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翌日、屋台広場の古着屋へ持ち込んだ。
裾広がりの乙女仕様。擦り切れのほぼない生成りで新品に近い色合いだ。店主は難しい顔で見分している。その様子を眺めながらアカサはじっと待つ。せめて買ったときの半分、小銀貨50枚になってくれたら助かる。
「こりゃあ上等な服だね。そうだねぇ…小銀貨40枚でどうだい?」
「それは…ちょっと…」
「小銀貨60枚!」
「え~」
「小銀貨75枚!それ以上は出せないよ。」
「それでいいわ。」
予想外だった。最初の言い値の2個分近くまで上がるなんて…小銀貨75枚だなんて小銀貨100枚で買った物だけど8年も前だ。
それが小銀貨75枚になるとは、予想以上だった。布は高いけれど、あの値で買い取ったなら、上乗せされて売られると思うといくらで売る気なのかと思ってしまう。
アカサは急いで家に帰り、お金を隠した。
これでどうにかしばらくは生きていける。
でも…このところ仕事は増えてきてはいても、やはりアカサができる仕事は少ない。若いころは商店で働いていて読み書きと簡単な計算はできる。それでも、それを必要とする仕事は見つからない。
それなら、この小銀貨75枚で店を出したら?
例えば…あの洗濯場で洗濯を代わりにしたら?客が水浴びをしている間に石鹸で洗っておけば…あの石鹸液は何枚まで洗えるのだろう?今日7枚持って行って全部きれいになった。それなら7枚以上は洗える。
物干し竿が銅貨2枚、洗濯石鹸が小銀貨1枚。銅貨に換算すると12枚だ。それで7枚洗えるなら銅貨2枚で請け負えば、7枚洗って銅貨2枚の儲けになる。
そう考えると原価が安い。あれだけきれいになるのに銅貨2枚もかからないなんて…。
だったら、私はあの場所を借りて、1枚銅貨4枚で請け負ったらどうだろう?
翌日、アカサは早速試しにむかった。
昨日と同じように入場してから、水浴び場の入り口で呼び込みをした。
「洗濯を代わりにします。1枚銅貨4枚です。洗濯石鹸で洗います。水浴びをして少しの間に洗い終わります。」
「洗濯石鹸で洗ってくれるのかい?試してみようかね。」
「ありがとうございます。3枚ですね、それだと銅貨12枚です。半分の銅貨6枚を預かります。残り6枚は引き渡しの時に」
「はいよ、任せたよ。」
「水浴びが終わったら洗濯場へどうぞ、私はアカサといいます。」
「アカサさんだねよろしく」
1家族分3枚の服だ。それを洗濯石鹸で洗う。石鹸液を捨てないために、手で絞り盥に水を汲んで濯いだ。最後の水切りは水切り樽を使わせてもらう。手作業になるけれど、家族分を同じ物干しに干して待つ。
「アカサさん、洗い終わっているかい?」
「できていますよ。まだ乾いていませんが、こちらになります。」
「え…こんなにきれいな色ではなかっ…あっこの擦り切れ…確かに私の服だわ。」
「あっていてよかったです。」
「アカサさんすごいわ!こんなに白くなるなんて、なんてこと!」
「喜んでいただけて良かったです。」
「これで本当に銅貨12枚でいいの?」
「もちろんです。先に6枚お預かりしているので、残り6枚お願いします。」
客はご機嫌で受け取ってくれた。
これで、銅貨2枚の儲けになる。ここからはこの石鹸液を捨てない限りすべて私の取り分になる。
そう考えると上手くいけば今日もあの雑炊を食べて帰ることができるかもと期待してしまう。
やり取りを見ていた客が出てきた。
「これもきれいになるだろうか?」
「それは試してみないとわからないけど…」
「銅貨4枚だったね。見ていてもいいかい?」
「もちろんです。先にいただいてもよろしいですか?」
「おう」
アカサは客の前で洗濯物を洗って見せた。汚れが出て白くなっていくのをどよめきとともに見ている。
「洗濯石鹸なんて高くて手が出ないけど…」
「銅貨4枚で洗ってくれるならいいと思う…」
「預けている間に水浴びもできる」
客たちの呟きや会話が聞こえてくる。洗いあがりを広げて見せると「おぉ」と声が上がる。
その日は洗濯石鹼を追加で購入して19枚を洗った。洗っているのを見た客たちは預けて水浴びに行くので、物干しを借りて客と預かった服を間違えないように覚える。覚えきれないので、物干しの下の地面へ客の特徴を書いておく。
銅貨76枚になった。支払ったのは洗濯石鹼2回で銅貨20枚分、物干しで銅貨2枚。儲けとして銅貨56枚になる。小銀貨にして5枚と銅貨6枚。
信じられないくらい稼げてしまった。これで今日も雑炊を食べられる。
アカサは雑炊を持参した深皿へ入れてもらい明るい気持ちで家へ持ち帰った。大金を持ったまま水浴びすることも食事をすることもできなかった。使わなかった石鹸は籠へ入れていた。
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