持たざる者
血溜まりが雨水と入り混じり、彼の意識と共に薄まってゆく。
しかし、その心中に抱いていたのは何よりも濃い、『知りたい』という欲だった。
『いったい何が其方をそうさせたのだ』
ただ答えを知りたい。故に問いたい。
だというのに、その言葉を発する為の僅かな気力すらも残されてはおらず_
だからこそ、満足したのだ。
「我が偽りの君主、ギルバート・ウル・ウィスタリアよ_」
「……」
-ああ、そうか-
『偽りの君主』
彼の口から出たこの一言が、答えだと知ったから。
-其方は初めから、余を見てはなどいなかったのだな-
「_それでは永遠に、ごきげんようッ…!!」
「テメェがな?」
「なッ!?」
向こうから放たれた熱線はヴェルナーの額を貫かんとするも、持ち前の反射神経により寸ででの回避に成功した。
「…何のつもりですか、ラヴァルドさん?」
「ケッ、そいつはコッチのセリフだ。オレ様の楽しみの邪魔ァしてんじゃねェぞコラ」
「楽しみ……ああ、そういう…? でしたら構いませんよ? 我々はギルバートを排除できさえすれば何でも良いので」
ヴェルナーは笑って両手を上げると、三歩ほど下がって敵意は無い事を示す。
意外にも、ラヴァルドはこれに易々と応じる。
「ンあ? 誰だか知らねェが分かってンな、お前。……だがまァ、テメェらの因縁に巻き込まれンのは気持ち悪ィがな」
「へ、変なところで繊細なんですね…」
ヴェルナーはこちらへ歩いてくるラヴァルドへ続け様に言った。
「ところでラヴァルドさん、フラミュー=デリッツ側の勢力が少ないように見受けられますが……総力戦を命じられているハズでしょう?」
「あン? どうしてテメェがそんなこと知りたがる?」
「そりゃあ『消耗したフラミュー=デリッツをそのまま叩く為』、でしょ?」
「ッ!? 誰です…?」
「ア?」
突如として聞こえた第三者の声は、向かい合う二人を含めて正三角形を結べる位置に佇んでいた。
ヴェルナーとラヴァルドは目視をして間も無く、驚愕する。
「貴方が、どうして…」
「オイオイ、マジかよ…」
そんな彼は自分を見た両者の反応が面白かったのか、わざとらしく戯けてみせる。
「あっはは、そんなに珍しいかい? …大丈夫、僕もそう思うよ」
「…マーべラットが国王、アイネス・ルーク・オルヴァリア。貴方が何故、このような場所に?」
「困ったなぁ、傘を忘れて来ちゃったんだ」
「……」
ヴェルナーの至極当然な問いに、アイネスは不可解な答を返した。
警戒の目を向けられた彼はそのまま続ける。
「気にしないでよ_」
「……? ッ!? しまっ_」
ドゴォっ!!!
「_他に意味は無いから」
「ぐアッ!!?」
何かに勘づいたヴェルナーは対象の方へ向き直るや否や、その更に右方向から飛んできた強烈なストレートパンチを顔面で喰らってしまう。
10mほど飛ばされたヴェルナーはなんとか体勢を立て直し、自身を殴った相手を視認する。
「なんだと言うのだッ、次から次へと」
「ヤハッ!! 会議の時トは大違イ!! 『キャラ崩壊』してルんじゃなイ、君?」
「あなたもー、『キャラ崩壊』とかー、指摘していいようなキャラじゃないと思うけどねー」
そこに立っていたのは特徴的な喋り方をする巨躯の持ち主と、それと対に在るかのような小柄な女性の二人組だった。
横たわるギルバートの側に居る彼らを見たヴェルナーは、憤りと疑念の入り混じった声で呟く。
「どういう事です、フィッツバーグは西部戦線に配属されていたのでは…? なによりトーラ・スカルテー、貴方に至ってはここに居るハズが…」
「ほんとー、ありえないよねー。こんな小さな女の子をー、戦場に駆り出すなんてさー」
トーラは呆れ顔で言うと、そのまま視線をギルバートの方へと移した。
「これはー、治すの時間かかるかもー」
「っ…!!」
彼女の一言に焦ったのか、ヴェルナーは即座に攻撃に転じる。
「させませ_」
ドンっ!!
ギルバートを殺めるべく真正面から切り込んでいくヴェルナーだったが、その行手を突然何かに阻まれたのである。
「こ、これは…」
気付けば既にヴェルナーは透明な立方体の中へと囚われていた。
遅れて、それが何なのかを示す詠唱がアイネスによって唱えられる。
「『万能結界技法』式相乗結界_」
続けて、もう一人。
「_『六方塞リ』」
その者は既にフィズの前へと姿を現していた。
囚われの身であるヴェルナーはこの奇妙な現象を目の当たりにすると、どうしてだか安堵の声で言う。
「……なるほど。先ほどからどこからともなく虫ケラが湧いてくると思ったら貴方の仕業でしたか、オリバーさん?」
「…結界『身隠シ』。本来なら動いたりしただけでバレちゃうような潜伏用の簡易結界なんだけど、それも二重にかけちゃえば話は別ってワケ。名付けて『複身隠シ』。…どうよ、気付けなかったでしょ?」
「二重に……ああ、『六方塞リ』と同じようにアイネスとの併せ技ってことですか。全く、芸の無い…」
ヴェルナーは『六方塞リ』の透明な壁にそっと触れながらそう言う。
すると、向こうの方からアイネスの声が聞こえて来た。
「オリバー!! ギルバートの子守りは任せたよ!! …おっと」
カンっ…
「シラけるなァ? 今のなら気持ちよく死ねたぜ、オマエ?」
少し離れた場所では既にラヴァルドが食って掛かっており、対するアイネスは得意の結界バリアでそれをいなしていた。
どうやら向こうではアイネスVSラヴァルドのタイマンが始まろうとしていた。
そう、今のところは何もかもが作戦通りである。
これを見たオリバーは小さく頷くと、再びヴェルナーの方へ向き直った。
「言っておくけど、何しようが無駄だぜ。『六方塞リ』の強度は結界術の中でも最高峰、どんな物理や源術も通しやしない…抜け出せる方法があるとしたら唯一欲くらいだが、それでも限定的だ_」
「…」
ヴェルナーは黙りこくっているが、代わりにフィズが何かいいたげにしていた。
「あ、アのぉ…オリバーくん? 前にヒョウカくんカら聞いタけド、ソういうノ『フラグ』って言うラしいヨ…」
ところが、オリバーは気持ち良くなっているため聞く耳を持たない。
「_そして何より、お前カーマを持ってないらしいじゃないか!? つまりどうやってもそっから出られない!! 残念だったなガハハ、この裏切り野郎めっ!!」
「……っ」
「どうした、なんとか言ったらどうだ? おしーりペンペン!!」
今日日ここまでレトロなフラグの立て方も珍しい。
それから遂に仁王立ちまでしてしまったのだから、当然免れなかった。
不気味に、それでいてあまりにも必然的にヴェルナーは笑う。
「クク、クククっ…」
「あ?」
「フハハハハっ!! いや失敬、まさかここまでとは思ってなかったのでつい」
「おいおい、褒めたって解除なんてしてやらねぇからな? バカにしてんのか?」
「オリバーくん、もう辞めテおきナね…」
「え、なんで?」
フィズに言われたオリバーはキョトンとした顔で振り返る。
そこには普通に顔色の悪いフィズと、ギルバートの治療のためのデッカい金槌を生成しているトーラが映った。
そしてその声と共に、再びヴェルナーの方へと視線を移す。
「…偽れ、『裏切リ』」
「へ?」
素っ頓狂な声を上げたオリバーはヴェルナーの右手に握られた直刀を見ると、ちゃんと焦る。
「あ、あれ? もしかして、それ我成ってやつ…?」
「いやはや。これ含め中々なお膳立てでしたよ、オリバーさん。やはり貴方を駆り立てて正解でした」
「なッ…ど、どういうことだよ」
「おや、まだ気づかれていないのですか? まさか…私が茈結で偶然貴方とお会いして、その上でうっかり口を滑らせてしまったと今も思っているのですか?」
「ッ…!?」
「初めは貴方に付いていく事で会議を盗み聞きし、多少作戦が綻べば、とは思っていましたがまさかここまで上手くいくとはねぇ?」
「ッ…俺が、マーべラットの出身だって知っていたのか?」
「当然ですよ_」
ヴェルナーはどうしてか、憎しみに満ちた笑顔で言った。
「_私の故郷で貴方を知らぬ人間など居ませんから」
「?」
オリバーは思い当たる節が無いのか、いまいちピンと来ていない様子である。
そんな彼に構わず、ヴェルナーは続けた。
「さ、おしゃべりは終いです。ギルバートを治療されては面倒なことになりますからね…」
そう言うと、手に持ったガイナで『六方塞リ』を成す障壁を切りつけた。
スパっ…
「ッ!!? ウソだろっ!? 」
=ヴェルナー・モルトレーデの我成『裏切リ』には、彼の有する欲とガイナを成す鉄源素とが化学反応を起こし、ある派生的な固有能力が備わっている。
根界ではこれを『我欲』と言い、カーマの能力を拡張する手段としてしばしば用いられる。
尚、ガイナを顕現させて戦う最大のメリットは正に『ガーナを利用できること』である。=
オリバーは最高峰の結界がスライスチーズのように剥がれ落ちていくのを目の当たりにして驚愕する。
「ほう…これは確かに相当な強度のようだ」
「ッ…バカにしやがって…」
「とんでもない、『裏切リ』の切れ味がここまでだった事もそうありませんから…誇って良い_」
ヴェルナーは結界の外へ出ると、再びガイナを構える。
「_貴方を切る時はもっと大変でしょうからッ!!」
目の前のオリバーを切り伏せるべく、ヴェルナーは猛スピードで駆け始める。
対するオリバーは、防御の為の結界術を発動する。
「クッソ!! 防御結界『立テ窓』!!」
オリバーの前には等身大ほどの正方形の板が生成され、その名の通り大きな窓が立っているようにも見える。
即席での発動とはいえ、その厚さは10cm近くもあり、刃物での切断は容易くは無い。
『裏切リ』がただの刃物であれば、の話だが。
=『裏切リ』の有す我欲は『切断結果の強制逆転』。
つまり『裏切リ』の刀身に当てられ、切断できなかったものに対して『切断という事象を強制する』のである。
ヴェルナーが『裏切リ』の刃と棟を逆にして構えているのはこの為であり、棟を当てて切る事の出来ない全てのものは強制切断の対象である。=
それ故に_
「これまた随分と頑丈そうな結界、ですねえッ!!」
サクっ
「っ!!?」
『裏切リ』はまたしても結界を切り刻み、棟が向いた刀身はその先に居るオリバーの身体へ至ろうとしていた。
パシっ…
「…え」
「おや?」
そして、理不尽な斬撃を止めたのはやはりこの男だった。
「ワタシの扱イ雑だって、君もソう思わなイ?」
「何の…話ですかね?」
間に割って入ったフィズは刀身を受け止めるのでは無く、ヴェルナーの手首を掴む事で斬撃を防いだのである。
「あ、ありがとう…フィズ。助かっ_」
「オリバーくんは下ガって王様とトーラくんの護衛だヨ…選手交代ネ」
「…」
言われたオリバーは黙って頷くと、どこか悔しげに後退する。
そうしてトーラの側まで下がると、小さく唱える。
「…『万能結界技法』式防御結界、『四方固メ』」
すると、オリバーを中心に三角形の陣が地面へと浮かび上がる。それは三人を囲んで余りあるほど大きくなると、それぞれの三辺を底辺とした三つの三角形が新たに作られる。
やがてこれらの三角形は起き上がり、最終的には三角錐型の防御結界が三人を包み込んだ。
これを見届けたフィズは掴んでいたヴェルナーの手首を解放する。
「ソれじゃア、始めルかイ?」
「おや、もう始まっていると思ってましたが…ねッ!!」
ヴェルナーは流れでガイナを横振りするが、フィズは咄嗟にしゃがんでかわす。
低い体勢のまま足払いを試みるも、ヴェルナーはバク宙でこれを回避。
この一連が秒にも満たない間に繰り広げられる。
フィズは間髪無く詰め寄り、すぐ握りしめた右拳で対象を捉えようとする。
しかしヴェルナーもこの動きへ合わせるように『裏切リ』を振りかざし、拳と刀が同時に相手を捉えようとしている構図となる。
刀を握るヴェルナーにとっては理に適った動きであり、反対にフィズが対応を迫られる状況である。
そして戦況とは、不利を制した時にこそ大きく揺れ動く。
「っ!? それはッ…」
タンッ
フィズは握った拳をとっさに緩めて手刀の形を作る。そのまま手の甲で迫り来る刀身の側面を横へ押し出し、払い除けるという方法でこの斬撃を往なしたのである。
何より、この技術を見たヴェルナーは驚きを隠せないようだった。
「アはっ、ゴ存知なよウで」
剣撃を往なされた影響で微妙に体勢を崩したヴェルナーの懐は、フィズにとってはあまりにもガラ空きに映った。
「しまっ_」
勢いをそのままに、ヴェルナーの腹部へ向けてあまりにも綺麗なドロップキックをブチかます。
ヴェルナーは空いていた左腕をキックへ充てがうことでダメージの軽減を図るしか無く_
ドゴォっ!!!
「ぐおッ!!?!」
弾丸の速度で後方に飛ばされたヴェルナーは50mほど行ったところで初めて地面と接触し、ボールのように何度も身体を打ちつけた後でやっと勢いが収まる。
しかし、フィズの猛攻は収まらない。
その距離を一瞬にして詰めて来たフィズは精一杯の力を込めた剛腕をうつ伏せ状態のヴェルナーへと振り下ろした。
「じゃアね、脇役」
「っ…」
______。
「……うン?」
フィズは首を傾げた。
どうして放った拳がヴェルナーの身体に届かないのか、その理由が分からなかったのである。
身体全体が動かないという訳では無い。拘束されている感じもしない。
ただ、彼を殴ろうとしたこの右腕だけが前へ動かせないのである。
「…おや、どうしたのです?」
そうこうしているうちに、ヴェルナーはよろけながらも立ち上がる。
多少の吐血はあるものの、あのドロップキックをまともに受けたにしては健康そうである。
そして何より、その笑顔は勝利を確信していた。
「…何を、しタんだイ?」
「さて…何とは? まぁ何をしてても言うワケが無いでしょう」
ヴェルナーは流暢に言いながら、無防備にこちらへ歩き寄る。
「ぬンっ!!」
フィズはすぐそこにまで来た顔面に向かって、再び殴打を試みる。
______。
「っ…!?」
結果は同様、拳がヴェルナーに届くことは無く_
ドスっ!!
「フごっ!?」
フィズは腹に受けた衝撃により、立ったまま数メートルの後退を余儀なくされる。
鳩尾を殴られたのだと悟ったフィズは、前で毅然と佇むヴェルナーの姿を改めて捉えた。
そうして彼は告げる。
「すみません、思っていたよりずっと厄介でしたので……貴方の体術、没収させていただきました」
「…ナンセンスだヨねぇ、お互イ」
『無欲者』が、手足を失った瞬間であった。




