拒絶
赤銅色の鍋が、石灰石の壁に並べられた厨房。
「よしっ、これなら!」
カミルはごくりと喉を動かし、大きく頷く。
ダリオルの料理手順を教えてもらったカミルは、何度も試作を重ねていた。そしていま、そのダリオルがようやく納得できる味に到達したのだった。
額に滲んだ汗を拭う。
ダリオル作りはすべて一人で取り組んだ。
グレータにおんぶに抱っこで甘えれば、ダリオルを望む味まで持っていくことは簡単だっただろう。時折、グレータも厨房に顔を覗かせ、手伝おうかと提案してきた。
だが、カミルはすべて断った。フィーネが壁を作っている理由はいまだ分からない。だが、なんにせよ親しくなるには誠意が必要だと考えていた。だから、すこしでも誠意を込めるために、カミルは独力でダリオルを作ったのだ。
ダリオルを布袋に詰め、紐で縛る。自然に頬が緩んでいく。
何の根拠もないが、このダリオルは心に響くような予感がした。それほどにまで熱意を込めて作った自信があったのだ。
「ん?」
ふと扉に人影を捉えた。
試作の様子見に訪れたグレータだろうか。ならば、完成したダリオルの美味しさで驚かせてやろう。胸を弾ませながら、カミルは振り向く。
その直後、顔色は消えたのだった。そこにいたのが、想像していた人物ではなかったからだ。
「──なにをしているのですか?」
溌剌とした声ではない。凜とした声が響く。
透き通るような銀髪に、人形のように華奢な身体──立っていたのは、フィーネだった。
フィーネは柳眉を逆立てつつ、呆れた雰囲気を放っている。
カミルは動揺に襲われ、ダリオルの袋を落としてしまった。
偶然、鉢合わせてしまったのか。
本当はもっとタイミングを見計らって、サプライズ的に渡す予定だった。だが、調理現場を見られてしまっては白を切るわけにはいかない。質問には正直に答える。
「グレータからレシピを聞いてさ。ダリオルを作ったんだ。フィーネもダリオルが好物って聞いたぞ。よかったら一緒に──」
笑顔を取り繕いながら、カミルは答える。
だが、それにはシンプルな疑問が返された。
「それはなぜでしょう? 私とあなたは警護する側と警護される側、それ以上の関係はないはずです」
「え……」
カミルは思わず、声を詰まらせる。
「いや、でも短い間とはいえ共同生活をさせてもらってるんだ。仲を深めておいて損は……」
「短い間だからこそ、仲を深めることは無意味な気がしますが」
「け、けど、屋敷の警護が終わったって同じレオノーレには住んでるんだろ? きっと、また顔を合わせる機会だって……」
「それなら心配ありません。私の仕事はお兄様が営む商会の出納記録をつけるだけ。生活必需品はメイドの方々が買い出しに行ってくださいます。私が屋敷の外に出ることはありません。よって、以降顔合わせる機会もないかと」
反論の先を潰していくような物言いがくり返される。
カミルは言葉の圧に屈し、沈黙した。
「ようやく理解しました。あなたにはそんな気持ちがあったのですね」
フィーネは納得するように頷き、ゆっくり肩を落とす。
「私があなたと厨房で顔を合わせたのは偶然ではありません。私はあなたにお願いがあって、ここに訪れたのです」
「お願い……?」
「あなたには、ラングハイム家の人間と親交を深めなければという義務感があるのでしょう。であれば、私にそのお気遣いは無用です。食堂でも、廊下でも、私とは会話をしていただかなくて結構ですから」
突き放すような言葉だった。声の調子が変わらないことが不思議でならない。
カミルは焦燥に駆られる。だから、結論を急いでしまった。カミルの中で未確定だった感情を勢いのまま吐露してしまう。
「気遣いとか義務感じゃない……俺はキミと仲良くなりたいと、友達になりたいと思ったんだっ、だから──」
「本気で言っているなら首を傾げざるをえません」
冷淡に、他人行儀に、フィーネは返す。
「あなたとまともに言葉を交わした記憶はありません。あなたはフィーネ・ラングハイムという者の人柄を何一つ知らないはずです。にもかかわらず、どうして友達になりたいという感情が芽生えるのでしょう? 私にはまったく理解できません。それに、あなたの感情を正当化できたとしても、私とあなたが友達になることはありえません。早々に諦めることをお勧めします」
「どう、して……」
「友人関係は一方通行では成り立たないでしょう。一方が友達になることを望んでも、他方が拒めば関係は成立しません。私はあなたと友達になることを望まない。よって、あなたと私が友達になることはありません」
「──っ」
一刀両断に斬り捨てられた。そんなことを言われては、もう無理ではないか。
「いい機会ですね。断言させていただきます」
フィーネは引導を渡すように告げる。
「私に友人など不要です。孤独も苦痛ではありません」
瞬間、雷に撃たれたような衝撃を覚えた。カミルは目を見開き、縛りつけられたように身を硬くする。
「これ以上、話すことはありませんね」
フィーネは見限るように踵を返した。
追いはしない。カミルは拳を握りながら、最後に一つだけ疑問を溢す。
「なんで、そんなに頑ななんだよ。そうさせるような理由でもあるのか? だったら、それを教えてくれよ……!」
その肩がピクリと震えた。
「そんなものはあり──」
背中を向けながら、フィーネは否定の言葉を浴びせようとする。だが途中で、ゲホゲホッ、と唐突に咽せた。口元を押さえ、苦しそうな顔を見せる。
「──あまり、大きな声を出さないでください。体調が悪くなりそうです」
フィーネは捨て台詞を吐き、今度こそ去っていった。
カミルは沈鬱な面持ちで立ち尽くす。
そのとき、タイミングが良いのか悪いのか、グレータが現れた。
「フィーネ様、レーヴェニッヒ様……?」
グレータは困惑気味に、立ち去るフィーネ、立ち尽くすカミルを見回している。
カミルは唇を噛んだ。無念さと申し訳なさに押し潰されそうになる。グレータにかける言葉は、何一つ見つからなかった。
お読みいただき、ありがとうございます!
「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、
ぜひ『ブックマーク』や『評価』をお願いいたします。




