『主人公』の代償
「大人しく姫を渡してもらおう、オルドの明るい未来のために」
「・・・そう、やな」
リグレッドのこの言葉は、氷戈からすればこの上無く冷酷に映ったはずだ。
そう思えてしまえば楽だったのに、僅かに働く理性がこれを許さない。
リグレッドを恨むにしろ、既に受けた恩が大きすぎたのだ。
-こんなのっ!!俺はいったい、どうすればいいんだッ...!?-
ぐちゃぐちゃに掻き回された感情が氷戈の中を渦巻く。
膨れ上がる感情が、氷戈の中に眠っていた『冷たいもの』を呼び起こす。この得体の知れない何かが溢れ出すのは時間の問題だった。
すとっ....
「っ....?」
項垂れる氷戈の肩にそっと置かれた、大きくて冷たい手。
驚いて見上げると、それはリグレッドから伸ばされる痩せ細った手であることが分かった。
彼は顔こそヴィルハーツの方を向いたままであったが、見える横顔は『安心せぇ』と言わんばかりの穏やかな表情だった。
こうして、リグレッドは宣言するのだった。
「ほな断るッ!!」
「ッ!!?」「・・・」
氷戈は驚き、ヴィルハーツは黙する。
「例えそれが事実やとしても、それはボクのやり方やない。・・・目の前の誰かを犠牲にして得た未来を笑って生きれる程、ボクは忘れっぽくないねん」
「・・・ふ」
ヴィルハーツは高らかに笑う。
「ふははッ!!安心したよ、リグレッド。やはり君は何も変わっていない。・・・だからこそ_」
「?」
「_やはり君は殺さなくてはならない」
急に殺気を放ち始めたヴィルハーツに、この場にいる誰もが気圧される。
ただ一人を除いて_
「主めが....ふざけるでないぞっ!!」
「ッ!?な、リベルテ....?」
気付けばリベルテはもう既に氷戈の前まで出ていた。
そして怖気付くこともなく、目の前の巨悪に自身の怒りをぶつけるのだった。
「黙って話を聞いておれば、好き勝手抜かしおって!!では何故リュミストリネを攻撃したっ!?罪も無い民を見殺すようなまねをしたっ!?初めから己が目的なのであれば、方法は他に幾らでもあっただろう!!どうしてこのような惨いまねを_」
「ではなにか?その旨を記した手紙でも送れば素直に応じたかね?」
「うぐ....し、しかしだ!!少なくとも話し合う機会は_」
「話し合い、か」
「ぬ?」
「もしや、四年前の出来事について君は何も知らされていないのか?」
「っ....父上のことか」
「なるほど。知っていて尚、話し合いと宣うか。・・・では問おうか」
ヴィルハーツは少し間を開けてから問う。
「四年前の事実を知っている君のナイトが、果たしてそれを許すと思うのか?」
「っ!?レオっ!!?」
国を侵された怒りで我を忘れていたリベルテは、その言葉でいつも隣に居るはずの彼の行方を慌てて探り出す。
必死に辺りを見渡すリベルテを横目に、ヴィルハーツは目の前のリゼに聞く。
「彼の居場所については私も気になるところだ、知っているか?」
「ん?ああ、最強剣士さんならあそこでおねんねしてるよ」
リゼは瓦解した壁を得意げに指差した。
「なに?・・・殺したのか、お前一人で」
「っ...!!」
兄弟の物騒な会話を耳にしたリベルテは大きく目を見開く。
そんな彼女の心境とは裏腹に、リゼは冗談めかした声で言った。
「あー、違う違う。瓦礫のお布団で就寝中、ってこと」
「・・・そう、か」
ヴィルハーツは納得いっていないような表情で渋々頷いた。そこにリゼが補足を入れる。
「でも、ああなった時には瓦礫の重さも十倍だった。それに降られて生きてるってのもおかしな話だけどね」
「そうか」
今度はすんなりと頷いてみせた。
そして、これとは対照的に首を横に振ったリベルテは絶叫するのだった。
「う...そ....ウソだっ...!!そんなはず....レオが負けるはずっ....!!」
リベルテは数十メートルも離れた瓦礫の山を目掛けて、今にも駆け出そうとしていた。
「そこで提案だ、リベルテ姫よ」
「・・・っ?」
一歩を踏み出したところで立ち止まる。
「彼の生死を確認するにも、この場を収めるにも、そして君の愛するリュミストリネを再興するにも、我々が手を引かねばその全ては成り立たぬ」
「・・・」
「後は、分かるだろう?」
諭すような口調で迫るヴィルハーツと何やら考え込むリベルテ。
不穏な空気を察知したリグレッドはリベルテに言う。
「変な気ぃ起こすんや無いで、お姫さん!!もぉ少し待っとればボクの仲間がきっと_」
「だぁぁぁぁぁああああ!!!」
リグレッドの言葉を掻き消した間の悪い声は、開ききった城の扉の方から聞こえてきた。
息を切らしながら叫んだその者の特徴的な見た目と喋り方は氷戈の記憶に強く刻まれていた。
「やっとッ....やっと見つけやがりましたッ....」
彼女は扉のすぐ横に居るヴィルハーツとリゼの元へ駆け寄る。
「クトラか、随分と遅かったな?」
「え?兄さん、こいつが方向音痴なの知らないの?」
「うっせぇですわね、普通に音痴なテメェよりはマシじゃねぇでして?」
「バカ言え、そんなこと誰にも言われた事ないぞ?ねぇ、兄さん?」
「・・・」
「嘘...だろ?」
この期に及んでコントのようなやり取りをするリゼとクトラだったが、ヴィルハーツだけはあくまで厳かな態度を示し続ける。
「余談はそこまでだ。・・・クトラ、『地繋ギ』の準備を」
「ハッ!?し、失礼しやが....しました!!直ちに!!」
クトラは言われた通り、屈んで地面に手を付けた。
すると例の如く、彼女を中心に赤い四角形が映し出される。但し、大きさは今まで見たものの中でも二周りほど大きく、周りにいるヴィルハーツとリゼをも取り囲んでしまえるくらいだった。
「いつでも飛べます」
「さて....」
ヴィルハーツは悩める姫の元へゆっくりと視線を戻す。
「それでは、答えを聞かせてもらおう。・・・我々と共にこの世界の安寧を守るか、己が感情を優先して自国の滅亡を望むか」
「・・・」
リベルテは小さく息を吸った。
続く彼女の言葉に、この場にいる誰もが耳を傾ける。
「一つ」
「?」
「一つ、条件がある」
「ふむ、言ってみたまえ」
「金輪際....このリュミストリネには一切関わらぬと誓え。・・・それだけだ、それだけここに誓うのだ。その後でなら、主らの言いなりでもなんでも成り下がろう」
「・・・ほう、これはこれは」
「?・・・なんだ?」
ヴィルハーツの意味深な反応にリベルテは苛立ったように聞く。
「いやなに、どこかで聞いたような言葉だったのでな。・・・母娘で血は争えんとはよく言ったものだ」
「っ!!?主めがっ...!!」
リベルテは荒れる。
今の氷戈にリベルテとヴィルハーツの確執を知る由は無かったが、それでも彼の発言が人道に反したものだったというのは理解できた。
そして会話の流れを汲めばヴィルハーツが彼女の父親を手にかけたこと、母親と因縁があることも分かる。
幼いながらにして親を失うという途方も無い絶望を経験した氷戈は、どうしても目の前の彼女を昔の自分と重ねてしまう。
それ故に氷戈はヴィルハーツの非人道的な発言に激しい怒りを覚えるのだった。
ところが、ヴィルハーツは火に油を注ぐかのようにして続ける。
「思えば、なんとも数奇なものだな。四年前、私がリオネルクを打ちのめした時と同様に、今度は私の実弟であるリゼが彼の弟であるレオネルクを打倒した。その上、それを眺める母娘の表情がここまで酷似するとは」
「・・・おのォれェェっっ!?!!?」
「ッ!?アカン、フィズ!!」
「うン!」
ついに堪忍袋の尾が切れたリベルテは煽り散らかすヴィルハーツの元へ突貫する。
同時に激情するリベルテを止めるべく、フィズは動き出す。
一方、そんな彼女を見たヴィルハーツは嘲笑していた。
「ふ....扱い易いところもまた、母親譲りのようだ。・・・リゼ、奴を」
「分かってる!・・・外野は引っ込んでな、『斥力波動』!!」
「ヌっ!?」
「ちょッ!?うぐッ!!」
フィズの手がリベルテに届く寸前で放たれたリゼの斥力攻撃がそれを阻んだのだった。フィズが後方へ吹き飛ばされた先にはリグレッドがおり、二人は仲良く城門の方まで押し戻されてしまう。
これで頼りの綱だった二人は文字通り、命運を分かつこの場面からは退場することとなる。
その場に残ったのは氷戈ただ一人。
この世界に来てまだ数時間にも満たない、ひよっこ以下の自分に何が出来よう。
況してや、対峙している相手は圧倒的な存在である。自分に如何なる奇跡が起きようとも、彼らにとっては茶柱が浮き沈みしているようにしか見えないのだろう。
圧倒的な無力感。これが現実である。
全身から力が抜け、酷い脱力感に見舞われた氷戈は小さくなっていくリベルテの背を黙って見つめていた。
「・・・」
-まったく...夢にまで見た異世界に飛ばされたってのにこのザマかよ、俺は。チートスキルに目覚めるでもなく、めちゃくちゃ魔法が使えるようになるでもない。俺の憧れた『主人公』って存在は結局、『その物語』で活躍出来るようそうなってただけってことか...-
-『なぁヒョウ....主人公って、どうやったらなれると思う?』-
「ッ....」
突如として蘇る記憶。
紛れもない、まだ大好きだった頃の兄との会話である。
______________
「俺もこのゲームに出てくる人たちみたいにカッコよくなりたい!!」
「ははっ、まぁヒョウは俺の弟だからイケメンになるのは約束されてるぞ心配すんなよな」
「違うって!!そんな話してないよ」
「え、そうなのか?」
「もう、分かってないな兄ちゃんは....強いのが大事なんだよ」
「ん?でも兄ちゃんがあげたそのゲームの主人公は弱いだろ?」
「あ...確かに...」
「じゃあカッコ悪いか?」
「・・・ううん、カッコいい。一番好きだもん」
「だろ?主人公がカッコ良くない物語なんて誰も見たいって思わないんだよ、普通」
「うーん....そしたらさ、俺も主人公になればカッコよくなれるってこと?」
「・・・」
「兄ちゃん?」
「・・・なぁヒョウ」
「なに?」
「主人公って、どうやったらなれると思う?」
「え?」
「お前が大好きなそのゲームの主人公や今人気なアニメの主人公って、どうしてそいつが主人公なんだろうな?」
「どうしてって....そう言う兄ちゃんは知ってるの?」
「ああ。俺は知ってるし、お前も知ってるはずだぞ?」
「え...俺も...?」
「いいか?自分の人生に主人公ってのは自分一人しかいない。・・・でも、ゲームやアニメに出てくる主人公はそうじゃない_」
______________
「へっ....」
氷戈は笑った。
-俺はいったい、何を勘違いしてたんだろうな-
無気色に満ちていた瞳が再び輝き出す。
同時に一歩を踏み締める。
-異世界に来たってだけで、何にもせず主人公になんてなれる訳なかったんだ。・・・そんなダサくて、つまらない人生に誰も惹かれないだろ-
間に合う間に合わないとか、敵う敵わないとか、そんなことはどうだって良い。
今はただ、我を忘れているリベルテを絶望の未来から守ってやりたい。
見殺すような真似はしたく無い。
自分の気持ちに嘘を付きたく無い。
-『_その物語の中で一番カッコよくて、一番面白い生き方をした奴こそが主人公になれるんだ』-
氷戈は精一杯に手を伸ばし、叫んだ。
「行っちゃダメだッ!!リベ_」
スパッ.....
「ッ!!?」
驚いた氷戈は思わず立ち止まる。
現実というのは常に無情である。
長い歴史の中でいったいどれだけの人間が希望を見出し、そして現実に絶望させられたか。いったい何人が自らの運命を呪っただろうか。
だからこそ、人は『物語』に惹かれるのかもしれない。
誰かの希望が実る過程を、実る様を目の当たりに出来るから。
絶望に打ち勝つ人間の生き様から希望を見出せるから。
だからこそ、ここが『現実』なのだと知る。
片足が切り落とされ、そのまま前へ倒れ込んだリベルテの様子からは絶望しか見出せなかったから。
「ぐあぁああああぁぁぁぁああああっ!!!!!??」
響く悲痛の声。
血飛沫を伴いながら出血していた右足を押さえ、リベルテは痛みに悶えはじめたのだった。
「あ....ああ...」
氷戈は目の前の悲惨な光景に後退る。
そして思い知る。
一番面白い生き方を望んだ人間こそ、絶望を見る定めにあるのだと。




