あと少し待っていて
神頼みに何の意味があるというのか。けれど私は今、必死に手を合わせている。
神様、私に子どもをください。どんな子でもいいんです。私は、母親になりたいんです。どうか、どうか、私をお母さんにしてください。
そんなことを、ただ必死に。
夫と結婚する時、
「子どもはもつ気はない」
と言い放った。
特段子どもが嫌いだったわけではない。しかし、必要ないとも感じていた。その頃の私は自分の人生に満足していた。仕事があり、夫がいて、両親も健在、少なくない友人もおり、彼らは皆私を想ってくれていた。これ以上何を増やすのだと、本気でそう考えていた。
だから、避妊に失敗したと知った時真っ先に思ったのは、
「しくじった」
だった。
嬉しくともなんともなかった。面倒くさいことになってしまったと、夫には言葉そのままに言った。堕ろすからと伝えた瞬間の夫の顔は、少し曇っていた気がする。
夫は私と同じではなかった。彼は子どもが好きだった。交際していた頃は父親になりたいと何度か話していた。けれど、私の産まないという意見を尊重してくれた。わざと妊娠させるような小細工を働くような人ではない。だからなおさら、私の気持ちが変わらないと理解した彼は、
「近いうち、病院を予約しよう」
と、無理に笑っていた。
産婦人科は妙に混んでいて、空きはしばらく先だった。仕事の都合で休みが取りにくかったこともある。一刻も早く済ませておきたかったが、結局手術は妊娠十二週目に行うことになった。
突然の眩暈で倒れたのは、妊娠十一週目の日曜日だった。当然休診日で、救急に駆け込むと流産していることを告げられた。私は、まるで喉に穴が開いてしまったみたいに息が吸えなくなった。空気がどこかへ逃げていく。
腹の中の命は、もうない。
それだけのことだった。来週にはわざわざ自分で消し去る命だった。何を思うこともない。それなのに。
どうして、こんなにも空っぽなのだろう。
仕事でミスが増えた。夫に向ける笑顔がぎこちないとわかっている。電話口の親の声が薄気味悪いほどやさしい。
胎児を失った私は、自分らしさまでどこかへ置き去りにしてしまった。道すがら出会う子どもにばかり目がいく。お母さん。お母さん。そう言って懸命に何かを伝えようとしている、幼い人間。数十年前の自分がそうであったように、拙くて、少し汚くて、他人からの愛を無差別に貪り尽くす存在。
「可愛いな」
自然とついて出た。
可愛い。
子どもは、可愛い。そう、子どもは可愛かった。
腹の中から消えた私の子どもも、あのように可愛らしかったのだろうか。
会いたかった。会いたかったのだ。私は、あの命に会いたかった。認めた瞬間、涙が止まらなくなった。
仕事を辞めた。夫に頭を下げ、不妊治療を始めた。
噂には聞いていたが、思い描いていた以上の地獄の日々だった。タイミング法はことごとく失敗し、都度私は落ち込み怒り大声を上げ泣いた。年齢というタイムリミットに怯えるようになり、夫ともすれ違い始めた。
子どもなんていらないと突っぱねていた私が、性行為だけではなく、彼の食事内容や生活習慣にまで口を出すようになったのだ。それが彼にはどれだけ負担だっただろうか。そして、そんなことを思いやる気力もないほど、私は日々疲れ果てていた。
友人には流産のことも、不妊治療のことも話していなかった。その期間、身ごもった人がいる。おめでとうは言えた。言えたが、それ以上のことは伝えられなかった。
何かを察したのか、あるいは私のことを冷たい奴だと思ったか。今、彼女とは連絡が取れない。
心身ともにくたびれていた。不妊治療は、仕事なんかよりずっと辛かった。いっそのこと、やめてしまいたかった。けれどこれ以上夫を振り回すのも、自分を騙すのにも耐えられなかった。毎夜泣いていた。泣いて夫に「こんな女で申し訳ない」と頭を下げた。安定しない情緒と、何をしたいのかもわからなくなった自分。笑顔の減った夫。
「旅にでも行こうか」
夫が誘ったのは温泉で有名な田舎町だった。
「気分転換でもしてさ、一緒に、これからのこと、考えようよ」
私はその町に、有名な縁切り神社があることを知っていた。
旅行当日。大雨。なんとか動いていた新幹線に乗り、言葉少なに二人旅に出る。立てていた予定も、この雨では無意味だろう。旅館に直行して、ただ寝て過ごすだけの、目的もない二泊三日。それもいいと思った。私たちはたぶん、もうおしまいだ。
縁切り神社に行きたいと言い出したのは私だ。夫からは切り出しにくいだろうから。
私はもう、子どもをもちたいという自分と離れたかった。夫は何を願うだろう。
何と、誰と、別れたいのだろう。
旅館に着き、荷物を置く。ここのところ私の相手と仕事とでクタクタだった夫は、広縁の小さな椅子に座るとそのまま眠ってしまった。ねえ、お布団敷いてもらう? と声をかけたが、全く反応しない。余程深い眠りなのだろう。しばらく夫が目を覚ますのを待っていたけれど、ふと外を見て雨が上がっていることに気づき、置手紙を残して私は部屋を出た。
先ほどまでの豪雨が嘘のような晴れだった。真っすぐに伸びた光芒が、湿った空気でより強く輝いている。
別れを告げるには、これ以上ない、晴れ晴れしい世界。縁切り神社まではあと二、三分。願うことはただ一つ。子どもを持ちたいという自分そのものだ。
柏手を打ち、目をつぶる。願い事を考える。もうこれ以上辛い思いなどしたくない。
しかし、心から溢れたのは、
「神様。私に子どもをください」
だった。
そう思った瞬間、自分に対して、話が違うと思った。
けれど一度心に浮かんだものは、そう簡単に消えてくれはしなかった。
目を開ける。神様の前で、なんて愚かなことだろう。いや、元来私は神様など信じていなかった。こんなただの願掛けで、人生が変わるなんて、くだらない迷信だ。
そう、くだらない。こんなものくだらない迷信で、くだらない。くだらないけれど、それでももう、私にはこれ以上縋れるものがない。
神様。
私に子どもをください。私をお母さんにしてください。母親にしてください。どんな子でもいいんです。どんな子でも受け入れます。その子は私の子どもです。立派に育ててみせます。何を差し置いてもその子を守り通します。誰よりも幸せにすると誓います。だから、どうか、私を、
「お母さんにしてください」
約十ヶ月後。私は玉のような赤ん坊を抱いていた。
先ほどまでの、出産の痛みなどすでに頭から消え去っている。母親になれた。夫が泣いている。ありがとう、ありがとうと繰り返し、私の頭を撫でている。あらあら、お父さんは泣き虫ですねえ。腕の中の子どもに話しかける。
息子が笑った。そんな気がして、私はこれ以上の幸福をもはや想像できなかった。
息子は夫にも私にも似ていなかった。
切れ長の二重に薄い唇。子どもながらに整った鼻筋も、小さな輪郭も、羊のような癖毛すら、私たちが持ち合わせないそれだった。
彼は誰からも可愛がられた。持ち合わせた愛嬌と笑顔、控えめながら豊かな感情表現は、大人たちをのぼせ上がらせた。可愛い子だね、なんて言葉はこの数年間で何百回と聞いた。私はその言葉を一切否定せず、ただ、
「ほら。可愛いだって。よかったね」
言い聞かせるようにして息子に伝えた。そのたび彼は私の陰に隠れながら、小さく頭を下げ、
「ありがと」
と言う。それがまた周りの人間の加護欲を駆り立てることに、どこか息子は自覚的なようにも見えた。しかしそれでいい。だって、こんなにも愛らしい彼は、私の子どもなのだから。
重たくなった息子を抱きかかえ、頬を寄せる。
「ああもう、本当に可愛いねえ!」
私が息子の顔を見ながら微笑むと、彼は自らの頬を押さえながら目を細めた。
息子の癖には癖がある。やけに顔に手を当てるのだ。特に、何かに強く振れられた時はより顕著に。桃のような頬を撫でるたび、食べ物で汚れた口を拭うたび、顔を洗ってやるたび。彼は子ども特有の短い手で、自らの顔を隠すようにしていた。
息子は皮膚の薄い子だったから、かゆみでもあるのかと様々な皮膚科に通った。けれどわかりやすい疾患は見つからず、結局どの医師も口を揃えて「癖なのでしょう」と言った。
そのうち、息子は顔自体に触られることを拒むようになった。二歳半ほどからは、
「かお、だめ」
私たちにはっきりと意思を伝え始め、私は渋々不用意に彼の顔に触れることをやめた。息子は、フォークの握り方よりも、髪の溶かし方よりも先に洗顔と簡単な歯磨きを覚え、いつからかその顔を誰にも触れさせなくなった。
夫は息子のことを過敏な子どもだと言い、私は繊細な子どもだと言い返した。
その日、私は息子のおやつに桃を出した。鮮度のいい、産毛の生えた桃を剥き、小さく切って彼に与える。不器用にフォークを使い、大きな口で頬張る息子を、私は満面の笑みで見つめた。
「おかあさんも、どうぞ」
息子がこちらにフォークを差し出してくる。フォークと左手で乱暴に押され、ぐちゃぐちゃに崩れた桃は、世界一おいしい。
息子は半玉分の桃を食べ切り、しかし食べ終わった直後から唇をもごもごと動かしていた。私はティッシュを渡して、
「お口拭いてね」
当然息子の肌には触れない。息子はそっと押し当てるように、丁寧に口周りの汚れを落とし、それからしばらく経って、
「かおあらう」
洗面所へ駆けていった。洗面台の前には息子用の踏み台があり、彼が自由に動かして顔や手を洗えるようにしてある。けれど一人で水場に行かせるにはまだ不安が多い。私は彼の後ろをついて行く。息子は勢いよく水で顔を流し始めた。すぐに洗面台の下が水浸しになり、私はタオルで床を拭きながら、
「どうしたの?」
と訊ねる。息子は、
「かゆい」
と言った。顔を見せるように言うと、彼は少し戸惑ったように「うーん」と言ってから、私を見た。口周りが真っ赤に被れ、腫れ上がっている。アレルギーだ。そう思った。
「病院」
叫ぶように言う。私は息子を抱きかかえ、鞄とお薬手帳などを掻き集める。その間も息子は居間の鏡を見ていて、そのうち両手ですっぽりと顔を隠してしまった。
「かゆいだけ? 痛い? 息は吸える? すー、はー、って」
救急車を呼ぶべきだろうか。息子は、おかあさんどうしよう、と呟くと、
「あのね。おかおが、はがれそうなの」
そっと顔から手を放し、私をじっと見つめる。
息子の顔は、焼け爛れたように全体がゆるく蕩けていた。
そしてその奥に、肉とも骨とも違う、何か、浅黒い、細かい粒が無数に、ちらちらと光って、それら一つ一つに小さな、小さな目玉があって、目玉は一つ残らず、じっと、ただじっと、私を見つめていた。
息子の二つの目と、皮膚の奥にある、瞳のような大量の何か。それらが私から一切目を離さない。
「おかあさん、しんぱいしないで」
息子が言った。あるいはその目たちが言った。
「だいじょうぶ。すぐに、なおるからね。また、くっつくの。かぶさって、ちゃんとみえなくなるの。だから、だいじょうぶ」
全ての目が笑っている。
愛らしい、息子の両眼と同じ形で。目蓋などないのに。
「おかあさん、いったから。どんなこでも、いいよって。おかあさんになりたいって。だから、ぼくでもいいんだって。ぼくたちでもいいんだって。そうおもったの」
笑顔がますます深まっていく。
歪な笑みが、顔だった物の奥で張り裂けそうになっている。
「もうすぐだから。お母さん。もう何年かすれば、皮膚は綺麗に固着して、二度と剝がれなくなる。そうしたら、きっと他の子たちと変わらない、可愛い、人間の子どもになれる。お願い、それまで、あと少し待っていて。あと少し。あと少しすればもっと、あなたと僕たちは触れ合える。肌をこすり付けて、微笑み合うことができる。本当にあと少しなんだよ。あとほんの少し、僕が大きくなったら。人間の子どもと何ら変わらない、わからない、見抜かれない僕になれるから」
彼が再び、両の手で顔を隠す。
数秒してまた離れた、その下にある息子の顔は、元通りの愛らしいそれだったから、
「あとすこし、まっていてね。おかあさん」
私は、彼らにやわらかく微笑み返す。




