ヒョウリ✖️イッタイ
フィズの重い一撃を防いだのは紛れもなくヴィルハーツ本人であった。
フィズ自身もこの拳を凌がれるとは思っていなかったらしく、驚きの声を漏らした。
「ホぉ...まさカ、ね」
ヴィルハーツはその隙に足払いを仕掛けるも、反応したフィズはバックステップでこれを交わす。
互いに一定の距離が保たれたところで『リゼ』と呼ばれた斥力使いの青年が口を開いた。
「あ、あはは....危うく死ぬところだった。・・・ありがとう、兄さん」
「いや、元はと言えば私が茈結の連中を処理しきれなかったのが原因だ。寧ろフィッツバーグ相手によく耐え忍んだ」
「・・・」
リゼとヴィルハーツが親しげに会話している様子を見た氷戈はまたも混乱状態に陥ってしまう。
-いま、「兄さん」って言ったのか....?ヴィルハーツの事を?-
斥力に押しつぶされ続けるリベルテを背にして氷戈は呆然と立ち尽くしてしまう。
そんな氷戈を側に兄弟の会話は続けられる。
「・・・では、『排斥ノ陣』の解除を頼めるかな?クトラが動けないのもそうだが、これは少々目立ちすぎる」
「あー、そうだった。・・・えーと、解除!!」
もはや詠唱ですら無い言葉と共にリゼが指をパチンと鳴らすと、空に浮かんでいたミニブラックホールは一気に収束していき、やがて消え去ったのであった。
これを機に各自が動き出す。
城門で待機していたリグレッドが氷戈の元へ駆けつけ、これを見たフィズもこちらへ引いて来た。
そして何より、後ろにいたリベルテが息を吹き返したかのような声を上げたのだった。
「ハァ、ハァ...うっぐ...ハァ....」
「ッ!?とう....じゃなくって、リベルテっ!!大丈夫か!?」
必死に酸素を取り込む様子を見た氷戈はしゃがみ込んでリベルテの顔色を伺った。
「大丈夫や、そっとしといたり」
「う、うん...」
リグレッドの言葉に少し安心するも、リベルテは依然として話せる様子では無かった。
このまま見守っていてやりたいところだったがそうにもいかないらしく。
「どうヤら来ルみたイだよ、お二人さン」
フィズが見据える先にはヴィルハーツとリゼが立っており、二人も同様にリベルテの居るこちらを見据えていた。
「さて、リグレッド。君は愚かではあるが、自身の置かれている状況を理解できないほど馬鹿では無いはずだ。・・・大人しくリュミストリネ姫を引き渡してもらえるかな?」
「へッ!!拉致られそうな女の子一人守れずに慈善団体のリーダー名乗っとらんねん、こっちは!だいたい自分ら、『秤子』を産ませて何がしたいんや?・・・まさか世界征服なんて言わんやろうなッ!?」
リグレッドの冗談めかしい言葉にツボったのか、ヴィルハーツは珍しく笑って答えた。
「ふっ...世界征服、か。・・・存外、間違っていないのかもしれんな」
「な、なんやと...?」
リグレッドが焦ったように聞き返すと、ヴィルハーツはゆっくりと語り始めたのだった。
「ふむ...良いだろう。クトラがここへ来るまでの間だ、我々の目的について語るとしよう」
「へんっ、ホンマはサイジョウに場所を嗅ぎつけられたく無いだけやろ?」
「ん?では君だけでも先に処理してしまおうか、そのくらいならトーストを齧るよりも静かに済みそうだ」
「い、いいやボクが悪かった!!どうぞラヴァスティ最高司令官様の崇高なお考えをご教示いただきたくッ!!」
プライドもクソも無いリグレッドの姿を場に居る全員が白い目で見つめる中、ヴィルハーツだけが愉快に笑い飛ばした。
「はっ....変わらないな、君は。・・・数分後、君を手に掛けねばならないことに何も思わない訳では無い。しかし、やはり我々の正義を遂行するためには君たち茈結と、その裏にいるウィスタリア国を排除せねばならない」
「自分らの正義やと?・・・一国の姫、それも十歳にも満たない女の子を攫うことが正義やって、そう言うんか?」
「年齢は関係ない。あるのは虹天七国と呼ばれる大国にそれぞれ存在する七つの王家、その血統であるかどうかだけだ」
ヴィルハーツの倫理観の欠片も無い言葉にリグレッドは思わず溜め息をこぼした。
「ハぁ....それで、そこまでして貫きたい正義ってなんなんや?世界征服とか言いよったか?」
「そう、世界征服だ」
「ったく、しょーも_」
呆れるリグレッドの言葉をヴィルハーツが遮った。
「但し、征服するのはこの世界、つまり根界では無い」
「ッ...!?なんやと?」
リグレッドの表情が強張る。
後ろで聞いていた氷戈やフィズも固唾を飲んで耳を傾けた。
「君たちは知っているかね?我々が生まれ育ったこのオルドという世界の裏側にもう一つ、『隠界』なる別の世界が広がっているということを」
「なッ!?」「おぉン?」
「っ....」
リグレッド、フィズの二人はそれぞれ驚きの声を上げる。
一方で氷戈も驚きはしたものの、この二人と比べるとリアクションは薄かった。
それもそのはず。
俗に言う『異世界転移』をつい先ほど果たした張本人なのだから。
それに氷戈がこの世界に来て最も驚愕すべき事実は次に語られるのだから。
ヴィルハーツは三者の反応を見てから、流暢に続ける。
「驚くのも無理はない。この事実は『秤子』と親密な関係にあった我らが女王陛下のみ知り得たもの」
「なッ!?」
リグレッドはひどく驚く。
「『秤子』と関係やと!?そ、そないなこと_」
「しかしだ...!!」
「ッ?」
ヴィルハーツは珍しく熱の籠った声でリグレッドの言葉を遮る。
「オルドに於いて、神にも等しい存在であられた『秤子』は惨殺されたのだ_」
氷戈は文字通り、言葉を失う。
次に続いたヴィルハーツの発言があまりにも衝撃的だったから。
「_イルドに巣食う、忌々しいニホン国の者の手で」
「ッ!!?」
『ニホン』
氷戈にとって、否、我々にとっては非常に聴き馴染みのある単語。
しかし、異世界であるはずのオルドでこの単語が登場することは明らかに異常である。
「ウソ...だろ....」
-つまり俺が当たり前に生まれ育った世界こそが、この異世界の裏側にあるとされている『隠界』だったってことか...?そんなこと....-
今まで異世界耐性を発揮し続けて来たさしもの氷戈も、この展開には唖然とせずにはいられなかった。
「故にだッ....」
対して、ヴィルハーツの放つ言葉の熱は戸惑う氷戈へ追い打ちをかけるように増していった。
「我々は卑劣で残忍なニホン国、もといイルドの人間を根絶やしにする事を胸に誓って徒党を組んだ。これこそが連合国『ラヴァスティ』の成り立ちだ」
「ッ!!?」
-は?根絶やし?世界征服なんて全然嘘じゃん!!・・・いや、そんなことより_-
『こんな奴らが攻めて来たら地球、終わるじゃん』
言ってしまえば、今まで氷戈が触れて来たゲームや漫画、アニメなどの登場人物がその世界の理を引き継いだまま現実世界に戦争を仕掛けてくるようなものだ。
幾ら現代の科学技術が進歩しているからといって、こいつらの手に掛かればなんて事ないだろう。
それはオルドの戦闘を目の当たりにした氷戈であれば想像に易かった。
深刻な表情で考え込む氷戈とは裏腹に、リグレッドはおちょくった声色で言葉を返した。
「なんやと思うて聞いとったら、おかしな宗教にハマっただけやないか。・・・確かにボクらにとって『秤子』は伝説上の存在であり、ある意味で神聖なものかもしれへん。せやけど、そこまで心酔するほどのものなんか?自分の言うイルドの人間を皆殺しにせなアカンほどなんか?」
「違うな」
「なんやと?」
「これは単なる仇討ちでは無い....戦争なのだ」
「・・・?」
意味深な発言にリグレッドは首を傾げる。
「いいか...我々がイルドの存在に気づいている一方で、イルドの人間もオルドの存在に気付いている。ほんの一部だがな」
「・・・」
「そして奴らはこのオルドを脅威と見做し、侵攻を企てているのだ。現に不特定多数のイルド人を既にオルドへ差し向けているという情報もある。・・・彼らの侵略はもう始まっているのだよ」
「な、なるほどな....」
リグレッドはヴィルハーツの言葉に相槌を打った。
「しかし、ここで問題となるのはオルドとイルドの二世界間を行き来する手段を我々が持ち合わせていないという事だ。これは今後の戦況を大きく左右するだろう」
ヴィルハーツは言う。
「そこで『秤子』という訳だ」
「なに?」
「いいか?『秤子』にはカーマの能力選択権の他にもう一つ、特殊な力が宿るのだよ」
「ま、まさか....」
「そうだ、それこそがオルドとイルドの二世界間を繋ぐ扉の構築。つまり、『秤子』が居なければ我々の圧倒的な不利は覆らないのだよ」
「せやからなんとしてもお姫さんを攫いたかったと....」
リグレッドは深く考え込む。
この様子を見ていた氷戈は内心、気が気では無かった。
何故ならヴィルハーツの話が真実だとした場合、オルドの人間であるリグレッド達が彼らに協力しない理由を探す方が難しかったからだ。
もし仮にそうなってしまった場合、この世界の人間はもれなく氷戈の敵となる。右も左も分からない現状で周囲は敵だらけ、その中で幼馴染を探し出した後に元の世界に戻るなど机上の空論もいいところである。
-今は俺がイルドの人間だってバレてないからまだ良い。それでも別の世界から来たってことは既に言ってしまってるし、ヴィルハーツの持つ情報網次第ではいつバレてもおかしくない。・・・これじゃあまるでスパイじゃ_-
「_あ」
不意に、先のヴィルハーツの言葉を思い出す。
『現に不特定多数のイルド人を既にオルドへ差し向けているという情報もある。・・・彼らの侵略はもう始まっているのだよ』
氷戈はここで初めて、自身が初めから利用されていたことに気が付いたのだった。
オルドへの侵攻を企てる自分の故郷の組織によって。
複雑に絡み合う残酷な真実は、氷戈を顔面蒼白に陥れた。
分からない。
どうして一国の姫が燈和と同じ顔なのか。
どうして力己と同じ顔をした奴が自分に殺意を向けるのか。
どうして『Wisteria Hearts』の先行体験会で集めた人間を『異世界という檻へ放り込むモルモット』にしたのか。
どうして自分がこんな目に遭わなければならないのか。
何も分からない。
果たしてこれは現実なのだろうか?
こうした猛烈な不可解さは苛立ちと不快感を生み、徐々に氷戈の精神を蝕んでいく。
「_さて」
その中でも両者の会話は続いていた。
「私たちが姫を狙う理由が分かっただろう?・・・これにはオルドの存亡が賭かっている、我々と君たちで仲違いをしている場合では無いのだよ」
「・・・」
依然、リグレッドは難しい表情を浮かべて黙っていた。
「大人しく姫を渡してもらおう、オルドの明るい未来のために」
青ざめた氷戈は、それでも耳を傾ける。
リグレッドのこの回答は今後の自分と、そして自分の生まれた故郷の命運を大きく左右するものに違いない。今自分がどのような精神下であれ、聞き逃してしまうほど愚かでは無かった。
リグレッドは小さく息を吸い、口を開いた。
「・・・そう、やな」
「っ....」
分かりきっていた。
オルドに生まれた人間がオルドを優先しないはずが無い。例え氷戈が逆の立場であったとしてもリグレッドと同じ決断を下しただろう。
それ故に「もしかしたら」と淡く、自分勝手な期待を抱いていた自身が愚かに思えてならなかった。
愚者はその場で深く項垂れた。
<ヴィルハーツが突然現れた理由>
アウスリーゼに向けられたフィズの打撃を防いだヴィルハーツであるが、本当であればサイジョウと死闘を繰り広げているはずである。
当初、ラヴァスティ側が用意していたレオネルク及び『留刃結界』の攻略方法は、事前に『地繋ギ』の印を複数の使用人に刻んでから騒動を起こす事で能動的に印を持った人間を城内に避難させるというものだった。
ところが『地繋ギ』の発動には掌に刻まれた印を地面に接触させている必要がある。
このためアウスリーゼは『排斥ノ陣』を発動させ、城全体に斥力攻撃を仕掛けたのだ。
これによって城内の印を刻まれた使用人は必然と地を這い、そのうちの何人かは『地面に手を付ける』というごく自然な行為を行った。
欲『地繋ギ』の術者であるクトラは発動条件を満たした印を逆探知することが可能なため、このタイミングでサイジョウと戦闘中だったヴィルハーツと共に城内へのワープに成功。
しかし強烈な負荷は掛かったままなので、それに耐えられるヴィルハーツだけが城内を移動して危機に瀕したアウスリーゼの元まで駆けつけられたという事だ。
余談だが、『排斥ノ陣』が解除されるまでクトラはペチャンコだった事になる。




