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「失礼した。これは3か月保つというのは本当か?」
「はい、瓶に入れて光の当たらない涼しい場所へ保管していれば保ちます。」
「わかった。信じよう。この瓶ごとほしい。」
「瓶ごとですか?かなり高くなりますが」
「かまわない」
瓶は大銀貨1枚で買った高級品だが、見せる必要があったので用意したものだ。
中には15片入っているので、それだけで小銀貨75枚だ。つまり銀貨7枚と小銀貨5枚、それに大銀貨1枚の瓶。
「瓶代も入れて大銀貨2枚になります。」
「いいだろう。計算ができる商店主は信用ができる。名前を聞いても?」
「ロティといいます。」
「わかった。覚えておこう。」
男は去っていったが、ロティは緊張していた。
男がほめてくれた計算は、ヒロたちと一緒にリュウジから教わったものだ。それまでは、値を決めたら、ひとつひとつに対して受け取っていたが、効率が悪いから計算を覚えるように言われたのだ。
それまでロティには1~10の概念しかなかったが、計算のために100までを覚えた。お金は10になると次の硬貨に切り替わることもわかっていたつもりだったが、計算ができるようになると、すっきりと理解できた。
ロティは計算したことを褒められて気分がよくなっていた。
男は、瓶を手にすると急いで宿へ戻った。
「すぐに出立する」
「はっ」
男の言葉に、供の者たちが立ち上がる。
「閣下、準備が整うまでしばしご猶予を」
男の秘書官がお茶を用意しようとするのを制した。
男は、さきほど飲んだ甘いミルクセーキの味を流したくなかった。
時間の経過とともに、この瓶に入っている欠片が本物だとわかる。体中に力が漲ってくるのだ。
この町に来て、最初は通りを歩く者たちが細いながらも元気そうなことに違和感を覚え、立ち寄った広場で粥とスープを売っているのに驚いた。
人数分を購入させてみれば、粥は食べたことのない穀物であり、スープには卵が浮かんでいる。
男が鑑定スキルで見てみると、粥にはコメという穀物と青スライム、塩が入っているという。スープには肉と卵、塩と胡椒、数種類の野菜とこちらにも青スライムが入っているようだった。
青スライムは日持ちさせ、腹を膨らませ、食べ物の効果を増大させるのだが、そう簡単に手に入るものではない。薬の効果を高めるために使うことはあっても、一般市民に売るような安い物に入れていいようなものではないのだ。
そのため、青スライムの使い方を知っているのは薬師か討伐をする騎士か兵士になる。
騎士や兵士は、空腹に耐えかねて倒れるわけにはいかないので、どうにも耐え難いときにはドライスライムと少量の草と共に口にすることはあった。
だが、数人がかりで捕獲したもののほとんどは貴重な薬草を効果的かつ保管出来るようにするために薬師へと渡され、薬になっていた。
男が知っているミルクセーキは帝国お抱えの薬師が一子相伝で伝えてきた、滋養強壮の薬だ。
作って数十分しかもたないため、作り置きはできない。砂糖だけでも高級で貴重なのだが、卵と牛乳のハードルが恐ろしく高い。
卵は、山にいる鳥の巣を探し、木や崖を上って近づき、親鳥の目を盗んでかすめ取るのだが、鳥の気性は荒く卵を持って行ったと分かれば、天から襲いに来る。手に入れた卵は割ってみるまでは使えるものかはわからない。半分孵化した物がどろりと出てくる方が多いのだ。
牛乳は、牛を見つけて絞るのだが、違いなく蹴られる。
とんでもなく難しい作業を短期間にこなさなければならず、命令が出ても確実に作れるものではなかった。
そして現在、帝国お抱えの薬師は一人息子を枯れ死病で亡くしてしまい。薬師本人は絶望し、城を下がってしまっていた。つまり城では2度と飲むことが出来ない。
もしかしたら、この町にいてこれを作ったのかもしれない。
男は、自分が幼い頃にはすでに老人だった薬師を思い浮かべていた。
「閣下、お待たせいたしました。」
「うむ、では帰ろうではないか。」
「はっ!!」
男の名は帝弟リシャルド。帝国唯一の公爵であり、国の軍部の総指揮官でもあった。隣国に嫁ぐ妹を送り届けた帰りだった。
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