属するクラスへと歩いていった。


「エヴァ、おはようさん!!

 その調子だと何にも知らねえみたいだな?」


 教室に入ってすぐにレオンがエヴァンに話しかけてくる。


 やはり王族を守る近衛騎士団の団長、そして副団長に襲撃があったとなれば情報が入っていてもおかしくはなかった。


 レオンはエヴァンに深夜起きた襲撃事件について事細かに話していき、ヨハネス団長は死んだがアルヴィン副団長は襲撃者を撃退したことも話し、アンジェはエヴァンの反応をどことなく窺っているような様子をしていて、『やはりアンジェには注意が必要』だと思いながらレオンの話を聞き流す。


「…そうなると、今日からの研修って無くなりそうだね。

 うーん、研修が無くなったのは喜ばしいけど、レオン様たちを守る騎士様が死んだのはちょっと心配だね。

 レオン様、アンジェ様もちょっと学院来るのやめたら?」


『研修用のバックせっかく持ってきたのに』と演技するエヴァンにレオンは呆れた目でいた。


 アンジェはこれ以上は気づかれてしまうと思ったのか、なんでもないようにいつもの笑顔に戻っていて、エヴァンはそれを見て見ぬ振りをして流した。


 エヴァンはその襲撃事件で近衛騎士団団長のヨハネスと副団長のアルヴィンの屋敷に襲撃があり、アルヴィンは襲撃者を捕縛したが、ヨハネスは善戦したものの最後は無念の死を遂げたらしいと情報を得ると情報が操作されていることに気付いた。


(騎士団長さんは善戦出来ていないんだけどなぁ。

 …副団長さんはケビンの部下は捕縛出来ずに殺したんだけど、まぁ相手さんもある程度は面目は立てたいという事なのかな?

 …いや、それなら騎士団長さん自体を病気で死んだみたいな感じで済ませればいいはず?

 ……アニマに王宮へ行ってもらって情報集めてもらおうかなぁ)


 考え事をしている内にロニがやってきて研修用のかばんを自分の机に叩きつけた。


 よほど研修を楽しみにしていたのか、バンバンとかばんを叩いている。


 エヴァンは絶対に声をかけないと決めたのだが、残念ながらロニの席はエヴァンの一つ後ろである。


 エヴァンが話しかけなくとも、ロニから話しかけてくるのは時間の問題だった。


「ああもうっ!!

 襲撃者の連中、せっかくの研修の日になんて事してくれたのよ!!

 おかげで全部の大門が厳戒態勢で馬車の類が通れなくなってるじゃないの!!

 研修が台無しじゃない!!」

「ロニったらそんなに行きたかったの?

 あの研修、それなりに大きな都市に行くって聞いていたけど特産が鉄鋼業だから私の趣味じゃないというか…」


 ロニはいたく襲撃者(エヴァン)達にお怒りの様子でアンジェは今回の研修には余り乗り気ではなかったのか、どちらかというとエヴァンと同様研修がなくなった事をありがたがっていた。


 とはいえロニは納得が行かないのか、何度か呻ってからエヴァンに当たり始めた。


 八つ当たりである。


「ちょっとエヴァ、何かいい案でも出しなさいよ!!」

「いきなり無茶言いますねロニ様!!

 ていうか、今厳戒態勢なんですよね、僕みたいな平民なら検査受けて何も怪しくなかったら通ってもいいかもしれないけど、ロニ様は貴族様でしょ?

 その貴族様を殺した連中が王都の外にいるかもしれないのに、いくらなんでも出してもらえる訳無いじゃないですか!!」


 エヴァンはとりあえず貴女とは行きたくありませんアピールをしてみると、レオンとアンジェは当然だとばかりに賛成していた。


 だがエヴァンは甘く見ていた。


 ロニがどれだけしつこいのかを。


 貴族のお嬢様特有の我侭とどう違うのかはエヴァンにも理解出来ていなかったが、とにかくしつこいのだ。


「だから、そこを何とかしなさいって言っているのよ!!

 エヴァは私より頭良いんだから、何か良い案の一つや二つあるでしょう!?」


 ここに来て自分より成績が良いという事を逆手にとってロニはいいから何でも出せと詰め寄るのだが、エヴァンも関わりたくないのか、必死で回避しようとした。


「いやですよ、考えてもし答えが出ちゃったらどうするんです?

 その案に乗ってロニ様が王都から出て何かあったら、僕絶対ロニ様のご家族に報復されるじゃないですか!!

 ロニ様が研修に行きたいのなら、ロニ様以外の研修に行きたい人達と一緒に考えてから方法を考えれば良いじゃないですか!?」

(し、しつこい!!

 殺す気は起きないけど、これはこれでウザイな!!

 今回の研修先って何かあったの?)


 そんなエヴァンとロニの口論にレオンは見守っていた。


 だが何か思ったのか、その横にいたアンジェが口を開いた。


「エヴァ君、その言い方だとまるで方法を考え付いているみたいに聞こえてくるんだけど、私の勘違いなのかしら?」

「アンジェ様、そんな訳ないでしょう!?

 あれですよ、言葉の―――」

「―――ほら、やっぱりあるんじゃない!!

 さあ吐きなさい、キリキリ吐きなさい!!

 このイライラを解消するための、素晴らしい案というやつをね!!」


 ついにはエヴァンの胸倉を掴んで締め上げた。


 エヴァンはロニがこんなに力強かったとは気付かずに驚いたのだが、さすがにこれ以上拒否を続ければ拳か魔法が飛んできかねないと観念した。


「…ロニ様のお父様と学院長に許可を貰って、さすがに今回行くような研修先じゃなくて近くの森ですればどうにかなるんじゃないですか?

 後は魔法ギルドから推薦状でも貰えば襲われても撃退出来るという説得力になる筈ですよ」


 そもそもこの研修は四代前の学院長が考えたもので、魔法の使える貴族生徒達の実力の底上げを目的としたものであった。


 というのは建前で、本音は貴族生徒の子弟達と交流を持ちたいその都市の有力者達とのパイプ作りを目的としたものなのだ。


 とはいえロニの目的は明らかに建前―――実力の底上げという名のストレス発散だ。


 おそらくは学級委員長という役割にストレスが溜まりに溜まっていたのだろうとエヴァンは推察したが、やはり自分がしなくてよかったと内心でロニに感謝していた。


 しかしこの件については―――、


「ほら、あるんじゃない!!

 別に研修先に行きたいっていう訳じゃないのよ。

 研修先に結構強い魔獣が出るって聞いたから、腕試ししたかっただよ。

 近場の森でもこの際いいわ、あそこの森なら私の魔法でも通用するだろうし。

 今からその手続きしてくるから、エヴァももちろん来るわよね?」

「何で僕が!?」


 自分が巻き込まれるなど思っていなかったエヴァンは素で驚いた。


 案を出せと言われたのだから出してしまったが、エヴァンにだって予定があるのだ。


 主に計画の為のテロ活動だが。


「だってさエヴァ、|発案者(言い出しっぺ)が行かないって言うのはさすがにないと思うぜ?

 これでエヴァが言ったようにロニにもし何かあったら…頭の良いエヴァならまぁわかるよな?」


 ここに来てまさかのレオンが退路を塞いできた。


 レオンやアンジェといった王族は貴族より更に厳しいだろう。


 だが今回は近衛騎士団団長(ヨハネス)副団長(アルヴィン)が同時に襲われたのである。


 しかもヨハネスのほうは完全殲滅といっても過言でない凄惨さだ。


 犯行目的が貴族、ないし王族への復讐と推理する者もいてはおかしくない。


 今後レオンと一緒に狩に行くという事は難しいを通り越して不可能となってしまった。


 ―――犯人(エヴァン)達が捕まらない限りは。


「ご、護衛の人と一緒に行けば尚更安心じゃ…」

「堅苦しい護衛と一緒にいて気分爽快になる訳ないでしょ!?」


 もっともらしく断ろうとしても、やはり貴族の生活は窮屈なのだろう、護衛を拒否した。


「というか、レオンから聞いた限り侯爵家でもエヴァほどの魔法使いはいるか怪しいのよ

 。

 だったらエヴァを連れて行ったほうが安心するじゃない?」

(お、横暴すぎる!!

 こ、これがい『言い出しっぺの法則』って言うやつか!?

 どうしよう、言い出したからには確かに責任は発生する、うん間違いなくする。

 かわす手立ては…肝心のレオンはダメだし、アンジェはむしろロニ側だ。

 …さすがに…打つ手がない)


 学院トップのの頭脳を持つエヴァンも身分偽装(アンダーカバー)をしている状態では様々な縛りがある為、これ以上逃げる事が出来そうにない。


「わかり…ました。

 その代わり、僕にも都合があります。

 なるべく早く予定を空けますから、それまでは待って下さい。

 これが僕の出せる譲歩です」

「いいわよ、どうせ研修で暇になるんだもの。

 期末考査にしても今回はそこまで進んでいないし順位を落とすなんて事はないわね!!」


 思わず『上がる予定もないですよね』と言いたかったエヴァンだったが、今の状態では何を言っても負け犬の遠吠えだと諦めた。


「…厄日だ」


 そう、襲撃に際して微妙な誤差が生まれた事も、ロニの我侭に付き合わされた事も、全てがついていないとごちるエヴァンであった。




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