84 シアンの回想④
だってそうだろ?
信じられるか?
今朝まで、もう何日も食べ物なんてなかった。最後に食べたのは…最後に食べたのは、道端の隅で倒れていた男の持っていた椀に残っていたものだ。
ほんの少しすぎて味はわからなかったけれど、水を入れてうるかして飲んだ。それが最後の食事だったのだ。
「シアンどうした?まずかったか?」
「おいじい…お湯も粥も…この実もめちゃくちゃおいしい…」
「それなら泣くことないだろう?」
「な…で…おえ…お金とったの…なん…こん…」
涙が止まらないし、喉がひくついてうまく話せなかった。
それでも、男は怒ることなく背中を撫でてくれていた。
気が付いたころには、すっかり暗くなっていて、月明かりが差していた。
「泣き止んだなら、厠へ行こうか。しばらくは食後連れて行ってやる。」
男に連れられて厠で用を足した。
「終わったら、手をしっかり洗いなさい。そうしたら、歯を磨く。これが歯ブラシと歯磨き粉だ。」
渡された道具を使って、男の真似をしながら歯ブラシとやらを動かした。歯ブラシにつけた歯磨き粉は、甘くて辛かった。
「口を漱いで…口に水を含んで、飲み込まずに吐き出すんだ。」
やって見せてくれるのをマネするのが精いっぱいで其れであっているのかもわからない。水を吐き出すと、口の中がさっぱりとしていた。
「すっきりするだろ?」
「うん」
「もう寝ていいぞ。明日の朝ごはんまでゆっくりしなさい。」
「おやすみ」
そういうと、男は俺を階段脇の部屋へ戻して鍵をかけていった。
明日の朝までゆっくり?
どういうことだ?
意味が分からないけれど、おいしいものを食べさせてもらって、立派な服をもらって…こんなすごい部屋で朝まで過ごしていいなんて…。
しかも、朝ごはんとやらまで食べさせてもらえるのか?
俺は夢でも見ているのか?
幼いころ見かけた歌うたいの歌に出てくるお姫様みたいな扱いだった。
その日、眠りについて翌朝から朝ごはんだけではなく、毎日3食も食べさせてもらうようになった。
卵の入った粥や、白いパン、オレンジジュースというのは黄色くて酸っぱかった。どれもが珍しくて、おいしくて夢のような物ばかりだった。
そして、食べ終わるとただ部屋で過ごした。なぜか俺は眠くて…安心して眠れることがこんなに幸せだとは知らなくて、ただ眠って過ごした。
男は「リュウジと呼んでくれ」というので、「リュウジさん」と呼ぶようにした。
俺のご主人様は、相当に変わっていた。想像できないほどの金持ちらしいのに、知らないことも多い。
連れられて商業ギルドに商売に行ったけれど、ギルドマスターも手伝いのヒロさんもいい人で、俺を1人の人間として接してくれた。
今まで、邪見にしかされてこなかったので、なんだかむずかゆい。
「シアンさんは、リュウジさんと宿に泊まっているの?」
「うん、部屋は違うよ。」
「そうなの?」
「うん」
「リュウジさんと同じ匂いがするのはなんで?」
「匂い?くさい?」
「臭くないよ。いいにおいがする。」
「へぇ…多分、石鹸かな?リュウジさんと水浴びに行くと石鹸で洗うように言われる。」
「石鹸!?」
「うん」
「すごいなぁ…なんでこんなところで粥を売っているのかな…」
「それはわからないよ。」
「どこからあんなに食べ物が出てくるのか不思議だよね。」
「それはそうだね…」
シアンは少し警戒をした。
リュウジさんに不利になるようなことや加害してしまうきっかけになったら大変だ。
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