1話「追放」
イエロー
◇
「行ってきます」
玄関で家族にそう告げると、靴を履いて家を出た。
制服に身を包む俺はそう、今を輝く陽下高校の2年生。
その名も勇気 英雄。
「よっ、ユキヒロ!」
「久良人。おはよ」
朝から馴れ馴れしく声を掛けてくるのは同級生の笠間 久良人だ。
2年からの付き合いだけど偶然通学路が重なってるから毎朝一緒に登校するのが日課になってる。
「そう言えば今日歴史のテストだぜ?お前勉強した?」
「したよ、久良人と違ってな」
「何ぃ!?俺だってしたっつーの!」
「ホントか?じゃあ……」
いつも通り他愛ない会話を繰り広げていると、不意に耳鳴りのような音が聴こえてきた。
立ち止まり、耳を澄ますが既に何も聴こえない。
「急に立ち止まってどうした?」
「いや、何でもないよ。幻聴みたいだ」
「ふーん…?老化?」
「バカか。まだ高校2年だぞ」
「でもさ、アイアンギアの主人公もシリーズですげえ老化してたしさ!」
「フィクションだよ」
くだらない話をしているうちに陽下高校に着く。
校門をくぐる生徒達が楽しそうに話しているのを見て、何故だか心が温かくなった。
「平和っていいよな…」
「ジジイかよ」
「え?俺今何か言った?」
「先生ー!!ユキヒロが老化しちまったー!!」
「ん?お前、笠間!!昨日職員室に来いって言ったのにばっくれたよな!?」
「やっべ!体育の山下だ!!ユキヒロ悪い!俺先行ってるぜ!?」
流石は韋駄天の笠間。逃げ足だけは学年1位だ。
遠くなる背中を見送ると、それが可笑しくなってつい笑みをこぼしてしまう。
「…邪魔なんだけど」
なんともまあ冷たいお言葉。
振り返ると案の定、我らがクラスの才女、白鳥 美玲様ではございませんか。
「あ、悪い」
余計なことを言おうものなら刺すと言わんばかりの眼光に自然とたじろいでしまった。
容姿端麗、成績優秀な彼女は誰に対しても冷たく、そして毒舌だ。
だから今も。
「立ってることしか出来ないなら畑にでも立ってなさい。そっちの方がお似合いだわ」
ほら、お口が悪いこと。
あと誰が案山子だ。ちゃんと歩けますー。
半ば圧力で俺を退かした白鳥は明らかに機嫌が悪そうな足取りで通り過ぎて行った。
「おっかないなぁ」
「聞かれたらもっと酷い目に遭うかもよー」
「凛か。今日は遅いな?」
「ん~、ちょっと昨日は夜更かししちゃってねー。勉強頑張り過ぎたかなぁ?」
横で伸びをして眠たそうにアピールする彼女は桜庭 凛。中学からずっと同じクラスの腐れ縁ってやつだ。
「程々にしとかないとぶっ倒れるぞ?」
「気を付ける!んじゃ、そろそろHRの時間も近いし教室行こっか?」
「クラスのアイドル様の無遅刻無欠席を汚すわけにはいかないしな」
「何その言い方ー!」
「事実だろー」
下駄箱で靴を履き替え、自分達の教室へ向かう。
今日は不思議な感じだ。教室に近付くにつれてさっきみたいな耳鳴りが酷くなっていく。
教室の前に着くと、凛が先に教室に入って「おはよう、皆!」と挨拶をする。
俺も続いて教室に入り―――。
「は?」
教室内が、目を開けていられないくらいに白く眩く光り輝いた。
クラスメイト達の戸惑いの声が徐々に薄れていき、光が落ち着いた時には俺以外のクラスメイト全員が消え失せていた。
「なんだよ、これ…?」
誰1人として残っていない。鞄や今の今までそこに彼らがいたと言う痕跡だけが残されていた。
「皆は…?どうして俺だけ……?」
足音が近付いてくる。時計を見ると、そろそろ先生が来てもいい時間だ。
先生に相談する為に教室を出ようと振り返ったところで、俺の視界が一転した。
「せんせ………え?」
まるで学校とは思えない目がくらくらしそうな装飾が飾られた豪勢な場所。
それが第一印象だった。西洋とかそっちの方の雰囲気で、言うなれば城の中だ。
周囲を見渡してみると武器を持った鎧の人達がズラッと並んでいて、床には赤の絨毯が敷かれている。
その先を辿れば、そこにはクラスメイト達の後ろ姿があって酷く安堵した。
皆より高い位置で玉座と思わしき椅子に座る男が何やら話しているが、俺からでは少し聞こえにくい。
話の邪魔をしないように黙ってクラスメイトの後ろに並ぶ。
「―――そなたらには勇者としての素質がある!その素質を見込んで頼みたい!今、この世は魔王によって滅亡の危機にある!どうか、その力を以て魔王を打ち倒してもらいたい!!」
久良人が好きなアニメにもそう言った展開の話があったのを頭の片隅に浮かべながら、その胡散臭さに眉を顰める。
ほとんど話を聞いちゃいないけど、これはあれだ。異世界転移ってやつだ。
多分王様だろう男の話を聞いて、クラスメイト達がざわつく。
戸惑いもあるだろうが、一部の層には熱い展開らしくそう言った声も聞こえてくる。
「…話は分かりましたが、それが済めば俺達は元の世界に帰してもらえるのですか?」
「約束しよう!」
「全員が納得したとは言いませんが、帰る方法がそれしかないなら…その魔王とやらは俺達が倒してみせます。あくまでこの国や世界の為ではなく、俺達自身の為に!」
「でも神代君、本当に私達なんかにその魔王って言う奴、倒せるのかな…?」
クラスの代表として前に立つ、委員長の神代 蒼真に対して内気な西城 絵美里が不安そうに問う。
「大丈夫。皆は俺が守るし、魔王だって俺達が一丸となれば楽勝だ」
「神代君…!」
神代は言いたくもないが、イケメンだ。そんな奴に守るだんて言われたら女子はイチコロに決まってる。
現にクラスの女子が沸いてるし。
「それでは早速、別室にてスキル鑑定を行う。皆、私に続くのだ」
王様が立ち上がり、移動を始める。
どうやらスキルまであるらしい。勇者特有の力だろうか?
ほとんど何も聞いてないから俺だけ蚊帳の外だ。
「なあ、これってあれか?異世界転移ってやつ」
丁度移動中に久良人が目の前を歩いていたから話掛けると、俺の顔を訝しげに見ながら久良人が答えた。
「え?…ああ、そうだな。これが夢じゃねえならそうだと思うぜ?」
久良人は妙によそよそしく返事をする。久良人だけではない。クラスメイト達の視線が、チラチラと俺へ向けられる。
俺、何かしちゃった?
疎外感を感じながら皆の後ろを着いていくこと数分。中央に水晶が置かれた薄暗い部屋に案内された。
「これより順にスキル鑑定を行う。列になって先頭の者から名を名乗るがよい」
言われた通り、クラスメイト達が一列に並び始めた為、俺は一番最後に並ぶことにした。
スキルか。どんなスキルがあるんだろう。強いやつだといいな。
「俺は神代 蒼真だ」
「うむ。では水晶の前へ」
神代が水晶へ近付き、王様へ向き直った。
「次はどうすれば?」
「水晶に手を翳すだけでよい。そうすれば水晶からスキル名が浮かび上がるはずだ」
「分かりました…」
水晶へ手が翳される。すると、水晶が黄金の輝きを放ち、スキル名が飛び出した。
「スキル《聖剣王》…」
「なんと、これは驚いた!《聖剣王》、この数百年と言う歴史の中でたった一握りの勇者にしか発言しない伝説のスキルである!」
堂々とした立ち振る舞いの神代からは心なしか嬉々とした感情が読み取れる。
俺だってそんなスキル手にしたら喜ばずにはいられない。ドヤ顔もしたくなる。
クラスの皆も凄い凄いと声を上げる。
それからも数名のクラスメイトが水晶に手を翳し、神代までとはいかなくとも《精霊使役》、《連続魔法》、《解析》と様々なスキルを手にしていった。
次は凛の番だ。
「桜庭 凛です」
「うむ、水晶へ」
凛が水晶へ触れると、またもや黄金の光と共に《聖女》の文字が浮かび上がった。
「むむ!これは素晴らしい!かつて勇者を最も支えたと言う《聖女》のスキル!これも紛れもない伝説級!!」
またもや皆がざわめく。流石は凛と言ったところか。
続いて白鳥も水晶の前に立ち、スキル鑑定を行うとこれまた伝説級のスキル、《大賢者》が出た。
皆凄いスキルが欲しいと躍起になってスキル鑑定を行うが、中々伝説級のスキルは現れなかった。
強いて言えば校内成績トップで有名な黒崎 悠人が《強制支配》なんて言う味方で良かったと思うようなスキルを手にしたくらいか。
ちなみに久良人は韋駄天らしく《神速》のスキルを得ていた。これも中々に凄いスキルらしい。
そしていよいよ俺の出番だ。
背中からの視線が刺さって気まずいが、俺も水晶の前に立った。
水晶は透き通っていて、内側で薄っすらと光が漂っている。
「…よし」
手を翳してみるが、いつまで経っても水晶に変化は見られず。
部屋の皆もやけにざわついている。
「…よもや、このような結果になるとはな」
「え?」
「上を見てみよ」
王様に言われた通りに上を見ると確かにそこには文字が浮かび上がっていた。
―――スキルなし、と言う文字が。
「マジ、か…」
自分に特別な何かがあるとは思っていなかったが、ないはないで中々傷付く。
「そもそも鑑定するスキルがなけりゃ光らないのも当然か…」
「残念ながら、そなたに利用価値はなさそうだ」
「へ?」
王様が俺にしか聞こえないくらいの声で呟いた。
「皆の者!よく聞いてくれ!この者はスキル鑑定の結果、スキルなしと判断された!!スキルなくして魔王と対峙することは叶わぬ!!よって、我々レンドリカ王国はこの者を追放処分を言い渡す!!皆の意見を聞いておきたい!!」
役立たずのレッテルを貼られるだけならまだしも勝手に呼び出しておいて保護もしてくれないとは恐れ入った。
内心この展開に追いつけていないが、幸い俺はクラスの皆とは仲が良かったと自負している。
そんな簡単に追い出すわけが――――。
「俺は賛成だ」
最初にそう言い出したのは、サッカー部エースの東雲 蓮司だ。彼とは仲が悪かった記憶はない。
それなのに何故?
「弱い奴は足手まといだからな」
「それに」と続く。
「知らない奴と行動出来るほどの余裕もない」
「今、なんて…?」
知らない奴、と言ったか?
何かの冗談だ。だって、東雲とは1年からの同じクラスで何度も話したことがある。
そんなはずがない。
そんなはずないのに、ここに来てからの皆の反応がそれが現実だと突き付けてくる。
「なあ、皆。この中にあいつの事知ってる奴いるか?」
誰も返事を返さない。
「笠間は?桜庭はどう思う?」
「…俺も見た覚えない。学年の生徒の顔は大体把握してるつもりだけどさ…悪いけど知らないぜ」
久良人まで。
凛は?流石に凛は覚えてくれてるよな?
「私も…多分、知らないと思う」
その一言で、俺は膝から崩れ落ちた。
嘘だろ?中学から一緒だったんだぞ?忘れるか、普通?なんでだ?何が起こってる?
頭の中をぐるぐると否定したい気持ちが回り続ける。
悪ふざけで吐いていい嘘じゃない。魔王とか言う危険な存在がいる以上、スキルも持たない俺が放り出されれば待ち受けているのは死―――。
「…私も追放に賛成。彼の言う通り、足手まといは不要よ」
「確かに足手まといは俺達の弱点になりかねない。だけど、彼はスキルなしだぞ?外で生きていくには1人は危険過ぎる!」
神代がフォローを入れてくれるが、既に追放の火は点いた。
賛成派と反対派に別れるが圧倒的に賛成派が多く、王国側はこれを賛成とみなして鎧を着込んだ兵士に俺を捕えさせた。
「では、この者を追放処分とする!!連れていけ!!」
もう言葉を返す気力もなかった。
力なくうなだれ、乱暴に連行する兵士にされるがまま、俺は王城から放り出される。
僅かな温情か、追い出される寸前に兵士から1本の剣を渡されたが、非情にも門は固く閉じる。もう俺に対して開くことはないだろう。
「名前も、聞いてくれなかったな……」
しばらくそこで座り込んでいた俺は、これからのことを考えた。
追放されたからと言ってこのまま死んでやるわけにはいかない。
なんとか生き延びて、クラスメイト達が元の世界に帰る瞬間に立ち会わなければいけない。
きっと皆が俺のことを忘れてしまった原因は俺だけが遅れて転移させられたことにあるはずで、向こうに帰ればきっと皆俺のことを思い出してくれるに違いない。
そうと決まれば、まずは金稼ぎだ。お金がなければ何もできない。
「…頑張るか、これから!」
頑張るとは言ったものの、何をすればいいのか。
どこかで求人応募でもやっていれば別だが、この世界観でそんなものは…。
「あるじゃん、依頼掲示板…」
あった。見たこともない文字で書かれているけど、依頼掲示板と書かれたその名の通り掲示板が街の広場に存在していた。
端っこに「誰かがやってくれる!」と無責任なことが書かれているのを見る限り、本当に誰でもやってよさそうだ。
そこには依頼がいくつか張り出されていた。
「やれそうなのは……薬草採取、荷物運搬、ゴブリン討伐…」
正直ゴブリン討伐は出来るか出来ないかで言えば出来ないよりだが、ゴブリンは雑魚だと相場が決まっている。
依頼はどうやらやりたい依頼を剥がして酒場に持っていけばいいらしい。
俺は3枚の依頼を引っぺがすと足早に酒場に向かった。
「ここが酒場…マジで異世界なんだ」
テーブルを囲んで談笑するガタイのいい男達や立て掛けられた武器の数々を目にして改めて俺のいた世界とは異なる場所であることを理解する。
そもそも着ている服が違いすぎて制服じゃ悪目立ちするな。お金が手に入ったらまずは服を新調してもいいかもしれない。
目を付けられないうちにカウンターの受付らしき女の人に声を掛けてみる。
「すみません、これ受けたいんですけど」
「掲示板の依頼ですね。内容は薬草採取に荷物運搬、ゴブリン討伐…はい、確かに確認しました。コピーの依頼書をお渡ししておきますね」
手渡される目の前で不思議な力で書き写された依頼書の複製。
魔法の一種だろうか。
「あとこれは薬草を積めるカゴです。これいっぱいに薬草を摘むのが依頼内容ですね」
「ありがとうございます。えっと…」
「エルです」
「エルさん。俺はゆう…ユキヒロです。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。依頼を達成されたらまたここに報告へ来てください。無事のご帰還をお待ちしてます」
フルネームで言っても馴染みないだろうし普段呼ばれている名前でいいだろう。
…いや、呼ばれていた名前か。
嫌な考えは拭い捨てて俺は依頼書に目を通しながら酒場を出る。
まずは効率的に街の外、南の森で薬草を摘みつつ目撃情報があったと言うはぐれゴブリン1体を討伐した方が良さそうだ。
荷物運搬の方はそのついでに南西の村で育てられた作物を受け取ってそのまま街に戻って依頼人に渡す。
これが一番スムーズなはずだ。
「ゴブリンか…緊張するな」
薬草は依頼書に丁寧に特徴まで書かれてあるから分かりやすく荷物運搬に関しては作物を運ぶだけだ。
しかし、ゴブリンと戦うとなると話は別だ。
よくゴブリンは群れると強いが単体だとそこまで強くないって話があるけど、それは戦える力がある者からの知見だ。
今の俺は転移してきた身であれどステータスを見る限りそれも2桁に乗らない低さ。不安だ。
「でもビビってられないよな。うし、頑張るぞ!」
ちなみにあの酒場はレンドリカ協会が経営してるらしい。国直属のギルドみたいな感じだと勝手に思ってる。
街の外は割と整備されていて、途中まで石造りの道を行くことになる。
途中から街灯が折れていたり石造りでなくなっていたりするところを見るにその辺りからモンスターが出没するんだろう。砂利道よりかはマシだが歩きにくい道へと変わっていく。
街灯から何か力めいたものを感じるのは魔力と言うやつなのか?
基礎知識も何もないから判断がつかない。今は昼間っぽいから光が点いていないが夜になれば魔法か何かで灯されるんだろうか。
まさか電力でなんて近代的な話でもないと思うし。
「あれが南レンドリカ森林か」
南ってことは東西南北に森が?
なんてしょうもないことを考えているうちに森へと足を踏み入れる。
鳥の囀りや木々の靡く音が不思議と心を落ち着かせる。
「さてと。クエスト開始といきますか!」
まずは薬草探しだ。依頼書に書かれた薬草と特徴が一致する物を有り余る雑草と睨めっこして探し出す。
よく観察すると薬草は独特の匂いがして分かりやすいことに気付いた。
たまに蠢く茂みや横切っていく野生の動物達に心臓を握られながら俺は着々と薬草集めをこなしていった。
「っ~!!これ結構疲れるな~」
ずっとしゃがんだり立ったりを繰り返していると中々堪える。
特に腰が。本当に老化が来てるのか?
久良人の言葉が脳に過ぎり、少し可笑しくなる。
今朝のことをまるで昔のように思い返していると、不意に草木を掻き分けるような音がした。
また動物かと視線を投げるとそこには緑の肌の人型の生き物が立っていた。
「あれは…!」
背丈は俺の腰程度。手には木を削って作られたと思われる棍棒のような武器を握り、怪しく光る黄色の瞳が辺りを探っている。
恐らくあれが依頼にあったはぐれのゴブリンだ。額についた一文字の傷が依頼書に書かれた特徴と一致している。
向こうから来てくれるのはありがたいけど、面と向かって退治するのは不味い。
幸いまだゴブリンは俺に気付いていない。まずは身を隠して奇襲に備え…。
バキッ!!と大きな音が鳴った。
俺じゃない。森のもう少し奥の方からだ。
「ゲギャッ!?」
ゴブリンは過敏に反応すると、脇目も振らずに音の発生源へと駆ける。
「俺の他にも誰かこの森に…!?」
慌ててゴブリンを見失わないように追い掛けていくと、大樹が聳える少し開けた場所に出てきた。
「いた…!」
獣耳や尻尾が目立つが白髪の女の子が尻もちを突いた状態で今まさにゴブリンと対峙している。
近くに何故折れたのか不明な大樹の枝が落ちているが今はそんな事よりだ。
「危ない!!」
駆け寄ろうとするよりも早くゴブリンが女の子へ飛び掛かるが、女の子は腕で顔を覆って対抗手段を持ち合わせていない様子だ。
手を伸ばして少しでも彼女かゴブリンへ触れられるように努力するが、この距離では届くはずもない。
「届け……!」
もっとだ。もっと速く。
「届け……!!」
俺の前で誰も死なせたりなんかしない。
だから!!!
「届けぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
刹那、俺はゴブリンと女の子の間に割って入るように移動していて。
「っ!!」
考えるよりも早く女の子を抱えて側面へ飛び込んだ。
「ギィィッ!?!?」
「はぁっ…はぁっ……なんだ、今の……?」
加速したわけじゃない。まるで、瞬間移動したかのように。
今のは俺の力か?スキルもないのにか?
気が動転して上手く思考が定まらない。
だけど。
「…助けられてよかった」
「あ、ありがとうです!!」
「ちょっと、待ってくれ。多分まだ感謝するには早いから」
そうだ。女の子がやられるのは回避したけど肝心のゴブリンは無傷でご健在だ。
獲物を奪われてご立腹のようで、地団駄を踏んで俺を睨みつけている。
奇襲作戦も叶わず、記念すべき対面戦闘となった。
「危険だから少し離れててくれるか?勝てる自信もないけど、なるべく喰らいついてみせる…!」
女の子はコクコクと頷くと軽快な動きで俺から離れて行った。
あれ?俺より動けるくね?
「さっきのあれがまた使えればいいんだけど…」
ステータスを確認するがスキルの項目はやはり”なし”の2文字。
俺の視線が映ろいだのを見てか、好機と見たゴブリンが不意に棍棒を振り回して突撃してきた。
遅れて気付いた俺は咄嗟に回避を試みるが間に合わず。
棍棒が俺の右腕に直撃、するが何か不思議な力によって守られる。
俺じゃない―――まさかと振り返ると、女の子が俺に手を翳していた。
目をキラキラさせながらグッドサインを送ってくるのが見える。
「滅茶苦茶助かる!!」
再びゴブリンと向き合い、剣を構える。
ジリジリとお互い間合いを詰め、攻撃の隙を窺う。
不意に表示されたままのステータスの一番下が妙にぼやけているのに気付いた。
意識をそこへ持っていくと隠されたステータスが表示され、そこにはバグの項目があり。
「《瞬間転移》…」
発動無制限、連続発動可能の所謂瞬間移動が可能なバグスキル。
任意の場所に自身、触れているものを自由自在に転移させることが出来るらしい。
「これなら…!!」
《瞬間転移》と脳内に浮かべただけで使用出来ると確信した。
俺はそのまま、ゴブリンの背後を指定して《瞬間転移》を発動する。
―――視界が変わった。
目前には俺の姿を見失って慌てふためくゴブリンの背中がある。
「悪い…!」
俺はそのゴブリンに向けて剣先を向けて、背中から勢いよくぶっ刺した。
肉を裂く感触が剣越しに伝わって不快感が押し寄せるが、ゴブリンが暴れ倒した果てに動かなくなり、俺のレベルが2になったのを見た途端、妙に達成感を得た。
でもそれも束の間、どっと疲れが押し寄せてきた。
「お、終わった~!!」
疲労と安堵が心の舞踏会で踊り狂う。
俺は安全とは言えない森の中で大の字に倒れ、意識を手放した。
テンパランス




