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「ほら、布を貸しな。背中をこすってあげるよ。」
「え…でも、こんなに汚い…」
「みんなそうだよ。アカサも私の背中をこすってよ。」
「それはいいけど…」
「気持ちいいだろう?お金払って水浴びなんてって思うだろうけど、石鹸を使えるなら高くはない。それに石鹸で洗ったあとはなんていうか幸せな気分になれるのさ。」
「幸せ?」
「うん、不思議と生まれ変わった気になる。何かできるような気がするのさ。」
「へぇ…」
「それにね、ここの隣に食堂がある。」
「食堂?それって、屋台広場で行列ができている粥やスープのようなものが売っているの?」
「そうだよ。ここでは両方を合わせたような雑炊っていうのが売っていてね。小銀貨2枚で食べられる。」
「それはいいねぇ」
「しかも、いい日に当たると卵が入っているらしいよ。」
「卵!?そんなことあるの?」
「私もまだお目にかかっていないけどね。」
「今日あるといいね。」
「そうだね。ほら、髪を洗うから石鹸を貸して。毛先を洗ってから頭皮を洗うよ。」
セイに説明を受けながら髪を洗っていると、他の人たちも何人かが真似をしていた。初めてきた人は石鹸の扱いに困っていたのだと思う。
頭皮に石鹸と言われても、石鹸が届く感じはしない。それでもなんとなく洗うことはできた。
「水をかけるから、目をつぶりな。目に入ったら痛いよ。」
「え、ちょっと待って…かけていいよ。」
セイに水をかけてもらい頭をすすいだ。交代してセイにも水をかける。
「あとは水槽の上流に入って潜れば完璧に流せるからね。」
「それもそうだね。」
アカサは、水を浴びてさっぱりとしていたけれど、上流の水槽に入って潜る。こちらは深さがあった。よく見れば同じ水槽でも浅い場所もあるようだ。
「そっち側は浅いのね。」
「うん、浅いところは子供用だよ。」
「なるほど」
「水の中で髪を梳いたほうが絡まないよ。」
「そうなの?ちょっとやってみる。」
アカサは水槽の中で髪を梳き、水から出た。腰より長い髪の水を絞り拭き布で拭いては水を絞る。ある程度で巻き上げて棒を差して髪を留めた。着てきた服を水洗いする。手で絞ったけれど、先ほどのようにはいかない。竹床の上でセイが服を踏んだので真似をした。手で絞るよりは水が切れた気がする。
アカサ達は髪を下ろして持ってきた服に着替え、一緒に食堂へと向かった。
食堂にはすでに行列ができていたけれど、どうにかありつけることができた。奥のテーブルにセイと並んで座る。目の前にはスープの入った深皿があった。
「金色のスープだね…」
「うん、屋台広場と同じだ。野菜も入っているし、この白いのは…麦だね!」
「麦?…プチプチする…」
「大麦かな?」
「小麦ではないね…でもおいしい…」
「うん、おいしい…これ…」
「野菜もいっぱい入っているね。汁がこれしかないなんて…」
「ねぇ…葉っぱが少し浮いているだけなのが普通なのに…」
「具の方が汁と変わらない量だなんて…」
「ここいいだろう?」
「うん、すごくいい。今日はとても贅沢…」
食べているうちに髪が乾いてきた。いつもならなんとなく纏まっている髪がサラサラとしていて頬をくすぐる。乾いたようなのでくるくると丸めて棒を差して留めた。
「髪がサラサラ…」
「汚れを落としたからね。明日になったらなんていうかつやつやサラサラになるのさ。」
「セイがきれいなのは、ここに来ていたからなのね。」
「そういうこと。服も白っぽくなっていただろうし、不思議ときれいに見えるだろ?」
「うん」
アカサは、帰りがけに干していた洗濯物を回収した。
すっかりと乾いていて、家に持ち帰り新品のようになった服に一人感動していた。
とても幸せな1日だった。
だけど…今日みたいな贅沢はそうそうできない。今日だけで半月分の稼ぎを使ってしまったのだ。
アカサは1枚の服を畳んでテーブルへと置いた。
これは、売ってしまおう。
結婚前に買った服でお気に入りだったけれど、今の自分には似合わない。ワンピースだけど裾が広がる乙女仕様なのだ。亡くなった旦那と出会った時の服だけど、買ってもらった服があればいい。




