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1.妄想学園農林畜産科  作者: 卯堂 成隆
6/12

妄想学園農林畜産科6

 まだ付いてくる……

 ドサクサに紛れて従業員用の出入り口からコンビニを出た要の後ろを、ふたたびあの嫌な視線が付回す。

 どうやら、こちらの行動を読んだ上で先回りでもされたらしい。


 ――不愉快だ。


 こちらが監視に気付いていることを理解しているだろうから、次は向こうも警戒するだろう。

 もういちど追跡を撒くにしても、あいにく現在地の地理には疎い。

 ここは一度屋敷に戻るべきだろうか?

 そんなことを考えていた要だが、ふと、自分を注視する視線が増えた事に気付く。


 誰だ?

 傍らの店のガラスを使って後ろの様子を確認すると、要の後ろを先ほどの裸族イケメンがヒョコヒョコと付いてくる。

 何してるんだ、こいつは!?

 いやな予感を覚えつつも無視して歩み去ろうとした要だが、裸族イケメンは焦ったように足を速めると、要の前に回りこんだ。

 見た目を裏切らずなかなかの敏捷性だ。


「……何か御用でしょうか?」

「が……かうっ!」

 流石に無視もできず、出来るだけ無関心を装って声をかけるのだが、目の前の裸族は全身を真っ赤にしてただ吼えるだけ。

 言葉の壁は厚く険しい。


「あの、『がうっ』ではわからないのですが」

 露骨に困惑を漂わせながらそう答えると、裸族は首に巻いたプレートを指し示す。

 読めと言うのか?


「丸賀……折夫?」

「がうっ! お、うぉれ、ま、まるヴぉオリオ。 オリオ、オリオ!」

 そのプレートに書かれた文字を読み上げると、裸族――オリオは嬉しそうに自分の名前を連呼した。

「で、そのオリオさんは何か御用でも? 無ければ先を急いでおりますので」

 その脇をすり抜けようとした要だが、その腕を大きな手が掴んで引き留める。

「離していただけませんか?」

「が、がうっ……」

 何がいいたいのか見当が付かないわけでもないが、生憎と根本的にそれに付き合えない。

 要が男だと理解する前にバッサリと切り捨てるのがお互いのためだ。

 せめて幻想ぐらいは守ってやってもいいだろう。

「もう一度言いますが、離してください。 人を呼び……」

 要がオリオを突き放そうとしたその時だった。


「人の縄張りで、ずいぶん見せ付けてくれるじゃねぇか」

 剣呑な空気を帯びた声が周囲を震わせる。

 気がつくと、人の往来は途絶え、鳥の声も消えていた。

 ――囲まれたか?

 建物の影から複数の殺気のこもった視線が肌を貫く。


「う、うがっ!」

 その気配を感じたのか、オリオが緊張を帯びた声をあげ、要を守るように前に立ちはだかった。

 微妙に頼りないが、ナイトになるつもりだろうか?


 ――まずいな。

 やがて建物から出てきたのは、オリオよりもさらに体格のいい金髪の大男。

 おそらく同じ高校生なのだろうが、厳つい顔は淡い金色の無精ひげに覆われ、どう考えても20歳より下には見えない。

 元は学生服だったらしき袖の無い服を裸の上に羽織っただけの姿はほとんど山賊。

 おそらく天然であろう金髪をソフトモヒカンにしたその男は、獲物を狙う肉食獣の目で二人を見据えると、わざとらしいぐらいゆっくりとした動作で近寄ってくる。

 その後ろには、一頭の雄のライオンが付き従っていた。


「その女を置いてゆけば、見逃してやってもいいぞ?」

 モヒカン男の顔に好色な笑みが浮かぶ。

 ――万死に値するな。

 怪盗たるもの、常に紳士の心得を忘れてはならない。

 見苦しい劣情を力づく出押し付ける輩、断じて許すべからず。


 要は奇術の要領で袖から催涙弾を取り出すと、目の前のモヒカン男に投げつけるタイミングをはかり始めた。

 催涙弾がダメなら、小型ではあるが爆薬もある。

 一見してただのセーラー服に見える格好だが、内側には無数のポケットがつけられており、要愛用の武器や道具が山ほど隠されているのだ。

 おそらく要をこに送り込んだ用務員の仕事だろう。

 ……癪に触るが、悪くない仕事だと言っておこうか。


 だが、要ご自慢のシークレットウェポンが火を吹くより早く、オリオが一歩前に出る。

「ま、まちなさいっ!」

 見ただけで判る。

 敵はオリオで相手になるような輩ではない。


 バシン!

 要が止める間もなくオリオが繰り出した拳は、相手の顔面を捉えることなく、その大きな掌に受け止められた。

 つ……動きの止まったオリオの背中に、冷たい汗が流れる。

 次の瞬間、風が吹き付けるような感覚が要を襲った。


「お前、俺がこの農林畜産科の番長と知って殴りかかったんだろうな?」

 ――番長!?

 なんと言う昭和の香り!

 別の意味で感動を覚えた要の耳に鈍い音が響き、オリオが勢い良く後ろにすっ飛ばされた。


「うぐっ……かはっ……うあぁぁぁぁぁぁ!」

 殴られたオリオはすばやく立ち上がると、悲痛な表情を要に向ける。

 逃げろ……とでも言うのか?

 その思惑を謀りかねた要の前で、オリオは再び番長に向かって拳を突き出した。


「ヌルいわぁっ!」

 再び番長の拳がオリオを捉える。

 だが、オリオは歯を食いしばってそれに耐えると、番長にもたれかかるように抱きつき、その動きを封じ込めた。


「が……がふっ!」

「離せ、この全裸野郎!」

 ――逃げろ!

 番長に殴られながらも、オリオは必死で要に目で訴えかける。

 とは言え、ここにいるのは何も番長一人ではない。

 要一人が逃げたところで、番長の取り巻きに捕まるのは目に見えている。

 気に入らない!

 弱者に拳を振るう番長が許せない。

 自分を助けるためとはいえ、勝手に犠牲になろうとしたオリオが許せない。

 この状況をニヤニヤしながら見ている取り巻き連中が許せない。

 ならば、取るべき手段はただ一つ。


 ……全員お仕置きだ!

 要は銀色をした短い円筒状の物体を取り出すと、思いっきり番長に投げつけた。


「くらいなさい! SSB(シュールド・ストレミング・ポム)っ!!」

「しゃらくさいっ!」

 番長がそれを拳で迎撃すると、その物体はあっけなく壊れ、その中身が周囲に悲惨……もとい飛散した。

 それを見届けることなく、要は裾の長いマントを取り出し、さらに舞踏会のごとき仮面を顔に装着する。


 一連の動作が全て終了したその時、地獄の釜が蓋を開いた。


「「……うげはぁぁぁぁぁごぐあぁぁぁぁぁぁぁ」」

 周囲に漂う悪魔の香に、人も獣も、要以外の全員が息絶える。

 それは怪盗部の中でもさらに酔狂な連中が、化学部と面白半分に開発したネタ兵器。

 さらにそれを要が冗談半分でモニタリングのバイトを引き受けたという最悪な催涙弾であった。


「食用可能な最臭兵器 (コーホー)、シュールド・ストレミングを (コーホー)、さらに濃縮させた魔王の一撃!(コーホー) 地獄に落ちても忘れるな!(コーホー)」

 決め台詞を吐き捨てると、要はそそくさとその場を後にした。

 いくらガスマスク付きの仮面と防臭処置を施したマントがあるとは言え、長々と観察したくは無い光景である。

 一刻も早く帰ってレポートを纏めなくては。

 むろん、書くべき内容は決まっている。

 ――使用禁止。 洒落にならん。


 使い捨てのマスクとマントをコンビニのゴミ箱へ違法に叩き込むと、要はいそいそと家路をたどる。

 その耳を遠くから雷の音が震わせた。

 まもなく、南国特有の気象現象――スコールがやってくる事に気付いた要は、その脚を更に早める。

 それから数分もせぬうちに、街はバケツをひっくり返したような土砂降りに見舞われた。

 




「おい、全裸男。 生きてるか?」

「が、がうっ……」

 スコールの過ぎた後、町の片隅で大の字になっていた男二人が意識を取り戻す。

 かたや半裸に近い金髪男、かたや整った顔立ちだが全裸少年。

 双方ともに体格がよいので、雨上がりの景色が台無しになるほどむさくるしい光景だ。


「お前、無茶するなぁ。 俺に喧嘩を売ってまであの子が欲しかったのか? 勝てないのは判っていただろ」

「うぐっ……がうぅぅ」

「なに、初恋だと? 無我夢中で何も考えていなかった? どんだけ馬鹿なんだよ、お前」

「がう、がううっ!」

 呆れたように呟く金髪男――番長は、険のとれた顔で全裸の少年――オリオに笑いかけ、握手をするように片手を差し出した。

「認めてやるよ。 まだちょっと未練はあるが、今回はお前の勝ちでいい。 だから、頑張って口説き落としてこい。 応援してやる」

 その台詞にオリオは嬉しそうに頷くと、その手を力強く握り返した。


「でもな……」

 そう前置きして、番長は重要な台詞をオリオに告げた。


「全裸はまずいな。 彼女、目のやり場に困っていたぞ。 お前、変態だと思われてないか?」

 その台詞に、オリオは再び大の字となり、しばらく動けなかったという。


 彼の初恋は、いろんな意味で前途多難である。

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