跪くは姫に非ず
「ええいっ!!離さんか!!」
「だ〜から、そういう訳にはいかないんですよ。ちょっとは落ち着いてください」
「バカ申せっ!!建国記念の祭事が明日に控えておるのだぞっ!!己の国で好き勝手した不届き者共へ直々に制裁を与えに行くのじゃ!! えいっ、離せい!!」
暴れる女児を宥めるチャラそうな見た目の男の図。
これが繰り広げられているのはリュミストリネ城のだだっ広く、豪勢なエントランスホールのど真ん中であった。
ところが、こんなにも広いのに見えるのは二人だけ。近くに人の気配も無い。
先ほどから大きく揺れ続ける地面の影響で飾ってあった絵画や高価そうな壺はのけ並み落下し、頭上高くのシャンデリアも大きく左右している状態だった。
そんななか男は、外へと繋がるこれまた大きな扉に向かおうとする女児を力づくで制止しながら言った。
「皆、姫を守るために一人残らず敵勢掃討へ出払ったんですよ?今貴方が出て行ってしまったら彼らの努力を踏み躙ることになるんです、なんとか留まってください」
「そういうことなら初めから主が向かえば良かったであろう!?この国では主が一番強い。出るやも知れぬ犠牲を最小限に抑えられたはずじゃ、違うか!?」
女児にリュミストリネで一番強い、と言われた男は溜め息を吐いて答えた。
「ハァ....まぁ違わないんですが、違います」
「む?からかっておるのか?」
「いやいや、それこそ違いますって....やっと話を聞いてくれそうですね」
男の言葉遊びにまんまと乗せられた女児は一旦、暴れるのをやめた。
そこへ男はすかさず解説を差し込んだ。
「いいですか?情報に依れば、敵勢はローツェン・クロイツ国所属の幹部相当ばかりらしいです」
「ぬ、ローツェン・クロイツだと?しかしあれは己が幼き頃に他国と合併し、今は『ラヴァスティ』なる連邦の名を名乗っているのではなかったか?」
「その通りです。さっすが姫さん、勤勉ですねぇ?」
「茶化さんで続けいっ!!」
男はどーどーと『姫さん』を抑えながら続けた。
「ですから正確には『ローツェン・クロイツの元幹部達がこのリュミストリネを襲撃した』ことになりますが、こ〜れがマズい」
「もったいぶらんでよい、早よう教えんか!!」
「・・・」
男は先を急く姫を、今度は宥めようとはしなかった。代わりに、やけに神妙な面持ちで姫の瞳を覗き込んだ。
「む、むぅ....」
これが、余程珍しいことだったのだろう。
威勢の良かった姫は只ならぬ雰囲気を感じ取り、固唾を吞んで聞く体勢を整えた。
「・・・構わんでよい」
「それでは。・・・リュミストリネ国先代女王『メアリテ』様の王配であられた『リオネルク』殿下、つまりは姫さんのお父上を殺害したのが当時ローツェン・クロイツの王であったヴィルハーツ・ローツェンミュラーであるからです」
「っ!!?」
衝撃の事実を聞かされた姫は大きく目を見開いた。
一瞬言葉を失った彼女だったが、到底納得のいく話では無かったようで__
「し、しかしっ!!己が四つの時、主は言っておったではないかっ!?父上の死因は東方征伐を終えた帰路で生じた不慮の事故であったと!!」
「・・・嘘を、吐きました。・・・この事実を知っているのはリュミストリネではオレだけ....死ぬ直前の兄貴に頼まれ、今まで黙っていたんです」
「ッ......!!」
「・・・少なくとも姫さんが女王に即位されるその時まで黙っているつもりでしたが、こうなっては....」
「・・・」
あわよくば、と思ったのだろう。
姫は両親が死んだことに対して、もとい『聞かされていた死因』については既に納得をしていた。乗り越えていたのだ。
ところが今までそうだと信じていた事実が偽りであり、その上誰かの手によって殺されていたとなると当然話は異なる。
また両親の死に向き合わなければならない。
殺した相手を憎み、復讐に手を染める思考が自然と湧いて来てしまう。
これが恐ろしかった。
姫が赤ん坊の頃から側に付いていた男には、そのような心情が見てとれた。
一分ほどの沈黙が流れる。
この間にも大きく揺いだ心を逆撫でするかのように、足元も大きく揺れ続ける。
すると一言__
「・・・続けい」
「え....はい?」
「己の両親を手にかけたのがローツェン・クロイツの王だとして、それの何がマズいのか。何か理由があるのだろう、その説明がまだである」
「え....ええ。それはそうですが....」
姫の毅然とした態度に、男は呆気にとられたように聞き返す。
「だ、大丈夫なんですか.....?結構、重大発表なつもりだったんですが....」
「大丈夫なわけが無かろう....しかし、だ。それはたかが己個人の感情である。・・・後にリュミストリネを統べる女王となる己が何よりも優先すべきなのは、愛する民と身を削って戦う臣下達を守ること。今は一刻も早く、そして最低限の被害でこの事態を収拾すべきであると、違うか?」
「・・・姫さん」
「両親の死を嘆くことも、仇を恨むことも後でなら存分に出来よう。だが今手をこまねいて全てを失ってしまえば、それすらも叶わんだろう。さぁ、とっとと教えぬか?ヴィルハーツとやらがリュミストリネを狙う理由を」
姫から出た思いもよらない言葉に、男は少し涙ぐんだ声で言った。
「全く.....ついこの前までおねしょをしていたかと思えば、いつの間にこんな立派に....」
「っ!!?だから茶化すのではないっ!!時間が無いのだ、端的に申せ!!」
「・・・はい_」
すると男は跪き、ラヴァスティの陰謀についての見解を述べるのであった。
自身が仕えるべく女王に対して。
「_仰せのままに」




