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誰かが言い出して、ヒトエたちが次の部屋に入ると、見慣れない作りのものがたくさんあった。
「では皆さん、タオルを配るので頭に巻いて髪が落ちないようにしましょう。」
リュウジさんは、また別の女性の頭でやって見せる。
皆がそれぞれ頭に巻くと、見慣れない姿になった。髪が見えないとここまで見た目の印象が変わるのかと思う。
それからマスクのつけ方と手の洗い方を見せてくれたので、私たちはそれを真似てやってみた。その中でも石鹸には驚いた。手に付けてこすると、部屋に入る前にも水で洗い汚れていなかったはずなのに茶色い泡になった。
「それほど汚れていたのです。」とシアンさんに言われて恥ずかしくなったけど、他の人たちも同じだった。リュウジさんの教えてくれた洗い方だと、爪の中まできれいに洗えたようだ。
それから、甘い飲み物を飲ませてくれた。その間に仕事内容の説明を受けた。これから取り扱う「クラゲ」というものを実際に刻んで枠に入れる作業を見せてくれた。
ゴミや汚れ、髪の毛などが入らないようにこの格好をしていることも教わる。
昼に粥を食べさせてくれ、それからいろいろと説明があっただけなのに1日分の給金をくれた。仕事の割り振りをする時には、自分の名前を書いた札をもらえた。
これが、私の名前の文字…。
ロッカーに置いて帰らないと、出勤した時に自分の名前を探せない。初めてもらった自分の名前がわかる物を大切に仕舞った。
ヒトエたち労働者側が持っているギルド章には、番号と絵がついていた。
ギルド側の台帳には名前や年齢など記録されていたが、労働者側は知らない。
リュウジさんは、みなの声を受けて今週は何回か来ましょうと言って、店を開いてくれた。
蕪、小松菜といった生野菜。
麦をつぶしたものだという押し麦
ギルドで枯れ死病の薬と一緒に売られているカスタードバーまであった。
カスタードバーは1本で小銀貨3枚するらしいから、それを買えばすべてなくなる。それでも枯れ死病からの回復薬を買えるならかなりの特別扱いだ。
「このカスタードバーは、正規品ではありません。味は同じですが、欠けていたり形が悪かったりします。その代わり値段は小銀貨2枚です。正規品は3枚で売られていますから、外では言ってはいけません。」
どれも、屋台広場ではあまり見ないものだ。貴重な物を売ってくれることに涙が出てくる。
ヒトエは、カスタードバー1本と押し麦を小銀貨1枚分である大スプーン1杯分買った。それで今日の給金はすべてなくなった。
他の女性たちも、すべての給金を投じて食料に変えていた。
麦も野菜も人気だった。ここ数年まともに見なかった物だったからうれしくて仕方がなかった。皆の顔を見てリュウジさんは、来週からは水曜日と金曜日に売りに来てくれるという。金曜だけの話だったが水曜日も増えたので、歓声が上がった。
それでも今週の稼ぎはすべて食料に変えておかないと来週の水曜日まで持たない。
毎日の仕事はそれなりにありそうなので粥を買いにいく余裕はないだろう。屋台に人を買いに行ってもらおうかと思ったけれど、毎週売ってくれるなら、ここで買ったほうが安い。
「そうだ!これは皆さんに分けて差し上げます。少しずつになりますが、お持ちください。」
そういうと、リュウジさんは美しい絵の描かれた見慣れない袋に壺に入っていた白い粉をいれ始めた。
「この袋、何回かならたたんで開いても平気なので一つずつ持って行ってください。」
「これは?」
「それは塩です。」
「塩!?」
塩は高級品ほど乾いているらしい。自分が買う塩は水が落ちてくるようなもので、それでも結構高い。あの壺一つ買ったら1年分はある。
今、1つ分を10人分に分けたように見えた。しかも見たことのない美しい絵の描かれた袋にいれてくれていた。
「生きているのに必要なものですから、差し上げます。今回だけですよ。」
「そりゃあそうだろうけど、こんな高級品をもらっていいのかい?」
「もちろんです。皆さんにはこれからたっぷりと働いてもらいます。」
給料が安くても、倒れるほど働かされることが当たり前だ。
それなのに、1か月働いても買えそうもないほどの上等な塩を受け取ってしまった。これは何が何でも働いて返さないとならない。
「わるいねぇ」
「ありがとうと言ってください。俺は雇い主なので、皆さんは礼を言えばいいのです。しっかりと働いてもらいますよ。」
少し年齢の高い女性がハッとした顔で腕をひっこめた。
隆二はその手を取って袋を1つ乗せた。
受け取った女性の顔は真っ赤になっている。
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