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1.妄想学園農林畜産科  作者: 卯堂 成隆
8/12

妄想学園農林畜産科8

 暗闇の中で煌く金属の光。

 そして何かを激しく打ち付ける音と、少女たちの悲鳴。


 要と姫が言葉による刃を交わしていた頃、屋敷の外では本物の刃が飛び交っていた。


「怯むな! なんとしてもここで食い止めろ!」

 悲痛な叫びを上げるのは、この屋敷に警備担当として在住している女子高生たち7人。

 彼女たちの横を狼の群れが通り過ぎ、不埒な侵入者の喉笛を食いちぎらんと飛び掛るが……

「「キャイン!!」」

 彼らは敵に近寄ることすら適わず地面にひれ伏す。


「無駄無駄無駄! この俺の前に立ちはだかろうなんざ、まさに無謀! 役者も実力も違いすぎるぜぇっ!」

 獣ですら輪郭しか把握できぬ闇の向こう、やたらと高いテンションを撒き散らすテンガロンハットを被った男が一人。

 男がその手をすばやく振るうと、また一人少女が「きゃっ!」と叫び声をあげて闇に消えた。

「そんな……私たちがたった一人の相手に……」

 少女たちと獣たちは、このたった一人の相手に終始劣勢を強いられていた。

 だが、彼の手にしているのは銃でも刃物でもなく、たった一本のロープ。

 男はそのロープを鞭、時には盾、時には足場として変幻自在に使い分ける。

 その動きは野獣よりもすばやく、その攻撃は毒蛇の動きよりもなお苛烈であった。

 すでに狼はおろか獅子や虎ですら意識を失い、いつのまにかロープでぐるぐる巻きにされた状態でぐったりと地面に倒れ伏している。

「……ば、化け物」

 最後に残った少女もまた、首に巻きついたロープに指をかけたままそう呟くと、ドサリと地面に崩れ落ちた。


「化け物とはずいぶんと失礼だな。 俺はただのしがない学究の徒だよ。 いささか色男すぎるがな!」

 面長で彫りの深い輪郭に、短く刈り込んだ黒金の髪、やや太い眉とハッキリした目鼻。

 中東の血でも混じっているかのような濃い目の顔立ちと浅黒い肌、さらに短めに整えた無精ひげが、しつこいくらいに男臭さを際立たせていた……が、まぁ確かに整った顔立ちではある。


「さーて、どこにいるのかな、お姫様」

 聞かせる相手もいないまま冗長な台詞を吐くと、男は頭に被ったテンガロンハットの鍔を指で直して歩き出した。

 そして女子生徒たちの苦悶の声をBGMに、男は正面から堂々と玄関を開けようとドアノブに手を伸ばし……


「――うぉっ!?」

 ぱしゅっ!

 その手がドアノブに触れようとした瞬間、シャンパンを空けたような音とともにドアノブが弾け飛び、同時に玄関の明かりが突然に周囲を照らし出す。

 同時に大量のピンク花びらが上から舞い散り、男の顔に、肩に、被った帽子の上に、嘲笑うかのごとき軽やかさで降り注いだ。


「誰だ! こんな怪盗部みたいな芝居のかかった嫌がらせしやがって!」

 薄紅の花びらを乱暴に手で振り払い、男が唾でも吐くような調子で悪態をつくと、不意に玄関の屋根の上に小柄な人影が現れた。

「侵入者のお前にそんな台詞を吐く権利は無いと思うけどね。 あと、芝居がかかったのではなく、美学を追求した結果だと何度いえばわかるのやら」

 暗闇に目をこらし、その人影の正体を見極めようとして、男の目が丸く見開かれる。

「れ……羚? いや、違う! ちっ……よりによってお前か、要。 夕方に見つけたときはまさかと思ったが」

「よりによってだと? そういいたいのはこっちの方だ、アントニオ!」

 不快げに眉間に皺を寄せた要が、侵入者の名前を吐き捨てる。

 完全に演技を忘れた男の口調だが、幸いにバレては困る相手は全てアントニオの手によって気絶していた。


「誰がアントニオだ! 俺の名前は安藤邦雄! その変な仇名はやめろと何度言ったらわかる、この怪盗かぶれっ!」「だれが怪盗かぶれだ! お前こそ日本人に見えんぞ!!」

 アントニオと要は旧知の間柄のようだが、その交わす言葉に親しげな空気はまるで無い。

 投げる台詞も、まるで親の敵に対するかのようだ。

 それというのも……


「そうだな、お前がうちの妹と縁を切ったら改めることを考えなくも無い」

「じゃあ、アントニオでいいや」

「納得するな、このアントニオ! ……羚のやつもこんな男のどこがいいんだ!」

 今になってやっと理解した。

 今日の夕方の不快なストーカーの正体は、この男のものだったのだ。

「ふっ、頭の先から足の先までだそうだ」

 会話からなんとなくわかるだろうが、ようはこのアントニオ、要の妹の彼氏なのである。

 重度のシスコンである要にとっては、まさに天敵――可愛い妹を拐かす、悪の化身とはまさにこのこと。

 要が姫の警備に抜擢された最大の要因が、このアントニオとの確執である事を知っているのは、学園の用務員と依頼人の黒崎のみである。


「というわけで、羚もここのお姫様もこの俺様が纏めてもらって行くぞ。 邪魔するなら、たとえ『未来の兄弟』といえども覚悟してもらおうか!」

「誰が兄弟だ、この悪い虫め! むしろ、ここで合ったが百年目……覚悟するがいい。 うちの妹に取り付く害虫など、この世から綺麗さっぱり駆除してくれる!!」

 その台詞とともに、要は剃刀の如き切れ味を誇る金属製のカードを投げ付け、

「ふ、貴様こそ覚悟しろ! ここで俺を認めさせて、貴様を『お兄さん』と呼んでくれる!」

 アントニオはそのカードを防刃性を高めた特殊なロープで弾き飛ばす。


「ふっ、この歴史研究部に代々伝わるロープワークと特殊樹脂製のロープの前に、そんな豆鉄砲が通じると思うなよっ!」

 いったいどこから取り出しているのか、無数のロープが唸りを上げて要に迫る。

 その鋭さたるや、毒蛇の牙すらお遊戯に見える程。

「歴史研究部? そんな知的な名称が似合っているとでも思っているのか、このトレジャーハンター部! お前らは大人しく遺跡でも漁っていればよいのだ!」

 そのロープを手にしたステッキで弾く要。

 なんとかしのぎきったその顔に、一筋の汗が光る。

 たかがロープと侮る無かれ。

 下手に受けようものなら、次の瞬間にはまるでタコの触手のように手持ちの武器を絡め取る実に厄介な攻撃なのだ。


「一気に決めさせてもらう!」

 再びアントニオがロープを構える。

 だが、要は懐から仮面とリモコンスイッチを取り出して、高らかにこう告げた。

「……種も仕掛けもございません」

 カチッ


 ぱしゅうぅぅぅっ!

 次の瞬間、アントニオに弾かれて周囲に散らばっていたカードがすさまじい光を放ち弾ける。


「ぐあっ……クッ、閃光弾仕込みのカードかよっ!」 

 目を押さえて後退るアントニオ。

「これで、終わりだ! 消えろ、害虫!!」

 要はすばやくショットガンを仕込んだステッキに暴徒鎮圧用のゴムボールを装填し、その銃口をアントニオに向けた。


 そのさっきを感じ取り、アントニオの顔にビッシリと汗が浮かび上がる。

「くそっ……来い! ハンニバル!」

 アントニオの叫びに反応し、闇の向こうから何か巨大なものの足音が近づいてきた。

「遅い!」

 だが、邪魔が入るより早く要の指が引き金を引く。


 ドスッ

「……ぐはぁっ!!」

 その弾丸はアントニオの腹を正確に打ち抜き、ヘビー級のボクサーに匹敵すると言われる衝撃が彼の鳩尾を強打した。

 ――勝った!

 要は勝利を確信したが、万が一の反撃に供えてさらにゴムボールを装填する。

「げほっ……ぐはぁ……」

 要が注意深く見守る中、唾液と苦悶を吐き散らしながら何度か手足を痙攣させると、アントニオはそのまま大の字になった動かなくなった。

 だが、要がそれ以上何かするより早く、先ほどから響いていた巨大な足跡の主が闇の中から姿を現した。


「象!?」

『パァオオォォォォォォォォォン』

 すさまじい勢いで突進してきた巨大な生き物は、その長い鼻で気絶したアントニオの体を拾い上げると、そのまま闇の彼方へと走り去る。


「そっか、ここは農林畜産科だったな」

 普段のフィールドであれば、完全勝利であったものを。

 心の中でそう呟きながら、要は護衛の役目を果たせた事でよしと考え、アントニオによって壊滅状態になった屋敷の警備員を家の中に運ぶべく使用人を呼びに玄関へと入っていった。


 その頃、二階の窓から二人の戦いを見ていた人物が二人。

「なんじゃろう? あの二人顔見知りのようじゃが、内輪ネタが多すぎてついてゆけぬ。 酷くないがしろにされた気分じゃ」

「姫、おいたわしや」

 げに、見物人とは身勝手なものである。

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