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1.妄想学園農林畜産科  作者: 卯堂 成隆
3/12

妄想学園農林畜産科3

「ここが……農林畜産科……」

 要の声は、驚きか恐怖か、それとも感動なのか、自分でもよくわからないままに酷くかすれて震えていた。

 彼がそうなってしまってもおかしくは無い。

 それは学園に在籍するものならば、誰しもが一度は耳にし、そして一度も触れずに終わる場所だった。


 曰く、農林畜産科はそれ自体が一つの宗教団体のような存在になっている。

 曰く、その敷地は学園に隣接する原生林の中にあり、一般人は脚を踏み入れることすら許されていない。

 曰く、内部の情報はうかがい知れず、噂では動物と意思を交わすことの出来る超人たちがいる。

 曰く、農林畜産科には王がおり、王の許しなく中に入ったものは、二度と出てこない。

 曰く、その門の向こうには異世界が広がっている。

 全て噂話に過ぎないのだが、その噂を確かめようとしたものはことごとく学園から姿を消している。

 学園最大の禁忌にして謎。

 興味を覚えるものは数多いが、探そうとするものは今では誰もいない。

 夜の要塞用務員室すら霞む、怪盗部にとっては憧れの聖域。

 まさか自分がそんなところにいようとは、夢にも思っていなかった。


 ……夢?

 ハッとして、要を顔を上げると、黒崎に刺すような視線を向ける。

「担いでるわけじゃないだろうな?」

 言われて見れば、ここが本当に農林畜産科だと言う保証は無い。

 仮に本当に農林畜産科にいるとしても、それを証明する手立ても無い。

 なにせ、たどり着いたものは誰もいないとさえ言われる伝説の地なのだから。


「お疑いならば、ご自分の目で確かめればよろしいでしょう」

 ――すぐにご理解いただけると思いますが。

 そう告げると、黒崎は足音一つ立てずにドアを開いて要を外に促した。


「外を見せてもらおう」

「ご随意に。 明日からは嫌でも生活する場所になるのですから」

 そのまま黒崎は先導して外へと要を導く。

 どうやら東南アジアに近い文化の地域なのか、外へと続く廊下の壁にはエキゾチックな透かし彫りが施されており、シャンデリアのように吊り下げられた香炉からは茉莉花(ジャスミン)霊猫香(シベット)を加えたような練り香の匂いが漂ってくる。


 鳥の声だけが壁に染み入る静寂の中を抜けると、黒崎は大きなドアを開いて無言で外を指し示した。

「……なるほど。 たしかにここは、少なくとも日本じゃないな」

「残念ながら日本ですよ。 そう見えなくてもしかたが無いのは確かですが。 現実逃避しても何もかわらないとだけ言っておきましょう」

 彼らの前にあるのは、異色……というより、もはや異常な光景だった。


 明らかに南国の日差しと気温の中を、高校生らしき年頃の男女が往来している。

 ただし、半裸で。


 別に全員がそうだと言うわけではないが、道行く人々のほぼ半数が動物の皮を腰や胸に巻いただけの姿というのはなかなか刺激の強い光景だった。

 しかも異様なのはそれだけではない。

 彼らの傍らには犬やネコ、牛、馬、中にはトラやライオンが紐もつけずに闊歩している。

 まるで、寄り添う家族のように。

 まるでお互いの意思が通っているかのように。


 はたしてここは外国のテーマパークか? それとも異世界にでも脚を突っ込んだのか?

 歩いているのが全員日本人であるのが、かえて理解を阻害する。

 じっと周囲を眺めているうちに、目の毒としか言いようの無いスタイルの美少女が毛皮のビキニ姿という大胆な格好で近づいてきた。

「うわぁ……」

 要は思わず顔をあさっての方向に向けるが、美少女は何事も無かったかのように目の前を通り過ぎる。

 まるでそれが普通であるかのような態度でだ。

 当然、周りの人間も要以外は特に驚く様子は無い。


「服装の違いに驚いているようですね」

 黒崎が無表情のままにからかうと、

「それだけじゃないがな。 ……なんだ、ここは? ライオンキングのオーディション会場か?」

 顔をほんのり赤らめながら、要は憮然とした表情で皮肉交じりの疑問を返す。

 そんな様子に苦笑すら返さず、黒崎はただ淡々とこの特殊な社会の説明を口にした。

「彼らが動物の皮を纏うのは、彼らが崇める動物により近くあろうとするからですよ」

「だが、半裸だぞ?」

「全裸も珍しくありませんが、何か?」

 その言葉のやり取りに、要は頭を抱えて小さく呻いた。

 ここに潜伏しようとすれば、その特殊な習慣も受け入れなくてはならないからだ。

「最悪だ……」

 傍から見ている分には面白可笑しいが、自分がその一員となると話は別である。

「――なるほど、これが農林畜産科か」

 やがて要はあきらめたように溜息を吐くと、自嘲するようにポツリと言葉を漏らした。

「ええ、これが農林畜産科です。 あなたの社会の常識は一切通じないと思ってください」

「理解した」

 外へ出てわずか5分。

 すでにフルマラソンの後のような疲労感が、要の全身を襲っていた。

「どうされます? このまま視察されますか?」

 そんな様子を見て取ったのか、黒崎はかすかに首をかしげると今後の予定について質問を投げる。

「……いや。 しばらく現実を受け入れるための時間がほしい」

「了解しました。 では、客室にご案内しましょう」

 クルリと体を反転すると、黒崎は要を促して屋敷に戻った。


 どうやら、要のお外デビューはまだ先の話らしい。

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