『王手』か『つみ』か
激しく降る雨の中、少女を片脇に、少しガタイの良い男性を肩に担いで全力疾走する美形な男が居た。
このどこへ行ってもあまり見られなさそうな図には、やはり疑念を抱かざるを得ないらしく_
前に見えた北部防衛戦線部隊の内の一人が前へ出てくると、代表して声を上げる。
「そこ!! 止まりな…って、おや? あなた、もしやアゾット様では?」
「ハァ…ハァ…え、ええ。そうですよ、ライデル隊長。ですので後ろの方々の構えを解いてはくれませんか」
「ん?…ああ、承知いたしました、直ちに。……総員ッ!! 下せぃ!!」
『ライデル』と呼ばれた男性は後ろで源術の発動準備をしていた部隊へ号令を送る。すると彼らは何かのスイッチが切れたかのようにその構えを解いた。
これを確認したライデルはアゾットへ当然の疑問を投げかけるのだった。
「それでアゾット様。其方の方々は一体…? それにギルバート様のお姿が見受けられないようですが…」
「大変失礼ですが、説明は後にさせてください。今はとにかく、この二人をマーべラットで一番安全な場所へ運ばなければなりません。…どこか良い場所はありませんかっ…?」
アゾットのただならぬ雰囲気を汲み取ったライデルは、詮索をせずに真っ直ぐマーべラットを指差した。
「それでしたらやはり、国の中央部に位置する王宮がよろしいかと」
「ありがとうございます。では、私はこれで_」
先を急ぐアゾットをライデルは敢えて引き止める。
「お待ちください、一つだけ」
「はい?」
「我々も前へ出た方が宜しいですかな? そのご様子だと、現在ギルバート様はお一人で…」
アゾットはライデルの気遣いに感謝しつつ言った。
「そのご厚意、感謝いたします。しかし今は留まっていた方がよろしいかと。これより前ではNo.4が暴れておりますが、見たところ一人でした。圧倒的な個に軍を充てがうのは得策でないと考えます」
「なんと!! まさかNo.4が出向いて来ましたか…。でしたら、確かに。軍はここで待機しておきましょう」
「しかし戦況把握という意で数名、偵察に向かわせてもよろしいかと。No.4がどんなに強いとはいえ、一人で国の戦線を突破しにきたとは考えにくいですから」
「なるほど、流石は大国ウィスタリアの最高位指揮官様ですな。直ちに偵察部隊を編成します。…お急ぎのところ引き留めてしまい申し訳ございませんでした!」
「ええ、それでは…」
そうしてアゾットは軍列の脇を沿うようにして走り抜け、マーべラットを目指す。
順当にいけば国内に足を踏み入れるまでに数分、そこから王宮までも五分ほどで至れる計算だ。
僅か数分、然れど数分。
「クッ、急がねば…」
戦場での一分は当然、普通に過ごす一分とは訳が違う。
気を抜けば次の瞬間、命を落としていてもおかしくは無い場所。そんな所に自身の支える君主を一人で放っておいているのだから生きた心地はしなかった。
______!!
アゾットは気が気ではなかったがために、彼女の声に気づくのに遅れる。
「__ット……ねぇ、アゾットってば!!」
「…っ? ああ、クラミィ様…」
ついさっき殺されかけ、恐怖に怯えていただけのクラミィ。そんな彼女が脇に抱えられた状態で突然話しかけてきたので、アゾットは少し驚いた。
「如何なさいました? 乗り心地について文句を言われても困りますからね」
「そんなんじゃ無いし…。ちょっと、聞きたいことがあって」
アゾットは「今じゃないといけませんか?」と言いかけたが、こんなにもしおらしいクラミィを見るのは初めてだったので聞くことにしてみた。
「…はい、どうされました?」
「あのね、ヴェルナーが私の欲にかかってる今の内に聞いておきたいんだけど_」
ウィスタリア国16代目国王ギルバートの実妹であるクラミィ・ラル・ウィスタリア。
彼女は先代国王の末っ子ということもあり、誰よりも甘やかされて育てられた。そのためにクソ生意気で自分勝手な性格となってしまったが、身近な者、特にギルバートに対する好意が目に透けてしまうが為に王城では子ども扱いされることが多い。
ところが、彼女のカーマ『愛ノ僕』は子ども扱い出来ないほどに強力なものである。
内容は『クラミィの投げキッスやウインク等を視認した対象を一定時間、我が僕としてしまう』というものであり、催眠系のカーマの中でもその発動条件が緩いことで恐れられている。
故にヴェルナーが『愛ノ僕』をくらい、クラミィの指示でここまで来ることの難易度としては言うほど高いものではない。
気になるのは方法では無く、その動機である。
幾らギルバートが自分に無断で戦地へ赴き、その危険性を周囲から煽られたからといってここまでするのは流石に異常である。
アゾットのみならず、誰しもが疑問に思った『この行動をとった理由』が語られる訳なのだが__
「_ヴェルナーってこの作戦の内容、全部知ってるの?」
「…はい? まぁ知っていると思いますよ。何なら『茈結』で行われた作戦会議へ勝手に参加してギルバート様にこっぴどく叱られたとか何とか」
「じゃあヴェルナーはお兄ぃがヒョウカの護衛に自分で立候補したことや、大勢の敵とは戦わないっていうのを知ってたってことよね?」
「え、ええ。…立候補はギルバート様がその会議で突発的になされたと聞いていますし、ギルバート様の役割がヒョウカ様の護衛のみだという内容もその場で決まったようなので」
「おかしい」
「え?」
クラミィが神妙な顔で言ってきたので、アゾットは思わず疑問符を浮かべた。
「いったい、どうなさったのですか?」
「『お兄ぃ達がたった三人で沢山の敵を相手にする』ってことや『お兄ぃやアゾットのカーマじゃあ大勢を相手取るのは無理』ってこと、そして『お兄ぃが無理やりヒョウカの護衛にさせられた』ってことも全部、ヴェルナーが言ってたの…」
「…は?」
『違和感』
それを感じた頃には、もう遅かった。
アゾットは事実確認をするため、クラミィに問おうとするも_
_突然、アゾットの足が止まる。
「…? アゾット? ひゃッ!?」
「…ッガ!! ガハっ!!?」
転がり落ちるクラミィ。倒れ込むアゾット。
そして、華麗に着地するヴェルナー。
地面に俯けとなり、痛みにもがくアゾットの胸からは大量の出血が見られる。
「いやぁ〜、いけませんねぇクラミィ様? お兄様が信頼を置いている臣下をそう易々と疑うべきじゃないですよ?…まぁ今回に関しては色々と上出来でしたので感謝していますが。…その平和ボケした脳みそで良くぞ気づかれました、ねッ!!?」
グサッ!!
「グアァっ!!?」
ヴェルナーは手に持つ既に血塗られたダガーナイフを、転がるアゾットの背中へ勢いよく投擲したのである。
目の前で苦しみの声を上げるアゾットを見たクラミィは呆然と言う。
「ウ…ソ。な…んで? だって、『愛ノ僕』は…?」
「おやおやぁ? どうにも、状況が理解できていないようで。…まぁあの程度の誘導に安易と引っかかってしまうような温室育ちには仕方のないことです」
「誘…導?」
跪いた状態のクラミィは、困惑を極めた表情で聞く。
ヴェルナーにはこの表情が堪らなかったらしく、無駄にテンションを上げて応じるのだった。
「ええ、そうですともッ!! 貴方の聞こえる場所で、貴方の不安を煽る嘘でまかせを言いさえすればもしかして…とは思いましたが、そのまさかでしたよ? 貴方はまんまと私の手中に落ちてくれました!」
「…ヴェルナー、き…貴様ッ。いったい…何者…」
地に這いつくばるアゾットは憎しみを交えた顔と声で問うた。
「ん? いやですねぇ先輩、可愛い後輩の役職を忘れるだなんて? …私はウィスタリア国16代目国王ギルバート・ウル・ウィスタリア様が率いる準王騎士団副団長、ヴェルナー・モルトレーデですよ」
「お…のれ」
「おっと、いけない。…もう一つ、役職があったんでしたっけ_」
ヴェルナーは意気揚々とした、これまでの雰囲気とは180°変わった様子で告げる。
「私に与えられたたった一つの使命。…ギルバート暗殺を命じられたスパイ、という役職がね」
「「ッ!!?」」
アゾットとクラミィは驚愕のあまり、言葉を出すこともできなかった。
戦闘要因のアゾットがこの様なのを良いことに、ヴェルナーは再び饒舌に語り出す。
「ずっとだ、ずっと待っていたんですよ。ギルバートとエミルが離れるこの瞬間を!! エミルが近くにいると首を刎ねても毒を盛っても殺せない可能性がありますからね」
『エミル』というのはギルバートの側近であり、ウィスタリアで最も強い騎士の名である。本名を『エミル・ラウスロード』。
その強さから全国に名を轟かせ、世界で見ても抜けた実力を持つ騎士の総称である『六峰』の内の一人に数えられるほどだ。
それを脅威視するのは当然のことであり、確かに彼の居ない今の状況は最高の好機と言えよう。
「エミルはとても厄介でした。貴方がたやギルバートとは違って、出自がウィスタリアでない私をずっと怪しんでいたようでしたから。…しかし、こうして奴の目を盗んで国から出て来れたのはウィスタリア城へ押しかけてきた『茈結』の皆さんと……そう。あり得もしない戯言に見事惑わされて下さいました、クラミィ様?貴方様のお陰なんですよ?」
「ウソ…嫌っ…!!」
「あっハ! 良いですねぇ、そのお顔。そそります…これから殺してしまうのが惜しいくらい_」
「ッ!!」
バンっ!!
「おっと…」
アゾットはうつ伏せの状態で腰に下げていた拳銃を素早く取り出し、ヴェルナーに向けて放つ。
ところがヴェルナーはこれを予知していたかのようにすんなりと交わしてしまった。
「そんな見え透いた攻撃、この私に当たるとでも思いました? …先輩の口癖だったでしょう、『当たらない攻撃はするべきじゃ無い』…ってねッ!!?」
ザクッ!!
「ガアッ!!」
ヴェルナーは新しいダガーナイフを取り出すと、動けないアゾットの顔面を目掛けて投げつけた。
対するアゾットは満身創痍の中、左手を即座に自身の顔の前へ出し、肩代わりさせる形で顔面へ直撃を防いだ。
「流石先輩、見た目によらずしぶといですねぇ?…では、こちらを狙ってみることにしましょう」
ヴェルナーは撫でるような動きでクラミィの方へ目をやる。
「ヒっ…」
「貴方ですよ、クラミィ様ァ!? …取るに足らない貴方を殺してこいなどという命令はされていませんが、大のウィスタリア嫌いで在られる御方であれば貴方の死もさぞ喜んで頂けることでしょうッ…!!」
凶悪な狂気を纏うヴェルナーに、クラミィはただひたすら怯えることしか出来ないでいた。
そんな彼女の元へ、ヴェルナーは薄気味悪い笑顔を浮かべながら歩み出す。
一歩、一歩。
「…」
クラミィは動けない。
一歩、一歩。
「…」
クラミィは動かない。
一歩、一歩…
「…ッ!!」
パチンっ!!
クラミィは動く。
「ク…ラミィ様、まさか…」
その様子を見ていたアゾットは驚く。
緊迫したこの状況でクラミィがしたのは、恐怖の涙で濡れた渾身のウインクであったからだ。
だが、お察しの通りただのウインクで無い。
それを見ただけで相手を強制屈服させる強力無比な欲である『愛ノ僕』の力を帯びた最強のウインクである。
「…」
ウインクの直後からヴェルナーはその場に立ち尽くして動かない。
どうやら彼はクラミィの心が恐怖で完全に折れてしまったのだと油断していたらしい。
一瞬にして今まで散々馬鹿にしてきた者の下僕へと成り下がったヴェルナー。
その笑いは自らの滑稽さからか、はたまた別の理由からか_
「フフフフ…」
「ッえ…? どういう…こと?」
「フフフ…フハハハっハハァッ!! これはたまげた! まだそんなものが私に通用すると思っていたのですかクラミィ様!? おめでたいにも程がある!」
「なんで…」
クラミィの顔は再び絶望に染まる。
「なんで? …もしかして、まだ気づかれていないのですか? ここまで貴方を運んできた時もそうでしたが、私は初めから『愛ノ僕』の影響なんて受けてはいませんでしたよ?」
「え…?」
「ふむ、能無しさんは聞くことしか出来ないらしいです。 まぁネタバラシが無いまま終わるのは私が味気ないですからね……『フリ』をしていたんです、貴方のカーマにかかったフリをね?」
「フ…リ? で、でも確かに見て…」
「ですから、『愛ノ僕』に何の効力も無いんですよ。私に対しては、ね?」
「っ…!? ヴェルナー…貴様っ、まさか」
何かに勘づいたアゾットは声を上げるも、ヴェルナーはそっちのけでクラミィを煽り散らかす。
「いやはや、中々に滑稽でしたよ? 催眠下に落ちていないとも知らず、私にとって都合の良い命令ばかりする貴方は。…おや、信じられないって顔ですねぇ?……もしかして私が貴方を釣り出す最後の一押しとして使ったあの言葉、真に受けていた訳じゃあありませんよねぇ?」
クラミィの目から、色の無い涙が溢れ出す。
「『クラミィ様の欲さえあればギルバート様と対峙する数百の軍勢も一瞬にして屈服させられるはず!! これほどまでに強力なカーマをどうして利用しないッ!!?』……でしたっけ? いやぁ、我ながら迫真の演技でしたよ、あれは。相手が貴方でなければ赤っ恥もいいところでした」
「ッ…」
「確かに貴方のカーマは強力ですが、持ち主の貴方がそんなでは恐るるに足りません。恵まれているのにこの有様…反吐が出ます。……そういった私の私情も含めて、殺しますね?」
途中、態度が豹変したヴェルナーは再度歩き出す。
「ク、クラミィ様ッ……どうか…逃げ_」
アゾットは残った右手をクラミィの方へ伸ばして言う。
これにヴェルナーは嘲笑を返す。
「何を馬鹿なッ!! 王城の中でぬくぬくと育ったひよっこ風情が、この私から逃げおおせると本気で_」
「_逃げちゃダメですッ!! どうか、私に近づいてっ!!」
「…ッ?」
アゾットは声を張り、そう言った。
聞いたこともないアゾットの声量に一瞬驚くも、クラミィは言う通りに動く。
ヴェルナーもアゾットの発言に疑問を隠せないでいるが、とにかくそうはさせまいと二人の間に入ろうと試みる。
しかし、それよりも早く_
「ッ展開『必中ノ陣』!!」
「っ…ほう?」
アゾットが唱えると同時に3m半径ほどの、十字の紋様が描かれた円が展開される。と、同時にアゾットは膝立ちで銃を構える。
一方、ヴェルナーはこの陣の展開を警戒して後ろへ下がる選択を取った。その様子的にも、この陣の能力を理解しているようである。
現場は地面に描かれた陣の中心にアゾット、その真横にクラミィ、そして5mほど離れた所にヴェルナーが立つ、という構図に落ち着いた。
ヴェルナーは構えられた拳銃を警戒しながらも、笑って問うた。
「そう来ますか。…して、貴方にその引き金が引けるのですか? クラミィ様が陣の内側に居るこの状況で」
「ッ…試して、みますか? クッ…」
背中と左手に刺さったナイフと出血多量によるダメージが隠しきれていないものの、笑いながら強気に答える。
ヴェルナーはアゾットの空元気を嘲笑する。
「いいですねぇ? それでこそ私の知るアゾット・ヴァリタスだ」
「…」
数秒の沈黙が続いた後、再びヴェルナーは口を開いた。
「…やはり、先にクラミィ様を狙って正解でした」
「っ、なん…」
「簡単なことですよ。私の目的は初めから貴方であり、貴方を安全に殺すのにはこれが一番だったというだけの事です。…それに_」
ヴェルナーは怯えるクラミィを見て続けた。
「_私がクラミィ様を殺すだなんて事はあり得ないんですよ…絶対に、ね?」
「っ…」
何やら意味深なことを言うヴェルナーであったが、その真意を問う気力はアゾットに残されていないようだった。
彼は一行が来た方向へ身体を向けると、そのまま言い捨てる。
「そういうことなので、どうぞ安心してお眠りくださいな。…先に逝って主を待つのも臣下の立派なお務めなのですから」
そうしてヴェルナーはギルバート殺害に向けて、あっさりとその場を去っていった。
「…」
ドサっ…
これを見届けたアゾットは力尽き、再び地面へとうつ伏せになる。同時に『必中ノ陣』の紋様も消え去り、クラミィは戦場にただ一人取り残される。
そうして漸く自身の犯した間違いの、否、『罪』の大きさを知るのであった。
「っごめん…なさい。…ごめんなさい、ごめんなさい…アゾット、ごめんね…私が…私のせいで、こんなっ…ああ…あああッ…」
サアアアアアアァァァ
それでも響く雨音は、小さく漏れたその声をも掻き消して_
「私も『つみ』…ですかね、ギルバート…さま__」
「おっ、居た居た…ってあれ? ヴェルナーはもう行ったのか? 相変わらずクソ真面目ちゃんだねぇ」
「あいつはあんたのことただのクソだと思ってるぞ、多分」
「こいつは推測だが、そら多分じゃねぇわな、多分。…って、あら?」
「っ…?」
「ああ、自己紹介がまだだったなウィスタリアんとこのお嬢ちゃん。…俺ァは『ヴァイシャ』ってんだ。どう、変な名前だろ?」




