とある仕事
「あーはいはい、それはもういいから──────って、待て待て!」
意図せず、ノリツッコミを決めてしまった。
「ちょ、は……俺クビ⁉ いや、そんな大事なこと、他愛もない話の中に混ぜ込むなよ! え、なんで? どうして? なんだって急に⁉」
カミルは目を泳がせる。分かりやすいほどの動揺を晒してしまった。
「落ち着けよ。経緯は聞いてるから話してやるって」
彼女の声は冷静さを取り戻している。いまだ動揺が拭えないものの、あたふたすることは控えることにした。
ロスヴィータが説明を始める。
「救済士が役人だってのは知ってるだろ?」
「あぁ、働いてりゃそりゃ……」
「じゃあ、救済士の経費はぜんぶ税金によって賄われてる──これも分かるよな? レオノーレに話を限定するなら、都市が徴収した税金の一部がレオノーレ支部に流れてきてるってわけだ。んで、基本的に都市からレオノーレ支部に渡される金額ってのは変動がない。だから、救済士協会は割り振られた金額内でいろいろと都合をつける必要があるんだよ」
「らしいな。それもなんとなくは把握してるけど……」
「けどな、レオノーレ支部も大所帯になって、人件費がかさみだしたそうなんだよ。で、そこを領主パスカルに目つけられて、抜本的な財政緊縮を求められたそうなんだ」
カミルは話を噛み砕く。
救済士協会レオノーレ支部のお財布が危機的状況。だから、出費を切り詰める必要が出てきたというわけか。出費を切り詰めるのに効果的なのが人員整理である。カミルはその人員整理の対象になってしまったということか。
「だから、俺は……」
「あんま解雇ってないんだけどな。他にも人員整理の対象になった救済士はいるが、そいつらは異動だ。人が足りてない他の都市に派遣されるんだとよ。けど、聖術が使えないお前を他に送ることはできないからなー。支部長のテオとかは解雇に躊躇してたけど、領主パスカルには逆らえない。だから、解雇だ」
「まじ、か……」
カミルは悄然とした。
とてもじゃないが、すんなり受け入れられる話ではない。
カミルに救済士の誇りはない。しかし、仕事にやりがいを感じていないわけでもなかった。
任務を達成し、市民の笑顔を見られた瞬間は嬉しい。無能な救済士という肩書きに悶々としながらも、市民の笑顔を見れば明日も頑張ろうという気持ちになれた。向いていない自覚はありながらも、前向きに取り組むことができていた理由はこれだ。まだまだ続けたい気持ちはある。
また、より現実的な話として金を稼ぐ手段が消えるのは死活問題だった。その場合は職を探し直すしかないのだろうが、いつ見つかるかは分からない。
だから、救済士協会解雇は非常に困った。
だが、無理もない話かもしれないとも思う。
救済士の本分は〝治安維持〟と〝外敵排除〟。カミルはどちらにも貢献できていない。そんなカミルがお払い箱にされるのは当然のことだった。
「ま、けど──」
ロスヴィータがふいに口元を綻ばせる。
「あたしはこうも考えてるよ。カミルが細かい任務を一手に引き受けてくれてるから、他の救済士は本分に集中できてる。お前は聖術が使えないポンコツだが、協会に不要な人間だとは思わない。あたし個人としても、お前を無慈悲に放り出すのは心が痛む。ゼロから職探しをするのは簡単なことじゃないだろうからな──そこで、だ」
すらりと伸びる、綺麗な人差し指が向けられた。
「〝とある仕事〟を引き受けてくれるなら、あたしが抗議書を書いてやってもいい」
「……とある仕事?」
カミルは眉を寄せる。
「あたしはレオノーレ支部の幹部じゃない。けど、なんたって紅薔薇だからな。自分で言うのもアレだが、テオよりも声は通るぞ。あたしの抗議書は、領主パスカルも決して無下にはできないはずだ」
話は嘘ではないだろう。紅薔薇という名前はそれほどにまで轟いている。
だが、その仕事とはなんなのか。
「その仕事ってのは、俺の名誉を挽回できるような内容なのか? けど知ってると思うが、俺は聖術を使えない。罪人や盗賊を捕らえるような難しい仕事は……」
「あー、だいじょぶだいじょぶ。この仕事は協会が関与してるわけじゃないし、聖術なんて使わなくても問題ないよ。いわば、あたし個人の依頼だ」
「ロスヴィータの依頼……?」
「まー、難しいことは考えるなって。救済士を続けたいかどうか。救済士を続けるために仕事を引き受けるかどうか。考えることはそれだけだ」
ロスヴィータは涼しい顔で告げ、ソファにどかっと腰を下ろした。
カミルは不可解さから眉を寄せる。
なぜ依頼の内容を教えないのか。それが疑問でならない。
カミルは質問を重ねたい感情に襲われるが、ロスヴィータは沈黙を貫いていた。これより詳細な説明をするつもりはないらしい。なら、質問を投げかけても徒労に終わるだけだ。
カミルは諦めるように首を折り、思考を巡らせる。
そして数秒の沈黙を経て、示したのは──承諾の意だった。
「わかった、引き受けるよ」
依頼内容が分からない怖さはある。だが、これまでも仕事を選り好みできる立場ではなかった。聖術を使わなくてもいいならば、裸一貫で立ち向かってきたのだ。だから、深く悩むことはなかった。
「よし、決まりだな」
ロスヴィータが微笑む。そしてソファからすくりと立ち上がり、伸びをしながらこう告げてきた。
「じゃー行くか」
「は?」
刹那、ロスヴィータが勢いよく腕を薙いだ。
「──聖人イリスよ、神域への干渉を赦せ。祝福の導きに従い、奇蹟へ触れることに是を示せ」
薙いだ手から光が発散したのち、奇態な円形の陣が生まれた。円形の陣には、判読不可能な文字や、趣意が想像できない謎の紋様が描かれている。
「──風を裂き、虚空に楔を捻じこめ〈空間支配〉──糸を手繰り、木蓮に絡ませろ〈誘引〉」
詠唱に呼応するように、陣の文字は書き換えられ、紋様は異なる様態へと変化を遂げていった。そして岩を叩き割ったような音が響いた直後、陣の中心から棒状のものが姿を現す。
それは、猛禽の瞳のような禍々しい装飾具を先端に据えた錫杖だった。
ロスヴィータはその錫杖を握り、ふたたび口を動かす。
「──澱みを掻き、甲矢を放て〈転移〉」
その直後だった。視界が、漆黒に染まる。
だが瞳を凝らし、カミルはその認識を改めた。視界に広がっていたのは、純粋な黒ではない。小さく輝く無数の点が散りばめられていた。
それは、星だ。石炭を敷き詰めたような漆黒は、数多の星が輝く夜空だった。だが、視界全体に夜空を捉えているということは──そう頬を引きつらせた矢先、背中が猛烈な力で引っ張られる。身体がぐるりと翻った。
「だあああああああああああああああああああああああ急になんなんだおいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ⁉」