82 シアンの回想②
指を落とされては、何もできなくなってしまう。治療費も支払えない浮浪児にとっては死と同等だ。指を落として奴隷にされても生きていられる気がしない。
絶望している俺の目の前で、男は兵士たちに金を握らせ、俺を引き取るといった。
引き取るってなんだろう?
俺を奴隷のように働かせるのか?
でも、指を落とされて奴隷にされるなら、指があるまま奴隷にされるほうがましだ。
そう思い、男についていく。
兵士と離れるときに「あの男がお前の主人だ。嫌われないよう頑張ることだな」と耳打ちされた。
「とりあえず、宿へ着いたら粥を食べさせてやろう。」
「は?」
「粥は嫌いか?」
「わかったついていく」
粥は高級品だ。金を出して食べられるようなものではない。嫌いな奴なんていない。野菜ならそのまま 食べられるけれど、粥にする穀物は火を通さなければ食べられない。火を使える場所は限られていて、浮浪児には縁のない食べ物だった。
宿へ向かうと思ったのに、真っ先に連れていかれたのは、まだ肌寒いのに川だった。
「服を脱いで川に入ってこい」
川に入って震えている中、石鹸というもので洗われた。頭は2回もこすられ、体を洗うようにとスポンジというものを渡された。
柔らかくてつぶすと白い泡が出てくる。言われた通りに体をこすり、全身を洗った。それでもリュウジさんは気に入らなかったようで、首の後ろや脇の下をこすられた。
下半身をもっと洗うように言われて、はっとした。
こいつ、そういう趣味なのかと思った。けれど、奴隷はそういうものだろう。
金持ちの男に買われ、川に捨てられた仲間を思い出した。
顔や体には殴られた痕があり、下半身から血を流していた。
髪を切られ、川に入っている間に周囲に散らばったはずの髪の毛は片付けられていた。
水から上がったら使うようにと渡された布は、見たことのない物でとても厚みがありふわふわとしていた。それで体を拭いて、渡されていた服を着る。
鮮やかな青色が美しい上衣と石色のズボン。
シアンにとっては、初めて触れる高級な布だった。薄くて滑らかな手触りでとても暖かかった。
奴隷にこんなものを着せるなんて変わった主人だ。
シアンはあきれていた。
立派な宿に到着すると、俺の分の部屋まで取ってくれるという。
案内された部屋には、ベッドと荷物入れの箱まで置いてあった。
ベッドなんて、話にしか聞いたことがない。
ここで寝ていいのか?
シアンは、ベッドに転がってみる。
土の上とは違って少し硬い。湿り気のある土の上とは大違いだ。
木の板の上に横になれるなんて、こんな幸せがあるのか。天井があって窓がある。壁があるから風も当たらない。
「支払いをしてくるから、休んでいていい。」
そういって、部屋のドアが閉められた。
こんな部屋を使えるなんて夢のようだ。この後ひどい目に合うのだろうけれど、いい服を着てベッドに横になれた。こんな経験をしてから死ぬのなら悪くはないのかもしれない。
「シアン、ぐっすり眠っていたが覚えているか?」
「あっ」
そう声をかけられてシアンは飛び起きた。
つい数時間前に主人になった男の前へ立つ。
早々に大失敗してしまった。足が震えるのをなんとか抑えようとするけれど、震えを止めることはできない。
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今日は5本UP予定です。