『主人公』たる所以
檻の中のジェイラが唱えてから、ここに至るまでほんの一瞬。時間など流れていないのではないかと疑いたくなるほどに、あっという間だった。
赤い光から出てきた見知らぬ男は、地面へねじ伏せたフィズの後頭部から手を離すと、ゆっくり立ち上がって言った。
「久しいな、リグレッド」
「よ、よぉヴィル....連合のお頭にしちゃあフットワークが軽すぎるんとちゃうか?」
口振り的にはリグレッドと『ヴィル』と呼ばれた男は旧知の関係のようだが、リグレッドの方がビビり散らかしているのを見るに力関係は同等では無いらしい。
しかし、リグレッドは何か別の事を気にして急いているような様子でもあった。
「それはお互い様だろう?・・・それにしても、無理をしてでも幹部たちに『地繋ギ』の印を施させたのは正解だったようだ。・・・また会えるのを楽しみにしていたよ、我が宿敵よ」
『ヴィル』は後ろの方を少し気にかけながら、そう言った。
そこにはいつの間にか『帯電鉄檻』を解除し、どうしてか左腕を前へ伸ばした状態のジェイラと、見慣れない赤い髪の女児が並んで立っていた。
この『ヴィル』という男といい、見慣れない赤髪の女児といい、一体どこから出てきたのだろうか?と思考を巡らせている間にも両者の会話は続く。
「そ、そりゃそうやろな....?ボクをぶっ殺せれば、こないなことせんでもエエ訳やし」
「・・・ん?とりわけ、君を殺そうがリュミストリネ姫はいただいて行くつもりだが?・・・『純番』を執り行うのに、彼女ほど適した人物は居ないだろう」
「へんッ...ゲスめが....」
「ふむ、なんとでも」
ここで痺れを切らしたリグレッドは、斜め後ろを向き大声で言った。
「おいシルフィっ!!?何しとんねんッ、早よう瓶割らんかい....なッ....?」
驚愕するリグレッドの目線を追うように、氷戈も自身の斜め後ろに居るシルフィの方へ目をやる。
「ァ......ッ......!!」
するとそこにはショルダーバッグから取り出したであろう緑色の酒瓶を抱え、直立状態で悶えているシルフィの姿があった。
声もロクに出せない彼女の様子は、まるで立ったまま金縛りにでも遭っているかのようだった。
「へッ!!ザマァ見やがれリグレッド。オレの本業は元より拘束だぜ?」
見ればジェイラが離れたところからシルフィの方へ片手をかざしていた。そのまま捉えれば、金縛りはジェイラの仕業ということになる。
「ッ!!クソッタレっ、一か八かやッ!!」
恐らく、シルフィの持っている酒瓶にこの状況をひっくり返せるだけの何かがあるのだろう。
それだけに、焦ったリグレッドはシルフィの方へと駆け出す。
彼女との距離は氷戈を挟んで僅か五メートル。
___されど五メートル。
彼が最初の一歩を踏み込んだところでその足取りは止まり、宙に浮く。
「ウッグっ!!?」
「ッ!?リグレ....」
リグレッドは『ヴィル』に喉元を掴まれ、持ち上げられたことによって宙吊り状態となっていた。
氷戈はすぐそこに恐怖の対象がやって来たことで言葉を失い、たじろぐ。
厳かで厚い黒衣を纏いながらも、隠しきれていない体格良さはそれだけで圧を感じさせるほどだった。
腰の辺りにまで伸びた赤い髪を後ろで一本に結いでおり、心做しかジェイラととてもよく似た外見である。
ところが、何もかもが違うと氷戈の本能が告げる。
放たれる圧も、立っている地位も、兼ね備える実力も、次元そのものがここに居る者等とは一線を画しているのだと。
氷戈の足が竦むのなど、至極当たり前のことだった。
氷戈はただただ、目の前で苦痛の表情を浮かべるリグレッドを眺めていた。
「グッ...ガッ....ひ、氷戈ぁ.....た...のんだ...で...グぁッアアっ!!!?」
「・・・ッ」
リグレッドは途切れ途切れの、潰れかけた声で氷戈に言った。
対する『ヴィル』はリグレッドの喉元を掴む力を更に強くし、二度と余計な事を口走れないように施す。
動けぬ氷戈。
何を頼まれたのかは、理解しているというのに。
「・・・見慣れない顔だ。『茈結』の新顔か?」
「ッ.....」
言えぬ氷戈。
『ヴィル』が自身に向ける興味が、意識が、眼力が、氷戈の行動の悉くを制限する。
「ふむ....なにであれ、焼き払われたく無ければそこを動かない事だ」
返答を期待出来ないと悟った彼はそう言うと、空いたもう片方の手をこちらへ向けて唱えた。
「・・・『燃ユル君』」
向けられた掌に獄炎が宿る。
目にするだけでも悍ましい、対象を滅することのみを目的に燃え滾る殺意の炎。
「・・・・?」
怖い、嫌だ、恐ろしい、逃げ出したい。
無論、そうは思った。
しかし、それら感情の向かう先は自身を滅ぼさんとする獄炎では無く、『ヴィル』と言う男そのものだった。
裏を返せば、目の前の炎に対して抱く感情は無かったと言う事。
本来一番に感じるであろう「熱い」という感覚だけで無く、技から放たれる威圧感や迫力といったものすら氷戈には届かなかった。
まるで自身とそこにある炎、その両者の存在自体が隔絶されているかのように。
=早くにして世界に慣れ始めた男は、早くにして己に秘めたる力の片鱗を悟っていた。=
「・・・」
-俺に与えられた使命はシルフィの抱えている瓶を叩き割る事。距離にして二メートルとちょっと。動き出せば即座にあの炎が放たれるが、問題は無い....はず。・・・どう考えたって、成功する確率の方が高い-
根拠の無い自信。
人はそれを『賭け』と呼ぶ。
-何にしたって動ける人間が俺しか居ない以上、やるしか無いッ....!!やるしか無いのにッ!?-
勇気を蝕む感情。
人はそれを『恐怖』と呼ぶ。
-怖い...動けない...死にたくない...。少しでも動けば『ヴィル』は俺に殺意を向けるんだ。俺なんて赤子の手を捻るより簡単に殺せるはず、そりゃ怖いだろッ!!動きたくないだろッ!!・・・誰だって、死にたくなんてないだろ....。その、はずなのにッ....!!-
「・・・」
氷戈は黙って、母を失った『あの時』を振り返る。
『死』を拒絶する理由。
それは母を亡くして悲しいだとか、幸せな家庭が崩れてしまったからだとかでは決して無い。そうした受け身な理由であれば、トラウマにはなり得ない。
『死』を拒絶する理由。否、『死』から目を背けたい理由。
それは、大好きだったお母さんを殺してしまったのが自分であるから。
だからこそ、目の前で行われる『死』を排除しなければならない。
そうでなければまた、『死』を直視する事になる。
そうでなければまた、『自分のせいで』誰かが死ぬ事になる。
それが何よりも怖かった氷戈は、恐怖の奥底から湧き出た別の恐怖に駆られるのだった。
-怖い....そう、怖いものは怖いさ。・・・・それでもッ_-
保身のための行動を勇気だなどと宣うつもりはない。だが一方で、どんな理由であろうが恥じることもない。
今はただ、目の前の『死』に対して立ち向かわなければならない。
何故なら_
-_俺を助けようとしてくれた人たちを、俺が見殺しにすることの方が嫌だからッ!!・・・動けよ、俺の足ッ!!!-
「うぉぉぉォォッ!!!」
「余程、燃えたいらしい....」
一歩を踏み出した氷戈の背に、男は容赦無く獄炎の弾を打ち込む。
次の瞬間には燃え盛る炎が氷戈を呑み込んでいるだろう。
それでも、氷戈は振り足を止めない。進み続け、手を伸ばす。
自分の力を信じた『賭け』に挑み、計り知れぬ『恐怖』に打ち勝ち、仲間の為にただひたすらと足を動かす者。
人はそれをこう呼ぶだろう_
=『主人公』と。=
☆登場人物図鑑 No.8
・『フィズロンド・フィッツバーグ』
茈結所属/37歳/199cm/106kg/欲無し
ガタイが良すぎる中年のオジサン。逆三角形の化身。通称『フィズ』。好きなことは散歩と食農、水やり。苦手なものは虫と孤独、暑い場所。
欲を持っていない代わりに体術を極めた、近接戦闘のスペシャリスト。強者が揃う『茈結』の中でもかなり強く、見た目に似合わずとても優しい。喋り方が少し変だが、そんなところも愛らしくリグレッドからの信頼も厚い。




