80 ロティの不安
「あの子なぁ、先週屋台街で歩いていたら、ロティさんのくれた金袋を持って行ってしまったのさ。」
「持って行って?それって…泥棒かスリだよね?」
「そうだね。それで駆け付けた兵士が指を落として奴隷だって言うものだから…」
「それで、面倒見ますと言ってしまった?」
「うん、そんなところ…」
「はぁ、まったく…お人よしすぎ」
「そういうなって、ギルドでの粥売りの手伝いをしてくれているし、助かっているよ。」
「たったそれだけで、この宿代もあの服も用意して隆二さんのごはんを毎日食べるとかずるいっ」
「ずるい?なんだそれ。ロティさんは、立派な商人だ。だけどあの子は…」
ロティさんが、テーブルに手をついて立ち上がっている。
「路上にいたあの子は物心ついた時には親も兄弟もいない中で生きてきた。悪いことは悪いことだと教わらないとわからないだろ?金もない中、食べようと思えばそうなるのは仕方がない。だからと言って許すわけじゃないよ。あの子に使ったお金分はしっかりと返してもらうつもりだ。」
「そう…ならいいけど。俺はリュウジさんが騙されているような気がしていただけだから。」
「うん、ありがとう。大丈夫だよ。本当に騙されていたとしたら、それは自業自得だ。」
「まあ、大丈夫だとは思うけど。」
ロティは心配していると言ったそばから、先ほどとは反対のことを言い始めた。
「今の環境を手放したくはないはずだから、隆二さんのいうことならなんでもすると思う。」
「ロティさん、言い方が怖いよ。」
「いや、本当に何でもすると思う。リュウジさんがだれかを殺してと言ったら殺すと思うよ。」
「まさか、怖いこと言うなよ。」
「本当だよ。路上で過ごしてきた子にとって、リュウジさんが与えている部屋や食事、着ている物、水浴びで使う石鹸、そのどれもが経験したことがない裕福なものだもの。リュウジさん以上の主人なんていないからね。」
「滅多なことを言うなよ。王様とか貴族とかいるんだろ?」
「いるよ。いるけど、彼らは何も与えない。周囲を幸せにしてくれるわけじゃない。」
「そんなことあるか?王様も貴族も、民衆を導く役目はあるだろ?」
「さあ、どうかな?私利私欲を満たすのが一番だと思う。」
「伝わってこないだけかもしれないから、そういう発言は気を付けよう。」
隆二は、ロティの頭を撫でると、ベランダへ出た。
なんとなく息苦しかったものが、外の空気を吸うことで落ち着いてきた。
「それで、ロティさん他の町はどんな様子だった?」
「どこも同じだね。畑は乾いていて作物ができている様子はなかった。スープ売りをしてきたけれど、どこに行っても行列が出来ていたし、みんな食べていないと言っていた。」
「そうなのか」
「それに、ギリギリな感じ…多分だけど…今年作物が実らなかったら国がだめになるかもしれないくらいにひどいと思う。」
「それは…ずいぶんと悲観的だな。」
「それくらいひどいと思う。」
「それは…困るな…」
「うん…でも…リュウジさんの食べ物でみんなを救うのは無理だからね。どんなに頑張ったって、国内を補えるわけじゃない。リュウジさんが責任を感じることではないからね。」
「わかっているよ。」
「うん、わかっているならよかった。そんな苦しそうな顔をしても助けられるわけじゃないし、気にしなくていいよ。」
「そうだな…」
プランターや盥の中は緑で溢れている。森の中もいろいろな草やキノコが生えていた。それなのに、なぜ人里の農地に実らないのか…そこが問題だった。
気になったところで、商人である隆二達にできることは何もなかった。
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