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一日だけ

「話がごちゃごちゃしちゃったけど──」


 カミルは気を取り直した。


「その夜だ。俺は部屋を覗いて、フィーネがダリオルを口に運んでる姿を見てさ。そして、グレータからフィーネの過去を聞いた」


 フィーネが、動揺するように瞳を揺らす。

 それは、ダリオルを食べる姿を目撃されたことへの動揺か。はたまた、過去を聞いたことへの動揺か。どれかは見当がつかなかったが、カミルは続ける。


「知ったよ。聖術の暴発で両親に重傷を負わせてしまったこと。そんな過去のせいで誰かを傷つけてしまうんじゃないかっていう恐怖に囚われていること。指輪のおかげで暴発はなくなったけど、恐怖ゆえに他人と距離を取ってるってことをさ」


 それは、フィーネの心の一番繊細なところにある話だ。不快な気持ちを抱くかもしれない。だが本当に伝えたいことを伝えるため、カミルは切り込む。

 すると、フィーネは妙な反応を見せた。


「聖、術……」


「あれ、何か間違ってたか?」


「あ、いえ……そうですね、なんでもありません……そうですか、レーヴェニッヒさんはグレータから聞いて……」


 フィーネはぼそぼそと呟く。

 カミルは引っ掛かるも、深く気には留めない。話に戻った。


「グレータは他言無用だって言いつけを受けてたみたいだ。それでも教えてくれた。俺にフィーネを誤解したまま、屋敷を去ってほしくなかったそうだ。こんなことをお願いする権利があるかは分からないけど、グレータは意地悪したかったわけじゃない。だから、グレータのことは許してあげてほしいんだ」


 静かに聞くフィーネが小さく頷く。それは肯定の意として捉えた。


「そしてグレータの話を聞いて、俺はこう思ったんだ。やっぱり、予感は正しかったんだって」


「予感……?」


「あぁ、コルネリウスさんから話を聞いたときから思ってはいたんだ。フィーネとなら、良い友達になれるかもって。それは、グレータから聞いた話のおかげで確信に変わった。だから、友達になってみたい気持ちが湧いたんだ」


 言いながら、照れ臭さが湧く。だが、ここで言葉を濁してはいけない。

 カミルは内心で自身を激励した。


「フィーネに友達になる気がないなら、もうなにを言っても無駄だったかもしれない。けど、ちゃんと友達になってみたいって思った。その気持ちをちゃんと伝えたかった。そんなとき、フィーネは倒れた。大袈裟だったかもしれないけど、気持ちを伝え直せないかもって焦りが湧いた。だから嵐のレオノーレを走ってでも、薬を取りに行ったんだ」


 話を終わらせると、フィーネは身を震わせる。


「そんな……困り、ます……」


 いまにも消えそうな声を聞いた。

 フィーネの目元を覆う影から雫が流れる。それは涙だ。


「私は、忌々しい体質を抱えていて……この指輪がなければ、いつ人を傷つけてもおかしくはなくて……両親を殺しかけてしまった記憶も脳裏に焼きついていて、だから私はもう人と関わることをやめようと決意して、お兄様やグレータにも壁を作って、レーヴェニッヒさんは拒絶して……ぜんぶ、ぜんぶ、覚悟してやってきたのに……そんな言葉をかけられたら、覚悟が揺らいでしまうじゃないですか……」


 フィーネは胸に両拳を置き、押し込めたような声で言った。


「ごめん」


 カミルは一言、謝罪する。


「でも、俺は嬉しいな。フィーネの本当の気持ちがやっと聞けたから」


「……私、は」


 フィーネが俯いていた顔を上げた。その双眸には、わずかに光が灯っている。だが、その光はすぐ消えた。


「でも、やはり、ダメです……」


 フィーネは弱々しく首を振る。


「指輪のおかげで、人を傷つけることはなくなりました。けど、両親を殺しかけてしまった記憶が蘇ってきて、恐怖や不安が湧いて、そんな私は普通の友達にはなれないから、レーヴェニッヒさんの気持ちには……」


「フィーネ……」


 カミルは唇を結ぶ。理解してはいた。その考えを、その気持ちを、言葉だけでどうにかするのは難しい。


 だが、諦めたくなかった。フィーネは偽らざる気持ちを語ってくれた。本当は他者とのつながりを欲していることを知ることができた。ようやく一本の糸を掴めたのだ。そんな糸を、そう易々と手放したくはなかった。

 だから、カミルは考えた末にこの提案をする。


「だったら、俺に一日だけくれないか?」


「一日、だけ……?」


「普通の友達になれないなんてやってみなきゃ分からないだろ? 誰かと遊んでみたら、案外いろいろ忘れて楽しんでました──ぜんぶ心配のしすぎでした──なんてことがあるかもしれないじゃん。それで、意外に大丈夫だって思えたなら万々歳だろ?」


「……」


 フィーネは眉に皺を刻み、沈黙した。なんとも言えない空気が漂い、カミルは肩を竦める。

 だが、その空気はややあって和らいだ。それから、フィーネは小さく頷く。


「そうですね、一日だけなら──」


 承諾の言葉が返ってきた。


「──よし、決まりだな!」


 カミルは一拍置いて、強く喜ぶ。だが、すぐに心配がよぎった。


「あ……」


 フィーネから一日もらったはいいが、何をすればいいのか。勢いに任せて提案したが、自分が友達に溢れた人生を送ってきたわけではないことを忘れていた。

 カミルは慌てて頭を回転させる。すると、一つ脳裏に浮かぶものがあった。


「そういえば、三日後は市だったな……」


 市とは、レオノーレで年数回開催される経済交流の場だ。広場を中心に商人や職人が出した露店や移動式屋台が立ち並び、商売の機会を求めて都市外から訪れる者もいる。市では食材や日用品だけでなく、書籍や装飾品など普段手に入らないものまで購入することができた。


 ただ、市は人の賑わいが凄まじい。外に出た経験が乏しいフィーネをいきなり市へ出向かせるのは厳しそうだった。カミルは別案を検討しようとする。

 しかし、その市にフィーネは興味を示したようだ。


「市……」


「フィーネ?」


「いつも窓から見てました。市というのは、中央広場から露店が立ち並ぶあの……?」


「あー、たぶんそれだと思う」


「なら、お店のジャンルも豊富で……」


「市で手に入らないものはないって言われてるからな。ジャンルの豊富さは相当だ」


「そうですか……なら、お肉とか、お野菜とか、その、お菓子とか……」


 お菓子と言うところだけ、わずかに笑みが浮かぶ。カミルはそれを見逃さなかった。


「えっと、菓子が買いたいのか?」


「あ、いえ、その……」


 フィーネは珍しく狼狽を見せる。図星だったようだ。フィーネがダリオル好きなことは知っていたが、どうやら菓子全般が好きらしい。


「でも、私が行っても、レーヴェニッヒさんに迷惑をかけて……」


 フィーネは身を縮こまらせた。

 人の賑わいが凄まじい市に出向くのは、フィーネも避けるべきだと考えているらしい。だが、せっかくだ。フィーネが興味を抱いたなら、その気持ちは尊重したい。


「なら、こうしないか? 市に出向いてしんどくなったら帰ってくる。それでどうだ?」


 カミルが尋ね直す。すると、フィーネは考えるような素振りを見せてから微笑した。


「そうですね、それなら……はいっ」


 同意が示される。

 こうして、二人は市に出向くことになった。

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