あの日『崖上に酔う』
「オ゛エ゛ェェェーーーー!」
「ふむ.....」
周りに立ち並ぶ木々は茈結周辺にある緑の葉を付けているものとは種類が違うらしく、茶色が一面を支配している。ゴツゴツとした岩も多く、空気は乾燥し熱っぽい。
どうやらここは大きな崖の上らしく、少し前を見ると地面が見切れているのが確認できた。
さて、どうして氷戈が大きくえずいているのかと言うと小一時間もの間、等身大の布袋に詰められ猛スピードで引きずられていたからである。とても人間に、いや、生命にしてよい所行では無かった。
「しかしオレの欲が使えんのは厄介だな。普通に走るとこれだけかかるか」
「オロオロオロロロ....」
「・・・」
サイジョウは「見せられないよっ!!」状態の氷戈をガン無視し、崖前まで歩いていくと興奮したような声で言った。
「ふはははッ!ここがヤツの故郷にして強い人間の集まる国、フラミュー=デリッツかッ!!今回、表立って戦り合えんのは残念だが騒ぎを起こせば一悶着あるやもしれないなハハハっ!!」
酔い途中の氷戈は拙い足取りながらも、物騒なことを言うサイジョウの横へ並ぶ。
すると眼下に広がっていたのは真っ白な家屋が無数に立ち並んだ円状集落であった。
規模はそれなりだが、特に城といったような建物は見当たらない。特に目を引いたのはその集落をドーナツ状に取り囲んだ川と国の中心にある大きな湖だった。乾燥しきったこの辺りにはとても似つかわない、水の都といった雰囲気である。
『フラミュー=デリッツ』
それこそがこの国の名前であり、ウィスタリアのお偉いさんが教えてくれた「リベルテ姫とよく似た人物」の居る場所でもあった。
しかしこのフラミュー=デリッツは一年ほど前にあのラヴァスティの属国になってしまったらしく、その影響で茈結やウィスタリアを敵国と見做している。
そのため弱いくせに顔の広いリグレッドの同行は叶わず、代わりとして強いくせに顔の知れていないサイジョウが氷戈と一緒にここまで来たという経緯だ。
「ここに、燈和が居るのか。よし、いkオロオロオロ」
「トウカ...今回、オマエが探しているヤツの名前だったか?強いのかどうかわからんから覚えにくいな」
またも氷戈のゲ○を完全スルーし、訳の分からない独り言を呟く。そうして集落を見回す仕草をとると、今度は愚痴をこぼした。
「うーむ、あのガランドウめ。大人しくトウヤの顔写真さえ寄越せばオレ一人で暴れ....探しに来れたものを....」
『ガランドウ』というのはおそらくリグレッドのことだろう。いきなり登場を果たしたトウヤ君が誰だかは存じ上げないが、流れ的に燈和のことだろうと勝手に解釈した。
「顔写真なら今見せれるよ。えっとね....」
氷戈はそう言って自分のポケットからスマホを取り出そうとした。
二週間前の転移時点で身に付けていた物は全て根界へ持ち込めており、スマホもそのうちの一つだった。こんなこともあろうかと充電切れ間際なのをためらわず携えて来たのだ。
しかしサイジョウはそれを止めるように言った。
「いや、構わん。ヤツが見せなかったのには必ず意味がある。それに『氷戈にミウカを見つけさせることが今回の任務の絶対条件』とも言われているのでな。おそらく何か考えがあるのだろう」
-名前間違えてるの、わざとじゃないよな?-
などと思いながら、リグレッドが言ったらしい『自分に燈和を見つけさせることが絶対条件』という言葉の意味について考える。
確かにリグレッドは喋り方や見た目は胡散臭いが、意味のないことをむやみに言う男ではない。それに一人でも燈和を見つけにいく気概はあったので、この条件はむしろ好都合なところではある。
氷戈は深く詮索はせず、スマホを取り出すのを止めた。そして今後の方針について尋ねる。
「それでさ、どうやって探すの?やっぱ街に入って聞き込みとか?」
「うん?そうか、そうだったな。さて、どうしようか」
「え、それについては何も聞いてないの?」
「聞いてないな。しかし入国証が無いと正面からは入れんと聞いたな」
「・・・その言い方だと入国証、無いよね?」
「そうだな」
「・・・」
途方に暮れる氷戈を見たサイジョウはニヤつきながら言う。
「あくまで入国証は正面から入るための紙切れだろう。裏から入るために頭と足を使えばいいだけだ、違うか?」
「いや頭は使ってないでしょ考えること放棄してるじゃん」
「ん?では諦めるか?」
「あー、もう分かったよ。でもフラミュー=デリッツって軍事国家で、強い人達も多いってさっき言ってたでしょ?見つかった時の策って何かあるの?」
「当然あるとも。・・・戦り合って勝つ。ここの連中は血の気盛んだろうからな、楽しみだ」
「ハァ...」
聞いた自分がバカだった。
そう思った、瞬間だった。
炎の斬撃が彼をかすめたのは。
ブォンっ!
「なッ⁉︎」「ほお?」
横にいたサイジョウに目掛けて炎を纏った大剣が勢いよく振りかざされるも、それを大きなバック宙で華麗に交わしてみせる。
崖を背にする氷戈、その真隣に炎の斬撃を放った人物、そこから少し離れたところにサイジョウは着地した。
「不意打ちにしては殺気がダダ漏れだな?・・・ん?さては不意打ちなどではなく決闘の申し出か?我慢が苦手な口なら安心してくれ同胞よ」
「なにを、訳の分からないことをッ...!!」
それに関しては全くの同感だが、頷いている暇はない。とにかく襲撃者と距離を取らねば。
そう思いバックステップを踏もうとしたのも束の間、先に喉元へ剣先を当てられてしまう。
襲撃者は二十代くらいの女性であり、赤く長い髪とその凛々しい顔立ちは勇ましさと華麗さを併せ持つ。それは華奢な身体から伸びる細い腕で大きな剣を軽々と支える様からも窺えた。
「動くな、動けば殺す....貴様もだ」
彼女は氷戈とサイジョウにそう告げると、静かに問うた。
「まず聞こう。貴様らは何者だ」
「ま、待ってくれ!!俺たちが何をしたっていうのさ!?」
「とぼけるな、不正入国を企んでいたくせに」
-不正入国....?ということはコイツはフラミュー=デリッツの人間か。どこから聞かれてたかは分からないけど、不正入国以外にコイツらにとって悪なことは言ってないはず。ならやりようはあるか-
「確かに不正入国をしようとはしたけど、何か騒ぎを起こすつもりは無いんだ。俺たちはただ人を探しにきただけで_」
「黙れ。『騒ぎを起こせば機会がある』だの『戦り合って勝つ』だの宣っていたくせに」
-いや全部サイジョウのせいじゃん!?ていうか『騒ぎを起こせば機会がある』て結構最初じゃん!?やりようないじゃん!?-
と、そんな泣き言を口に出しても仕方ないので苦し紛れに弁明を図る。
「そ、それについては冗談だし悪いとも思ってる....だけどどうしても探さなきゃいけない人が居るんだ!!アンタらに何か危害を加えるつもりは一切ないよ!!」
「・・・と言っているが、貴様はどうなんだ?」
彼女はサイジョウにも問いただした。
「ん?そうだな....人を探さねばならんというのは事実だが、騒ぎを起こして戦り合いたいというのも事実だし戦り合って勝つというのも事実だ。安心しろ、オレは嘘はつかん」
「そうか....ではさらばだ」
-え?馬鹿じゃん?-
そうして彼女は氷戈の首に炎溢れる剣先を突き立て、殺めようとした。
無論、そうはならなかったのだが。
「おっと、そいつは困るな?コイツにはこれからもっと強くなってもらわんといけないのでな」
「な....んだと?」
いつの間にか氷戈と赤髪の女性の間合いに居たサイジョウが素手でその突きを止めたのである。
勢いの良い大剣の突きを片手で軽々止めることにも驚きだが、炎の滾る剣先を素手で触れ続けてスンとした表情でいるのはどういう事か。
サイジョウは剣先を掴んだままゆっくりと前へ歩き出し、大剣を力尽くで上に向けさせた。
これに動じた赤髪の女性は剣の拘束を振り解き、距離をとった。
「貴様ッ....先の奇襲を交わした時といい、いったい何者だ?どこの所属だ?」
「フハハっ!!いいだろう、教えといてやる。オレの名は『サイキョウ』!!。所属は....そうだな?分類で言えば『ツヨイヤツ』だ!!」
「ん...?」「ッ...!?」
-なにを、言っているのだろう?-
氷戈は訳の分からないことを聞かされ?を頭に浮かべ、赤髪の女性に至っては理解が追いつかなすぎて戦慄していた。
-こいつの名前って『サイキョウ』なの?コードネームなのか?所属は茈結じゃないの?てか『ツヨイヤツ』て何?国か?連合?生まれた場所?合言葉?回文、では無いか....-
何とも言えぬ空気が流れる中、サイジョウは構わず問うた。
「さて、オレが名乗ったのだからオマエも名乗るんだな。自身の強さも含め端的に」
「あ、ああ...」
赤髪の女性は「こいつの話が一切分からないのは自分の無知のせいなのだろう」というような、一種の申し訳なさを思わせる顔と口調で応答した。
数秒前、自分を殺そうとした相手に哀れみの目を向けることになろうとは。
「私の名はフレイラルダ=レベッカ。フラミュー=デリッツの誇り高き焔騎士であり、No.3の名を冠する者だ」
「ドライス?なんだそれは?」
「フラミュー=デリッツ所属の焔騎士には自身の強さを示す称号が与えられる。ドライスは中でも三番目に強い焔騎士に与えられる称号だ」
「なんだとっ!?」
それを聞いたサイジョウは目を輝かせて、あからさまにテンションを上げてみせた。そして前のめりに言う。
「ということはつまり、オマエは強いのだな?」
「こ、この国ではそれなりに強いつもりだ」
「これはなかなか...オレは余程運が良いらしい!・・・よぉし、構えろ!」
「私が身分を明かした途端にそれか。貴様、やはり敵国の差し金だな」
なんの前ぶれもなく臨戦体制となったサイジョウに警戒を強めるレベッカ。
なにやらとんでもない誤解を招いているようだが、ここに氷戈の出る幕など無かった。
「では、行くぞぉ‼︎」
「来いっ...!!」
喜びに狂ったような顔でサイジョウが突撃しようとした、その刹那_
「姉さん、何してるの...?」
「ッ⁉︎なぜここへ来た⁉︎_」
この第三者の登場により、戦いの火蓋が切られることはなかった。
レベッカを「姉さん」と呼んだこの女の子もまた、赤い髪と凛とした表情を併せ持っていた。
その彼女の名前は_
「燈和ッ⁉︎」
「_フラデリカ!!」
氷戈とレベッカはそれぞれ、彼女をそう呼んだ。
☆登場人物図鑑 No.16
・『ルカ』
茈結所属/16歳/161cm/55kg/欲『流レ臣』
茈結に通う学生。双子の妹であるシーナのことが好きすぎて頭がおかしいと思われているが、それ以外は至って普通の女の子(しかし隣にシーナが居ないことの方が珍しいのでやっぱり常にイカれている)。好きなことはシーナと喋ること、シーナと寝ること、シーナと食事をすること、シーナに叩かれること、シーナとデートすること、シーナと遊ぶこと、シーナを撫でること、シーナを妄想すること、シーナ本体。苦手なものはシーナが苦手なもの全般とシーナに仇なすもの、故郷での記憶。
幼い頃、何者かに故郷を襲撃されるも運良く生き延びることが出来た元孤児でもある。
欲『流レ臣』は『自身を主とする水の流れを自由に操れる』というもの。シンプルながら非常に便利であり、水の源術と併用することで予測不可能な攻撃を仕掛けることが出来る。
自分が発した水であれば問題無く操れるが、敵が発した『自身に殺意が向いた水』は対象外。雨や川、湖などの自然由来の水も基本的には対象外。
しかし自身の味方などが発した『友好的な水』であればそれも操れる。




