渦中の鳥
何か、確信がある訳ではなかった。
何か、根拠がある訳でもなかった。
何か、手がある訳でもなければ、何かを思い出さない訳でもなかった。
その『何か』が、彼を動かしたのだろうか。
氷戈は迫り来る『死』に向かって、両手を精一杯に伸ばす。
側から見れば、女の放った『穿々電雷』を真っ向から受け止めようと構えているように見える。
実際、そうだったのかもしれない。その真相を知る者はもう居ないが__
氷戈の開かれた掌の先から突如として現れた薄い層は、彼を守る盾のような形を成そうとしていた。
ところが、あまりにも遅すぎる。
光の如くの速度で襲い来る『穿々電雷』は、この時点でもう既に氷戈を飲み込まんとしていた。
-間に合わな___-
間に合わない。確実に。
主人公らしく起きようとしていた『得体の知れない奇跡』に見放され、『定められた運命』からは逸脱できないのだろうか_
=だからこそ、彼は選ばれたのだろう。=
「はーい!ここから先は立ち入り禁止だぞ?止まっとけ?」
「え.....」「あん?」
氷戈と『穿々電雷』の僅かな隙間に突如として入り込んだ人影は、なんと片手を添えるだけで迫り来る『死』を封殺してしまったのだ。
唖然とする氷戈と、憤りの混じった疑問符を浮かべる女。
当事者二人の状況理解が追いつかないまま次なる手が、否、拳が女を襲った。
「ふン!!」
ドゴォっ!!!
「ッ!!?ウぐッ!?」
察知した女は『穿々電雷』発射のための体勢から、自身へ向けられたパンチに対してガードをする体勢へと即座にシフトチェンジする。
どうやらガードは間に合ったようだが、踏ん張りきれず後方へ吹き飛ばされた女は立ち並んでいた家屋を数軒貫通し、その姿は見えなくなってしまった。
「・・・」
五秒にも満たない短時間で目まぐるしいほどの状況の変化を目の当たりにした氷戈は、言葉を発することすら出来ずにただ立ち尽くしていた。
そんなところへ、背後から声がかかる。
「やっ!息しとるか?」
突然、後ろから肩を掴まれた氷戈は思わず素っ頓狂な声を上げる。
「ッうあ!!?」
「おー、エラい元気やんな自分?・・・若いってエエなぁ」
エセっぽい関西弁で話す男の姿を見ようと氷戈は振り向いた。
するとそこにはボサボサとした黒と灰色の入り混じった髪を伸ばす、細身で長身の男が立っていた。目の下にはペンで書かれたのかと疑うほどの濃いクマがあり、顔もやつれ気味と明らかに不健康そうな外見の男であったが、年齢は三十手前ほどに見える。
「あ....えと....」
氷戈は分かりやすくキョドってみせる。
状況を飲み込めていないのもあるが、この場合は普通にコミュ障が発症したようだった。
これを見た男は大きく笑ってから、いきなり自己紹介を始めるのだった。
「ナッハッハ!!・・・初めまして、やな?ボクはリグレッド。とある慈善団体のリーダー兼『最弱』を担当しとるんやけど....覚えとったりする?」
「・・・はい?」
「初めまして」なのに「覚えてる?」と聞かれた氷戈は余計呆然としてしまう。
『リグレッド』と名乗った男は「いっけない」といった具合で頭を押さえ、再び話し始めた。
「アッカンわぁ、つい方言が出てもうた。・・・ま、そないなことは置いとって....自分、名前は?」
「えと....ひ、氷戈です」
「氷戈、やな?・・・よっし氷戈、行くで!!付いて来ぃ!!」
「え....行くって、何処に?」
「ん〜....一言で言うんなら『この国のお姫さんを助けに』やな?」
「ひ、姫さん.....?」
-マリ○?-
余計何が何だか分からなくなったが、状況的にあれこれと聞いている暇は無いと直感的に感じ取った氷戈は一つだけ問う。
「あの....まずは、助けてくれてありがとうございます。・・・もしかしてなんですけど.....『シケツ』の方々ですか?」
「なんや、ボクら『茈結』のこと知っとるんなら話は早い。とは言え、今は時間がないんや。事が済んだらお家返したるからしっかり付いて来てや?」
「・・・」
どうして初対面の自分にここまでしてくれるのか不思議でならなかったが、今はそれを聞いている時間はなさそうだった。
元より、自分を襲った女と敵対関係にあると考えていた『シケツ』なる組織の助けを乞うていた氷戈にとって、これを断る理由も道も無かった。
「・・・分かりました。よろしくお願いします」
氷戈は頷いて言った。
「ねぇ、団長さん?その子の面倒は一体誰が見るつもりなのかな?」
またまた後ろから聞こえた透き通った声は、その裏に『恐ろしい何か』を感じさせた。
振り返ると、先ほど片手で『穿々電雷』を防いだ女性がニコやかな顔で立っていた。
こちらも長身且つ非常に整った顔をしており、正しく『お嬢様』を体現したかのような美しい女性だった。肩には凡そ戦闘には向かないであろう白いショルダーバッグを掛け、気持ち大事そうにしているのが印象的だった。
そして、気になる点が一つ。
-い、糸目だ。糸目キャラだ....実在するんだ....-
感心と、その笑顔の裏に隠れている心情の読み取れなさにちょっとした恐怖を抱いた氷戈はリグレッドの方を見る。
案の定、彼もオロオロとしていたが、団長の威厳を保つべく果敢に言って見せた。
「な、なんやシルフィ!?さては氷戈をこないなところに置いてけって、そう言うんじゃ無いやろな!?」
「先ずは質問に答えなよ?・・・ただでさえ使い物にならない団長さんを連れてリュミストリネのお姫様を助けに行くっていうのに、その子まで一緒に来て一体誰が面倒を見るのって聞いてるんだよ」
「ひん....」
「・・・」
-え、何今の?鳴き声....?・・・ま、まあとにかく、言っていることは間違ってない。この人たちの計画に俺が邪魔なのは当然のことだ。だけど右も左も分からないこんな場所に放置されたら、今度こそ死ぬ自信がある。何としても付いていかないと....-
「あ、あの!邪魔になったら捨ててもらってもいいので....一緒に付いていくだけでも、させてくれませんかッ...!?」
氷戈は辿々しくも、熱のこもった声で言った。
これを聞いたリグレッドは目を丸くし、『シルフィ』と呼ばれた女性も少し驚いたようでこちらを見た。
そして鳴り響いた、拍手の音。
パチ....パチ...パチパチ!!
「こンぐラッちゅレーしョン!!・・・先ほどジェイラに立チ向かっテ行った勇気とイい、今の気迫トいい、素晴らシイ気概だネ君!!ワタシは感動シた!!」
「・・・は、はぁ...?」
日本語を覚えたての外国人のそれとも少し違う、独特な話し方の男性はゆっくりとこちらへ歩いてきた。
氷戈の角度からはちょうど見えなかったが、恐らくはこの男性が『穿々電雷』を放った女を殴り飛ばした人なのだろう。筋肉質すぎるその逞しい身体と、木の幹かと見紛うほどの腕がなによりの証拠だ。
男は戸惑う氷戈に、外見とは裏腹な優しい笑顔を見せて言った。
「安心しテクれ、君はワタシが守り抜クと約束シよう!!・・・ほラ!!」
「え。」
これ以上にありがたい言葉は無いはずだが、いきなり突き出された中指を見た氷戈はフリーズしてしまう。
見かねたリグレッドは、すかさず助け舟を入れる。
「ちょーーーーッ!?モザイク!!モザイク入れぇや!?・・・おいフィズっ!?それアカンから早よしまい!!出すんは小指や、小指!!・・・なしてピンポイントで一番アカン指が出てくんねん....」
叱られた『フィズ』という男性は小恥ずかしそうにしながらも、言われた通り小指だけ出した手をこちらへ伸ばした。
「あ....」
-これって『指切り』ってことかな....?この世界にも同じような文化があるんだなぁ....-
氷戈は指切りに応じながら、お礼を言った。
「本当に...ありがとうございますッ....!!・・・俺、突然この世界に飛ばされて、右も左も分からなくって___」
「なんて?」「ほオ?」「は?」
氷戈の異世界転移発言にリグレッド、フィズ、シルフィの三者が一斉にフリーズした__その瞬間を狙ったのかは定かではないものの、タイミングとしては完璧であった。
「『帯電鉄檻』、ケージアップ!!」
「ッ!!?」
どこからか声が響き渡ったかと思えば次の瞬間、既に氷戈達一行は捕えられていた。
「ッ!?え、ええッ!!」
慌てふためく氷戈の足元にはいつの間にか円形の紋様が浮かんでおり、その円周に沿って鉄の牢が形成されていたのだった。牢の形状は鳥籠そのものであり、四人は正しく籠中の鳥と化していた。
「おいおい、四人揃って呑気にお喋りたぁ随分舐められたもんだぜ」
向こうからこちらへ歩きながらそう言ったのは『ジェイラ』であった。
確かにフィズの打撃を喰らってからもう十分な時間が経過しており、いつ戻って来ても何らおかしくは無かった。
「それにしてもリグレッド、まさかテメェ自ら出張ってくるとはな?正直驚いたぜ」
「へへ、せやろ?そっちのお頭がお姫さん誘拐の為に出張っとるんや、ボクも頑張らな仲間に顔向けできんやろ」
「テメェみたいな雑魚とお師匠を一緒にするんじゃねぇ!!・・・ん?お前今なんて__」
ジェイラが何かを気にして聞き返そうとしたその時だった__
ドガァッーーーン!!!!
ドゴォォッーーン!!!!
ズドォォッーンッ!!!!
四方八方から鳴り響き始めた擬音語の嵐。
凄まじい音と共に地面が揺れていることからも、あちこちで生じている爆発の規模の大きさが窺えた。
「へッ!やっと始めやがったかアイツらめ」
ジェイラの満足そうな顔とこの発言から読み取るに、どうやらこれらの爆撃は彼女側の陣営が仕組んだものらしい。
「ッ!!?なッ...なんだ!?」
対する氷戈は揺れに驚き、咄嗟に目の前の格子で身体を支えようとしたものの、その試みは失敗に終わる。
素っ頓狂な声を上げて前方へと転げる氷戈。
「うおあッ!!?」
格子を掴みそびれたでも、揺れに耐えきれなかったでも無い。
格子が氷戈の身体を避けるかのようにして湾曲したのである。
まるで格子の方が氷戈に触れられるのを拒絶しているかのように。
このせいで氷戈は目の前の格子では無く、檻の外の地面へと頭をぶつけることとなったのだ。
「いっちち....。って....あ、あれ?」
未だ小規模な爆発音が響き渡っていたが、それより目の前で生じた不可解な出来事に頭がいっぱいだった。
-なんだこの檻?粘土かなんかで出来てたのか?・・・いや、そもそも触ってすらない。まるで格子の方から俺を避けたようだった....-
「なッ!?お、お前ッ....一体何をした?」
術者であるジェイラは酷く驚いた様子で氷戈に問い詰める。
彼女だけでは無い。見ればフィズやシルフィも同じような表情でこちらを見つめていた。
うっすらと感じていた事の異常性がより明確になり、氷戈は誤魔化すように空笑いをする。
「えへ....エヘヘ...」
氷戈が自身の『主人公としての異能』を自覚するのは、もう少し後のお話である。
☆登場人物図鑑 No.6
・『リグレッド・ホーウィング』
茈結所属/??歳/182cm/61kg/欲『絶対記憶』
黒と灰色が入り混る特徴的な髪をしたヒョロガリ。目の下のクマが水性絵の具より濃い。好きなことはお喋りと観光、歴史本を読むこと。苦手なものは朝と睡眠、重苦しい人。
欲『絶対記憶』はその名の通り『見たものを何があっても忘れない』というもの。共立学園『茈結』のリーダーを務めるも、その不健康そうな見た目と胡散臭い喋り方のせいでけっこう損をしている。




