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第9話 星暦1211年4月26日(1)*

始まりました第二回復讐回です。

前回と比べて、ややマイルドかもしれませんが、まだまだグロイ方ですね。

グロがダメな方は、前回も申しましたがこの段階でブラウザバック、または右上の×ボタンを押してください。

それでも良いという方は、どうぞ。

 星暦1211年4月26日



 貴族街の入り口付近、王宮に最も近いとされる土地に、目標(ターゲット)の住む屋敷はあった。


 広さは調べた限り約300㎡程もあり、広大な屋敷を取り囲むようにして堅牢な壁がある。


 かつて反乱が起きた際、王族達はこの屋敷に逃げ込み反乱軍を撃退せしめたという逸話もあるほどに歴史ある屋敷だ。


 報告書には最近屋敷の大幅改修がされた後と記載された事を思い出し、素直に屋敷の大きさに感嘆していた。


「…大きいねぇ、さすが近衛騎士団団長のお家だね!!

 うーん、今回は前より時間かかるかなぁ?」


 すでに周囲を毒を散布し終えており、前回同様王宮から何か反応がないかじっくりと確認をしているエヴァンは部下達に警戒を任せていた。


「どうやら秘密の地下室とかいうのもあるみたいだし……それらしい所があったら爆破しておけばいいかな?

 アンワー、テイラーとチームを組んで秘密の地下とかいうのを探して。

 確認して何事もなかったら爆破、何かあったら僕に確認をとって障害を排除してから爆破、分かった?」

「「了解です【大佐(ボス)】!!」」


 命じられた二名は敬礼するとお互い異様に喜び始めハイタッチしていた。


 何をしているんだと首を傾げるエヴァンであったが、特に気にする事もなくルーベンとフォーマの方へと向き直った。


「ルーベン、それにフォーマはチームを組んでいつもどおり敵の殲滅ね。

 前回の男爵さんの屋敷と違って、質はたーぶんだけど良い…はず?」

「イヤ、良いはずですぜ!?

 情報じゃあB級の冒険者が大量にいるとか!!」

「小官は特に注視する障害は見受けられませんが?

 ルーベン殿なら心配はいりませんぞ?」


 そう、ルーベンは実力的にはA級冒険者と同等か、それ以上の実力を持った剣の達人だ。


 加えてフォーマは水系統魔法においては階級以上の実力を誇る。


 テイラーとアンワーについても同様で、心配する要素など皆無なのだ。


 殆どがコードネーム持ち(・・・・・・・・)という組織でも際立った実力者揃いのエヴァンの部下達に上司(エヴァン)はこれといった心配などしていなかった。


「いやいや、だからな!?

大佐(ボス)】の手を煩わせる雑魚がいるかもしんねえんだぜ!?

 二人じゃ時間が掛かっちまうじゃねえか!!」

「それはほら…あれですな。

 ルーベン殿がいつもの倍以上頑張れば―――」

「いやいやいや、フォーマも頑張ろうぜ!?

 近い内コードネーム貰えるって聞いたし、ここはダメ押しでな、な!?」

「仲が良いのうお主等は…それで主よ、わしはどうすれば?」


 ノリの良いコントをしているルーベンとフォーマのコンビはギャアギャアとはしゃいでいる。


 アニマはそれ流し目で見ながらエヴァンに自分の役割が何なのか尋ねた。


 エヴァンはにやっと笑い出すと、アニマに指示を出す。


「アニマはねぇ、今度こそ五体満足(・・・・)で人質を確保するんだ。

 摘み食いはダメだよ…まぁ、護衛とかの引き締まったお肉なら食べても良いから、ゆっくりと、気持ち早めにきてね」


 ここに来てアニマはエヴァンから念押しをされて人質に手を出すなと言われたが、その代わりにそれ以外なら食べても良いのだと許可を出されたのだ。


 ルーベンとフォーマはエヴァンの出した命令(オーダー)に作戦時間の大幅短縮がなると目を輝かせていた。


「そうかそうか、よし、わかったぞい!!

 ここはわしがマジメ(・・・)に仕事が出来る所をみせるチャンスじゃな!?」


 意気込むアニマにエヴァンは頑張ってねというだけだが、ちらりとルーベンとフォーマを見やった。


 見つめられた二人は思わず背筋を正して敬礼すると、足早にその場から離れる。


 手を抜かないにしても、時間を掛けようとした二人に『頑張らないと後が怖いよ?』というメッセージをこめた殺気を放ったのだ。


 効果覿面だったのか、冷や汗を流した二人は前回以上の働きをするだろうとエヴァンはぼんやりと思うのだった。


「……さてと、作戦開始(パーティー)の時間だ。

 みんな、始めようか」


【不音之鳥籠】を展開させたエヴァンは門番を始末させて堂々と正面から門を潜り抜けた。


 足を踏み入れた瞬間、警報の音が屋敷中に響き渡る。


 どうやら正規の手続きをしないまま侵入すると自動的に魔道具が発動するタイプのようで、これが響けばもしヨハネス不在時に際して王宮からでも十分に聞こえるほどの音量だ。


 しかし残念なことにそれだけだ、何か狼煙のような物を発言させるのではなく、大音量の音で周囲に気付かせるエヴァンたちにとっては大変都合の良い、相性の良い魔道具だった。


【不音之鳥籠】のお蔭で完全に封殺された魔道具はいまや虚しく響くしかない。


 応援が駆けつけると思っている者達は知らない。


 助けなど来ることが有り得ない事を。


 すでにここは断絶された異界となったという事を。


 ―――再び、惨劇は幕を上げた。



 ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲



 テイラーは全身を鋼鉄で身を固めながら屋敷の一階を歩き回っていた。


 前回は岩を纏っていたが、念の為に更にグレードを一段上げたのである。


 当然ながら魔力消費は岩よりも高い為、テイラーはあまり使いたがらないが。


 迎撃しようと出てくる私兵達を一撃で平ら(・・)にしていき、その一撃をかろうじて避けた者には鋭い焔弾が襲いかかるという単純な二段構造。


 伊達に普段から行動を共にしているとあってか、連携の呼吸は寸分の狂いもない。


 轟音と悲鳴が飛び交う中、テイラーは終始地面に目を向けていた。


「……中々見つからねえっしょ」


 テイラーはエヴァンが地下室を探して探査を行っていた。


 どちらかというと攻撃より防御や補助を得意とするテイラーには簡単な任務かと思っていたのだが、どうやらこの屋敷には細工が施されていると今になって気付かされた。


反魔法領域(アンチマジックフィールド)…しかもかなり精度が高いっしょ。

 アンワー、そっちはそれっぽいの見つかったっしょ?」


 隠れていた使用人を暖炉に放り込んだアンワーは首を振って溜息を付いた。


「ダメだし、全然見つからないとかマジ最悪だし!!

 四大属性は特に魔法が使い難いみたいだし、【大佐(ボス)】が超心配だし!!」


 反魔法領域(アンチマジックフィールド)というのはとある鉱石を媒介とした特殊な無属性魔法である。


 暗黒物質(ダークマター)と呼ばれる現在でも殆ど解析されていない未知の鉱石だが、分かったことがあった。


 この鉱石に魔力を込めると、魔法が行使できなくなる、更に正確にいうと魔法の行使が出来ないほど困難になるのだ。


 特に四大属性に極めて強い影響を持っており、発動した領域内にいる魔法使い、特に四大属性を使える魔法使いはロクに魔法を行使することが出来ない。


 テイラーやアンワーが使えているのは、ひとえに魔法使いとしての技量が卓越しているからで、それ以外の魔法使いならば初歩的な魔法もロクに行使出来ないだろう。


 そしてもう一つ、エヴァン達の装備している軍服にはある処理が施されている。


 術式増幅という、単純だが強力な後押しだ。


 組織でもこの暗黒物質(ダークマター)を研究している部署はあるが、やはりその全てを解析する事は難航しているらしく、完全に無効化するという基本方針を変えざる終えなかったのだ。


 ―――そう、無効化という“完全さ”よりも、増幅させ“安定させる”といった解決法に。


「そりゃいらねえ心配だっしょ。

 俺っち達より先が見えねえ位超強い【大佐(ボス)】を心配とか…身の程知らずにも限度っつーもんがあるっしょ」

「………ホントだし!!

 そんなことしたら『そんなことより自分の事心配したら』とかいわれそうで恥ずかしくなってくる…マジ赤面者だし!!」


 テイラーに諭されたアンワーは頭を抱えながら蹲ってしまった。


 アンワーが蹲ったのを魔力が切れた事で弱ったのだと勘違いしたのか、私兵達がテイラーの豪腕を避けるようにしてアンワーに向かっていった。


「ぬああああああだし!!

 テイラーさん今の絶対に【大佐(ボス)】にいうのは勘弁だし絶対だし!?」

「あーはいはい、了解だ。

 ったく、兄貴もそうだけどうちの部隊は変なのが多すぎるっしょ。

 つうかアンワーはまずそっちを片付けろ」


 すでに十歩圏内にアンワーとの距離を縮めた私兵達は背後にいるテイラーに警戒しながらもアンワーを殺せると確信していた。


 どちらも魔法使いな上に四大属性という大きなハンデを抱えているからだ。


 確かに幾人かはその魔法でやられてはいるが、単純にその私兵が弱いからだと決め付けていた。


 そしてこの距離ならば詠唱の間に喉を切り裂いてしまえば確実に仕留められる、そう思っていた。


 しかし、


「―――焔よ」


 たった一言。


 たった一言で、その状況は一変する、逆転する。


 アンワーが口にした瞬間、火柱(・・)が五つ出来上がった。


「――――――っ!?」


 火柱となったのはその私兵達だった。


「甘々だし、雑魚がいくら集まっても雑魚な事は変えられないんだし!!

 古来から決まっている運命なんだし!!」


 火柱となった私兵達も立っている事が出来なくなったのか、一人、また一人と倒れ動かなくなっていく。


 無詠唱を得意とするアンワーも油断が過ぎたのか、接近を許した事で少し、ほんの少しだが動揺してしまった。


 それが上司であるエヴァンの事を心配したという要素もあったが、戦闘中に余計な事を考えてしまったアンワーに責任がある。


 それでもアンワーにとっては其処までの脅威でなかったのであった。


「…ちょっと余分に魔力使っちゃったし!!

 マジムカつくしこいつ!!」


 アンワーが炭化した私兵を踏み潰していると、テイラーが何か見つけたのか、歩みの速度を上げた。


 視界から消えてしまったテイラーに追いついたアンワーは何故か壁を見つめているテイラーにどうしたのかと尋ねた。


「…壁に結構大きめの穴が開いているっしょ。

 …はぁ、ビンゴだ」


 壁を殴りつけると簡単に穴が開き、そこには空洞があった。


 アンワーが穴に顔を出して見て焔で明かりを出して壁の中を見ると、テイラーと共に確信した。


「中央にすべり棒があったし!!

 上から下に続いているって事は…テイラーさん、大正解だし!!」

「んじゃちょっくら降りてみるっしょ。

 アンワーは後に続け、明かりを灯しながら上を警戒してな」

「了解だし!!」


 テイラーはこののぼり棒を上ればヨハネスのいる部屋まで繋がっている事に気付いた。


 今頃エヴァンがヨハネスがいるだろう部屋に向かっているだろう。


 隠し通路がそういくつもある筈が無く、あったとしても最終的にはこののぼり棒に繋がっている可能性が高い。


 ならばエヴァンから受けた命令(オーダー)通り、最終的に逃げられなくする必要がある。


 狭い通路な為テイラーは纏っていた鉄の装甲を解除し足元に展開させる。


 すでにこの終着点に敵がいた場合、何も身に纏っていないテイラーを守るためだ。


 そして辿り着いてテイラーが見たのは予想していた通り、どこか地上へと繋がる通路があった。


 周りや上からも敵はいない、アンワーも無事に降りてきた。


「テイラーさん、これ方向的に王宮方面な気がするんだけど、【大佐(ボス)】にはなんて報告するんだし?」


 そう、アンワーの言葉にテイラーも今後の作戦に最も重要な要素を手に入れたのではないかと気付いたのだ。


「もちろん、ありのままを説明するっきゃないっしょ?

 大丈夫だ、【大佐(ボス)】と【中将(ルッケンス)】閣下ならこの状況をうまく利用する事も可能だぜ」


 テイラーはそういうとすぐさま通信機を手に取ると、エヴァンに連絡をした。


『あーもしもしぃ?

 テイラー、それともアンワーかな?

 地下室見つかった?』


 通信機からはのんびりとしたエヴァンの声が聞こえてきた。


 会話越しにテイラーはエヴァンが通信機片手に戦闘をしながら会話しているのに気付き思わず謝罪してしまった。


「も、申し訳ありません【大佐(ボス)】!!

 手間取っているのなら、後で俺っちがまた後で…」

『ああ、いいからそんな気遣い。

 それよりもさっきの質問、地下室は見つかった?』


 余計なお世話だと思ったのだろう、不機嫌な声を出したエヴァンにテイラーはあわててのぼり棒、そして地下通路の事を説明した。


「通路の方向から見て、おそらくは王宮と繋がっている可能性が非常に高く、今後の作戦にも非常に有用な要素であるかと思われます!!」

『そうだねー……じゃあテイラー、そこの地下通路、塞いで(・・・)おいて。

 それが終わったらルーベンとフォーマに合流、殲滅任務に移行ね』


 何を思ったのか、エヴァンはその地下通路を塞ぐ事を命じたのだ。


 テイラーはその命令に驚いて聞き返してしまう。


 しかし、返ってくるのは『地下通路を塞げ』という命令(オーダー)だった。


 テイラーはエヴァンが何を考えているのか分からずにいたが、更に不機嫌になってきていたその声に慌てて了解の声を上げる。


「…テイラーさん、【大佐(ボス)】はなんて?」

「あ、ああ…」


 アンワーに説明したテイラーはすぐに行動に移った。


「大いなる大地よ全てを覆い塞ぎ閉ざせ 【閉塞之大壁】」


 反魔法領域(アンチマジックフィールド)の影響がこの場にもあったが、テイラーはそれすらも圧倒して指も入らない程の壁を出現させた。


 しかもその距離はかなり奥まで形成していて、暗黒物質(ダークマター)を敢えて地面から押し上げたのだ。


 暗黒物質(ダークマター)ならば余程の魔法を受けない限り傷つける事はない。


 魔力を使いすぎたのか、テイラーは片膝を付いてしまったが、胸ポケットから小瓶を手に取るとそれを飲み干した。


 エヴァン特製の魔力回復促進剤を飲んだのである。


「…不味い」

「もう一杯だし?」


 素直な味の感想にアンワーが茶化したのだが、実際もう一杯飲まないといけないのだ。


 更にもう一杯飲み干しテイラーはアンワーにここから地上に上れる場所を探すように命じた。


 すぐに見つかると魔力を温存していたアンワーが焔弾で吹き飛ばす。


 誰もいなかったようだが、念の為もあったのだろう。


(…恐らく【大佐(ボス)】はこの通路の事に気付いていたはずっしょ。

 けど男爵邸にあったあの地図にはそんな事記載されていなかった…。

大佐(ボス)】はいったいどこで気付いて……この辺りがまだ俺っちの限界っしょ。

 まぁ命令(オーダー)は完了した事だし、兄貴達の手伝いするか)


 テイラーはアンワーと共に地上にと戻ると念入りに一階を探し誰もいない事を確認してから二階へと登っていく。


 逃げる手段をなくし完全に袋小路となってしまったヨハネス達は一層抵抗を激しくするだろうが、それすらも圧倒するエヴァンたちにはどうでもいいことであった。





 ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲




 テイラー達が地下通路を発見した頃、アニマはお目当てらしき部屋に近付いてきていた。


 何しろ他の私兵達が動き回っているのに対し、まるで大切(・・)な者を守っているように屈強な私兵がそこにいたのである。


「何者だ!!

 ここが誰の屋敷か分かっていてきたのか!?」


 ウサギの仮面の下でアニマは笑った。


「うむ、予定より早く見つかったのう。

 となると、目当ての人質候補はこの奥か。

 押し通るぞ、邪魔立てするなら当然じゃが殺す。

 まぁ邪魔立てせんでも殺すがのう」


 アニマの殺気に反応した私兵が一人勢いに任せて襲いかかった。


 動きの質がアニマが通ってきた私兵達とも一線を画していたのを瞬時に見抜いたアニマは私兵に向かって飛び出した。


 私兵はアニマが素手である事を気付いていたが、闘争本能が警鐘を鳴らしていた。


 武器がなくとも目の前の化け物は自分達を殺せる存在だと。


「……やはり鍛え上げた肉はうまいのう。

 ふれっしゅ(・・・・・)でとても良い味わいじゃ。

 心の臓も実に瑞々しい、ここ最近では一番じゃな」


 私兵の目の前にいたはずのアニマはいつの間にか自分の背後にいて何かいっていた。


 ―――おかしい、俺は剣を振り下ろしたはずなのに、どうして……?


「はっはっは、なんじゃお主、自分が死んでおる事(・・・・・・)に気付いておらんのか?」


 私兵が振り返ると、そこにはウサギの仮面を付けた、少女の格好をしている化け物がそこにいた。


 仮面をずらして何か()んでいる、よく見ていてそれが真っ赤なナニかだということに。


 そうまるで―――真っ赤な果実。


 私兵の意識はそこで落ちた。


「あ、あ、あ、うわああああああああああああああああああああっ!!」


 それを見ていた私兵達は一斉に悲鳴を上げた。


 理解出来なかったのである。


 アニマが殺した私兵―――ペダリスという名のA級冒険者が本人も気付かない内に右腕を切り落とされ、更には心臓を抉り取られたのだ。


 それを見ていた私兵達もまるでコマを撮り間違えたような、肝心のアニマがペダリスを手に掛けた事にまるで気付けなかったことに恐怖したのである。


「さぁて、お主等もこの者と同様うまそうじゃ。

 手っ取り早く済ませるから、全員で掛かって来るがよい。

 瞬く間も無く終わらせてやろう」


 血に濡れた両手を私兵達の前に突き出すと、それに恐れた私兵達は一斉にその場から逃げ出した。


 それも当然だろう、何しろ自分では絶対に敵わないほどの化け物が目の前にいるのである。


 立ち向かうよりも、逃げたほうが賢明といえた。


 ただ、アニマが拠点防御を目的とした門番の役割を担っていればそのまま見逃されていただろう。


 しかし、アニマは今回そのような命令をエヴァンから受けていない。


 血の滴っている口角が上がる。


 両手が一瞬だが強い光を見せる。


 目も眩む様な強烈な光、そして耳を劈く轟音。


「……うむ、いい焼き加減じゃのう」


 その場にいた合計七人の護衛はその光が消えてると床に転がっていた。


 特に金属製の鎧を付けた冒険者は特に損傷が酷く、芯まで焦げ切っていた。


「音はともかく光は拙いかのう?

 …ほお、見た所壁のお蔭で外部からは見られる事はなさそうじゃな」


 壁は屋敷よりも高い設計となっており、外部から内部を見られない構造となっていたお蔭か、問題はなかった。


 アニマは私兵達が守っていた部屋の扉に手を掛ける。


「お、おかあさまっ!?」

「うあああああああああああああんっ!!」

「だ、大丈夫よアガサ、ソマリア。

 い、今にお父様が助けに来てくれますからね!!」


 そこにはアニマが捜し求めていた、ヨハネスの妻子達が部屋の隅に固まっていた。


 アニマはやったと思ったのだが、今後を考えて気を引き締めた。


「はっはっは、それでは行こうとするかのうお主等。

 主等の夫に、父に合わせてやろう」

「ち、近付けば、し、舌を噛みますよ!?」


 強気な態度を取る夫人にアニマはポケットから薬瓶を取り出した。


「構わん、存分に噛みまくるとよいじゃろう。

 じゃがこちらには強力なポーションがあるからのう、噛んでもお主に飲まして回復させるじゃろう。

 何度でも試しても構わんぞ?

 何度でも舌を噛んでもよいという覚悟を持っておるのならな?

 舌を噛んでもすぐには死ねんからのう、よほど痛い思いをするぞ?

 ほれ、試しにしてみるがいい。

 死ぬ寸前にポーションを飲ませてやろう」


 真っ赤に染まった口元の笑顔の破壊力は強烈だったのか、夫人はへたり込んで諦めた。


 アガサ、ソマリアと呼ばれた少女達はそのような覚悟もなかったのか、自分と同じ位の背格好をしたアニマに怯えてしまっていた。


 余計な抵抗をされるよりいいと思ったアニマは、三人を立ち上がらせるとヨハネスの執務室へと案内させた。


 部屋から出ると死体となっている私兵達を見て悲鳴を上げたのだが、アニマは気にする様子もなく早く歩く事を命じた。


「まぁこれで命令(オーダー)は完了したじゃろう。

 あとは主が事の次第を完遂すれば任務は完了じゃな。

 じゃが…なんじゃ?」


 アニマは何か胸騒ぎを感じていた。


 どこからか来るその不安に首を傾げながら歩を進めていく。


 途中ルーベン達四人とも合流して、三人はこれで逃げる事など出来なくなった。




 ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲




 反魔法領域(アンチマジックフィールド)の影響があるせいなのか、エヴァンは風属性の魔法を使わずに特異系統魔法である【毒王魔導(ヴェノムロード)】を使っていた。


 肌に触れればそこから神経を侵され、吸い込めば全身を襲う痛みに苛まれ苦悶の挙句死亡していく。


 私兵達の連携の隙を見つけては各個撃破をしていき、十人以上いた私兵達を一分とかからずに皆殺しにした。


「ふふふ、前回の作戦の時もそうだったけど、僕って運がいいなぁ。

 この状況、明らかに他の私兵達と質が違う強さだ。

 多分だけどこの先に標的(ターゲット)がいそうだね」


 テイラーに地下通路を封鎖するように命じて早五分、轟音が下の階から聞こえてきて、エヴァンはアニマが力を使ったのだと気付いた。


 何しろ真下の階な上に窓から白光が漏れ出していたのだ。


「あら、人数が結構いたのかな?

 あれ音と光で目立つから夜はやめてほしいんだけど…まぁこの壁があるし、だいじょう…ああっ!?」


 エヴァンは自分の言葉で重要なことに気付いてしまった。


「やっばいじゃん!!

 城下町ならともかく、王城からなら余裕でこの屋敷を上から見れちゃうし!?」


 そう、この国にある法にはある一文が明文されていた。


『王城よりも高い建物を建てる事は罷り通らない』というものだ。


 これにより王国ではこの王城よりも大きな建物を建造する事は出来なくなっていた。


 そしてこの状況下でアニマがしたのはまさに作戦に重大な失敗要因を呼び込もうとしているのだ。


 王城という高みからならば、王都にある全ての建物を見下ろす事が出来る。


 しかも距離はかなり近いため、エヴァン達は細心の注意を払っていたのにも関わらず、このような失敗をしてしまったのだ。


 いくら轟音が聞こえなかろうと、あの強烈な発光現象を見れば怪しいと思うだろう。


「…うん、これはまずいね、さすがに急がないと色々と台無しになる。

 ケビンの方はもう少し離れているし、あそこの部隊派手な攻撃魔法とか使うのいないから心配はないけど…まさかこの僕の方がこんなミスをするだなんて…」


 頭を抑えたエヴァンは飛び出してきた冒険者を毒霧で殺すと、すぐさま行動に移った。


 エヴァンは走りながら通信機を手に取ると、私兵達を見つけては殺しながら全員に命令を下した。


「は~いみんな、ちょっとお知らせだ。

 アニマのおバカがさっき放った光で、王城からバレた可能性が非常に大でありますよ!!

 今している任務を急いで完遂させて、僕がいる三階までこい。

 ぱぱっと済ませて離脱するよ!!」

『『『『了解しました【大佐(ボス)】!!』』』』

『ありゃ、そういえば王城はここよりも高かったのう、いやぁ、失敗してしもうたわい』


 部下四人からは返事が返ってきたが、アニマはあまり反省した様子もないのんびりとした言葉が返ってきた。


「来たぞ、これ以上近付けるな!!」

「「「おおっ!!」」」


 前方から四人エヴァンに襲いかかってくる影が現れる。


 しかしエヴァンは邪魔だとばかりに擦れ違い様に致死性の毒を皮膚に当てると、振り返らずに走っていった。


「鬱陶しいなもうっ!!

 雑魚は雑魚らしく一言も喋らずにそのまま死んでよ空気がもったいないでしょ!?」


 その間にエヴァンは不意打ちをしてくる暗殺者風の男を気配を辿って毒殺し、豪奢なローブで着飾った魔法使いが名乗りを上げようとしたところをナイフを使ってそのまま喉を切り裂き、念を押して心臓を破壊した。


 そして漸く結界に守られた扉を見つけると、すぐに【毒王魔導(ヴェノムロード)】を使って結界を腐敗(・・)させた。


 魔法すらもそのエヴァンの毒にかかれば侵食してしまえるのだ。


 そして扉に掛けられていた防御結界は構成が単純で、要所要所を毒で侵せば簡単にその機能を不能にしてしまったのだった。


 脆くなってきた所でエヴァンは身体強化で全身を強化させて扉を蹴破った。


 前回とは違い、そこに余裕ぶった表情のエヴァンはいない。


 正面には一人の偉丈夫が見え、エヴァンは直感した。


「見つけたぁっ!!」


 目の前の男が今回の標的(ターゲット)なのだと。


「あの鉄壁の防御結界を破ってくるとはっ!?」


 すでに剣を抜いて待ち構えていたという事はその鉄壁の結界を突破してくると予見していたのだろう。


 ナイフを片手にエヴァンは標的、ヨハネス・フォン・ヴァンフリーと剣を打ち鳴らす。


 やはり現役とあってか、その実力は先ほどの私兵達以上の闘気の扱い振りで、身体強化だけで対抗しているエヴァンも舌を巻く程度には驚かされた。


 一閃、二閃とナイフを繰り出すが、ヨハネスはギリギリの所で回避し続けており、余計にエヴァンをイラつかせていた。


 腐っても近衛騎士団団長という肩書きを持っているだけあると。


「何故このような子供がっ!?

 何者だ、名乗れっ!!」

「騎士団長さんを半殺しにしたら喋ってあげるよっ!!

 それじゃあここから本気でいくよっ!!」


 エヴァンは魔力をナイフに纏わせると、そのまま間合いに入ってもいないのにナイフを振った。


 ヨハネスは咄嗟に後退して避けたのだが、完璧に避け切ってはいなかった。


 ナイフに纏わせていた魔力だけが伸びてヨハネスを襲ったのである。


「ははっ、感がいいね騎士団長さん!!

 けど、これで詰み(チェックメイト)だっ!!」


 喉を少し掠っただけで済んだと思ったヨハネスだったが、エヴァンの言葉で自分の体に何か変調が起きているのだと悟った。


 ヨハネスの視界がぐらつく。


「……毒かっ!!」


 膝を付いたヨハネスは懐から薬瓶を取り出すと飲み干した。


 おそらくは解毒剤なのだとエヴァンは気付いたのだが、それを止めようとはしなかった。


「無駄だよ、その毒に解毒薬は存在しない。

 解毒薬を作る事が出来るのは、僕だけだっ!!」


 エヴァンがヨハネスに使ったのは神経毒。


 全身を四肢を麻痺させて行動の自由を奪う強力な物だ。


 エヴァンはわざと解毒薬を飲ませる事でヨハネスに手札(カード)を切らせたのである。


「そんな、バカなっ!!

 このポーションは、ミスラ公国の最高級解毒薬だぞ!?

 ま、まさか…そんな…あり、エ、ナ…イッ!!」


 喋る事もままならなくなってきたのか、剣を取りこぼしてヨハネスは地面に這い蹲る格好となった。


 そして身を以ってその毒に自分の飲んだ解毒薬が効果を為さなかった事を実感させられたのだった。


「油断しているから…いや、油断していてその程度だもんね。

 さて…アニマ、あとルーベン達も入ってきなよ。

 大急ぎでこの部屋を家捜しして!!

 アニマはこっち、これから拷問タイムね」


 エヴァンは現状急いでいた為、拷問の時間は長く取れない事を考慮して手早く済ませようとした。


 いくら“私情”と“任務”を両立させようとしても、作戦が成功しないと今後の評価にも関わってくるのだ。


 この際手早く済ませ、まだ多くある任務をこなしていけばこうした時間も多く取れるだろうと秤に掛けたのである。


「「「「了解しました【大佐(ボス)】!!」」」」

「了解じゃ、ほれ、ご対面じゃぞ?」


 アニマがそう声を掛けたのはヨハネスの妻子達だ。


 倒れているヨハネスの前に連れて行くと、ヨハネスの元に駆け寄ってく。


「あなたっ、大丈夫ですかっ!?」

「お父様ああっ!?」

「うああああああああああああああああんっ!!」

「おま、え…たち。

 ぶ、じ、だ……ったか」

「さてと騎士団長さん、取引をしよう。

 僕はこれから貴方の奥さんと娘さんに拷問を掛ける。

 騎士団長さんは、奥さんと娘さんを守りたければ僕の質問に、誠実に、正直に答えなきゃいけない。

 ああ、ポーションは結構持っているから、うっかり急所に刺さってもすぐに治してあげるから!!

 あと、嘘付いたのが分かったら奥さんと娘さんのどちらかを気が狂う位の痛みを味合わせた上で殺すから、そのつもりでね?」


『拷問』と聞き、ヨハネスと妻子達は顔を真っ青にした。


 宣言通り、目の前の化け物は何の良心の呵責も泣く自分たちを苛むつもりなのだと。


「それじゃあまず質問…の前に誰かの指切り落とそうか?

 とりあえず危機感持ってもらった方が捗りそうだし?」


『今日は目玉焼きの気分なんだ』とも言わんばかりの適当さ、そして軽さにヨハネス達は何をされたのか気付くのが遅れた。


 そしてエヴァンはナイフをアガサと呼ばれた少女の手首(・・)を切り落とす。


「きゃあああああああああああああああああああああああっ!!」

「アガサあああああああああっ!!」

「おねえさまっ!!」

「あ、あ……ああっ!!」

「あ、うっかりして手首切り落としちゃった。

 アニマ、手首食べる?」

「喰う喰う…といいたい所なんじゃが…反省しとるから今回はいらんな」

「あ、反省してたんだ」

「さすがに主が慌てているのが伝わってきておるからのう、わしも少々手を抜き過ぎていた気もするし…」


 悲鳴を上げているヨハネス達をよそにエヴァンは切り落とした手首をアニマに放り投げたのだが、キャッチするや否やそのままポトリと落としてしまった。


 余計な事をしてしまったのだと気付いていたのだろう、通信機越しでは反省しているよううには聞こえなかったが、実際は反省しているのだと聞くとエヴァンも安心した。


 しかしそれはこのようなおぞましい状況下で話すようなものではない。


 今も尚この狂気が渦巻く室内ではエヴァンがヨハネス達にどのような苦痛を与えながら情報を得ようかと思考しているのだから。


「よし、じゃあ質問ね。

 この地図を見てもらいたいんだけど…」


 ヨハネスはエヴァンがアガサにした仕打ちに激昂しそうになるが、すぐに自らの激情を抑え込む。


 今暴れたところで、身動きすら満足に出来ないヨハネスが抵抗すれば、見たくもない拷問を何度も見せられる羽目になると理解させられたのだ。


 エヴァンはアルファレオ・フォン・アルアークが所持していた王宮内部の詳細な情報が記載された地図を見せた。


 首を懸命に動かしたヨハネスはその地図に見覚えがあったのだろう。


 呻きながらエヴァンからの質問を待っている。


「この地図は本物、それとも偽物?

 それとも、一部が偽装されているような代物なのかな?」


 エヴァンがしているのは確認作業だ。


 エヴァンとルッケンスはこの地図が本物に近い偽物だと気付いており、直接手渡した本人であるヨハネスに最後の確認をしようとしたのである。


 最初の踏み絵に対し、ヨハネスは口を開く。


「そ…うだ、その…ち、ずは…いちぶ…を、ぐっ…ぎそ…う、させて…いるっ!!」

「どこを、どういった理由で?

 あ、分からなければ分からないで自分なりの答えを出してね。

 …ルーベン、前みたくこの部屋に地図とかないの?」

「も、申し訳ありやせん【大佐(ボス)】!!

 それらしい物は今のところ見つかっていませんっ!!

 急いで探しますっ!!」

「そうしてね…それで、騎士団長さん、答えは?

 ほらほら、答えてくれないと今度は奥さんの耳を…やっぱ鼻を削いじゃうぞ?」

「ひいっ!」


 耳と鼻を交互にナイフを当てながら、エヴァンはヨハネスの答えを待った。


 妻―――プリメラは歯を鳴らしながら恐怖と闘っているが、いつ気絶してもおかしくない精神状態だ。


 娘のアガサはすでに出血多量で意識を朦朧としており、約束していたポーションもいつ使われるのか分からない状況であった。


「おそ…らく、なにか…じゅ…よ…なもの……を、かぐっ…して…いる…だ…と」

「そっかぁ、まぁそうだよね。

 何か重要な物を隠す為に、真実の中に気付き難い嘘を紛れ込ませているという事か。

 予想通りな展開だ、じゃあ次の質問ね」


 そういうと、エヴァンはプリメラの鼻を削ぎ落とした。


「きぃあああああああああああああああっ!!」

「プリ…メラ!!

 た…のむ、しつ…もんにはっ…せい……じつに…こたえ…てるっ!!

 だ…から゛っ!!」


 ヨハネスは質問に答えるから妻子に危害を加えないで欲しいと要求しようとしたのだが、それを遮るかのようにエヴァンのナイフがヨハネスの太腿に突き刺さった。


「なんかさぁ、前の男爵さんもそうだったんだけど、貴族の人って交渉の仕方勉強していないの?

 交渉の余地も無いのに空手形持って要求してこようだなんて甘い考え、捨てた方がいいよ?

 図々しいし、気持ち悪いし、鬱陶しいし、何よりすっごく不快だ。

 そんな事したらさぁ…僕の機嫌が悪くなるって気付かないかなぁ」


 エヴァンはヨハネスに刺さったナイフを引き抜くと、そのままソマリアの右目にナイフを突き立てる。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」

「ぞま゛りあ゛っ!!」


 プリメラが鼻を押さえながら愛する娘に寄り添った。


 ナイフを突き立てたとはいっても眼球を破壊した程度で済み、脳に達するまでには至らなかったのは幸いであった。


 しかし、これで四人全員がエヴァンの手に掛かって肉体と精神に甚大な怪我を負ってしまった。


「ほら、騎士団長さんが余計な事を言ったばっかりに、娘さんの右目が見えなくなっちゃったよ。

 これに懲りてもっと誠実にお話しようね?」


 余計な事を言えば拷問するし、言わなくても理由を付けて拷問する。


 そしてそれがあたかもヨハネスの軽率さを攻めるような言動を重ねていく内に、ヨハネスの精神に綻びが見え始めた。


「さてと、次の質問ね。

 この地図を騎士団長さんも持っているよね、誰から貰ったのかな?

 まぁ立場的に二人に絞れるからぶっちゃけちゃってもいいよ?」

「じゃっ…く、ふぉ…えち…れん。

 さ…い、しょ…だ」


 ジャック・フォン・エチレン伯爵。


 このアナハイム王国にいる宰相、つまり行政のトップだ。


 王からの信頼も篤く、宰相を始め側近達は皆そうだという。


 エヴァンは宰相ジャックが次の標的になるのかと思ったが、アニマがここで待ったを掛けた。


「主よ、騙されてはいかんぞ。

 その者は嘘をついておる。

 この者に地図を渡したのはこの国の王じゃ」

「……おやぁ、騎士団長さん?

 これは一体どういう事かなぁ?

 うちの嘘発見器(アニマ)が何か面白い事いっているんだけど…うーん?

 ナニナニ、宰相さんじゃなくって王様だったのかな?

 あれあれ、あれぇ…僕“誠実”に答えてっていったんだけどなぁ?

 騎士団長さんもさっき誠実に答えるって言った気がするんだけど?」

「主よ、何気にわしぞんざいな扱いな気がするんじゃが…いや、罰と思って受け入れよう。

 わしは嘘発見器じゃ!!」


 アニマは意気込んでいるのだが、エヴァンは耳も傾けずにじっとヨハネスを見つめた。


 そして何を思ったのか、エヴァンはポーションの蓋を開けるとプリメラの鼻に掛ける。


 小さく悲鳴を上げたプリメラだったが、ナイフでは無くポーションだった事に痛みを感じながらも安心した。


 一安心した次の瞬間、プリメラの耳が両方とも削ぎ落とされた。


 続けて右目にもナイフを突き立てられ、プリメラの顔面は真っ赤に染まっていく。


「ひっぎぃいいいいいいいいいいいっ!!」

「悲しいな悲しいなぁ、折角最小限の痛みで終わらせてあげようと思ったのに、そんな酷い嘘をつくだなんて」


 ヨハネスは呆然としていた。


 どうして自分の嘘がばれてしまったのかと。


 これだけ家族が凄惨な目に遭っていれば、普通は心が折れたヨハネスが嗚咽を洩らしながら情報を差し出すと思う筈である。


 最初と二つ目の質問には真実を伝えて、信憑性も上がってきた筈であった。


 それなのに、アニマというウサギの仮面を付けた少女のような格好をした化け物は断言した上に本当に渡した人物、つまりビスマルク・ヒュッケ・ヴァン・アナハイム三世の事を口にしたのだ。


 おかしい、辻褄が合わないと考えている内に、エヴァンは何を思ったのか質問を連発し始めた。


「時間も惜しいし、ショートカットしようかな。

 騎士団長さんに質問ターイム!!

 その一、王様はどうして騎士団長さんに地図を渡したのか。

 その二、そしてどうして男爵さんにも地図を渡したのか。

 その三、本物の地図は存在するのか。

 その四、隠されている物はなんなのか。

 その五、現在王城にある宝物庫の位置はどこなのか。

 その六、騎士団長さんが貰った地図はこの屋敷のどこにあるのか。

 最後に……七年前の戦争末期に起きた帝国側が起こした国境付近での虐殺事件にどの程度関わっているのかな?

 さあ、考えて考えて考え抜いてもらおうか。

 アニマ、とりあえず最後の質問以外から教えて。

 ルーベン達が家捜ししているけど、どうやらこの場所にあるのかちょっと怪しくなってきたからね」

「了解じゃ…………ふむ、分かったぞい。

 どうやらこの者が授かった地図はこの部屋ではなく、地下室…地下通路にあるようじゃな。

 ランプを引っ掛ける取っ手の下の岩に畳んで挟んでいるようじゃ。

 残りの質問は…そうじゃな、全て読み取った(・・・・・)事じゃし、もういいじゃろう。

 帰りの道中に話すとしようかの」


 ヨハネスは耳を疑った。


 アニマという化け物は、寸分違わずヨハネス自らが隠した地図の在り処を言い当てたのである。


 何故、どうしてと考えるが理解出来なかった。


 まるで心の内を見透かされているような―――、


「……あ」

「……正解じゃ。

 あの男爵にも言ったが、わしには心の内が読み取れるのじゃよ。

 故にいくら嘘をつこうとも、真実を下地に嘘をつくのじゃから、騙せる訳が無かろうて」

「さて、分かった事だしもういいよね、騎士団長さんたち四人を殺してここを離れないと。

 いやぁ、もうちょっと拷問したかったんだけど、王宮が騒がしくなってきそうだったから騎士団長さんとお話がそれほど出来なかったよ。

 それじゃあまずは奥さんからと……」


 今生の別れの時間も与えず、エヴァンはプリメラの心臓を背後から貫き、念押しとばかりに首を切断した。


「あ…ああ」


 ヨハネスは理解していた。


 襲撃者達が自分が情報を吐いた所で生かしてこの場を去る筈が無い事を。


 ヨハネスは覚悟していた。


 嘘の情報にもし気付かれたとき、妻子達が無惨な死に様を迎えるのだという事を。


 しかし、理解しても、覚悟していたとしても。


 感情が理性を押し退けて嗚咽を洩らさずにはいられない。


 質問に対して考えない様にするべきだったと気付いてももう遅い。


 家族が無惨に殺されても自分にはどうすることも出来なかったと嘆くのも今更だ。


 プリメラに続いてアガサ、ソマリアが殺されていくのをただ見る事しか出来ない自分の不甲斐なさにヨハネスは絶望した。


「…気持ち悪いなぁ、何泣いているのさ。

 いい年したおじさんが情けないなぁ。

 もっと楽しい事考えなよ、あの世で家族に会えるかもしれ…ああ、まあ無理かな。

 騎士団長さん悪い事いっぱいしていそうだし、奥さん達は天国行きでともかく、騎士団長さんは地獄行きは間違いないね!!」


 罵倒し嘲笑するエヴァンの言葉にヨハネスの精神は更に亀裂が入っていく。


「奥さん達も可哀相に、騎士団長さんみたいな極悪人と結婚しちゃったばっかりにこんな目に遭っちゃって。

 騎士団長さんがいなければこの悲劇は…まぁどこかの誰かが遭っていたのかな?

 ふふ、救いが無いねホント!!

 絶望的に終わってるよ、残念でした!!

 ……さてと」


 エヴァンはプリメラ、アガサ、ソマリアの首をヨハネスの前に立てらかした。


 絶望し切った家族の青い生首をヨハネスは顔をぐしゃぐしゃにして涙を流す。


「そんな絶望し切った騎士団長さんの最期は家族に看取られて終わらせてあげるよ。

 ふふ、優しいね僕って、まるで聖人様だね!!」


 おどけたように嗤うエヴァンにヨハネスはもはや何もいう気力など残っていない。


 ただ涙を流し、首を揺らしては呻る事しか出来ない。


「う…うぅ、ふっく…ぐぅ…っふ」

「うん、タイムアップ、それじゃ騎士団長さん」


 ―――さようなら。


 再びヨハネスに毒が投与される。


 全身に気が狂うような痛みが襲い、ヨハネスは家族の事を思い浮かべる事も出来ず、絶望の中その生を閉ざしたのだった。




 ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲



 エヴァンは今回ヨハネス以外の死体を毒で溶かさなかった。


 魔力がもったいないというのもあったが、迫り来る危機に思考を切り替えていたからである。


「テイラーとアンワーはアニマの言っていた地下室に行って地図をとってきて。

 ルーベンとフォーマは僕らと一緒に外に出るよ、地下室に行く二人が戻り次第この屋敷から離脱する」

「「「「了解です【大佐(ボス)】!!」」」」


 命じられるとテイラーとアンワーは一足早く部屋から出て行った。


 部屋から出てルーベンとフォーマを先頭にエヴァンはアニマと廊下を歩いて行く。


「主よ、質問にあったシマック村の事なんじゃが……」


 奥歯に物が挟まったようないい方をするアニマの様子が珍しかったのか、エヴァンは苦笑しながら、


「どうせ国を守るためには必要だったんだから仕方ないんだ…とかなんとか思っていたんでしょ?」


 諦めたような声で呟いていた。


 そう、エヴァンは最初から気付いていた。


 エヴァンが望む答えが返ってくる筈が無い事を。


 ヨハネスが七年前の事件に対して表情を前の質問以上に硬くしたのだ。


「……そう、じゃな、その通りじゃった」

「……人としてはクズで最悪で不愉快極まるけど…国の運営している者としては正しい判断なんだよね。

 分かってる、理解しているよ」


 どこか声に覇気の無いエヴァンにアニマはどうしたものかと頭を悩ませた。


 普段なら笑い飛ばしてしまえばその場を凌げたが、ヨハネス達を拷問して嗤っていたエヴァンとはまるで違う。


 やはり“私情”と“任務”の間で揺れ動いている所為か、精神状態にどこか無理をしている部分があったのだろう。


 数々の修羅場を潜ってきたエヴァンではあるが、やはり自らの根幹に関わる出来事となるとやはり心の置き所に不和が溜まってくるのだ。


 それはエヴァンの精神を覗き込んだアニマも好んで読み取りたくないほどの負の情報ばかりだったからである。


 憤怒、憎悪、殺意、諦観といった感情が浮かんでは沈んでの繰り返しだ。


 今襲えば確実にエヴァンを殺せるという位に隙だらけで、さすがに落ち込みすぎだとアニマは内心溜息をつくしかない。


「アニマ、他の情報は?

 本当は他にも質問したかったけどまぁおおよそ予想の範囲内だったし」

「……そうじゃな。

 王が何故あの者に地図を渡したのかは…代々決まっている事らしいのう。

 近衛騎士団団長はこの屋敷と地図を渡されるらしい。

 男爵家に渡したのは…情報を撹乱させる為にあの者が独断で思いついたことじゃ。

 本物の地図については…あるかもしれん、としか分からなんだのう。

 あの者はあると確信しておったが、まぁこれだけの地図を書き上げておるのじゃ、原本となる物があったはずじゃとわしは思うな。

 宝物庫に関してはどうやら二ヶ所あるらしく、地下一階と二階のようじゃな。

 そして隠されている物についてじゃが…さすがにあの者も知らないようじゃった。

 何がしかの宝があるのではと予測を立てていたようじゃが、確たる証拠も無い。

 正直収穫といえるものは少ないのう」

「そうぼやかなくてもいいよアニマ、十分だよ。

 それに地下通路の事もある、テイラーとアンワーから報告書をもらえば後は最終作戦時に大きなメリットになるのは間違いない」


 そう、情報については近衛騎士団団長であるヨハネスからはこれといって重要な情報が得られなかったのは大きな誤算であったが地下通路の件でそれは帳消しとなったといっていい。


 テイラーとアンワーが見たというその地下通路はふさいでしまったが、これ王都全域の地図は現在製作中で、この屋敷周辺の地図は作戦前に完成していた。


 王城付近はまだだが、この作戦後最優先で製作する事になるだろう事は間違いない。


 情報を統合すれば、最終局面(ファイナルフェイズ)で最も重要なものになるのは確定だった。


 そして一階にと降りると、テイラーとアンワーが後方から戻ってきた。


「【大佐(ボス)】、お目当ての地図が見つかったし!!

 けど随分使われていなかったのか、かなりボロボロで使い物になるのかマジ怪しいし!!」


 三つ折にされた用紙をエヴァンはアンワーから受け取ると、アンワーのいう通りかなり用紙は痛んでいて地図が記載されているのは間違いないのだが、アルファレオの地図と見比べてもその一部が見えない箇所が多かった。


「…解析班に任せるしかないねこれは、さすがに僕もここでじっくり間違い探しをしている時間はないし。

 さてと、揃った事だしかえろ…アニマどうかしたの、そんな扉を睨み付けちゃって」

「……主よ、嫌な胸騒ぎの原因はこれじゃったようじゃ。

 彼奴(きゃつ)め、任務を放り出して一体何の真似じゃ?」


 舌打ちしたアニマの言動にエヴァンも気づいたのだろう。


 扉を隔てた向こう側に、厄介者(・・・)が待ち構えていることに。


「……はぁ、ホント、嫌になるよまったく」


 ルーベンとフォーマが左右同時に扉を開ける。


「……はっ、遅い仕事振りだな【大佐】殿ぉ」


 エヴァンの事をバカにしたような、不機嫌そうな男が一人、鼻息を鳴らして待ち構えていた。


「……ケビン、月並みだけど質問。

 どうしてここにいるんだ?」


 そこには、エヴァンと同じ区別の標的(ターゲット)のいる屋敷に襲撃を掛けていた筈の部隊長。


 序列第十三位【准佐】ケビン・ログナーがそこにいた。




読了頂き、ありがとうございました。

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