往生際こそ潔く
「帯びせよ…『白月』」
詠唱と共に光を放ち、実体化したのは恐らくアルムガルドの我成なのだろう。
真っ白なその刀の刀身はまるで三日月のようであり、何とも美しい見た目をしている。
宙に顕現したそれを音も無く手に取るアルムガルド。これにイサギが問う。
「それが、お前さんのガイナか…?」
「ただの刀では流石に役不足らしかったのでな。それに、貴殿はまだ力を隠しているだろう? 出し惜しみをしている場合では無いと判断した」
「いやぁ、そいつは買い被りだと思うがね。槍が交わされちまったんなら、俺にこれ以上は無ぇから安心しな」
イサギは右手に持った銀色の槍を見ながらそう言った。
どうやら槍こそがイサギの繰り出せる最大の変化球であり、それが軽くいなされてしまった以上、完全なお手上げ状態らしい。
-クソったれめ、恨むぜリグレッド!! …アルムガルドが東部から攻めて来ると分かってて俺をここに置いたな!? おかしいと思ったんだ、でなきゃテメェから労りの言葉なんざ出る訳が無ぇんだ!! ……だァ!! もうこの際どうだっていい、そもそもなんで俺をここへ配置した? タチの悪い嫌がらせか…?-
「ま、無ぇわな。……ハァ」
心中穏やかでは無いイサギは諦めのものともまた違うため息を溢した。
「? なんだ…?」
この様子を不思議に思ったアルムガルドは怪訝そうな声を出す。
対するイサギは、何か決心したような声で独り言を呟く。
「『思っきし挑んでみろ』だったか? 野郎め…これで死んだらテメェを殴ってやれねぇからな。賭けるぜ、なぁリグレッド…」
「…」
不敵に笑い、イサギは言う。
「さぁて、足掻けるところまで足掻こうじゃねぇのッ!?だァッ!!」
「ッ...」
イサギが手に持っていた槍をアルムガルドへ投擲することで第二ラウンドが開始される。
これを交わしたアルムガルドへ間髪無く、再び二本の舶刀が襲いかかった。
ガキィンっ!!
「またか...」
「ハァっ!!」
イサギの猛攻を軽く受け流すアルムガルド。
当然、二刀に対して一本の刀で斬り合うのは中々のハンディキャップである。先ほどまで防戦一方を強いられていた理由の一つと言って良い程に。
一方で今は、手に持ったそれがガイナであるというだけで互角に渡り合っているのである。
ところが、それでも互角である。イサギに攻撃の手を緩める理由はなかった。手を緩められない理由があった。
武具による圧倒的手数で押し、時折体術を交えて相手が乱れるのを待つ。これがイサギ流の近接戦闘術だ。
ところがイサギはこれを無視して、全力で一撃一撃を叩き込む。それどころか、その手の内を余す事なく見せてしまうつもりでいるらしい。
思いっきり舶刀で切り込みを入れると、アルムガルドは防御した際の衝撃を受け流すため後方へわざと飛ばされる。
ここへイサギは二つの舶刀を立て続けに投げ込む。まるで大きな手裏剣のような攻撃を、宙に居たアルムガルドは己のガイナで弾く他無かった。
カンっ、カンッ…!!
「…? それはッ…?」
舶刀をなんなく弾いたアルムガルドが目にしたのは、大きな弓を構えるイサギであった。
「喰らいなッ!!」
鉄でできた弓で、鉄でできた矢を豪快に放つ。
威力、スピード共に先の舶刀投げを優に超えている。
ガッンっ!!
鏃の先端部をガイナの刃で見事捉え、防御に成功するアルムガルド。ところが猛攻の嵐は止むことを知らずに、次なる手が迫っていた。
「くッ、次から次へと…」
矢の防御時に生じた一瞬の硬直の隙に、急接近していたイサギが振るったのはまさかの大鎌であった。
鎌の攻撃を刀で受け止めるのが困難であることは想像に易く、例に漏れず回避を選択したアルムガルドは宙で隙を晒さないようにとしゃがむ。
ブォンっ…
右手で鎌を大振りしたイサギの懐はあまりにも無防備であり、ここぞとばかりに反撃を試みるアルムガルドであったが_
ガンッッ!!!
「ッ? なんだと…」
イサギの腹部に突き立てようとしたガイナが彼に届くことはなかった。
空いていた左手に持っていた盾で防いだからだ。
更に、大鎌を空振った反動で使用不可だと思われた右手には既に刀が握られており、間を与えずそれをアルムガルドへ振りかざす。
キンっ!! …ドガッ!!
「ぐッ…!」
体勢の低いアルムガルドは盾に阻まれたガイナを、迫り来る斬撃への防御に充てるので精一杯だった。これが分かっていたイサギはその隙に蹴り上げを直撃させ、アルムガルドを宙へ浮かせることに成功する。
短く呻くアルムガルドであったが、すぐに体勢を整え次なる手に備える準備をした。
_が、それも全て無駄となる。
「こいつで〆るッ!! くたばってくれよぉッ!!?」
アルムガルドの頭上から聞こえきた覇気を纏った声。
宙で見上げるとそこには、ギャグのようにデカいハンマーを振り上げるイサギの姿があった。
「なんッ…!?」
一瞬で自身の頭上に移動していた事にも驚いたが、それよりもあんなに大きいハンマーを空で振り上げている事そのものが常識を逸脱しており、思わず驚嘆の声を漏らす。
そして事実、宙では自分の身体の数倍もの面積を誇るハンマーの面部分から逃れることは叶わない。
与えられた選択肢は手に持つガイナで防御するか、しないかのみであるが、前提として当たることそのものがマズい。
つまり_
『絶体絶命』
ガッゴンっ!!
重力をも活かし、思いっきり振られたハンマーは逃げ場の無いアルムガルドをしっかりと捉え、吹き飛ばす事に成功する。
目では追えないほどの速度で地面に叩きつけられ、大地が割れる音と砂埃が周囲に舞う。
対するイサギはハンマーでの打撃をアルムガルドへ直撃させたものの、その大きすぎる慣性で勢い良く縦に回転してしまう。
数回回った末に体勢を立て直すと、あろうことか持っていたハンマーのヘッド部分を更に拡大させたのだ。
「ぬんッ!! 今度は倍痛ぇぞ、生きてりゃあなぁッ!!」
こうして質量と威力が更に増した打撃攻撃を、自由落下のエネルギーも加えてアルムガルドが落ちた場所へ叩き込む。
ドッッガアアァァァァァァァァァッッンっ!!!!!
地が裂け、揺れ動く始末。
とてもそれが物理攻撃のみとは思えないほどの、とてつもない衝撃と音が一帯に響く。
「ハァ…ハぁ……」
フィジカルモンスターのイサギがバテる姿は滅多に拝めないが、これほど高度な連続攻撃を繰り出し続けていれば無理もない。
息を切らしながらも、地面にめり込んだ超巨大ハンマーを見て呟く。
「こんなに鉄源素を消化したのはいつぶりだっけか…? ま、とにかくだ。リグレッドの野郎の予想通りに転ばなかったってだけで清々しいし、とっととずらかるか。俺の仕事は敵勢報告だし、仮に生きてても後ろの連中と組めさえすれば__
ゴォ....
「ッ!?」
音がした。
言わずもがな、目の前で埋まるハンマーからだ。
「ま、まあそうだよな…だが今ならまだ逃げ_」
「驚いた…まさか、欲の出力をここまで上げることになろうとは」
ゴォォンッ!!
ハンマーの倒れる音が、その声の後に鳴る。
「ち、畜生め…ここまでとはッ…!!」
この場から逃げようとしたイサギの喉笛には、既に真っ白な切先が突き当てられていた。
赤いオーラを纏うアルムガルドの白い服には多少の汚れこそあるものの、まるで無傷のような立ち振る舞いと表情でイサギを見つめる。
「ここまで翻弄されたのは久方ぶりだ。…私にカーマが無ければこの勝負、どうなっていたか分からなかった」
「へッ、まるで無くても勝てたみてぇな口ぶりじゃねぇか…」
「その様子からして、貴殿はカーマを持ち合わせていないのだろう。…してこの実力だったが、それが故にこの実力だったという表現もできよう。…貴殿を否定する訳では決して無いが、持つ者と持たざる者は平等などでは無い。カーマとは、その者の運命を定めてしまう病なのだから」
一般的には質の悪い嫌味にしか聞こえないこの言葉。
ところがイサギは、これに違った意味を見出していたらしい。
その証拠に、とても満足そうな声で言う。
「ふん、そうだな。持たざる者がお前さんたちを真には理解できんよう、背負う者に俺たちを理解しろっていうのはワガママだよなぁ」
-そう、俺に欲は宿らなかった。なのに生まれつきこの異常体質のせいで人一倍頑丈で、身体能力が高くて、ガキの頃はそれが自慢だった。…だからこそ、羨ましくて仕方がなかった。悔しくて仕方がなかった。カーマを持った人間が、俺をあっさりと追い抜いていくのが-
イサギは過去に耽っている自分に気がつくと、吹っ切れたように笑い飛ばす。
「けッ、セルフで走馬灯ってか? …だっせぇな」
-だからこそ、周りに負けねぇよう必死に努力した。過剰生成される鉄源素を応用して様々な種類の武器を作り、修行し、極めていった。そう、俺は強くなった。…直に噂を聞きつけた野郎からスカウトを受けた俺は『茈結』の武術講師となり、柄にも無く小生意気な弟子がたくさん出来た。…悪くなかった。……だがこれも全部、俺が持たざる者だったからこそ歩めた人生だ。後悔は無い。…無いが_-
「_やはり、勝てなかったなぁ…」
アルムガルドは空を仰いで笑う彼を、敬意を持った目で見つめた。
そして告げる。
「貴殿を切らねばならないことを非常に残念に思う。…なにか、言い残したいことはあるか?」
「ん?…ハッハッハッ!! まさかそいつを言われる側に回るとは思わなかったぜ!! ……無ぇさ。俺が出来ることは全部やったつもりだ、満足に寝れねぇくらいにな。ここで死ぬんなら、俺はそこまでだったってだけさ」
「…そうか」
「あ、そうそう」
「?」
「全部終わったんだって思ったら、急に眠くなってきちまってよ。なぁに、しばらく暖かい布団とはご無沙汰だったんで急に恋しくなってな? お前さんが良ければだが、俺を殺った後に思いっきり燃やしちゃあくんねぇか?インスタント火葬ってヤツさ、即興にしちゃあ名案だろ?」
「…私は構わんが、しかし」
「さ、あんまり恥かかせるんじゃ無ぇよ。こう見えて負けず嫌いんだぜ、俺はよ」
「……承った。ではせめて、苦にならぬよう一瞬で__」
「やっと見つけたぞぉぉぉッ!!!! アウスタッシュ=アルムガルドっ!! 我が友よォッ!!」
ドッゴォォーーーンっ!!!!
そこそこ感動的なシーンをこれでもかというほどにぶち壊し、アルムガルドとイサギとの間に謎の人物が乱入する。
二人は衝突を回避するために後ろへ下がり、構図的にはアルムガルドとイサギの間にそいつが仁王立ちで居る状態だ。
いったいどのようなメンタルを持ち合わせているのだろうか。
「誰だ、こいt…ん? 待てよ?」
イサギは目の前の強心臓の顔を見て、何かを思い出す。
-こいつ、確か一年そこら前に茈結に乗り込んできた野郎の差し金じゃなかったか?…ッ!?まさかッ!?-
今度は出立直前に言われたリグレッドの言葉を再度、思い出す。
『もしそいつに一瞬でも本気を出させることが出来たなら、イサギさんが殺されることも九割九分で避けられるハズや』
「あの野郎…まさかここまで計算してたンじゃあ無ぇだろうな?」
驚くイサギを側に、因縁?の二人は会話を始める。
「フハハハっ!! ざっと十年ぶりくらいか? オレは会いたかったぞ!!」
「なるほど…そういうことか」
「うん? まぁ良い…今重要なのはオレとオマエがこうして再び向かい合っているということ!! これは決して運命などという下らん言葉で片付けられるものでは無い…そう!! これは宿命であり、因縁であり、運命なのだ!! さぁ、心ゆくまで斬り合おうじゃあないか!!!」
「…やはりおかしな奴だな、貴様は」
目を丸くするアルムガルドに対し、当の『おかしな奴』は既に臨戦態勢を整えている。
完全に蚊帳の外へ追いやられてしまったイサギは安心と、苛立ちと、そして気まずさの入り混じった声で吐き捨てる。
「チッ、さっき死んでおくんだったぜ…」
再び空を仰ぐイサギであった。




