9 次の泉へ
隆二は、明るい陽射しに目を開けた。
毛布を敷いて、上からもかけて寝たおかげで久しぶりに熟睡していたらしい。多少体は痛いものの、目の前のことが現実に思えてくる。
今まで疲れすぎて現実感がなかったのかもしれない。
泉に近づき、きれいなままとってある袋で水を汲んだ。それをコンテナへ移す。
いや待て、インベントリを開いてスマートウォッチを当ててやればコンテナ満杯に汲めるのでは?
防水になっているとは思うが、不安はある。
不安だが、袋で何度も汲み上げるより絶対に楽だろう。
「リリー、やってくれないかな…」
『主!何をしてほしいにゃん?』
頭の中へ響くような声に隆二は驚いた。
は?声紋認識ありなのか?
そういや、声を登録するとか主とか…昨日のやり取りを思い出した。
「リリー、泉の水をそこにおいてあるコンテナに入れて欲しい。」
『それは難しいにゃ。インベントリの中にある物には収納できるにゃん♪』
「リリー、そこのコンテナをインベントリへ収納して」
『かしこまりにゃん♪』
「リリー、泉の水を…湧き出し口近くから採取できる?」
『できるにゃん♪』
「そうか、なら少し待って。」
隆二は、汲み置いたペットボトルの水で口を漱ぎ、顔を洗った。6本分の水でシャワー替わりに水で体を撫でた。
ペットボトル1本を収納して、泉の水を汲んでもらう。それで他のペットボトルを洗い、昨夜から今朝にかけて空いたペットボトルも濯いだ。
それからすべてのペットボトルをインベントリへ入れて泉の水を湧き出し口周辺から採取してもらった。せっかくなので水筒も収納して、水で満たしてもらった。結果8本のペットボトルと水筒に湧き水を手に入れることができた。
隆二は、水筒を運転席のドリンクホルダーに置き、スマホをホルダーへ取り付けた。
車を走らせ、一度森から出ると土埃を巻き上げながら道を進んだ。水筒の水は冷たくほのかに甘い気がしていた。
しばらく走ると、小川が見えた。マップを確認すると、次の泉の近くらしいことがわかった。
進む道は舗装されていない。石畳すらないからひどく凸凹していて運転している間は歯を食いしばっていた。顎もつかれそうだし、尻もいたい。ハンドルを握っている手もハンドルを維持させるのに精いっぱいで汗で滑るほどだ。
休み休み進んでいく。
小川沿いに森へ入っていくとそれほどかからずに開けた場所へ出た。視界いっぱいの大きな泉とその周囲を取り囲む広い広場だ。広場の半分ほどは野原になっていた。
隆二は、広場に車を止めると泉に近づいた。
泉の水は透明で池の底には水草がそよそよと水の流れを受けている。
水が噴き出している場所は何か所もあるようで、そこかしこに見られた。水は小川から流れ出ているので、あふれるほどの水量があるようだ。
落ちていた枝を入れると、深さは60㎝ほどと浅いようだ。奥はもう少し深いのかもしれないが、手前で水浴びくらいはできそうだった。
「水浴びもできそうだし、とりあえず木を入れてみるか。その前に土を回収っと…」
隆二は、スマートウォッチを操作してインベントリを開いた。ふと車を『箱』に収納できなかったことを思い出した。隆二は車に手をかけた。
「インベントリは試していなかったな…」
「リリー、車を収納して」
『かしこまりにゃん♪』
「おっ」
車が光を帯びて消えた。
すごっ…いや、結構な太さの木が丸々入るのだから入っても不思議じゃない。アイテムボックスは無理だが、インベントリは大丈夫とメモをしようと思ったがノートは車の中だ。あとでいいか…。
「リリー、周辺の土を表面から薄く削って土収納に使っていない空いている袋に入れて。」
『かしこまりにゃん♪』
隆二は、周辺の木々の中へ入り、木を間引きするように収納しては土を入れていった。広場の土ばかりではなく、周辺の腐葉土も使う。そうやって間引きしていくと光の通りがいい林のようになった。10数本は収納したはずだが、インベントリからの拒否は起きていない。ここまで入るなら、多少のことは平気だろう。
一息ついて、広場へ戻った。改めて見回すと広場はくぼみ、やはり草は抜けてしまっていた。
「リリー、草のフォルダを作って」
『かしこまりにゃん♪』
「リリー、この辺りで抜けてしまっている草を収納して。」
『範囲がわからないにゃ』
隆二は草の辺りにしゃがみこむと、手を翳した。
「リリー、この辺りで抜けてしまっている草を草フォルダへ収納して。」
『かしこまりにゃん♪』
ある程度集めたところで、根こそぎとるのは環境破壊になると思い出した。
「リリー、今のフォルダを作って」
『かしこまりにゃん♪』
「リリー、この辺りで抜けてしまっている草を今フォルダへ収納して。」
『かしこまりにゃん♪』
隆二は、しゃがみ込みフォルダへ収納した。
「リリー今フォルダに入っているものの根を地中に埋める形で戻して」
『かしこまりにゃん♪』
地中という表現が悪かったのかもしれない。あきらかに収納した量の半分ほどしか植えられていない。それでも根こそぎにはならないはずなので、許してもらおう。
新に空いたペットボトルに水を汲み水やりをした。
植え替え時には、たっぷりの水というけれど、たっぷりというのも難しいのでできる範囲だ。
ある程度の範囲を草フォルダへ収納し、植えた記憶のない草があればその周辺の草を植えていく。自己満足でしかないが、これである程度の種の保存はできるはずだと思いたい。