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祝福

掲載日:2025/07/02

目を覚ますと、視界一面が白に染まっていた。

何もない。壁も床も天井も、ただひたすら白。

まるで現実が抜け落ちたような空間だった。


困惑しながら辺りを見回すと、いつの間にか、白髪白髭の老人が立っていた。

私の方をじっと見つめている。


恐る恐る声をかける。


「あの……ここはどこですか?」


老人は口元の髭を揺らし、静かに言った。


「ここは、どこでもない。」


意味がわからず、頭の中に疑問符が渦巻く。

だが老人は、それ以上の説明を省くように、続けた。


「これよりお主に、“力を与える力”を授けよう。

それは祝福にも呪いにもなる。使い方次第で、世界を救いも滅ぼしもするだろう。」


「……選ぶのは、お主だ。」


次の瞬間、私の脳を何万、何億もの声が貫いた。

名前。記憶。欲望。罪。願い。秘密。

世界中の人間たちのすべてが、容赦なく私の意識に流れ込んできた――。


私は、まず下級の身分で燻っていた一人の少年に、「文章を操る力」を与えた。

すると彼は代筆屋を始め、言葉を金に変えるようになった。


――これが、「力を与える」ということなのか。


初めての実感には、奇妙な快楽が伴っていた。

誰かの運命が、私の一指で変わる。その事実が、心を満たした。


それから私は、力を与え続けた。


農村には、大地を耕す強靭な腕を。

漁師には、魚の群れを見抜く目と、網を繕う器用な手を。

狩人には、風に紛れる足取りと、仕留める技を。

水を渇望する町には、地脈を読み取る感覚を。


私の与えた力によって、人々は笑い、誇りを取り戻し、生き生きと暮らしていった。

それを見るたび、私は確かに「役に立っている」と思えた。


……それは、たまらなく心地よかった。


だが、ある日ふと気づいた。

どうやら私は――「もっと強い力」も与えられるらしい。


試しに――

干魃に苦しむ一つの地域へ、「体から水を生み出す力」を与えてみた。


すると、力を授かった者を中心に水が巡り、作物が実り、人々の顔に笑顔が戻っていった。

乾いた大地に、ようやく命が宿った。


……それで、終わるはずだった。


だが、思いもよらぬことが起きた。


その力を奪うために、周囲の村々が争いを始めたのだ。

奪い合いは戦へと発展し、やがてその火種は、広範な戦場へと広がっていった。


私は焦った。

なんとかして事態を収めようと、さらに力を与えた。


・意見が衝突しないよう、「人心掌握の力」を。

・敵の動きを封じるため、「病を撒き散らす力」を。

・誰も手出しできぬよう、「絶対的な剛力」を。

・滅びを避けるため、「謀略を張り巡らす知恵」を。


だが――それらの力は、争いを終わらせなかった。

むしろ、戦いを“終わらせない力”になってしまった。


誰もが、自分の切り札を失う前に、次の力を欲しがった。

それゆえ、戦は無意味に長引き、無数の命が、静かに、しかし無惨に消えていった。


私は、そこで悟った。


――戦が始まってしまった後では、もう「力を与えない方が」早く終わるのだ。


次は、「可哀想な人間」に力を与えようとした。


孤独に生きる一人の人間に、

“自らを模した存在”を造り出せる力を与えた。


すると、造られた方が本物の人生を乗っ取り、

本物の方の人生は、あっけなく破綻してしまった。


今度は――母親を失った少年に、

「母を助けられるよう、時間を巻き戻す力」を授けた。


だが、少年は幾度も幾度も時間を巻き戻し、

やがて母親自身も、そのループに引きずり込まれた。


二人は永遠に、

“死と再生の呪い”を繰り返す存在となってしまった。


次に私は、

「世界を救いたい」と願う人物に、未来を見る力を与えた。


最初は、その力を人のために使っていた。


だが、見える未来は、どれも悲惨なものばかりだった。

やがてその人物は、生そのものに絶望するようになった。


……ここまで、数え切れないほどの力を与えてきた。

だが、誰一人として、力を拒んだ者はいなかった。


みな、望んだのだ。

救いを――奇跡を――希望を。


それはつまり、

「人は、力を欲している」ということではないか?


ならば、私のしていることは――


悪では、ない……はずだ。


私はふと、最初に力を与えた、あの代筆屋の少年を思い出した。


――彼は今、どうしているのだろう?


確認してみると、彼はもう代筆屋をやめていた。

自分の言葉が、他人の人生を変えてしまうことに、耐えられなくなったのだという。


……結局、私の与えた力は――何にもならなかったのか?


人を救いたくて与えた力が、

人を壊すことしかできなかったのなら――


私は、いったい何のためにここにいる?


なぜ、私はこの場所で、

ひたすらに「人間に力を与える」ということを続けている?


誰に命じられたわけでもなく、

終わりがあるわけでもなく、

ただ、延々と。


――なぜ、あの老人は私にこの力を与えたのだ?


なぜ、私にだけ?


……もしかして。


私が今、こうしているように、

かつてのあの老人もまた、

誰かから“この力”を与えられたのではないか?


その理由も目的もわからぬまま、

ただ「力を与える者」として思考を乗っ取られ――


そして、あの老人は――逃げるように、この力を私へ託したのではないか?


私は、誰かの――

「逃げ場」なのか?


あれから私は――人に力を与えるのをやめた。

それが「人を救うこと」ではなかったと、知ってしまったからだ。


どれほどの時が過ぎただろうか。

気づけば、私の髭はあの老人のように伸び、

姿もすっかり、かつての彼に似ていた。


久しぶりに、地上を覗いた。

力を与えていたあの頃より、今の方が――

はるかに静かで、穏やかに見えた。


……そうか。

私という存在は、最初から要らなかったのだ。


そのとき。

背後から、声が聞こえた。


「ここは――どこですか?」


私は、ゆっくりと振り返る。

そこには、一人の若者が立っていた。


ああ、そうだ。

かつての私も、こんなふうにここに来たのだった。


私は微笑んだ。


「ここは、どこでもない」


そして、静かに口を開く。


「これよりお主に――

“力を与える力”を授けよう。」

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