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「よーし、全員そろったね。」
その日は、早朝から研修生全員とシド、ヒロ、シアン、ロティに隆二と総勢17人がそろっていた。
隆二は
「今日は、これを履いて麦を踏んでください。麦畑は3か所に分かれているから、こんな感じで踏むようにしてほしい。」
「そんな事をしたらせっかく育った麦がダメになっちまう…。」
「いや、こうすると麦は丈夫に育つ。今のタイミングを逃すと起き上がらなくなってダメになるからタイミングが大事だ。今日やるのがいい。」
「ええー…」
「頼むぞ。」
「さあ、行きますよ。」
ヒロとシアンが頷いて、2グループを連れて行った。
隆二はシドと月・木のグループと一緒に麦を踏んだ。
「踏むと麦の実が沢山つくから…」
「そんな事あるのか?」
「あるんだよ。楽しみにしていて」
「これはなんていう作業だ?」
「麦踏」
「そのままだな」
「そうだな。」
「どうにも罪悪感が沸いてくるぞ」
「まあ、そうだろうね。でも本当に大事な作業だから。」
「リュウジさんといると、やったことのないことが多い…」
「不思議だね。」
「そうだな…」
作業が終わると、麦踏に使った道具を隆二は回収して倉庫へと仕舞った。
畑の麦は倒れていて、台風のあとの景色に似ていた。
「これ、本当に大丈夫なのか?」
「なぁ」
「でも、まあ…隆二さんが言っているから…こうなったら信じるしかない。」
研修生たちの呟きに、ヒロとシアンも心の底で同意していた。
自分たちまで反対したら、隆二の面目がたたないと思って声は上げられないのだ。
「すっかり倒れたな…」
「そりゃあ…踏みつけたから…」
「せっかくここまで育ったのになぁ…」
「大丈夫だよきっと…」
「うん、大丈夫って言うから大丈夫…」
みんな自分に言い聞かせるように、大丈夫と呟いていた。
それも当然だった。もう十数年もまともに作物は育っていない。ここまで順調だったからこそ、もしこれでダメにしてしまったらと不安になってしまう。
そうだとしても、ここまで育つと分かっただけでもすごいことだけど、やっぱり…ここまで来たからこそ収穫したい気持ちは大きくなっていた。
そこから数日、晴れが続いていた。
青い空だが湿度の高い空気はまだ続きそうだ。畑の手入れも順調だった。
「おぉ!麦が立ち上がっている。」
「だなぁ、あんなに倒れていたのになぁ。」
「しかも穂先が多くないか?」
「だなぁ。」
数日後には麦は立ち上がり、さらに数日後穂先が分決して伸びてきていた。
それを見て、研修生たちはほっと胸を撫でおろした。
おそらくこの町で唯一の麦だ。これがダメになってしまったらと思うと気が気ではなかった。
麦が植えられていたのは、元野菜畑だ。そのため1区画のスペースはそれぞれ小さいものだった。
収穫できてもわずかだが、それでもかなり貴重な物になる。これを種籾とできれば、来年はさらに増やせる。研修生たちの期待は膨れ上がっていた。
それも仕方なかった。
彼らは生まれてこの方このように緑が敷き詰められた景色を見たことはなかった。それは、この小麦畑だけではなく、野菜畑も同様で収穫物が所せましと育っていたのだ。
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