切っても切れぬモノ
「・・・燈和ッ⁉︎」
「おい、待たぬか!?ヒョウカよ!!」
ギルバートの制止を無視して、氷戈は前方へ走り出す。
あまりに考え無しで、あまりに懸命に、あまりに一心不乱に。
そしてあまりに無防備に_
「_死ね」
「ッ!?なンッ!?」
ボオオオオオオオォォォォォッ!!!
突如、とてつもない炎の奔流が氷戈を襲う。
フラデリカはこちらへ向かってくる氷戈を横目で捉えるや否や、ノータイムで左の掌を向けこれを放ったのだ。
「クッ!?ヒョウカ!!」
氷戈のすぐ後ろを追っていたギルバートも炎に呑まれそうになるが、間一髪のところで横へ避けることに成功する。ところが業火が氷戈へ直撃したのを目の当たりにし、反射的に名前を叫んだ。
十数秒後、火炎放射器を何百倍にしたかのような炎の噴出が収まると、黒く焼き焦げた地面が煙の中から姿を現す。
そのまた数秒後、焼痕の極まった場所に居たとは思えないほどに無傷な氷戈が見えるのだった。
彼の前方には等身ほどの氷の盾が立てられており、これで見事防いだように見せている。
「無事だったか!」
ギルバートが氷戈の隣へ移動すると同時に、氷の盾も崩れる。
そうして両者は約一年ぶりに相まみえることとなる。
「燈和....」
「青髪め....」
一方は嬉しさや懐かしさ、そして寂しさと、様々な感情が交錯したような声で_
もう一方は憎しみ一色に染まった声で、相手を呼んだ。
緊張が張り詰める中、ラヴァルドが声を荒げる。
「おいフラデリカ!!テメェ何してくれてンだッ!!折角オレ様がコイツらまとめてチキンにしてやろうと思っt_」
「黙れ、今貴様に構っている暇などない。それにさっきも言ったがあれは命令違反だ。同じ四天ともあろうものが、これでは聞いて呆れる」
冷たく突き放すフラデリカにラヴァルドはキレ始める。
「あっンだとクソ野郎ッ!?テメェのことは前から気に入らなかったんだ、ちょっと前まで雑魚だったくせに途端威張り散らかしやがって!!いい機会だ、この際ぶっ殺して分からせてやろうか!?あァッ!!?」
「なんとでも、どうせ貴様の刃は私には届かない。この時点で勝負は決まっている」
「ッ!!?こッンのクソアマがッ!!」
ラヴァルドは両手にマグマの塊を出現させる。恐らくは『岩漿熱線』を放とうとしたのだろうが、すぐに熱が弱まり腕を下す。
「チッ!」
フラデリカはラヴァルドが攻撃を諦めた様子を確認すると、すぐにこちらへ向き直った。
「さて、待たせたな...青髪。ずっとだ、ずっと貴様を探していた...」
「・・・」
氷戈は改めて雰囲気も、口調も、目つきも、その何もかもが燈和と違うことに困惑するも、意を決して口を開いた。
「青髪...ね?まぁアンタの顔と声で名前を呼ばれるよりかはマシか」
「まだ寝言をほざいているのか?何も変わっていないな....姉さんを殺した、あの時から何もッ...」
「一応言っておくけど、レベッカを殺したのは俺じゃないよ。誓ってね」
「ならば、誰が殺したと言うのだ。あの質量の氷塊で」
当時のアルムガルドや目の前のフラデリカが指摘した『氷で』というのは、着眼点としてはそう見当違いではない。
この十ヶ月間、氷戈もこの世界の様々なことを学んできたが確かに氷を自由自在に操れる人間は居なかったし、聞きもしなかった。
その上で博識度では右に出るものはいないであろうリグレッドですら知らないと言うので、本当に氷戈以外に氷を扱える人物は居ないのだろう。
ところが氷戈視点では居るという確信が持てるのだから困る。何せレベッカを殺したのが自分では無いことはハッキリとしているからだ。
加えてこの世界に来てからたった二週間であった当時、あの大きさの氷塊を誰にも気付かれずレベッカの頭上に生成、落下させることなど技術的に不可能でもある。
これをフラデリカが理解してくれれば話が早いのだが、聞く耳は持たないだろう。それに理解してもらう必要もない。
これから彼女を殺すのだ。もうそういった次元の話ではないのである。
「さあ?俺も知りたいくらいさ」
「貴様...どこまでもッ....!!」
フラデリカは氷戈の他人事のような態度にますます怒りを募らせる。
これが氷戈にとっては都合が良い。彼女の判断力を鈍らせることが本作戦最大の要と言って良いからだ。
そんなこととはつゆ知らず、フラデリカは吠える。
「もういいッ!!貴様と話すことなど初めから無かったのだ。今日ここでお前を殺して、姉さんの仇を討つ!!そのためにこの一年、死ぬ思いで刃を研いできた。No.2にまで上り詰めた!!全てはこの瞬間のためにッ!!」
「いいじゃんか、その殺る気。こっちとしても好都合なんだ....俺も、アンタを殺すために来たんだから」
表向きは余裕を装うも、内心ではやはり落ち着かない。
幼馴染である燈和の顔と声で殺気を向けられる恐怖。
これから幼馴染を手にかけるという恐怖。
相対する二種の恐怖に晒されながら、平静を演じるのはそう簡単なことではい。
「私を殺す、だと?どうしてだか知らないが、姉さんを殺したことが余程後ろめたいか?それとも自分の命を狙う私が許せないか?」
「ばーか、んなちっちゃな理由で殺さねぇよ」
「何?」
「俺が俺であるため、アンタが燈和であるため、また皆で馬鹿やるため....ただそれだけで良い。アンタには悪いが、取り戻させてもらう...俺の全てを」
「やはり言葉が通じないらしい。まあいい....」
フラデリカはそう言うと、隣にいるラヴァルドへ命令する。
「良いか、ラヴァルド。私とコイツとの決闘に一切の手出しは許さん....貴様はその何故ここに居るかも分からんウィスタリアの国王とでも遊んでいろ」
「なッ!?ウィスタリアってあのウィスタリアかッ!?ククク....ケケケケッ!!命令口調なのが気に食わねェが、良い事を聞いたんで許してやらァ!」
ラヴァルドはテンションをブチ上げ、ギルバートへ噛み付く。
「おいおい、そんな大国の王様だったンならさっさと言えってんだよ!?そんなん、ぶっ殺した時にこっちがイカれちまいそうだぜ!!」
「はて、死人のくせしてよく喋るものだ。案ずるでない、そんなに死に急ぎたいのであれば余以上の相手は居らんでな?ウィスタリアの王の名の下に、言葉通り最低でも死ねることを保証しよう」
ギルバートのこれは恐らくハッタリでもなんでもない、事実なのだろう。事前に聞いたギルバートのカーマの内容がそれくらいには強力で、『最低でも死ねること』という言葉にぴったりなものであるから。
ギルバートはそう言うと、ラヴァルドへ目配せをした。
ラヴァルドはこれの意を汲み取ったようで、この場から数百メートル離れた場所まで飛ぶように移動していった。
「ヒョウカよ、必ず勝て。勝って取り戻すのだ、其方の宝物とやらを....これは勅令である」
ギルバートは激励の言葉を残してラヴァルドの後を追う。
一瞬、彼がチラッとフラデリカの方を見て何か物憂げな表情をしていたのを氷戈は見逃さなかった。
-そうか。一目惚れとは言え、ギルバートはコイツのことが好きなんだっけな....それなのに俺に『勝て』と言った。もうとっくに、腹は決まってたのかな....-
「ふぅー....」
-俺も覚悟、決めないとな-
静かに、長く息を吐く。
「ようやく邪魔者が消えた、これで何も気にする必要は無い。・・・今日ここで!!私の復讐は果たされる!!貴様の死を以って!!!」
「・・・」
この広大な地に向かい合う、たった二つの影。
二人は宿敵か、それとも親友か。
これを定める戦いが、今にも始まろうとしていた。
「見ててね、姉さん…」
フラデリカはその首に掛かっていたペンダントを優しく、それでいて勇ましく握りしめる。
その瞬間、氷戈にはペンダントに付いていた宝石が彼女の決意に呼応するかの如く、赤く輝いたように見えた。
果たしてこれは幻覚か、それとも__
___________。
一触即発の中、彼女の詠唱によって火薬が灯される。
「行くぞ!!!『大炎浪』!!」
こうして戦いの火蓋が切られるのであった。




