『かたき』討ち
薄暗い土砂降りの中で仄かに灯る優しい色の炎は、一際その存在感を放つ。
そんなフラデリカは静かながらも、優しさとは真逆の感情を声に乗せて語るのだった。
「…姉さんのカーマ『命火ノ縁』は『術者と繋がったものへ命を分け与える』というものだったらしい…。姉さんはその力を使いフラミュー=デリッツの怪我人や病人を救い続けた、それが自らの寿命を蝕む行為であったとしても」
「寿命を蝕む、って…」
その言葉だけで氷戈は『命火ノ縁』というカーマの凄まじさを理解するのだった。
-単なる回復系のカーマであればそこまでのデメリットは生じないはず、それはトーラさんのカーマが証明している。つまり『命火ノ縁』ってのは本当の意味で命を分け与えるものなんだろう…、そうであればフラデリカが今こうして普通に喋れていることにも説明が付く-
氷戈はファンタジー作品に度々出てくる『代償の伴った力』が如何に強大だったかを思い返していた。
そんな耽りを側に、フラデリカは続ける。
「先ほど砕いた宝石は姉さんから直接託されたものだ。そしてその時、姉さんはこう言った。『近い将来、もし仮に私が居なくなったとしてもどうか悲しまないで欲しい。それは私が使命を全うし切ったという証なのだから』と」
「何を_」
「次の日に姉さんは死んだ……いや、殺されたのだ。貴様の手によって」
「ッ!!?」
「あまりにも出来すぎているとは思わないか、青髪?」
「……因縁があった、とでも言いたいのか?」
氷戈の問いに、フラデリカは意外にも首を振った。
「…忘れてくれ、どうであっても貴様が姉さんを殺したという事実は変わらない。だから私は姉さんのカーマを発動させ、貴様から受けた傷を癒した…貴様にこの意味が分かるか?」
「?」
「例え姉さんの形見を失ってでも、絶対に貴様を殺すという硬い信念がそうさせたのだッ!!お前は絶対に殺すぞ青髪!!いいか、どんな手を使ってでもだ!!」
「ッ...」
つい先ほど自分の信念の弱さを痛感したところへ『自分を殺すための揺るぎない信念』を見せつけられ、氷戈は動揺を隠せずにいた。
そんな状態の氷戈を歯牙にも掛けず続ける。
「先ほどのようなチャンスは二度と訪れないと思え。何故私の攻撃が当たらなかったのかはまだ分からないが、そうなると分かっていれば対処のしようは幾らでもあるッ…」
「…」
-落ち着け俺!! 今はそんなこと気にしている場合じゃないだろう!! まだ『絶対防御』の仕様はバレきっちゃいない、ならまだ俺の方が…-
「それにだ_」
フラデリカは一歩を踏み出すと、再び我成『灯火』を顕現させる。
「?」
「さっきまでの私と、同じと思うなよ?」
ザッ!! __________。
「な…? ッ!?」
まだ俺の方が有利、と思うよりも早く。
既にフラデリカは氷戈の喉笛に『灯火』の剣先を突き立てていたのである。例の如く、その攻撃が届くことは無いが。
-い、いつの間に!? 『絶対防御』が無ければ確実に死んで_-
ドゴォっ!!
「グハッ!!?」
フラデリカは氷戈に思考をさせる隙を与えぬよう、今度は腹部を思いっきり蹴り飛ばしたのである。
鈍い音と声を漏らし、氷戈は地面を転がっていく。
これを見たフラデリカは考察する。
「やはりガイナでの攻撃は当たらない、か」
氷戈は片手で蹴りを入れられた部分を抑えながら、苦しそうに立ち上がる。
「ウグッ…なんつー威力だよ…」
「しかし、だ。こうして体術の類であれば問題無く通じる。それならば話は早い!!」
ザッ…!!
「ッ!?追いつけな..ガハッ!!」
フラデリカはまたも氷戈の追いきれない速度で近づき、今度は顔面にストレートを決める。
痛い。
よろける氷戈。止まらないフラデリカ。
痛い。
「グッ!? …ガッハ!! ヴッ…ガッ!!?」
「分かるかッ!? これが憎しみだ!! これが復讐だ!! これがッ!! 姉さんを殺した罪だッ!!」
狂気。
フラデリカは更にヒートアップする。
痛い。
思いきりアッパーを喰らわせ、吹っ飛ぶ氷戈。
受け身を取れず横たわる彼に、フラデリカは馬乗りになって顔面を殴り続ける。
痛い。
「ハアッ!! 痛いかッ!? 痛むかッ!? …だがなッ!!痛みを感じられるだけ幸運と思え!! 姉さんは…姉さんはそんな事を感じる間も無く殺されたッ!! 最後に思いを馳せることも許されずに!! 最後に声を上げることも許されずに!! オマエによって殺されたのだッ!!」
「…」
痛み。そう…痛み、か。
初めこそ声を上げていた氷戈だったが、次第に無言で殴られ続けるだけとなる。それは決して意識を失ってからでも、死んでしまったからでも無かった。
ただ、考えていた。
-痛み。何でだ? …俺は殴られて痛いし、コイツも姉を失って心を痛めてる。そして実際、レベッカは死んでいる。何でだ? 何で俺はこんなにも殴られなきゃいけない? 何でコイツは俺へ復讐してるんだ? 何でレベッカは死んだ? 分からない。痛みの意味が分からない。なんで俺がこんな目に遭っているのか-
「……わ」
「ハァハァ…驚いた、まだ意識があるのか。言い残したことでもあるのか? だが許さん!! 何故なら貴さ_」
「分からないんだ」
ドゴォっ!!
「グッ!? グァッ!!」
今度はフラデリカが大きく横へ吹き飛ばされる。
仰向けとなる氷戈のすぐ右の地面から馬乗りになっているフラデリカの顔面へ向け、氷の柱が勢い良く飛び出したのだ。
押し弾く形でフラデリカを退けた氷戈は、ボロボロの身体で立ち上がる。
対しフラデリカは受け身を取っていたため既に臨戦体制を整えていた、のだが。
『狂気』
周囲は凍て付き_
「分からない…。俺が感じてる痛み。オマエが感じてる痛み。何故なのか、分からない…」
「き、貴様…何を」
「でもさ、分かったんだ…痛みを無くす方法。……フラデリカ_」
「なんだというのだッ…!?貴様は、いったい」
精一杯のお返しを込めて_
「_オマエを殺せば痛み、全部無くなるよね?」
「は」
ただならぬ雰囲気に気圧され、フラデリカはその場で凍ってしまう。先程までの威勢がまるで嘘のようである。
「オマエが死んでしまえば、俺は痛くないし、オマエも抱えずに済んだ痛みを忘れられる。そうだろう…?」
「抱えずに済んだ、だと?」
「そう。そうだけど、もういいよ…どうせいなくなるんだから。オマエを殺して、燈和を取り戻す。オマエは死んで、解放される。ただそれだけの話だ。元からそのつもりだった。……けど、足りなかった」
「さっきから何を…」
「『燈和を取り戻す覚悟』だけじゃ足りなかったんだ。…フラデリカ、オマエを殺す覚悟も必要だったんだ。そして今、決まったよ…『超然洗脳』によって生まれた偽りの存在、フラデリカ。俺はオマエを殺すよ。俺と燈和、そしてオマエのためにも…」
「ッ!!何を訳の分からんことをゴチャゴチャとッ!!うおォォッ!!!!」
コンッ__
「ウッ…!?」
理解の到底及ばない言葉を吐き続ける氷戈に思わず激情したフラデリカは、先ほどと同じように猛スピードで殴りかかる。
氷戈はまたも動けない。否、動かなかったのだ。
顔を狙う拳の行き先を阻むように、小さな氷の板を生成してこれを防いだ。
びくともしない氷に拳を思いっきりぶつけ、フラデリカは少し怯む。僅かに生じた隙を氷戈は見逃さない。
迫る拳。その大きさは、丁度対象程か。
気付けば氷で出来た巨大なそれはもう寸での所にまで迫っていた。
「え…グハッ!!?」
直撃。
もの凄い勢いで飛ばされるフラデリカ。放っておけばどこまでも飛んでいってしまいそうな、そんな勢いで。
しかし氷戈はそれすらも許さない。
バリンッ!!
「ガッハっ!!?」
フラデリカが吹き飛ぶ先に突如として分厚い氷の板が形成される。
彼女がそこへ衝突する事は必至であり、大きな破砕音と呻き声が辺りに響くこととなる。
氷の板に全身が埋まり、まるで磔状態となっているフラデリカ。
これを見ても尚、氷戈は歩みを止めることは無かった。
一歩、また一歩と着実にフラデリカとの距離を詰めていく。
彼女を殺すと決心した、その信念を揺るがしてしまわないように。
一歩、一歩__
パキっ!!
「ッ…」
氷の割れる音。いや、フラデリカの動いた音か。
「ァァ…」
「?」
「ッハァァァァっ!!!!」
ガシャァァンッーー!!!
爆炎が周囲に広がると共に、彼女を磔にしていた分厚い氷が音を立てて崩れる。
燃え盛る炎の中心には、鋭い目つきのフラデリカが立っていた。
-次、勝負が決まる-
直感的に感じ取った氷戈は再び氷の槍を顕現させる。
それはフラデリカも同じだったらしく、腰に下げていた一本と背中の一本を手に取る。
天然由来の鉄で出来た武器であれば氷戈の『絶対防御』を無視して攻撃できるという算段だろう。実際にこれは正しい。
一本は戦闘の序盤に防御で使用していたのを見たが、もう一本は初めてお披露目されたものだった。どちらも彼女のガイナと変わらないレイピアのような形をしているが、二本目の方はその等身が異様に長かった。
「姉さんの形見を宿した私が、姉さんの形見で、姉さんの仇である貴様を貫く…。なるべくしてこうなったのは、運命ということか」
恐らくあの長い方のレイピア、それこそがもう一つのレベッカの形見なのだろう。
氷戈は変わらず冷たい表情を保ちながら、現状の分析をしていた。
-レベッカのカーマを取り込んでからフラデリカの身体能力は著しく向上した。単純な物理の殴り合いじゃ俺に勝ち目はない。一方でフラデリカの攻撃手段は物理しかない反面、俺には氷という攻撃手段もある。この優位性を活かせば勝機は必ずある-
構える二人。
氷戈とフラデリカ。
仇と敵。
ギルバート達と同じく、こちらも第二ラウンド兼最終ラウンドが始まろうとしていた_
その時だった。
プツンっ__
「……ッ!?」
氷戈は振り向く。
まさにギルバートが戦っている方向から、何かが切れる音がしたからだ。
「あ、ああ……な…んで」
ここから数百メートル離れた荒野で、少し前まで激しく斬り合っていたいたであろうギルバートとラヴァルド。
この表現の通り、現在両者の手は完全に止まっていた。
「なんで…なんでお前がッ!?」
雨に濡れない氷戈に遮蔽は無いため、遠くからでも鮮明に見えてしまった。
前へ倒れ込むギルバートと、その後ろにはついさっき確かに見た人影を。
『お前』は手に持った長い剣で躊躇も知れず、己が君主を手にかけるのであった。
氷戈は目の前の敵を余所に、思わず駆け出すのであった。




