第8話 星暦1211年4月22日
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では、どうぞ
1211年4月22日
エヴァンはいつものように帰ろうとすると、ロニに呼び止められた。
「ロニ様、どうかされましたか?」
エヴァンはまた面倒を掛けられるのかと身構えるが、ロニはその様子に気付かずに、少し苛立ちながら口を開く。
よほど学級委員長の役が面倒なのだろう、押付けられる仕事も短時間で終わらないようなものばかりなのか、最近のロニはいつも以上に苛立っていた。
勉強面でも支障が出始めているとエヴァンは睨んでいるのだが、支障が出たとしても何の問題も無いので気付かない振りをした。
「今日はすぐには帰られないわよエヴァ。
面倒なのはすっごく同感だけど、学院行事なの、ガマンなさい」
(…なんだか、ロニの性格がちょっと短気じゃなくなっている気がする!!
なんだろう、理不尽…というと大仰だけど、結果的に我慢する事が多くなって精神的な成長に繋がったのかな!?
すごい、今のロニなら殺す気がまったく起きないや!!)
少し前のロニならば、『今日は学院行事についての連絡があるから、残っておきなさいよ!!』といった強気な口調で言ってきただろうに、今では口調が少々きつい程度の苦労学生にしか見えない。
あの勝気な性格をしていたロニをここまで矯正出来る学級委員長の仕事に興味が湧いてしまいそうになるのだが、深入りはしない事にしたエヴァンであった。
これでロニとの関係も良好となれば言う事無しなのだが、エヴァンは焦らず時期を待つことにした。
席に再び戻ると、少しして担任の貴族教師が入ってきて学級会を始める。
「来週の総合研修についてですが―――」
総合研修、エヴァンが聞いてみて思ったのは『遠足』ということだった。
しかも旅費は学院ではなく実費という事らしく、エヴァンは俄然行く気が失せていく。
開始して十分後、エヴァンは聞いた振りをして別の事を考えていた。
(近い内作戦があるはずだけど、おそらく対象はあの男爵さんが言っていた近衛騎士団団長ヨハネス・フォン・ヴァンフリーな筈だ。
閣下は何かを確認しようとしているけど…一体何を事実確認をしようと?
おそらくは男爵さんが本当にあの王宮内部の詳細地図に関して?
確かにいきなり近衛騎士団団長を殺すとなると面倒だし、慎重になるのは分かるけど…それ以外に何か不確定な要素が入り込んでいるかな?
…そうなると、考えられるのは地図を渡したヨハネス以外に何かあるのか…まぁ、いつもちょうど良く僕の復讐対象者みたいだし、念入りに殺せばいい。
さすがに警備は男爵さんの私兵とは段違いだろうし、ここは【下士官】クラスも投入して…)
「……おーい、エヴァ?
なんだよ、目開けて寝てるのか!?」
「あらあら、器用な事出来るのねエヴァ君たら」
「エヴァ、貴方私の話を聞いていなかったの!?」
「ふぇあ!?」
考え事をしていたせいだろう、突然声を掛けられた所為か、奇声を上げながらエヴァンは意識を現実に戻した。
周りを見て見ると、レオン、アンジェ、そしてロニがエヴァンを囲い込むように見ていた。
「な…ナニ?」
まさか自分がここまで接近されて近付かれた事に驚いたのか、表情がひくついていた。
あまりの無様に顔を赤らめたエヴァンだったが、三人は自分が寝惚けていた事を恥ずかしがっているのだと勘違いした。
「いや、ナニじゃないぜ?
班分けするから一緒の班になろうぜっていう話だよ」
「さすがに私たちと一緒の班になりたいっていう身のほ……いえ、献身的な方がいなくって。
四人一班となっているから、エヴァ君もどうかしらって話なのよ」
「貴方がこの前狩に行った事はレオン…殿下から聞いているわ、実力もまぁ…優秀だって聞くし……。
か、勘違いしないでよ!?
貴方がこのクラスで浮いているから入れてあげるのであって、一位と二位のいる班ならこの総合研修でも優秀な成績を叩き出せるからなんだからね!?」
(おおう、相変わらずの勝気で僕ちょっと安心しちゃった。
うん、これならいつも通り殺せそうだね)
平常運転とばかりにエヴァンはロニへの殺意を留めて置く事にしていくのだった。
レオンとアンジェが気まずそうな表情をしている。
さすがにロニの発言に引くものがあったのだろう、ある意味本音なのだろうが、あまりに露骨過ぎてその場から離れたいのか片足が浮いていた。
「…はい、ロニ様達のご迷惑にならないように働きますので、よろしくお願いします」
まるで主人と従僕の会話なのだが、内心腸が煮え繰り返っているエヴァンがゴブリン相手にどの様な事をしたのかを知っているレオンとしては、寒々しい笑顔をロニに向けている様子を見て大きく一歩下がった。
ロニも何か悪寒が走ったのか、辺りを見回して見るのだが原因が良く分からずに首を傾げていて、レオンとアンジェは小さく溜息をつく。
「きょ、今日のところは帰るとするわ。
エヴァ、貴方もつまらない事をして怪我なんてせずに研修に臨むのよ!!」
そういうと、ロニは教室から出て行ってしまう。
見えなくなった所で、エヴァはもちろんの事、レオンとアンジェが深い溜息をついた。
「…最近は落ち着いていたのになぁ、やっぱり勝負事になるのあの状態な訳なんだなぁ。
……うん、思いっきり大差にしてぐうの音も出ないほどの大勝しようそうしよう」
「……俺さ、ロニも言い過ぎだっては思ったけど、エヴァのその台詞ですっかり気が変わっちまったわ。
ロ二が可哀想に思えてきた」
「同感ですわねレオン兄様。
まぁ、自業自得でしょう。
この際、ロニにはエヴァ君との格の差をはっきりと自覚してもらいましょう。
いい加減あの調子だと私も疲れてきますし」
一人頷いているエヴァンにレオンはロニを心配しだし、アンジェはロニに同情してしまったが、この際徹底的にロニの鼻っ柱を折ってもらおうと思ったのか応援していた。
「さて、僕も帰るね。
二人ともじゃあまた明日」
「おうエヴァ、また明日な!!」
「ふふ、エヴァ君も体に気をつけてね、ごきげんよう」
エヴァンは教室を出て学院を出た。
まっすぐとベルモンド商会へと向かうとそこで大柄な冒険者が店にポーションを買いに来ていた。
目つきの鋭い大柄な冒険者はエヴァンを見ると鼻を鳴らして店を出て行く。
「……」
その様子に何か思ったのか、小さく溜息をつくエヴァンだったがすぐにセルバーのいる場所にまでやってきた。
「いらっしゃい坊ちゃん、今日は何が入用で?」
もう手馴れたものなのか、営業スマイルを張り付かせたセルバーが定期的にエヴァンが買っているポーションの材料を手に取っていた。
出来すぎたサービス精神に驚きつつ、エヴァンはセルバーが本職を忘れていないかやはり心配に思うのだった。
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その日の深夜、エヴァンはベルモンド商会を訪れていた。
買い物袋の中に、今日会議を行うと指示があったからである。
エヴァンはアニマと共に周囲を警戒しながら人目につかずにベルモンド商会の裏口から入っていく。
ここ最近何者かが―――レオンの近衛騎士―――エヴァン達の借りている家を監視しているので、気付かれずに家を出るのに手間取った所為か、予定より五分ほど遅れていた。
「お待ちしていました【大佐】殿。
すでにケビン・ログナー序列第十三位【准佐】がいらしています」
「そう」
セルバーが出迎えると、『ご苦労様』と言ってエヴァンとアニマはそのまま会議室へと向かった。
ケビン・ログナーという名前を聞いて、エヴァンはいやな予感が脳裏を巡っている。
他の部隊と連携して作戦に望まないといけないような作戦なのかと思うと同時に、いつも以上に完璧にこなせば問題ないと思うのだった。
「失礼します、序列第二位【大佐】エヴァン・ヴァーミリオン、入室します。
閣下、遅れてしまい申し訳ありません」
「エヴァン・ヴァーミリオンが使い魔、失礼する」
今回はアニマも同席を許されているため、短く挨拶するアニマだが、入室してすぐにエヴァンはルッケンスに頭を下げた。
簡潔にエヴァンの周囲が監視されているということを報告すると、ルッケンスは気にした様子もなく口を開く。
「構わん、【大佐】の近付いている人物は高位貴族の令嬢に王族二人。
不審な者ではないかと裏を取ろうとするのは至極当然の事だ。
気付かれずに来れたのなら問題ないのだよ。
そしてそのまま座ってくれていい、早速会議を始めよう」
「御配慮に感謝します」
エヴァンは席に着くと、ケビンに軽く挨拶する。
「やぁケビン、さっき振り。
冒険者の格好、様になっているね?」
アニマはエヴァンとケビンの間に立つようにして黙っているが、顔がにやけていて何か面白い事があるのだろう。
そこにはベルモンド商会に訪れていた大柄な冒険者が座っていた。
彼が【夜明けの軍団】に所属するケビン・ログナー序列第十三位【准佐】である。
ケビンをちらりと見てはニヤニヤとして、ケビンは不快そうに鼻を鳴らす。
「はっ、随分と重役出勤な事で【大佐】殿。
こちとら任務とは別でそれなりの依頼してるんだ、それらしくもなる。
あんたみたく貴族共の御機嫌伺いなんて気持ち悪い事してるよかよっぽどましだぜ」
「そっか、元気な用で安心したよ。
作戦に支障が出るようなら、僕の権限で即刻降格申請出して今作戦から除こうと思っていたからさ」
二階級以上の立場にいる者であれば、下位の者を昇格や降格の申請をする事が可能である。
生意気な口を利くケビンに、エヴァンは笑顔を持って対応していたのだが、目がまったく笑っていないことに気付いていない者はいない。
明らかにエヴァンのことを舐め切っているケビンと、バカにし切っているエヴァン。
お互いが毛嫌いしている所為か、口喧嘩はさらにヒートアップして行く。
「はっ、それはご心配どうも!!
言っとくが、俺は怪我一つなく任務に従事してる。
冒険者共の動向も逐一報告済みだ、あんたも読んでるだろう。
降格申請よか昇格申請の間違いだぜ、ボケてんのか?」
「さすが万年最下位は浅ましいねぇ、僕よりも上の立場の人なら閣下がいるんだから、そっちにお願いしてみたら?
まあ、おこぼれで【佐官】クラスに入れたマグレ君には難しいと思うけどねぇ」
エヴァンの言っている事は酷くケビンを傷つけたのだが、的を得すぎていてケビンも口を開こうとして踏みとどまった。
これ以上は収拾がつかなくなり、厳罰処分になってもおかしくないからだ。
「ケビン・ログナー序列第十三位【准佐】。
今計画においては冒険者という立場から計画に参加する事に。
戦闘能力は良くも悪くも十三位という結果が分かる。
冒険者ランクはBランクで足踏み中、性格は粗野で性根が浅慮極まる。
我が主とは大違いじゃ。
にしても…仲が悪いのうまったく」
「二人とも、ここでは低レベルな口喧嘩をする場ではない、弁え給え。
……ところでアニマ、誰に向かって言っているのかな?
そちらには空気しかないのだが?」
「はは、もちろん独り言じゃ」
「酸素がもったいない、少し省エネしてい給えよ」
ルッケンスはジト目でアニマを睨むのだがアニマはどこ吹く風とばかりに居直った。
仕方なしにルッケンスはアニマに省エネ―――黙っているように命じて『会議を始める』と再度宣言する。
これ以上の問答は力尽くで排除する、そういった目でルッケンスはエヴァンとケビンを睨み付ける。
さすがにエヴァンも悪ふざけが過ぎると思ったのか、軽く両手を挙げて降参のポーズを取った。
「まず、そこにある資料を読み給え。
今作戦の標的が記載されている」
「拝読します」
「読ませていただくっす」
エヴァンとケビンが資料に目を向ける。
エヴァンの予想通り、そこには『ヨハネス・フォン・ヴァンフリー』の名前が記載されていた。
やはりアルファレオの証言に証拠があったのかと思い読み進めていくのだが、そこでエヴァンは思わず読むのを一旦停止した。
「これは…」
エヴァンはそこに記載されている名前をもう一度読む。
そこには『アルヴィン・フォン・シザーク』という人物の名も上がっていた。
この人物も今作戦では対象者となっていたのだ。
しかも肩書きは近衛騎士団副団長となっている。
再度読み進めていく内に、アルヴィンの実家であるシザーク家は古参の伯爵家であり、王家の信頼の厚い家柄で、伯爵家でありながら何度か王家から王女を降嫁する等といった事もあったそうだ。
古参の貴族は他にも多々あるが、王家に信頼されている貴族は酷く珍しい。
対象であるアルヴィンはヨハネスと比べるべくもなくアルヴィンに軍配が上がるほどの実力者で、何か功績があればアルヴィンを退けて彼が次期近衛騎士団長となるのは間違い無いとまで記されていた。
情報が過剰なほどべた褒めしているのに怪しく思ったエヴァンであったが、経歴を見てその怪しさは無くなった。
エヴァンの通っている王立学院で入学しての六年間、ただの一度として主席から落ちる事無く君臨していた天才児だとあったのだ。
エヴァンが入学してくるまで最高得点はすべてアルヴィンのものだったが、それでもその才能はそこらの凡夫とは違う『格の違い』を感じ取ったのだ。
「……閣下、今回自分は近衛騎士団団長、ヨハネス・フォン・ヴァンフリーにしようかと。
ケビンには副団長の方を任せようと思います」
「…俺が団長を殺る。
【大佐】はよわっちい副団長のほうやっとけよ」
またしても突っかかるケビンに、さすがにエヴァンの表情も笑顔ではいられなくなった。
口の利き方や態度に対してではない。
何しろ“任務”と“復讐”を両立させているのだ、そこに邪魔が入るなどあってはならなかったからである。
そもそもエヴァンはケビンを嫌ってはいるがそこまで注視していない存在だ。
だからこそ普段から格下であるケビンに対して軽くあしらう程度に収めているのである。
嫌いだという理由だけではエヴァンは動かない。
「……ケビン、資料をよく見て見たら?
明らかに副団長のアルヴィンの方の屋敷の警備は少ない。
対して団長であるヨハネスの方は屋敷も大きいし警備の数もかなりある。
殲滅力のある僕の部隊の方が効率よく速やかに完遂出来るんだよ。
対してそっちの部隊はといえばいつも寄せ集めばかりの即席部隊。
部隊の損耗率を下げたいのなら、ここは僕のいう事に従って……」
「断る!!」
エヴァンの言葉を遮り、ケビンは勢いよく立ち上がるとエヴァンを指差し宣言する。
「俺はこの計画に全部つぎ込んでんだよ!!
上に昇って俺の願いを叶えるために、全部切り捨てて昇ってきてんだ!!
だから俺は―――」
「―――話し長くなるなら後で聞くしどうでもいいから。
ケビンの願いなんて知らないし、どうでもいいから。
第一部下をいつもいつも切り捨ててその程度の地位にしかいれないのは明らかにケビンの才覚のなさが原因でしょ?
まぁともかく…団長は僕の獲物だ。
いちいち昇進したいからって私情を挟まないでよ、鬱陶しい」
今度はエヴァンがケビンの言葉をばっさりと断ち切ると、ケビンのこれまでどうやって今の地位に上がってきたのかを淡々と突き付ける。
事実エヴァンの言はその通りで、ケビンはこれまで今の地位に昇ってくるまで所属していた部隊の隊員の殆どを切り捨ててきた。
損耗率では【尉官】クラスでも当時からトップの損耗率という不名誉を誇り、漸く【佐官】クラスになったが、他の部隊と比べても顕著なほどのその不毛ぶりに数年経っているが昇進の話は一切上がっていない。
【佐官】クラスの中で最も低い【准佐】という階級であるが、その人数は全員で十三人。
元々【准佐】という階級は次の【少佐】に上がる者が出れば順次序列が上がるのが通例だが、ケビンはその序列が上がったことが今まで一度としてなかった。
【夜明けの軍団】が下した評価とは、つまりはそういうものなのである。
「………っ」
『どの口が私情を挟むなといっているだ』、とアニマがエヴァンとケビンのやり取りに声を殺して笑っているのだが、ルッケンスに睨まれるとその笑いも抑えた。
そしてルッケンスはこの不毛なやり取りにいい加減飽きたのか、机を軽くノックして会話を止めさせた。
「やめないか二人とも、さっきも言ったが、ここは遊び場ではない。
―――作戦を通達する。
エヴァン・ヴァーミリオン【大佐】は現近衛騎士団団長、ヨハネス・フォン・ヴァンフリーと周囲にいる者達の情報収集及び殲滅を命じる。
ケビン・ログナー【准佐】は現近衛騎士団副団長アルヴィン・フォン・シザークと周囲にいる者達の情報収集及び殲滅を命じる。
作戦予定日は4月26日、時刻は共に0200だ。
反論は受け付けない、以上だ。
ログナー【准佐】は退室し給え、エヴァン【大佐】には用があるのでそのままでいるように」
「―――っ!!」
有無を言わさないルッケンスにケビンは立ち上がって抗議をしようとしたものの、開きかけた口からは何も発せられなかった。
エヴァンの【不音之鳥籠】を発動させてケビンの周りに展開させたのである。
鳥籠からは何も聞こえない、ケビンはエヴァンを睨み付け口を開口させている。
きっと叫んでいるのだろうが、何を言っているのかは聞こえてこなかった。
「…さっさと退室しなよケビン?
それ以上抗命するのなら…消しちゃうぞ?」
会議室の空気が変わる。
エヴァンの魔法で会議室内の空気に干渉したのかとケビンは思ったが、それが違うという事に気付いた。
エヴァンの瞳が、黒い、黒かった。
そこにはケビンはおろか、何も映していないのである。
先程の【不音之鳥籠】もそうだったが、まったく気配を感じさせない無詠唱での魔法の行使。
そして気付かない内にエヴァンの使い魔であるアニマも背後に立っていたのである。
手を伸ばせばケビンの首を刎ね飛ばせるほどの超近距離にアニマはいた。
これが序列第二位【大佐】エヴァン・ヴァーミリオンの力。
ケビンでは届かない高みが、目の前にいた。
「はは、お帰りは後ろじゃよ?
ケビンよ、死に急いではそのチャチな願いが叶わなくなるやもしれん。
努々、選択を誤らんようにのう?」
「―――っ!?」
ケビンはエヴァンに何かいうと、席を立ち上がり会議室から飛び出していった。
扉が閉まり、ケビンの姿がベルモンド商会から出て行くのを確認して、エヴァンはルッケンスに一礼した。
「申し訳ありません閣下、許可もなく魔法を行使してしまって。
しかも閣下の前で汚いモノを見せてしまう所でした」
エヴァンの瞳から輝きが戻ってきて、空気もまた元に戻った。
エヴァンの謝罪とも言い難い言葉にルッケンス、そしてアニマは苦笑した。
「正直あそこまで酷いとは思わなかった。
彼をこの計画に推薦したのはザコビッチ・ダセコフ序列第八位【准将】でね。
彼からの鬱陶しいプッシュに根負けして入れてしまった人事だったのだよ。
確かに戦闘能力は目を見張る物がある、【佐官】クラスであればまあまあだ。
が、それ以外が壊滅的でね、部隊指揮など指揮棒を折りたくなる位にダメなのだ。
………つまりはだ、この計画において唯一の”欠点”となる。
そういう事を考慮した上で、今作戦に臨み給え。
以上だ、退室なさい」
「はい、失礼します」
「失礼する」
エヴァンはルッケンスの言葉を飲み込むと、うっすらと笑いアニマと共に会議室から退室した。
ベルモンド商会から出て借家に戻ると、エヴァンはアニマにこの作戦がどうなるのかを尋ねた。
その酷く抽象的な質問に、アニマは自信満々で応える。
「この作戦、いろんな意味で荒れるのう。
やはり鍵は奴じゃな、ケビン・ログナードベ【准佐】。
なにやら企んでおったわい、注意せんとのう」
「ふうん、それはまた随分と分かりやすい。
…まぁ、これで大義名分が出来た事だし、安心して作戦に臨むとしようか」
エヴァンは笑うと窓から見える黒い空を見上げた。
「『後悔するなよ』か、それはこっちのセリフだよケビン。
お前こそ後悔しないよう、残り時間を精一杯生を謳歌すると良い。
その果てに何が残るのかをね。
気付けなかったら……」
―――どうにかなっちゃうぞ?
闇夜の空は黙し、毒は笑い侵食を始める。
蝕み続けた果てに残るのは―――。
次回、再び復讐回が始まります。
読了ありがとうございました。




